2018年12月29日土曜日

死者との交信がもたらす戦慄の『システム』。――長江俊和『禁忌装置』


 今晩は、ミニキャッパー周平です。気づけば2018年も残り3日、あっという間に一年が過ぎ去ってしまいました。第5回ジャンプホラー小説大賞の〆切日、20196月末まであと半年。受賞を目指す方はぜひ、お休みの時間を大事に使って原稿を進めて下さいね。私は冬休みを使ってとりあえず本をたくさん読むつもりです。

さて、本日の一冊は、長江俊和『禁忌装置』。


学校内で孤立している津田楓は、正体不明の差出人から頻繁に届く謎のメールに悩まされていた。“49945682450751280”という意味不明な数列のみが記されたそのメールは、「受け取った者を自殺に追い込む」という噂で語られるものだった。ある日、楓の唯一の友人であった希美が、楓の眼前で飛び降り自殺を遂げる。死んだ希美の携帯電話にはあの数列が書かれたメールが届いていた。恐怖を感じた楓は、連続自殺の真相を探るTVディレクター・岡崎令子の取材を受けるが――
一方、不倫した妻を殺害した男・浦恵介は、自らも死を覚悟して森の中を彷徨ううち、一軒の廃墟を見つける。廃墟に入り込んだ恵介が遭遇したのは、そこにいるはずのない人物。殺したはずの妻だった――

二つの異なる恐怖体験の先に存在するのは、とある研究者によって作り出された、死者が死者を呼ぶ「システム」の存在だった。

というわけで、初刊が2002年(初刊時タイトル『ゴーストシステム』)なので、携帯電話の「メール」が自殺を連鎖させる媒体となる、やや時代がかった内容ではありますが、単純な呪いの感染にとどまる話ではなく、「死」の先にあるものが何かを考察するというコンセプトも含んだ作品です。そういう意味で、個人的には、本書の一番の読みどころは、主要登場人物の一人が「死んでから」の視点で語られるパートの透明で異質な恐怖感だと思います。メインストーリーの合間に挟まれる、聖職者や心霊研究家によってなされたという、もっともらしい「死者との交信の記録」――録音機に入り込んだ死者の声だとか、テレビに霊を映す実験だとか――にも目を惹かれます(巻末の参考文献を見る限りでは、この辺りは『ムー』に載った記事の引用かもしれません)。

ところで、死者との交信という意味では、超メジャー作品ではありますが、星新一「殉教」(『ようこそ地球さん』収録)は、死者との完全な通信機が発明されたことで社会に激変がもたらされる、星作品の中でも屈指のおススメ作品です。また、SFマガジン20192月号に載ったばかりの、森田季節「四十九日恋文」は、死者と四十九日間だけ短文のやりとりができる世界での、少女二人の別離を描いた掌編で、短いながらも非常にエモーショナルに仕上がっており、こちらもおススメです。

2018年12月22日土曜日

その町に近付いてはいけない――井上宮『ぞぞのむこ』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。今週土曜と日曜は幕張メッセでジャンプフェスタ本番日。ジャンプ作品のファンの方はぜひ足をお運びください。ところで私、幕張市ってジャンフェスのメッセにしか行ったことがなくて、人生のどこかで、あのめちゃくちゃ大きいという噂のイオンモール幕張新都心に行かなければならないと思っている次第です。

と、だいぶ強引な話題の変え方をしたのは、今日ご紹介するのはよく知らない「市」に関わった結果、大変なことになる話だからです。

今日の一冊は、井上宮『ぞぞのむこ』。



取引先に謝罪へ向かう途中、降りる駅を間違えた島本は、バスに乗り換えようと駅を出る。だが、同伴していた部下・矢崎から、すぐにここを離れた方がいい、なぜならここは《漠市》だから、と警告される。矢崎いわく、
●漠市には猫が一匹も住んでいない。
●漠市で自分の下宿していた近所には、同じ顔の人が44いた。
●漠市から出たら、速やかに石鹸で手を洗わないといけない
そんな矢崎の謎めいた警告に従わず、漠市で転んだ子供を助けた島本は、翌日、正体不明の女の訪問を受ける。女を部屋にあげてしまった島本の生活は奈落へと向かっていく……。このエピソード「ぞぞのむこ」をはじめ本書には、漠市とかかわったがために、(善悪や因縁で解釈する余地のない)不条理な怪異によって破滅していく人々の物語計5編が収められています。

漠市の文具店でハサミを万引きしようとした女が、事あるごとに異様な切断音を脳内に響かせ、捨てても捨てても戻ってくるハサミに取りつかれてしまう「じょっぷに」。介護施設で働く男が、認知症の老人たちを完全にコントロール下においている同僚の謎を探るうち、漠市の老人介護の方法を知る「だあめんかべる」、漠市の祠にお賽銭をあげてしまった結果、心に浮かんだ願いをすべて叶えてしまう神に囚われる「くれのに」、漠市内の屋敷に踏み込んでしまったために、邪悪な存在にとってかわられた少女の神隠し譚「ざむざのいえ」。いずれの作品も、超常的な存在にこれまで触れてこなかった人たちが、漠市というトワイライトゾーンに接近してしまったことで人生が暗転するストーリーです。そもそも全体として危険な漠市ですが、さらに漠市の中には、決して近づいてはいけない場所も多くあり、そのハザードマップがあったりします。

全ての作品において、漠市に居住経験があり、漠市でのタブーについて多少の知識がある若い男・矢崎が脇役として登場しますが、あくまで警告を与えるのみで、特に事件を解決できる能力があるわけでもなく、各篇の主人公たちは災厄に翻弄されるばかりです。

特に気に入ったエピソードは「くれのに」。《石鹸をくれ》とか《その電車、待ってくれ》みたいな、《~くれ》で終わるような願いと、《こいつが喋れなくなればいいのに》とか《あいつがいなくなればいいのに》などの《~のに》で終わるような呪いが少しでも心に浮かんだら、問答無用で叶えられてしまう。母親の小言にイラッとしてしまったら、次の瞬間に、目の前で凄惨な光景が……。

郷に入りては郷に従えと言いますが、皆さん、自分の知らない土地では、よくないものに人生を狂わされぬよう、詳しい人の言葉に従うことをお忘れなく。

2018年12月15日土曜日

たった31音に封じ込められた戦慄の一瞬。異色短歌ガイド――倉阪鬼一郎『怖い短歌』


こんばんは。ミニキャッパー周平です。普段はホラー小説を紹介していますが、今回は久々に「小説以外」をご紹介。本日の一冊は倉阪鬼一郎『怖い短歌』です。『怖い俳句』という俳句アンソロジーを編んだこともある著者が、膨大な量の歌集を調査し、様々な「怖さ」を感じさせる短歌を紹介するという一冊です。詠み手ごとに歌を挙げて解説していますが、「怖ろしい風景」「猟奇歌とその系譜」「向こうから来るもの」「死の影」「内なる反逆者」「負の情念」「変容する世界」「奇想の恐怖」「日常に潜むもの」と9つのカテゴリによる分類も試みられていて、短い音にこめられた多様な恐怖を堪能できます。



まず、教科書に載っているような有名人の意外な歌を見て、「こんな歌を詠んでいたのか」という驚きがありましたので三首挙げてみます(これ以降に引用する短歌の文字空き・改行はすべて本書に倣っています)。

<人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室>

●(人間が目を閉じていて、人でない者が目を開けている。私は怖さよりも静謐な雰囲気と美しさを感じる歌でした。作者は「君死にたまふことなかれ」でおなじみの与謝野晶子です)


<むかしわれ翅をもぎける蟋蟀(こおろぎ)が夢に来りぬ人の言葉(くち)ききて>

●(恨みを言いに来たのか、それだけでは済まないのか。翅をもがれた虫の復讐はどれほどに及ぶのでしょうか。作者は国語の教科書の『山月記』で知られる中島敦です)


<誰か一人
 殺してみたいと思ふ時
 君一人かい…………
 …………と友達が来る>

●(この後に決定的な事態が起こりそうな緊張感でだいぶ怖いです。人の心に潜む闇、衝動的な殺意を活写した現代怪談のようなこの一首。作者はあの「一握の砂」の石川啄木です)


さて、ここからは、本書の中から私の特に気に入ったもの10本を選んでみました。私なりの感想ですが、編者の感想と被っている部分もあります。

<人工の街はさやけし雨上がりピアノ線首の高さに張られ> 山田消児

●(上の句の静かなムードと下の句の見つかる敵意のギャップにぎょっとします。現実に存在し得る情景であるのが怖いです)


<滅んでもいい動物に丸つけて投函すれば地震 今夜も> 我妻俊樹 

●(明言していないのに何の動物に丸をつけたのか、何が起こりつつあるのか全部理解できるのが巧いですし、発想もユニークです)


<献血かぁ 始発までまだあるしねと乗ったら献血車ではなかった> 伊舎堂仁

●(献血車でなかったものの正体を明言しないのが怖い。「誘拐犯の車」とかそういう現実的な恐怖ですらないのでしょうね)


