という訳で本日の一冊は、スティーヴン・キング『ミスト 短編傑作選』。長編作家のイメージが強いキングですが、この一冊はコンパクトで入門としてもお手軽です。
冒頭を飾るショートショート「ほら、虎がいる」は、授業中、男子生徒がトイレに向かうとそこには人喰い虎がいた――という、子供の白昼夢めいたシチュエーションが、直接的な描写を抑えつつ鮮やかに描かれる幻想恐怖小説。
「ジョウント」はキングの作品に垣間見えるSFテイストが前面に出た短編。古典『虎よ、虎よ!』に登場するテレポート技術「ジョウント効果」を題材に、物質転送技術に潜む陥穽を、火星へ旅立つ家族の一コマを通じて語ります。(クトゥルー作品等とは別の意味で)宇宙的な恐怖を感じさせる一本。
「ノーナ」は、服役中の青年の語りから始まるファムファタルもの。大学を辞め放浪していた青年が、食堂で出会った謎めいた女に一目ぼれしてしまったことをきっかけに、猟奇的な殺人に手を染めていく……青年の怒りと殺人欲求を増幅させる、謎の女の正体とは? ティーンエイジャーの鬱屈と破壊衝動が浮き彫りにします。
「カインの末裔」は、少年が犯罪計画を実行するまでを描いた掌編。何気ない寮生活のワンシーンから、隠していた銃を取り出し決行に至るまでの流れがシームレスに描かれる中で、「何が彼をそうさせたか」は、不気味な謎として残されます。
巻末におかれ、本書の半分強を占めるのが、映画・ドラマ『ミスト』の原作にもなった代表作の一つ「霧」。湖畔の家に住むデヴィッドは、大きな嵐が去った翌日、濃い霧が立ち込める中で、息子のビリー、隣人のノートンとともに買い出しに出かける。だが、スーパーマーケットでレジの行列を待っている間に、男が「霧の中に何かがいる」と叫び店内に駆け込んできたことで、店内にパニックが起こる。霧の中には、この世のものではない複数の怪物たちが潜んでおり、人間の命を狙っていたのだ。スーパーマーケット内の人々は、立て籠もって生き残りを模索するが、怪物の存在を信じず外へ出ていこうとする者、怪しげな終末論を説く扇動者などの存在で、人々の精神は限界に近付いていく……
特に印象的な場面は、「外へ出て救援を呼びにいく」と主張する集団の一人に長い綱を持たせて、「どこまで行くことができるか」=「どのくらいの距離まで死なずに進めたか」を確かめようとする箇所。綱のこちら側に伝わってくる振動の描写だけで、彼らが怪物に襲われ、捕食されたらしいことが伝わってくるという展開で、怪物の姿を直接描いていないのに、恐ろしさを存分に引き出しています。こういった視覚的な刺激のあるアクション・殺戮シーンが多数含まれ、複数回映像化されるのも納得の内容となっています。
ところで、映画『ミスト』といえば衝撃的な結末で有名ですが、それは監督フランク・ダラボンによって改変されたものであり、原作版の終幕とはほぼ別物。どちらのエンディングが好きか見比べてみてもよいかと思います。
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