2019年2月23日土曜日

他人の家でも、自分の家でも逃げ場はなし。大人気ホラー作家の短編集『澤村伊智短編集 ひとんち』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。それとは別にホラー賞以外のホラー企画も現在極秘立案中なのでどうかご期待下さい。

本日の一冊は、澤村伊智『澤村伊智短編集 ひとんち』。



『ぼぎわんが、来る』などでおなじみの大人気作家による作品集で、ノンシリーズの短編集はこれが初。ヒーロー役が存在し怪異の由来が解かれる「比嘉姉妹シリーズ」(『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』『ししりばの家』『などらきの首』)と違って、この短編集はヒーロー不在ですから、手の施しようのなかったり理解を超えていたりする恐怖が描かれる率が高いです。

「ひとんち」は、古い友人であった三人の女が久々に集まって近況を語り合っていく、という導入。そのうち一人が語ったのは、結婚を考えていた相手の家に訪ねた折、家の中で奇妙な儀式をさせられたという話だった――よく知っているはずの相手が、家の中では、倫理観が全く壊れた異様な環境下で平然と暮らしている、という点で、長編『ししりばの家』を髣髴とさせる内容ですが、前述の通り短編ですので、起きている事態は暗示されるものの結末はむしろ迷宮に誘われるようなものです。

「夢の行き先」の主人公は、小学生5年生の健吾。彼は“マンション内で、薙刀を持った老婆に追いかけられ、殺される直前で目を覚ます”という夢に悩まされていた。オカルト本で除霊の方法を調べ、何とか夢から解放された健吾だったが、今度はクラスメイトの匡が、夢の中で同じように老婆に追いかけられ始めたのを知る……この展開から更にもう一捻り。“徐々に近づいてくる怪異”というメリーさんタイプの作品は世に数あれど、ここまでトリッキーな展開のものは唯一無二でしょう。本書内の一推し作品です。

「闇の花園」は、全身を黒い衣装で包み、学校内で誰ともコミュニケーションを取らず孤立している少女の話。担任教師は、彼女の挙動の原因を、親による虐待ではないかと疑う。案の定、母親はいわゆる電波系な妄想を垂れ流す人で、教師は何とか少女を母親から助け出そうとするが……。ここまで超常に振り切った内容は、作者の中では珍しいものです。

「ありふれた映像」はスーパーの鮮魚コーナーで流される販促映像の中に、異様なモノが映っていた、という怪異を発端とするストーリー。呪いのビデオをモチーフとした『リング』が大ヒットしたのは90年代でしたが、あれから20年以上が経って、“映像”が町中に大量に溢れるようになった今だからこそ書かれた作品と言えます。

「宮本くんの手」でスポットが当たるのは、異常な手荒れに悩まされる男。手がひび割れ、皮が大量にむけ血が溢れるという症状が、薬を塗っても治らずエスカレートしていく。原因不明に見えたが、実は手荒れがひどくなるタイミングには、とある法則があり……。この“法則”が何なのか示された瞬間には、伏線回収の妙技に膝を打ちました。

「シュマシラ」のテーマはUMA。UMAをモチーフにした昔の食玩シリーズに、唯一元ネタが不明なものがある。元ネタとなった猿人型UMAの情報を得ようと、マニア的関心から調査をしていた好事家たちだったが……。長編と同じく、どこまでが実在の妖怪の話でどこからが作者の創作か分からせない、巧妙な嘘のつき方が素敵です。

「死神」は、友人から突然、植物とペットを預かるよう頼まれた男の話。預かった生物たちを世話しているうち、自分の記憶がふいに消えるようになり、やがて友人との連絡が途絶え……。物語の冒頭でこの作品のジャンルがどういうものか暗示されていますが、媒介となるアイテムを変えるだけでこれほど読み味が変わるのかと驚かされます。

「じぶんち」の主人公・卓也は中学2年生。学校のスキー合宿を終えて深夜に帰宅すると、家の中の様子がおかしい。両親と弟の姿が無いのに、電気も炬燵もテレビもついている。一方で、家の各部屋は暖房が消えてしばらく経ちひんやりしており……。“メアリー・セレスト号事件”のような失踪現象がほかならぬ我が家で起きる、という話ですが、卓也の前には、家族の失踪の謎に引き続いて、不条理ともいえる恐怖が次々に襲い掛かります。真相は断片的にだけ明かされるのですが、そこでホラー以外のジャンルにも踏み込んでいく異色の作品です。

ホラーに造詣の深い作者が、既存のホラーのサブジャンルを熟知しながら、そこからいかにズラして新しいものを作るか、あるいはいかに“今しか書けない”作品を書くかに挑戦し続けている――そんな風に、作者のホラーにかける気概を感じさせられる一冊です。