<午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話> 石川美南

●(影が無かったのが六人中「一人」ではなく「五人」であるのが肝。影のある一人の行方は……。これは「~話」で終わる連作歌の一編で、私が好きな歌人の一人です)


<幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう> 木下龍也

●(こんな風にちょっと可愛い歌も含まれています。こういう絵本あったら買ってしまいそうです)


<白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる> 野口あや子 

●(『すごくあふれる』のひらがなの連なりが無邪気な猟奇感、キャラ性さえ感じさせます。血とも赤とも言っていないのに真っ赤な絵が思い浮かぶのも印象的)


<「殺虫剤ばんばん浴びて死んだから魂の引き取り手がないの」> 穂村弘

●(「 」でくくられた、セリフの形を取った歌。このセリフを口にしている者と聞いている者、発されている状況、イマジネーションを掻き立てまくる作品です)


<ゆふぐれにもつとも近き岬にて音もなくそれはぼくを攫つた> 荻原裕幸

●(正体不明の「それ」にどこへ連れていかれるのか恐ろしい反面、「それ」の登場するシチュエーションが詩情豊かで、いっそ攫われてしまいたい願望も浮かびます)


<されこうべひとつをのこし月面の静かの海にしずかなる椅子> 佐藤弓生

●(浮かぶ光景のスケールの大きさ、壮大なもの寂しさ。そこでかつて何があったのでしょう。SFファンとしてもグッとくる一首です)


<誰よりもきれいな死体になるだろう
  それが理由で愛した少女> 林あまり

●(「それが理由で愛した少女」というリズム感とエモさが完璧な下の句を、危険な上の句が引き出しているという構成。個人的に最も好きです)

という訳で、読んでいるうちに「この歌人の歌をもっと読んでみたい」とか、「自分もこういう短歌を詠んでみたい」と思わされてしまう一冊。短歌にまだ触れたことがない人も手に取ってみてはいかがでしょう。

2018年12月8日土曜日

人気ミステリ作家の描き出す現代怪異13編――似鳥鶏『そこにいるのに』


今晩は、ミニキャッパー周平です。まずPRから。第5回ジャンプホラー小説大賞募集開始にあたって、「ジャンプホラー小説大賞の傾向と対策」的な記事をJブックスのHPで公開予定です。第1回~第4回まで応募されてきた作品はどういったジャンルや主人公のもので、また、最終候補に残り受賞してきた作品はどういった内容のものだったかを、詳しく解説。1210日月曜より全3回で公開です。次回応募者の皆さん、ぜひお役に立てて下さい!

さて、本日ご紹介する一冊は、似鳥鶏『そこにいるのに』。



『理由(わけ)あって冬に出る』から始まる「市立高校シリーズ」などで、ミステリのジャンルで人気を博す作家の、初のホラー短篇集です。全13編を収録し、短いものでは10ページ足らずのものも多く、各篇に直接の繋がりはないため、空いた時間にサクサク読むことができます。たとえば「ルール(Googleストリートビューについて)」は、グーグルマップ用の幾つかの座標と注意書きで構成される内容で、僅か3ページの掌編。

グーグルマップに限らず、最新のツールを介した恐怖が多く含まれているのは本書の特徴です。その好例が、「痛い」という題名の短編。吉田美咲は平凡な会社員だが、ある日何気なく自分の名前でエゴサーチをしてみたところ、「吉田美咲 9/16 1929 新宿駅構内」というタイトルの動画が動画共有サイトに上がっていた。それは、美咲が駅でベビーカーを故意に蹴飛ばし、ベビーカーを押す女性に暴言を吐く動画だった。当然、動画のコメントは怒りの声で埋め尽くされていたが、美咲自身にはそんな行為をした記憶が全くないのだった。身に覚えのない迷惑行為動画は次々にアップロードされ……現代的な不条理ホラーの極みとも言える一本ででしょう。他にも、「写真」という題の作品では、デジカメで撮影した写真を、<パソコンに取り込んだり><携帯に送信したり><知人と共有したり>するというありふれた行為が、主人公と怪異との距離を縮めていくという設定で、こちらは某都市伝説を髣髴とさせつつ、現代だからこそ書ける最先端の恐怖を感じさせます。

収録作は現代怪談・都市伝説的な様相も見せています。ある日突然、頭の中で、<ポストを見に行かなければならない><ティッシュを屑籠に捨ててはいけない>などの妙な指令が響く、という短編「なぜかそれはいけない」などは、モチーフとなったであろう有名な怪談話が、巧みにアレンジされています。「二股の道にいる」に登場する、Y字路の交点に佇んでいて、特定の条件下で遭遇してしまうと災いを呼ぶ<Y字路おじさん>は、新たな現代怪談のモンスターにもなりそうです。

ほとんどの作品において、特に悪事を働いたわけでもない「普通の人」が、自室、帰宅の道、新幹線の車内など、日常的な場で正体不明なよくないものに憑かれ、悲惨な結末を遂げるというスタイルであり、それゆえにこそ、数少ない別ベクトルの作品はぐっと心に迫るものがあります。タイトルは伏せますが、その一作は「世にも奇妙な物語」の感動枠で実写化されそうな輝きを持っています。

冒頭におかれた「六年前の日記」は、小学三年生の女の子が遺した日記を読んでいく中で、巻末におかれた「視えないのにそこにいる」は、刑事である父親の残した捜査記録を読んでいく中で、それぞれクライマックスを迎える作品ですが、残された文書のラスト一行が読者に与える強烈な感情は、二作で全く異なったものになっています。計算尽くでこの二作品を最初と最後に配したのなら、なかなかに粋な仕掛けと言えるでしょう。



2018年12月1日土曜日

名匠が選んだ「本当にぞっとする話」。三津田信三編『怪異十三』


今晩は、ミニキャッパー周平です。今週も先週に引き続きホラーアンソロジーを。前回ご紹介した『だから見るなといったのに』に収録されていたのは全て二〇一四年以降発表の作品でしたが、こちらは一八八一年発表作から二〇一三年発表作までと射程範囲の広い収録作となっています。

という訳で本日の一冊は、三津田信三編『怪異十三』。
国内編7作品、海外編6作品。プラス番外編1編。編者が「ぞっとした作品」かつ「現在では埋もれている作品」を中心に、古典を多く集めた結果、マニア垂涎のラインナップとなったアンソロジーです。



まずは国内編から。私がぞっとしたものを挙げますと「竈(かまど)の中の顔」(田中貢太郎)、「蟇(ひき)」(宇江敏勝)、「茂助に関わる談合」(菊地秀行)の3作。
「竈(かまど)の中の顔」は、碁を通じて僧と知り合った男の話。男は、僧が住んでいるという庵に訪れたが、そこで見たものは……絵的な怖さと、間違いなく邪悪な何かが介在しているのに因果因縁が理解できない不条理さが沁みる一編です。
「蟇(ひき)」は山中に住み炭焼きをして生活している男の体験。本文僅か3ページの掌編小説ですが、瞬間的なインパクトは本書中随一。気づけば戦慄を求めて何度も読み返してしまいます。
「茂助に関わる談合」では、武士である叔父のもとに甥が深夜に訪れる。甥は、叔父から送られた奉公人・茂助について「人間ではない」と訴えるのだった。一幕劇で、肝心な情報が幾つも伏せられたまま緊張感が高まり、事態は思わぬ方向に転がっていく。怖がらせるための技巧が冴えわたる作品です。

「死神」(南部修太郎)は、もと車引きの男が、借金と家族を抱えて困窮し、自死に絡めとられていくストーリー。「妖異編二 寺町の竹藪」(岡本綺堂)は、友人たちに別れを告げて竹藪へ向かい、姿を消した少女の神隠し談。「逗子物語」(橘外男)は、山奥の墓場で見かけた、墓参りらしき三人組の素性についての話。「佐門谷」(丘美丈二郎)は、かつて父娘が不審死を遂げ、数日前にも男女が落ちて亡くなったという危険な谷を、夜に越えなければならなくなった男の体験。それぞれの作品で、ここが「魅せ」の場面、読者の心胆を寒からしめようとした箇所だというのが明確で、編者の眼鏡に適ったのも納得の内容です。

 海外編で最も私の背筋を寒くさせたのは、傑作短編「炎天」でもおなじみのウィリアム・フライヤー・ハーヴィーが書いた「旅行時計」。家に旅行用の携帯時計(たぶん懐中時計のようなもの)を忘れたので取ってきてほしい、と頼まれた女性の話。小さなアイテム、さりげない謎から「あり得そうなのに得体の知れない怖さ」が浮かび上がる一本。私が「ぞっとした作品」は短いものばかりになっているのですが、情報の少なさが想像を掻き立て、無限に嫌な連想をさせるということなのかもしれません。
「アメリカからきた紳士」(マイクル・アレン)は、賭けのため、幽霊が出るという噂の屋敷に一晩泊まることになった男の話。屋敷のベッドの傍には怪談本が置いてあるのですが、その本に書かれた(つまりは作中作である)姉妹二人の恐怖譚も映像的で強く目に焼き付きます。

