2019年6月29日土曜日

千変万化の技巧を凝らした15の幻想と異形――津原泰水『綺譚集』



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さて、本日ご紹介するのは、津原泰水『綺譚集』。2008年の本ですが、つい先日再版がかかったので手に入りやすくなっているかと思います。収録作は15編。幻想奇想怪奇残酷恋情、簡単にはジャンル分けしにくい掌編・短編群が、作品ごとに異なる凝りに凝った語りで並んでいる、恐るべき一冊です。そのうち、ホラーカテゴリに分類しやすい作品をご紹介します。




まず、ホラーアンソロジー『異形コレクション』初出の作品から。
「脛骨」は『異形コレクション 屍者の行進』初出。交通事故で片足を失った女性の見舞いに行った男が、事故現場に残されたままだという彼女の足を見つけたくなって……という導入。モチーフのグロテスクさと、ラブストーリーのような抒情性が不思議な調和をもたらします。
「聖戦の記録」は『異形コレクション 侵略!』初出。公園で兎を放し飼いにする老人たちと、ペットの犬を公園で散歩させる主人公との対立が、徐々にエスカレートし、やがて地獄絵図に至る作品です。つまりはご近所トラブルなのですが、読点を一切使用しない畳みかけるような文章と、変な固有名詞(登場人物やペットの姓名がすべて実在芸能人と同じ)によって、マッドな世界が形成されています。
「約束」は『異形コレクション ラヴ・フリーク』初出。偶然から観覧車に同乗することになった少年と少女の悲恋についての物語を、最小限の文章で鮮やかに語り、しかいきなり読者を空中に放り出すような謎めいた記述で物語をひっくり返す(巻末解説で初めて知りましたが、パリノウドと呼ばれる手法らしいです)。本書中最も、自分の記憶に刻まれた作品です。
「安珠の水」は『異形コレクション 水妖』初出。水の中で生まれた、水に沈む奇妙な性質をもつ子供を抱え、海辺を転々として生きる女性の物語。読点が極端に多く倒置法を駆使した文体は、普通ではありえないような言葉の連なりを生み出して、未知の読書体験を与えてくれます。
『ホラーウェイブ』という雑誌が初出の作品「夜のジャミラ」は、小学校でいじめに遭って自殺し、霊となって学校内を彷徨っていた少年の語り。無邪気なセリフ回しから垣間見える残酷さや、学校内での悲劇を吸収し膨れ上がっていく異形の姿に、本書の中で最もストレートなホラー性を感じさせる作品と言えます。
ホラーアンソロジー『悪夢が嗤う瞬間』初出の「アクアポリス」。建設中の海洋博のパビリオンを見学に行った子供たちのうち一人が事故死してしまい……方言を駆使したセリフからノスタルジーがかきたてられる、幻想と現実の間をシームレスに行き来する作品です。
朗読会のために書き下ろされた作品である「古傷と太陽」もホラー度が高め。傷口の中に青空が覗く、という謎の男の過去が明かされるうちに、思いもよらぬ残酷な光景が読者の前に現出します。
これらの作品の他にも、絵画の中の庭を再現しようとする男たちが妄執に囚われていく「ドービニィの庭で」、私小説風に始まりながら突如転調し、語り手が死体の隠蔽と損壊に手を貸す「天使解体」、浅い考えで祖父を殺そうとする少女の弟が体験する惨劇「サイレン」など、こちらをぞくりとさせる作品には事欠きません。
一編一編新しい手法を試しているような印象さえ受ける、技巧に満ち満ちた作品集でもありますので、作家志望者にとっても学ぶところの多い一冊と言えるでしょう。

2019年6月22日土曜日

読み終わった貴方も気づいていない⁉ 最後の伏線開示が物語後に待つ劇的ミステリー×ホラー。澤村伊智『予言の島』




こんばんは、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞〆切は間もなく、6月30日。ぜひラストスパートを。第4回ジャンプホラー小説大賞《金賞》『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ 僕たちの腐りきった青春に』も絶賛発売中です! noteに試し読みも掲載中ですよ!

さて、いきなりですが、本日ご紹介する一冊は、澤村伊智『予言の島』。



人気作家の作品ですし、あちこちで既にレビューが上がっています。既に買って読んだ方も多いでしょう。そこで今回は、いつもとテイストを変えて。「私は気づいたけど気づいていない人が多いっぽいから触れ回りたい!」というミーハーな気持ちでご紹介を。

天宮淳の古い友人である宗作は、東京の会社でパワハラに遭って自殺未遂を起こし、故郷に戻ってきた。同じく古くからの友人である春夫は、彼らを気晴らしの旅行に誘う。淳・宗作・春夫たちが向かったのは瀬戸内海の小島・霧久井島。90年代半ばに霊能力者・宇津木幽子が訪れ、祟りによって死んでしまったといういわくつきの島であった。更に、幽子は亡くなる前に、二〇年後の八月二十五日から二十六日の未明にかけて、島で六人が死ぬという予言を残していた。淳たちは、興味本位から、死の予言の日が迫る中で島に上陸しようとしていたのだ。やがて、島の民宿に泊まったメンバーの中から予言通りに死者が出始めるが、不気味な守り神の像を信仰する島の人々は、よそ者を拒絶し、むしろよそ者の死を望むような発言さえ始める……。

横溝正史テイストを漂わせ、オカルトブーム時代のモチーフを散りばめつつ、怪奇現象や超能力に対して推理によって謎を解こうとする。ミステリの論理にすべてが回収されるのか、ホラーの超常にすべてが飲み込まれてしまうのか、そんなせめぎあいのうちに明かされていく、怨霊の恐るべき起源と、物語全体に充満する狂気の正体に二度驚かされる作品です。

しかし、です。私が本書を読んで最も震えたのは、上記2つの驚きに襲われた瞬間ではありません。

物語のあとに、巻末に参考文献や引用資料を示した2ページがあるのですが、その中のある部分を見て、私はもう一度強い衝撃を受けました。その記述を見た瞬間に、『予言の島』という本のものすごく目立つ箇所に、物語の大仕掛けを暗示……というか、ほぼ回答を示すに近い伏線が置いてあったことに気づいて、愕然としたのです。

恐らく、作者としては「わかる人にだけ意味を分かってもらえればいい」と仕込んだネタだったのでしょう。私が分かったのは、「と学会」の本などで、オカルト・疑似科学ネタに親しんでいたからです。“それ”の意味が分かるのはたぶん日本中で数千人、多くて数万人くらいであり、『予言の島』読者の中でもきっと高い比率ではないと思います。編集部周りの読了者3名に聞きましたが誰も気づいていませんでした。

既に『予言の島』を読み終わっていて、この伏線に気づいていらっしゃない方は、319ページの印の一行目に書いてある文言”××××ד(五文字伏せます)をググってみて下さい。恐らく1番上にWikipediaの記事が出てきます。たぶん何番目かにニコニコ大百科の記事も出てきます。その辺りを読めばたちどころに、澤村伊智が大胆に配置した、初見時99.9%以上の確率で見破れないであろうこの伏線が、いかにこの物語そのものを的確に表しているか――大仕掛けや、オカルトを信じる/信じないことによって見える世界が変わるか――についても理解できると思います。この物語のためにここにこれを置いた、そのことが、私にとって何より凄味を感じさせました。もちろん、未読の方は読み終わった後にググッてみて下さいね。