「ねじけジャネット」(ロバート・ルイス・スティーヴンスン)は、村で魔女扱いされている女を雇った牧師の体験。「笛吹かば現れん」(モンタギュウ・ロウズ・ジェイムズ)は、浜辺の遺跡で見つけた笛を吹いたことで、形のない何かを呼び寄せてしまう物語。「八番目の明かり」(ロイ・ヴィガース)は、一日の終わりに、地下鉄の電気を消灯して回らなければならない鉄道員の怪談。「魅入られて」(イーディス・ウォートン)は、「夫が、死んだはずの女と逢瀬を重ねている」と訴える妻の話。国内編の作品と読み比べると、海外編の方が(超自然要素を前提としていても)理性的に読み解けそうな作品が多い印象があります。

巻末には番外編として、編者・三津田信三の短編「霧屍胆村(きりしたんむら)の悪魔」も収録。隠れキリシタンの村に調査のため訪れた女性が、教会で見た光景にはどこか違和感があり……。細かな伏線を張り巡らせ次々回収する、作者の手腕は短編でも発揮されています。

本書には編者による丁寧な作品解説がついていますが、その中で、「理想の読書体験」として、その作品がどういったジャンルのものなのか(ホラーのように超自然的な作品か、ミステリのように合理的な作品か)知らずに読むことだと言及されています。収録作の中には、完全に合理的な説明がなされて成程と膝を打たされる、つまりは「ミステリ」として優れたものもありますが、どれがそれなのか、何本入っているのかは(編者の意向も汲んで)読んでのお楽しみということで。




2018年11月24日土曜日

日常を踏み外した先に待つ恐怖。アンソロジー『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昔からアンソロジーに目がなく、ホラーアンソロジーとなれば放っておかない私ですが(一番のお勧めは以前ここでご紹介した『異形の白昼』)、今年出たホラーアンソロジーをまだ取り上げていなかったので年末に駆け込みでご紹介。

という訳で、本日の一冊は『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』。雑誌『小説新潮』に発表された作品を集めたホラー色の強いアンソロジーと
なります。



まず私の一番のお気に入りは、澤村伊智「高速怪談」。関東から関西への帰省のために、6人が乗用車に相乗り。車内での話題は怪談話に寄っていき、それぞれが自らの知る怪異を語るうち、車内にも不穏な空気が流れ始める。百物語のような怪談語りを、高速道路走行中の車内という「危険な密室状況」で行うという設定が巧みですし、短い作品内で手を変え品を変え、何度も驚きや恐怖を与える作者の手腕に脱帽です。

怖さの強い作品で言えばもう一つ、芹沢央「妄言」。若夫婦の近所に住む親切そうなおばさんが、妻に夫の浮気という“根も葉もない”噂を吹き込むようになり……という不気味な展開と鮮やかな結末で、いわくいいがたい恐怖を残す名短編です。これは以前ご紹介した連作短編集『火のない所に煙は』にも収録されています。

幻想色を前面に出した作品では、前川知大「ヤブ蚊と母の血」が出色。母が蒸発し、父と二人暮らしをしている少年が、母の遺した家庭菜園で育てた野菜で、すくすくと成長していく。父からも愛情を受けられなくなった少年の、失った母への憧憬、やるせない思いが静かに描かれ、ラストシーンは残酷なのに美しいです。

葬儀の場で、三十七年に一度だけ行われるという奇祭で起こった惨事の中身が断片的に語られる、恩田陸「あまりりす」。幼少期から人の死に纏わる虫の知らせ・前兆を感じてきたと語る男の信用できない話、海猫沢めろん「破落戸(ごろつき)の話」。置屋の女性に恋をした男が、あの店の女と恋仲になると死ぬ、と警告されるファムファタルもの、織森きょうや「とわの家の女」。新居で見つけた霊らしき存在が自分を名乗り、奇妙な対話が始まる、小林泰三「自分霊」。後ろに何かの気配を感じる不安を結晶化したイラストストーリー、さやか「うしろの、正面」。以上は全て広義のホラー作品。
双子の兄を持つ弟が、戦火の頃に自身の出生の秘密を知る、北村薫「誕生日 アニヴェルセール」のみ広義のミステリとなっています。

一編を除いて現代劇であり、普通の生活をしていた人がふとしたことで日常から外れた恐怖体験をすることになる、という内容のものが多いため、“短時間でさらりと読めて不安になる”物語の詰まった一冊です。通勤通学などの隙間時間にもどうぞ。

2018年11月17日土曜日

砂漠に眠る漆黒の遺跡――福士俊哉『黒いピラミッド』

今晩は、ミニキャッパー周平です。子供のころ特に怖かったオカルトネタで「ツタンカーメンの呪い」がありました。ツタンカーメンの墳墓の発掘に携わった人々が相次いで変死した――という内容ですが、実の所「呪いによる変死」は、当時のメディアによる捏造だったというのが、今では定説となっています。古代のロマンが「恐怖」をも生むというのは昔からのようです。エジプトネタのホラー小説といえば、以前に1903年出版のブラム・ストーカー作『七つ星の宝石』をご紹介したことがありましたが、今回は2018年に出版されたてホヤホヤの作品を。

という訳で、本日の一冊は福士俊哉『黒いピラミッド』。


聖東大学の古代エジプト研究室に所属する講師・二宮智生は、教え子の佐倉麻衣とともにエジプトに滞在していたが、二宮がある遺物を手に入れた直後、麻衣が真っ黒なピラミッドを幻視し、変死を遂げた。日本に戻った二宮は大学から解雇され、自らも奇妙な幻覚に遭遇する。やがて、被り物をしアヌビス神と化した二宮は、研究室を襲撃して教授の高城を殺害。更に飛び降り自殺を遂げた。

研究室関係者が次々と亡くなる惨事に、講師である日下美羽は調査に乗り出し、二宮が遺跡から持ち出した「アンク」と呼ばれる遺物が原因であることを突き止める。アンクに近付いた者は呪いによって、暗黒のピラミッドを目撃し、古代エジプトの神々に操られて死んでいくのだ。アンクをあるべき場所に戻し、呪いの連鎖を終わらせるため美羽はエジプトへ向かう。しかし、アンクは20世紀初頭にエジプトを訪れたイギリス人貿易商・マーロウ卿の発掘によって見つけ出されたものだった。100年も前の知られざる発掘現場を見つけ出すため、美羽は、サッカラ遺跡、エジプト考古学博物館、アレキサンドリア、ファイユームと、エジプトじゅうを駆け巡ることになる――

先週ご紹介した『祭火小夜の後悔』とともに日本ホラー小説大賞の最後の大賞受賞となったこの一冊。あらすじをご覧いただければお分かりかと思いますが、前半は目まぐるしいほどの速度で登場人物が斃れていく日本的な「呪い」系ホラー、後半はアンクのルーツをさぐるエジプト探索ものという、がらりと雰囲気の変わる作品になっています。後半、現地の人々や発掘現場などの、いきいきとした描写のディテールは、読んでいるうちにエジプトに行ってみたくなります。思わず著者略歴を確認したところ、著者は実際にエジプト調査隊に参加したり、エジプト関連のテレビ番組や展覧会などの演出にも携わったことのあるエジプトのプロとのこと。ストーリーの終盤では、アンクや黒いピラミッドのみならず、謎めいた異形の神々の正体にも焦点が当たり、単なる「呪い」にとどまらないスケール感をのぞかせます。古代エジプトのロマンと恐怖に心震わせていた子供の頃の自分に教えてあげたい一冊です。

2018年11月10日土曜日

怪物に追われる一夜のドライブ。怪異を知る少女の願いとは? ――秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞募集開始しています。〆切の20196月末まで時間はたっぷりありますので、ぜひ入念に準備をした全力の原稿を送ってください! さて、ホラー賞といえば、KADOKAWAが長年開催していた「日本ホラー小説大賞」は第25回で惜しまれつつも最終回となり、別の賞へ合流となったのですが、今回は、その最後の大賞受賞作のうち一冊をご紹介致します。

という訳で本日の一冊は、秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』。


●高校の数学教師・坂口は、机の交換に向かった旧校舎で、二年の生徒・祭火小夜と出くわし、床板をひっくり返す奇妙な怪異の存在について教えられる。
●高校一年生の浅井緑郎は、夜ごと出現し、自分ににじり寄ってくる大ムカデの怪異に悩まされ、寝不足に苦しんでいたある日、祭火小夜と知り合う。
●高校二年生の糸川葵は、六歳の頃に出会った怪異「しげとら」との十年後の再会に怯え、警戒を続ける日々を送っているうちに、祭火小夜に関わることになる。

――それぞれが怪異との遭遇によって窮地に陥ったものの、小夜の知識によって助けられた三人は、小夜からの願いを聞くことになる。それは、小夜の兄・弦一郎が怪異に命を狙われているので、その「囮」となって、一晩、車で逃げ回ってほしいというものだった。坂口の車に4人は乗車し、怪異に追われる夜のドライブが始まった。しかし、坂口の心には疑念がわだかまっていた。兄の命を守りたいという小夜の言葉には、ある決定的な矛盾があったのだ……。

という訳で、前半の1・2・3話はそれぞれ別の視点人物によって語られ、独立した短編としても楽しめる内容ですが、特に「しげとら」の章が中編として圧倒的なクオリティ。
六歳の日、買ったばかりのワンピースを公園で破いてしまい、途方に暮れていた葵の前に現れた「しげとら」は、魔法のような力で新品のワンピースを出現させ、葵に与えた。喜ぶ葵だったが、しげとらからの「取り立て」を受けた男が消滅するのを目撃してしまう。しげとらは、葵に対して「三年後と七年後に確認に来て、十年後には取り立てに来る」と予告する。そこからの葵の人生は、しげとらの再来に怯えること、そして対抗手段を準備することに費やされていく。無機質な存在でありながら、心の隙をついて出現するしげとらの恐怖と、十年後の対峙の際に訪れるミステリ的な伏線回収の妙技に、喝采を叫びたくなる内容です。

ラストの4話目も、狡猾な怪異によって徐々に逃げ道を塞がれていく一方で、小夜の願いの真実が驚きとともに明らかになるホラー&ミステリな一話。生真面目でドジっ子な小夜のキャラクターも広く読者に受けそうなので、将来的にアニメ化される可能性を今から予言しておきます。

2018年11月3日土曜日

無垢の「生き神様」が物の怪に堕ちる、情念の年代記――篠たまき『人喰観音』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。JブックスのHPでお伝えした通り、第4回ジャンプホラー小説大賞は初の金賞受賞が出ました! 現在書籍化へ向け準備中です。そして第5回ジャンプホラー小説大賞も募集開始となっています。デビューを目指すみなさん、20196月末の〆切を目指して頑張ってください!

さて、本日ご紹介する一冊は、真っ赤な表紙が書店で目に入った、篠たまき『人喰観音』。



(恐らくは)明治ごろ。薬種問屋の長男として生まれながら、病弱なため若くして家の離れに住まい、隠居同然の生活をしていた蒼一郎。川原に打ち上げられた女・スイを家へ招いたことが彼の運命を変えてしまう。商人から聞いた話によれば、スイはもともと川上の村に住んでおり、災厄を言い当て、病気や怪我を予言し、託宣を行うという「生き神様」として崇められていたが、ゆえあって人柱として川に流されたのだという。蒼一郎は、スイの託宣の力に頼って実家を盛り立て、スイと使用人・律との三人で、平穏に暮らしていた。しかし蒼一郎が年を重ね老いても、スイは昔のままの姿で年を取る気配もない。その差に蒼一郎が苦しみを覚え始めたころ、彼らを取り巻く怨憎が狂気を呼び寄せる――と、ここまでが一章「隠居屋敷」。
二章「飴色聖母」では、蒼一郎の死後、スイが泰輔という男とともに屋敷で暮らす生活が、奉公人である奈江の視点から語られますが、そのころには村の人々から「スイが人の肝を喰っている」と陰で噂されるようになっています。三章「白濁病棟」では、幼い日に暴行を受けたことで心を壊し、座敷牢に閉じ込められた女・凛子が、座敷牢で出会ったスイの力を借りて復讐を遂げようとします。そして四章「藍色御殿」では凛子の妹・琴乃が、姉が変貌した原因を追ううちに、スイと姉によるおぞましい所業を知ります。

本書の最大の見どころは、一編ごとに徐々に時代が下り、現代に近付いていくにつれてスイの存在が、「生き神様」から禍々しいものに変化していくという点です。「年を取らない」「予言や託宣を行い的中させる」などの超常的な力を持ちながらも、あくまで純粋無垢な存在であり、観音様などと呼ばれていた彼女が、周囲にいた人間の嫉妬や羨望という業を背負っていったせいでどんどん物の怪になり果て、死と不幸とメリーバッドエンドをばらまく存在になってしまう。どこか舌ったらずの口調の彼女の喋りは、物語の序盤ではただの子どもっぽさに聞こえますが、終盤ではひどく不気味なものに響きます。作品タイトルで何が起きるのかは薄々みなさんお気づきかもしれませんが、「その」描写のおぞましい美しさや、「それ」を効率的に成し遂げる手段の心理的なエグさなどなど、様々、読者の想像を上回るでしょう。
中盤以降では村の美しい自然が描写されるたびにその背後に積み重なった死が連想され、坂口安吾の「桜の森の満開の下」の強化バージョンともいえる凄絶さを感じませます。あたかもボーイミーツガールのように始まりながら、暗い情念によって紡がれていくおぞましく美しい年代記。読み終えた方はきっと、真っ赤な表紙をつい見返してしまうことでしょう。

2018年10月27日土曜日

幽霊の死体、幽霊誘拐……奇妙な事件に挑む「呪われた心霊科医」。岩城裕明『呪いに首はありますか』


お久しぶりです、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞の結果が10月29日付の週刊少年ジャンプ48号で発表となります。そして第5回の募集開始も間もなく。という訳で、土曜深夜2時のホラー小説紹介ブログ「ミニキャッパー周平の物語」再開です! 最終更新の6月以来、現在まで様々な注目のホラーが登場していますので、ガンガンご紹介してブランクを埋めていきたいと思います。

本日ご紹介する一冊は、岩城裕明『呪いに首はありますか』。見た瞬間にぎょっとさせられる(目が六つある異形の顔がどアップ)表紙ですが、中身はそれとは裏腹に、しっとりしたムードの作品になっています。





事故物件である病院の建物を借りて、「心霊科医」として霊現象関連のトラブルを解決する男、久那納恵介(くななん・けいすけ)。彼がその仕事を選んだのには、のっぴきならない理由があった。
恵介の家系には、いつからか、「長子は三〇歳の誕生日を迎える前に必ず死ぬ」という正体不明の呪いがかけられていた。彼の先代もその先代も、呪いによって死んだ。現在二八歳である恵介は、このままいけば二年以内に死を迎えることになる。それを回避する唯一の方法が、霊にまつわる事件を解決し、その霊の思念を彼に憑りついた呪いである「墓麿(はかまろ)」に与え続けて、呪いを解くというものだったのだ。しかし、霊現象に挑むとはいえ、恵介自身は霊能力はもっていないので、霊を見ることのできる者、つまり呪いである墓麿の力を借りていくことになる……。

心霊探偵ものとはいえかなりの変わり種で、たとえば第一話「どうして幽霊は服を着ているのですか?」で取り上げられる事件は、「家の中に『幽霊の死体』がある」という奇妙なものですし、第2話「身代金の相場を教えてください」で持ち込まれる相談は、「死んだ娘の幽霊と一緒に暮らしていたが、その幽霊が『誘拐』されたので探して欲しい」という、更に奇想天外なものです。そういった、単なる霊現象や祟り以上に異様な事態を探っていくうち、霊の「生態」とも呼ぶべきものが明らかになっていき、ストンと腑に落ちる解決が訪れる。
第2話のように切ない余韻をもたらすものもあれば、夫婦関係に霊が割り込んでくる第3話「結婚してから彼が変わったように思います」のように不気味な後味を残すものもありますが、「物凄く変わった外面から、非常に明瞭な内幕が提示される」ことの意外性に快感を覚えます。

第4話「犬も幽霊になるのでしょうか?」では、散歩中に飼い主ともども死んでしまった「犬」の霊の奇天烈な外見(血が出てるとか内臓がはみ出ているとかそういう次元の話ではない)にのけぞってしまいますが、その心残りと成仏のさせ方には健気で泣かせるものがあります。
そして「三〇歳までに死んでしまう呪いを解くために事件を解決していく」のに「呪いである墓麿をパートナーとして仕事している」というねじれが、クライマックスの第5話にて重大な意味をもってきます。静かで淡々としているのに感情を掻き立てる感動的な終盤が待っています。外側からは絶対に想像できない中身の物語、表紙で怖気づいてしまった人も改めて手に取ってみてはいかがでしょうか。





2018年6月30日土曜日

謎が解かれ、更なる戦慄が牙を剥く――芦沢央『火のないところに煙は』

今晩は、ミニキャッパー周平です。いよいよ、第4回ジャンプホラー小説大賞応募締め切り(6/30)目前。応募者の方は悔いのないようラストパートをかけて下さい!
さて、ホラー棚ばかり見ているので見過ごしていましたが、社内のミステリファンの人から、ホラーとしても面白いミステリが出たと教えてもらい、早速手にしました。

という訳で本日の一冊は、芦沢央『火のないところに煙は』です。



「小説新潮」から「神楽坂を舞台にした怪談ものを」という依頼を受けた小説家の「私」は、かつて自身が見聞した怪異が神楽坂に纏わるものであったことを思い出し、不思議な偶然に背筋を寒くする。それは八年前、編集者であった頃の「私」が、大学時代の友人から紹介された女性、広告代理店勤務の角田尚子に関するものだった。
尚子とその彼氏は、占い師に相性を診断してもらいに行った折に「不幸になるから結婚しない方がいい」と告げられた。それ以来、彼は豹変し、尚子に強烈な疑いの目を向け、生活を脅かすようになる。その後、彼は交通事故により亡くなったが、時を同じくして、尚子の取り扱う広告に血しぶきのような赤い染みが付くという怪現象が起こるようになった。彼の呪いを恐れた尚子は、除霊ができる人間を探していた。「私」は知人のオカルト専門家・榊桔平に尚子の件を相談するが、榊が導き出したのは、「染み」についての全く異なる真相だった――

本書は全6話で構成されており、いずれも、ホラーとミステリの歯車が見事に噛み合った作品になっています。上述したのが第1話「染み」の内容ですが、死者の力を前提としたオカルト的な内容でありながら、ミステリ的な構図の逆転をもち、しかし真実が暴露されたとき一層の恐怖が姿を現すという、技巧の冴えわたる短編となっているのです。

そして「染み」の執筆以降、「私」の周りには様々な怪異譚が集まっていくことになります。
狛犬に呪われたと称して常軌を逸した訴えをしてくる女の物語「お祓いを頼む女」、親切な隣人が急に根も葉もない醜聞を告げ口するようになる「妄言」、夢の中で迫ってくる恐怖から逃れようとした夫婦の悲劇「助けてって言ったのに」、アパート内での霊現象に対して盛り塩や御札で対抗しようとして起きた予想外の事態「誰かの怪異」。
いずれも、超常的な力の実在を前提に、榊が謎解きをすることによって、怪異の背後に隠されていた意外な事情が明らかになり、(多くの場合、後味の悪い)ホラーとしての異様な戦慄が残されるという形式になっています。それらのエピソードで積み重ねられた伏線が、最終話「禁忌」に至って一つの大きな恐怖へと鮮やかに収束する様は、手品のような驚きに満ちていて、読者を打ちのめします。

ところで、この本の裏表紙には、第一話「染み」の内容通り、血しぶきを模した赤い模様があしらわれているのですが、「染み」を読み終わったあと改めてその模様を見た人は、きっと10人中9人は鳥肌が立つのを抑えられないでしょう。

さて、第四回ジャンプホラー小説大賞までのブログ更新はここまで。第五回の募集ページが立ち上がるまで、しばらくは月1とか月2とか、思いついた時に(土曜深夜2時に)更新致します。


2018年6月23日土曜日

古い家屋に棲むモノが、人間の生活を侵す時――小野不由美『営繕 かるかや怪異譚』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞〆切は間もなく(30日)。ギリギリまで書いていて応募に失敗しないよう、応募方法を予め確認しておいて下さいね。
さて私は、春ごろ引っ越しをしたのですが、まだ細かい家具の配置(特に本棚)をあちらへ動かしこちらへ動かして理想の部屋づくりを模索しているところです。寝起きする環境はやはり快適で心安らぐものであって欲しいので……。

という訳で本日の一冊は、小野不由美『営繕 かるかや怪異譚』。



叔母の死により、城下町の古い家を受け継いだ祥子。その家には、箪笥で入口をふさがれた座敷、「開かずの間」があるのだが、その上の方の襖が何度閉めても気づけば開いている。それを不気味に感じていた祥子は、箪笥をどかして「開かずの間」を開け放ったのだが、その結果、カリカリという物音や人影の出現など、さらなる怪異に出くわすことになる。祥子は、叔母が懇意にしていた工務店の男・隈田から、かつてその家で起きた悲劇と、叔母がその「障り」を座敷に閉じ込めようとして失敗し、やがて病に倒れたという経緯を知らされる。窮地に陥った祥子に隈田が紹介したのは、「営繕 かるかや」の尾端という男だった。

「営繕」とは建築物の新築、増築、修繕及び模様替えのこと。これを生業とする男・尾端が、歴史ある城下町の家々に起こる怪奇現象を、「営繕」によって解決していくという連作です。
こう書くとゴーストバスターお仕事ものに聞こえそうですが、尾端は派手な祓魔や成仏を行う訳ではなく、霊や障りを、模様替えや修築によって「対処する」のみ。ちょっと風水に考え方が似ているかもしれません。霊を滅することができなくても、霊との共存の仕方を提供することはできる、或いは家主に害が及ばないようにすることはできる、といった、怪異への絶妙な距離感、敬意めいたものが、尾端というキャラの魅力ともなっています。

本書に収録されている6編は、それぞれ、屋根裏を動き回る何者かの足音、袋小路を近づいてくる喪服の女、家の中のあり得ない場所に出没する老人、井戸から家に近寄ってくるもの、ガレージに現れる子供の霊、などなど、決して派手ではないものの、日常と命を脅かし、読者をじわじわと怖がらせるものばかり。家に住む人の心が追い詰められ、最後の最後、あわやという場面で尾端が登場し、対症療法を施す。あとには人智を超えた存在への戦慄と感動が混ざった余韻が残る。「キャラクターもの」でありながら静謐な「怪談」であるという両面で楽しめる作品なのです。

ちなみに6編の中には、「これこれこういう事件が過去にあってその祟りだろう」という因果が明かされる短編もある一方で、「怪異の法則こそ判明するものの、いったいそれが何者だったのか最後まで全く分からない」といういかにも怪談然としたわだかまりを残す短編もあり(ネタバレになるからどれかは言いません)、私はその一作が特にお気に入りです。

2018年6月16日土曜日

「狼狩り」と「裏切者探し」のホラー×サスペンス×ミステリ。氷桃甘雪『六人の赤ずきんは今夜食べられる』



今晩は、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞募集〆切(6/30)まであと僅か。応募者の方はぜひラストスパートを頑張って下さい! 
さて、これまでこのレビュー欄では(「ホラー」と銘打つ本の絶対数が少ないので)ライトノベルレーベルの本はあまりご紹介できなかったのですが、新刊棚の帯に「パニックホラー×ナゾトキ」の文字が躍っている本があったので、これ幸いとレビューしてみます。

という訳で、本日の一冊は、氷桃甘雪『六人の赤ずきんは今夜食べられる』。



かつて騎兵であったころ、功を焦ったために無辜の人々の殺戮に加担してしまった男は、その罪を悔いながら、猟師として生きている。彼はとある鄙びた村で、村人から恐ろしい話を聞かされる。
今日は一年に一度、満月が赤く染まる日であり、「ジェヴォーダンの獣」と呼ばれる狼が現れて村に住む「赤ずきん」の少女たちを襲って殺す日だ。その狼は、牛よりも大きく、熊よりも凶暴で、人間よりも賢い。村の人々が束になって狩り立てても殺すことができないし、少女たちが逃げ出しても執念深く追って殺す。抗う術はない――その話を聞いた猟師は、村に住む六人の赤ずきんを守り、ジェヴォーダンの獣を狩るため、村の外れにある塔に籠城しようとする。だが、狼の知恵は彼の予測を遥かに上回り、犠牲者が出始める。そして赤ずきんたちの中に「裏切者」の存在さえ見え隠れして……。

という訳で本書は、狼の襲撃から生き延びるホラーサスペンスであると同時に、赤ずきんの中に紛れ込んだ「犯人」を突き止めるミステリ性のある作品でもあります。

VS猟師といえば真っ先に思い浮かぶのは銃での戦いですが、何しろこの狼は銃ごときで撃ち殺されるようなヤワな相手ではなく、猟師は知恵によって狼と戦うことになります。とはいえ狼の方も、獲物が地下に逃げ込めば水を流し込む、獲物に忍び寄るために足音を消すなど、獣とは思えない悪辣さであり、単純な罠などたやすく看破されてしまいます。猟師は、6人の赤ずきんがそれぞれ所有する、「硬化」「発火」「透明化」などの特殊な効果をもつ秘薬を用いた策略で、必死の防衛戦を繰り広げます。つまり、ファンタジーの手法で描かれたモンスターパニックホラーなのです。

そして猟師は、迫り来る狼と戦いながら、一見したところか弱い少女にしか見えない赤ずきんたちに紛れ込んでいる「敵」を見つけ出す、という難事にも挑まなければなりません。彼らの籠城した塔は、かつて魔女が暮らしていて、凄惨な拷問が行われていたという超いわくつきの場所ですが、そこに隠されていた手がかりと、狼の挙動から推理することで、真実に辿り着こうとします。夢中で一気読みした私は真相の予想に失敗しましたが、伏線も丁寧に張られていますから、注意深く読めば第3章が終わるまでに「裏切者」の正体を見抜けるはず。ぜひ犯人当てに挑んでみて下さい。

2018年6月9日土曜日

宇宙や異次元から来訪する、まだ見ぬ恐怖――ディック・クーンツ他、中村融編『ホラーSF傑作選 影が行く』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞は応募締切間近。6/30当日消印有効です。お忘れなく!

さて、本日の一冊は、ディック・クーンツ他、中村融編『ホラーSF傑作選 影が行く』。


現代SFの起源と呼ばれることもある『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』がホラー史においても金字塔であることからも分かるように、「未知」の対象に科学的なアプローチで迫ろうとするSFは、時にすぐれたホラー作品も生み出してきました。本書は、そういった米英の短編群を日本で独自に集めたアンソロジーです。一番古いものは一九三二年発表、新しいものでも一九七〇年発表という、既にクラシックの風格漂うラインナップとなっています。

まず、こういったジャンルで思い浮かぶのは「宇宙の恐怖」でしょう。
一番古いクラーク・アシュトン・スミス「ヨー・ヴォビムスの地下墓地」は、火星の遺跡で調査隊のメンバーが遭遇する、(恐らくは)古代人を滅ぼした恐怖の存在を描きます。狂気に誘う怪物の禍々しさ、いかめしい文体と、昏く湿度のあるムードはクトゥルー神話を髣髴とさせます。
ジョン・W・キャンベル・ジュニア「影が行く」は、『遊星よりの物体X』『遊星からの物体X』と2度にわたって映画化された作品。南極基地で氷の底から発見された、憎々しげな表情を浮かべた異星生物の氷結死体。基地にいる科学者たちは、よせばいいのにそれを解凍し目覚めさせてしまいます。異星生物は、生き物を殺しては殺した相手そっくりになり代わり思考までコピーする、という凶悪な能力を備えており、疑心暗鬼に陥る基地隊員の心理描写が巧みである一方、「人間」と「偽物」を区別するための科学的な手法の探求にも、うならされます。
ブライアン・W・オールディス「唾の樹」では、異星から飛来した生物が農場で引き起こす騒動が描かれます。動物が多産となり植物が豊作となる一方で発生する、グロテスクな死。「宇宙戦争」の作者であるウェルズもかかわってきて、「宇宙戦争」の誕生秘話とも呼べる作品になっています。
フィリップ・K・ディック「探検隊帰る」は、それらの作品とはやや焦点を変えた変わり種。火星探検から奇跡の生還を果たした宇宙飛行士たちの視点で描かれますが、命からがら帰り着いた地球では、出会う人出会う人が彼らを見るなり逃げ出すという理解不能な事態に出くわすという展開。ディックお得意の現実溶解感が楽しめます。
ジャック・ヴァンス「五つの月が昇る時」は、衛星が五つある惑星の、灯台守を主人公にした作品。同僚が、「五つの月が昇る時は何も信用してはいけない」という言葉を残して失踪。たった一人残された主人公のもとに次々訪れる、「信用のおけない」相手たち。ちょっと本邦の雪女譚などを連想させるファンタジックな怖さのある作品です。

テクノロジーの発達によって生まれたものが、人間に危害を及ぼしたり、人間と相いれない存在として立ち上がってくる、というのもこのジャンルの醍醐味のひとつ。
アルフレッド・ベスタ―「ごきげん目盛り」は、富豪の男が、なぜかお供のアンドロイドが人を殺しまくるので逃亡を余儀なくされる、というストーリーで、残虐なのに軽快でコミカル、読んでいくうちに何か楽しくなってしまう作品。
デーモン・ナイト「仮面(マスク)」は、事故により肉体を失い、体のすべてを技術で代替した男の心に巣喰い始めた異質な思考をリアルに描きます。
シオドア・L・トーマス「群体」はパニックSF。下水管の中で、廃棄物などから発生した不定形生物が、下水道を遡って家庭のキッチンなどから侵入。克明に描かれる、怪物が人間を消化吸収していく場面は、今でも通用する映像的凄味、ハリウッドのCGで見てみたいおぞましさがあります。
私の一押しでもある、ロジャー・ゼラズニイ「吸血鬼伝説」は、人類が絶滅し、地球最後の吸血鬼もいなくなったあと、機械が徘徊する世界が舞台。「他の機械の電力を奪って充電する」ことで機械たちから恐れられる一体の吸血鬼機械を描きます。吸血鬼機械は、最後の吸血鬼の弟子的な存在だったのです。ユーモア小説にしかならなさそうなのに謎のカッコよさがあるという異色作です。

その他にも、SFらしい発想と怪異・恐怖を様々な手法でミックスした作品が並んでいます。
リチャード・マシスン「消えた少女」は、とある夫婦の娘が「室内にいて、泣き声も聞こえるのにどこにも見当たらなくなってしまう」という不気味な現象を描きます。
フリッツ・ライバー「歴戦の勇士」は、酒場で知り合った男の家について行ったら、時空を懸けた壮大な戦争に巻き込まれ、恐怖の一夜を過ごす、というもの。部屋に閉じこもっているだけなのにすさまじい緊張感が高まっていくサスペンスフルな描写が見事です。
キース・ロバーツ「ポールターのカナリア」は、ポルターガイスト風の心霊現象を起こす存在に対して、録音・録画で分析してみたり、敢えて信号を送りコミュニケーションを取ってみたりという部分がSF的。
ディーン・R・クーンツ「悪夢団(ナイトメア・ギャング)」は、暴虐無比の限りを尽くすギャング団、そのメンバーの一人がボスの秘密に迫ろうとする物語。売れっ子ホラー作家・クーンツの意外な初期作品です。

SFとホラーの両方を摂取し続けている私としては、このアンソロジーの続編や現代版も出て欲しいと願っています。

2018年6月2日土曜日

グロテスクな「戦時下」の女給失踪事件。待ち受ける悪夢の真相――飴村行『粘膜探偵』


今晩は、ミニキャッパー周平です。前回、記念すべき第100回を迎え一区切りがつきましたが、第4回ジャンプホラー小説大賞(6/30〆切)もまだまだ募集中ですし、更新もこれまで通り続きます。

という訳で、今回ご紹介するのは、飴村行『粘膜探偵』。


デビュー長編『粘膜人間』から始まり、長編『粘膜蜥蜴』『粘膜兄弟』『粘膜戦士』、短編集『粘膜戦士』と続いてきたこのシリーズ。その6年ぶりの最新刊です。シリーズものですが、本書は他の本を未読でも問題なく楽しめます。

太平洋戦争下の日本。十四歳の少年・須永鉄児は、特別少年警邏隊(トッケー隊)イ號区二班に所属し、禁制品所持の不良分子を摘発する日々を送っていた。鉄児が任務に力を入れ、トッケー隊で身を立てようとする理由は、軍国少年としての思いの他に、父親との確執があった。大学を追放された研究者である父親は、己の名誉回復のために鉄児を南方戦線へ連れて行こうとしていた。そんな折、鉄児は町で起きた女給の自殺事件に陰謀の匂いを嗅ぎつけ、捜査に乗り出すが…

と書くと、何やら昭和探偵小説めいて見えますが、(シリーズファンはご存じの通り)この日本は爬虫人の存在する平行世界。戦時国家らしい暴力と、現実にはあり得ない生物の生むスプラッターがブレンドされた、破格の怪奇幻想が展開します。キャラも一筋縄ではいかず、
無私の軍国少年かと思いきや、残虐で身勝手な素顔を隠し持ったトッケー隊員の久世。
鉄児の父に取り入って、須永邸で南方生物を用いた謎の研究を続けている軍人・武智大佐。
寝たきりであるはずが、夢遊病的に行動しては謎めいた言葉を呟く、鉄児の祖母・菊乃。
などなど、明らかに裏のあるヤバい人ばかり。そんな中にあって、グロテスクな爬虫人であり、須永家の使用人である影子(トカゲの「カゲ」から名づけられました)は、本心を偽ることができないという属性があり、それゆえに、「一族郎党引っ立てて片っ端から頭蓋骨を叩き割ってやりたいです」という発言とか、内に秘めた凶暴性がちょくちょく漏れ出てくるのですが、裏表のなさゆえに謎の愛嬌があります。

ミステリ的な伏線回収やどんでん返しもこのシリーズの見どころですが、女給の自殺事件の真相に鉄児が迫ってからのすさまじい勢いの伏線回収はやはり驚きに満ちており、そして名探偵ならざる鉄児は、真相が開示されるほどに窮地に追い詰められ、陰謀や殺戮に巻き込まれていくことになります。

『粘膜』シリーズでは、個人的に一番のお気に入りである『粘膜蜥蜴』(グロテスクの中に泣ける部分もあり)も、ほぼ同じ時代を舞台にしており、こちらも単体で読めますのでお勧めしておきます。

最後にCMを。ホラーとは全く関係ありませんが、編集を担当したライトノベル、魔物少女たちに人間の青年が「教師」として向かい合う学園ドラマ、『「まもの」の君に僕は「せんせい」と呼ばれたい』好評発売中です。

2018年5月26日土曜日

「貞子」を降臨させた伝説のシリーズ……鈴木光司『リング』『らせん』『ループ』


今晩は、ミニキャッパー周平です。二〇一五年から続いてきたこのホラー小説ブログ、遂にタイトルの「百物語」通りの、第百回目を迎えました。今回のテーマは、記念すべき回にふさわしく、九〇年代日本に爆発的なホラーブームをもたらした作品であり、日本のホラーアイコンとも呼ぶべき「貞子」を生み出したシリーズ、『リング』三部作をご紹介します!


小説に触れていない方は、「えーっと、アレでしょ、『リング』って呪いのビデオテープの話で、貞子がテレビ画面から出てくるやつ」という感じのイメージをお持ちかと思いますが、その理解は半分くらいしか合っていませんし(まず貞子はテレビ画面からは出てきません)、三部作全部読めば二十パーセントくらいしか合っていません。今回は『リング』『らせん』『ループ』の三冊を、それぞれ、後半のネタバレを伏せつつご紹介していきます。

第一作『リング』。
雑誌記者である浅川は、四人の若者が同日同時刻に心臓麻痺で死亡した、不可解な事件を追ううちに、若者たちが見た一本のビデオテープを手に入れる。浅川がこれを視聴したところ、具体・抽象織り混ぜた不気味な映像のラストに、「この映像を見た者は七日後に死ぬ、死にたくなければ今から言う通りにしろ」という警告文が残されていた。だが肝心の「死から逃れる方法」が残されるべき部分は、別の映像が上書きされて見られなくなっていた。
浅川は、七日間というデッドラインを背負いながら、呪いを解く方法を突き止めるため、友人である大学講師・高山竜司とともに映像の分析を開始する。やがて浮かび上がってきたのが、「山村貞子」という女の存在だった……。

後世にかなり影響を与えているだろうこともあり、「デジタル媒体を用いて忍び寄ってくる死の呪い」自体は現在では見慣れたものになっているものの、情感のある描写力によって、シーンの怖さはまだ失われていません。また、オカルト的な力の存在を前提にしているとはいえ、ビデオの映像の手がかりから「犯人」を炙り出していく過程は推理ものに近い面白さもありますし、超常的な力とある「病気」を絡めた論理のアクロバットには驚かされます。
 
第2作『らせん』。
医師である安藤は、とある人物の変死体の解剖中に、不可解な肉腫を発見する。他の病院でも、ここ数カ月の間に解剖された変死体の中に、同様な肉腫が発見されていることを知った安藤は、それらの不審死に伝染病を疑う。やがて安藤は、感染源を探るうちに『ビデオテープの呪い』に辿り着く。そこで、浅川や高山がいかに「貞子」の正体に辿り着いたか、その結果何が起こったかを知る。だが、安藤の周囲で起こっていた事件は、浅川や高山が発見したはずの「呪いの正体」とは矛盾するものだった。

『らせん』で驚愕させられるのは、まず「ビデオテープをみたら一週間後に死ぬ呪い」というオカルト的な解釈しかできなかったものを、「映像の視聴によって体内に『リングウィルス』が発生する」という設定を付け加えることによって、医学的なアプローチから解明しようとするバイオホラーになっていること。そして前作終盤で明かされたはずの、「ビデオテープの呪い」のシステムが全く別のものに変質しており、呪いへの対処法が役に立たなくなっていること。前作を読んでいる読者にこそ、「何が起きているのか」という謎に翻弄されることになるでしょう。一方で、最も「貞子」というキャラクターが前面に登場し、現実と虚構の壁を食い破って読者を恐怖させるのもこの一冊でしょう。最終的には貞子の存在が人類規模の災厄に繋がるという展開のスケール感にも呆然とさせられます。

さて、『リング』『らせん』は映画化されたので、ここまでの内容はまだご存じの方も多いと思いますが、三部作完結編『ループ』は、唯一映画化されていない一冊。

感染性ヒトガンウィルスによって、癌が流行し、終末的なムードが漂っている世界。医学生である馨は、父親が癌に侵され、想い人の息子も癌に侵されているという状況に、苦悩の日々を送っていた。馨は偶然、感染性ヒトガンウィルスの流行が、かつて父親も関与していた人工生命創造プロジェクト『ループ』と何らかの関わりを持っているらしいことを突き止める。『ループ』の実態を暴き、ヒトガンウィルス根治の手段を探ろうとする馨は、運命的な導きによって、アメリカのロスアラモス近郊へ向かう。

……ビデオテープの呪いは? 貞子は? リングウィルスは? 前作ラストで人類を襲ったはずの災厄の行方は? この物語がどうすれば『リング』『らせん』の続きになるのだろうか、と読者は驚きながら前半を読んでいくでしょう。時には難病小説のようであり、時には冒険小説のようであり、時にはSF小説のようであり、と様々に変化していく物語は、やがて、『リング』『らせん』との接続を明かしつつ、宇宙の構造の話になり、恐怖と絶望に満ちたホラー小説の最終章とは信じられないような、壮大で感動的なクライマックスを迎えます。

という訳で、日本を恐怖のどん底に叩き込んだ『リング』から、想像を絶する完結編『ループ』まで(このほか、短編集も一冊あります)。怖がりたい人は勿論のこと、「驚異」を味わいたい人も必読。第百回にふさわしいシリーズでした。

最後にCMを。時代を変えるようなホラー作品を書きたいという貴方には、絶賛募集中の第4回ジャンプホラー小説大賞をお勧めします!

2018年5月19日土曜日

クラスメート42人の殺し合い。デスゲームブームの発火点――高見広春『バトル・ロワイアル』


今晩は、ミニキャッパー周平です。いよいよ更新99回目を迎えたこのブログ。100回目にふさわしい作品が何なのかまだ決まっていませんが、99回目に合う作品を探すのにもかなり苦労していました。そこで最終的に、99年に発表されて大きなブームを読んだホラー作品をご紹介することに決めました。

という訳で、本日の一冊は、高見広春『バトル・ロワイアル』。



パラレルワールドの日本(国名は「大東亜共和国」)。準鎖国状態で、総統と呼ばれる指導者の独裁体制下にあるこの国では、法律によって毎年ランダムに選ばれた中学生のクラスが、特別な「プログラム」を受けることになっていた。それは、クラスメート全員を閉鎖環境下におき、最後の一人になるまで殺し合わせるというものだった。
ロック好きの少年・七原秋也の所属する黒岩中学校3年B組は、修学旅行に向かうバスから拉致され、瀬戸内海の孤島に運ばれ、「プログラム」に選ばれたことを告げられる。クラスメート四十二人が最後の一人になるまで殺し合わされる極限状況で、秋也は親友を真っ先に殺されながら、怪我を負った少女・典子を守ろうとする……彼は生き残ることができるのか?

同じ年に刊行された貴志祐介『クリムゾンの迷宮』とともに、後年の「デスゲーム」ジャンルの興隆を決定づけた作品。何しろ19年も前の作品なので、デスゲーム作品好きでも、本書を実際に読んだことのない若い人も結構いるのではないでしょうか。そういう方はぜひ手に取ってみてください。文庫版では500ページ×上下巻という大ボリュームですが、ノンストップで読むことができる驚異の作品ですし、後年の「デスゲームもの」に登場する様々な衝撃が、この時点で既にあらかた備わっていることが分かります。

裏切り、不審、色仕掛け、性的欲求、詐術、脱出作戦、恋心、不慮の死、ヒステリー、とにかく「中学生」が「殺し合う」というシチュエーションに置かれたとき発生し得るであろうすべての要素が盛り込まれています。生徒たちは、命の駆け引きの合間に、時には日常のささやかな恋を思い出したり、時には子供の頃のトラウマを反芻したりしつつも、感傷は死によって踏みつぶされ、物語はフルスロットルで進みます。積み上げた思いが一瞬報われたかと思いきや、あっけなく失われていく場面の切なさ・苦しさに読者は翻弄されます。殺戮に次ぐ殺戮で徐々に読者の感覚も麻痺してきた辺りに叩き込まれる、精神的にキツい死の連鎖も非常にエグく痛ましい。私の中では残り生存者数が二ケタから一ケタになるところが本書でもっとも強烈な印象を残した「死の風景」でした。

一切の感情無くクラスメートを虐殺していく殺人マシーン的な男子生徒とか、美貌と演技力を駆使して騙し殺していく女子生徒とか、脅威となる生徒たちのキャラクターも立っています。また、生徒達はランダムでそれぞれの武器を与えられているのですが(その中には、ナイフや銃器の他、意外な品物もあります)、武器のうち強力なものが、ゲームが進むにつれどんどんヤバい人間の手に渡っていくのもハラハラさせられます。

疑心暗鬼や欺きを数多描きつつも、最終的には「信じる」/「信じない」というテーマにのっとったドラマに帰着することも胸に刺さり、この作品が大量のフォロワーを生んだことも頷ける読後感となっています。

本書は、日本ホラー小説大賞の最終候補に残りながら受賞ならず、太田出版から刊行されたもの。一度はリジェクトされた作品が別の出版社から世に出され、ホラージャンルの、さらには小説の歴史を変えたという点、作家志望者には励まされる部分もあるのではないでしょうか。第4回ジャンプホラー小説大賞も絶賛募集中です。

さて、次回はいよいよ更新一〇〇回目です! 何を紹介すればいいのか誰か教えてください!

2018年5月12日土曜日

超人気ホラー作家入門編――スティーヴン・キング『ミスト 短編傑作選』

今晩は、ミニキャッパー周平です。記念すべき第100回に向けて邁進し続けるこのブログですが、第98回目の今回まで、とある超大物ホラー作家の本を取り上げていなかったことが判明しました。果たしてどの著作を紹介すべきか……と悩んでいたところ、折よく短編集が刊行されたのでご紹介します。

という訳で本日の一冊は、スティーヴン・キング『ミスト 短編傑作選』。長編作家のイメージが強いキングですが、この一冊はコンパクトで入門としてもお手軽です。



冒頭を飾るショートショート「ほら、虎がいる」は、授業中、男子生徒がトイレに向かうとそこには人喰い虎がいた――という、子供の白昼夢めいたシチュエーションが、直接的な描写を抑えつつ鮮やかに描かれる幻想恐怖小説。

「ジョウント」はキングの作品に垣間見えるSFテイストが前面に出た短編。古典『虎よ、虎よ!』に登場するテレポート技術「ジョウント効果」を題材に、物質転送技術に潜む陥穽を、火星へ旅立つ家族の一コマを通じて語ります。(クトゥルー作品等とは別の意味で)宇宙的な恐怖を感じさせる一本。

「ノーナ」は、服役中の青年の語りから始まるファムファタルもの。大学を辞め放浪していた青年が、食堂で出会った謎めいた女に一目ぼれしてしまったことをきっかけに、猟奇的な殺人に手を染めていく……青年の怒りと殺人欲求を増幅させる、謎の女の正体とは? ティーンエイジャーの鬱屈と破壊衝動が浮き彫りにします。

「カインの末裔」は、少年が犯罪計画を実行するまでを描いた掌編。何気ない寮生活のワンシーンから、隠していた銃を取り出し決行に至るまでの流れがシームレスに描かれる中で、「何が彼をそうさせたか」は、不気味な謎として残されます。

巻末におかれ、本書の半分強を占めるのが、映画・ドラマ『ミスト』の原作にもなった代表作の一つ「霧」。湖畔の家に住むデヴィッドは、大きな嵐が去った翌日、濃い霧が立ち込める中で、息子のビリー、隣人のノートンとともに買い出しに出かける。だが、スーパーマーケットでレジの行列を待っている間に、男が「霧の中に何かがいる」と叫び店内に駆け込んできたことで、店内にパニックが起こる。霧の中には、この世のものではない複数の怪物たちが潜んでおり、人間の命を狙っていたのだ。スーパーマーケット内の人々は、立て籠もって生き残りを模索するが、怪物の存在を信じず外へ出ていこうとする者、怪しげな終末論を説く扇動者などの存在で、人々の精神は限界に近付いていく……

特に印象的な場面は、「外へ出て救援を呼びにいく」と主張する集団の一人に長い綱を持たせて、「どこまで行くことができるか」=「どのくらいの距離まで死なずに進めたか」を確かめようとする箇所。綱のこちら側に伝わってくる振動の描写だけで、彼らが怪物に襲われ、捕食されたらしいことが伝わってくるという展開で、怪物の姿を直接描いていないのに、恐ろしさを存分に引き出しています。こういった視覚的な刺激のあるアクション・殺戮シーンが多数含まれ、複数回映像化されるのも納得の内容となっています。

ところで、映画『ミスト』といえば衝撃的な結末で有名ですが、それは監督フランク・ダラボンによって改変されたものであり、原作版の終幕とはほぼ別物。どちらのエンディングが好きか見比べてみてもよいかと思います。

最後に毎度おなじみのCMを。「ジャンプホラー小説大賞」第4回の締切6月末までもうすぐ。ふるってご応募ください。第3回のジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』も絶賛発売中です。


2018年5月5日土曜日

ドールハウスの中を覗いた先に――『奥の部屋 ロバート・エイクマン短編集』

今晩は、ミニキャッパー周平です。いよいよ97回目の更新となります。先週は貴志祐介『黒い家』をご紹介しましたが、実はあの作品、20年前の98年12月に刊行されたムック『このホラーが怖い! 99年版』の年間ランキングの国内編で第1位を獲得しているのです。もっともこのムックは『このミス』などと違い一度しか刊行されなかったため、『黒い家』が国内ランキングで1位を獲得した唯一の作品になってしまった訳ですが。さて、国内編のランキングがあったということは、海外編のランキングも当然あったのです。ちなみに海外編2位はキングの『グリーン・マイル』。

という訳で本日の一冊は、『このホラーが怖い!』年間ランキング海外編1位(訳書の初刊は97年)。『奥の部屋 ロバート・エイクマン短編集』(今本渉編訳)。国内編1位がジェットコースター的なエンタメホラーであったのに対して、こちらはじわじわと不気味な、闇深き幻想文学といった趣です。



比較的分かりやすくホラーなのは二編くらい。「何と冷たい小さな君の手よ」は、間違い電話をきっかけに、電話の先にいる女性に懸想してしまった男の物語。すこし不思議系ラブストーリーのような展開から一転して、女との通話に憑りつかれ、日常を奪われ魂を削られていく男の鬼気迫る姿を描きます。ラストシーンの鮮やかさは随一。「待合室」は鉄道の乗り換えに失敗し、無人の待合所で過ごすことになった男の一夜の体験。照明をいじったり、寝心地の悪い座席になんとか身を横たえたりしているうちに夢うつつに見た光景は……これら二作品は、誰が読んでもホラーに分類する内容でしょうし、特に「待合室」は短いながら全ての種明かしがなされている、本書中唯一の作品といっていいでしょう。

さて、残り五本は一筋縄ではいかない作品ばかり。著者紹介に「謎めいた暗示と象徴により新しい恐怖を創造した」と書かれている通り、おおむね、凶兆や幻視めいた影が現れるものの決定的な出来事は語り手の眼前で起こらず、怪異の正体は明示されることもなく、断片的な手がかりだけが残され、読者が我に返るといつの間にか語り手が不可解な心理的喪失を負っている――という感触です。

表題作「奥の部屋」を例に挙げて見ましょう。ドライブ中に車が故障してしまった一家が、偶然辿り着いたのは雑貨店。そこで長女・レーネが両親に買ってもらったのは、奇妙に暗いムードのあるドールハウスだった。ドールハウスの中を窓から覗きこんでみると、ごくごく普通の人形に交じって正気を失ったような表情のものがある。こじあけて中を確かめようとしても、レーネの力ではドールハウスの扉を開くことができない。レーネは夢の中でか、現実でか、ドールハウスの中にいるはずの人間が、外の世界にいる姿を目撃する。やがて、測量方法を学んだ弟が、ドールハウスには外から見えない隠し部屋が存在しているらしい、と告げる。それを聞いて中を確かめた母親は、有無を言わさずドールハウスを封印し、売り飛ばしてしまう――ここまでが前半部分であり、後半では意外な形でレーネがドールハウスと再会しますが、母親が何を見出したのか、怪しい様相の人形は何だったのかは最後まで明らかにされないままです。しかし、詳細かつ不気味なドールハウスの細部の描写をじっくり読んでいけば、何か回答めいたものが浮かびそうな気もします。

「スタア来臨」は、さびれた町の劇場の公演に、往年のスター女優が出演することになる話。町の宿には女優の追っかけをしているという男が泊まるが、すぐに姿を消し、ぱたぱたと中から音のするスーツケースだけが残されている。女優本人も宿にやってくるが、彼女が伴っている付き人も素性が知れない。やがて舞台の幕が上がるが――
「恍惚」では、絵画を趣味とする男が、好きだった画家の、年老いた未亡人を訪問する。画家のことを訊くはずだったのに、未亡人と会話しているうちに動物の影が横切ったような気がして、気づけば、未亡人の発する奇妙な命令に従っている。
「学友」では女性主人公が語り手。幼い頃に仲の良かった少女・サリーと久しぶりに再会すると、不自然に病み衰えており、彼女の家を訪問すると、何かの生物の気配と、亡くなったサリーの父親(母親は実在すら怪しい)の痕跡が蟠っている。
「髪を束ねて」は、交際中の男性の実家を訪問した折に、近隣に住む変わり者の中年女性から声を掛けられる、というなんということのない導入から、不可解な儀式が行われているらしい森の迷路へと導かれていく。
この辺りになると「わかりやすい解説が欲しい」という気持ちも沸いてきますが、各作品の語り手は基本的に、起こる現象の正体をつきとめようとせず、何かに取り込まれたように淡々と叙述していきます。それでいて、何者か分からない動物や人間の影がさっと横切る、というモチーフをはじめ、不吉な描写の積み上げで、死神とか悪魔とか死の気配とか狂気とかいった連想を引き出し、読者を深い靄に包んでいく。なんとも得体の知れない、「モダン・ホラーの極北」の煽り文句にふさわしい一冊です。