2019年2月16日土曜日

金田一耕助を生んだ作者の怪奇探偵小説群。日下三蔵編・横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。さて、去年までホラーの小説賞といえば、うちの他にも日本ホラー小説大賞が存在したのですが、第25回をもって惜しまれつつも休止となり、《横溝正史ミステリ大賞》に吸収されることになりました。それを契機として「横溝正史のホラー短編」を集めるべく編まれた、という経緯をもつのが、今回ご紹介する本です。



本日の一冊は、日下三蔵編・横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』。収録作14編の中で、特にホラー味の強いものは、「双生児」「妖説血屋敷」「面(マスク)」「舌」「白い恋人」「誘蛾燈」「髑髏鬼」「恐怖の映画」「丹夫人の化粧台」あたりです。うち、まずはミステリの骨格を備えているものからご紹介しましょう。

「妖説血屋敷」……踊りの家元である菱川流には、初代家元が殺した女・お染の祟りが代々続いている。そんな菱川流の七代目・とらが、娘ではなく内弟子に八代目を譲ると宣告してから、家の中ではお染の亡霊が目撃されるようになり、とらは喉を抉られて死亡する。更に第二の殺人が起き、《血屋敷》という不気味なダイイングメッセージが遺される。

「髑髏鬼」……麻布のあちことで、目も鼻も唇もない髑髏そのままの顔をもった、正体不明の“髑髏仮面”の目撃情報が相次いでいるさなかに、吉井男爵家の令嬢・田鶴子の誕生祝いが男爵邸で行われる。その宴では田鶴子と、男爵の秘書・片山が婚約披露をする予定になっていたが、邸内で髑髏仮面が目撃され、片山の刺殺体が発見された。

「恐怖の映画」……夜の撮影所で、俳優の良一と女優の蘭子は密会をしていた。蘭子は撮影所所長の妻であったが、良一と秘密の関係を結んでいたのだった。逢引きの場面を見つかりそうになった良一は、蘭子を鉄の処女のレプリカの中に匿うが、翌日、蘭子は別の場所で、絞殺された上に眼球を抉られた姿で発見される。

「丹夫人の化粧台」……丹博士が不可解な自殺を遂げたことで、丹夫人は未亡人となった。彼女を巡って、二人の若者、高見と初山は争いを繰り広げる。ところが、初山が《気をつけたまえ。――丹夫人の化粧台――》と言い残して死亡する。高見は、丹博士の死や初山の遺言を気にかけつつも、未亡人との逢瀬を重ねていくが。

上記の4作品は、前フリとしてホラー成分がふんだんに盛られたミステリで、名探偵もおらず、事件の真相に辿り着いた人々もたいてい当事者になってしまうという、推理小説と怪奇小説の距離が近かった時代を象徴するような内容です。死体が発見される時の演出(血の付いた蛾が白い楽譜にとまる、など)も怪奇ムードを高めます。殺人の動機には、人間のどろどろした感情、むき出しの情念が横たわっています。深い愛憎のドラマが猟奇事件にマッチするということなのかもしれません。ところで、「恐怖の映画」は人妻に、「丹夫人の化粧台」は未亡人に、それぞれ懸想した男に災いが降りかかるのですが、こういう作品は他にもあり、下記の2編がそうです。

「面(マスク)」……絵画展に飾られていた一枚の絵。遊女と少年が起請を取り交わす場面を描いたその絵に見とれていた男は、老人に声をかけられる。老人はその絵が描かれた経緯――人妻に恋した若者に振りかかった悲劇――を語り始めた。

「誘蛾燈」……寝室の明かりの色を変えることで夫の不在を知らせ、愛人を家に引き込む女。ある日、彼女が愛人を迎えているうちに夫が帰宅してしまう。

こういったタイプの作品が複数存在するのは、人倫にもとる行為をしている人間はおのずと報いを受ける、という思想の表れかもしれません。ただ、そういう因果応報めいた部分から切り離された作品群――下記の3編などはよりホラーの濃度が高くなります。私が一番怖いと思ったのはこれらの作品です。

「舌」……夜の露店で売られていた人間の舌が売られていた。店主は通りがかった客に、その舌の持ち主の末路を語り始める。

「白い恋人」……映画女優がダンスホールで、見ず知らずの男を殺害したうえで自殺を遂げた。その衝撃的で不可解な事件の陰には、彼女がかつて見せられたおぞましい映画の記憶があった。

「双生児」……唯介と徹は双生児だが、別々の家で育てられてから改めて一つの家で暮らすことになった事情からか、性格も真反対で、互いに憎悪し合っていた。唯介と結婚したよし子は、ある日を境に、唯介の態度が別人のようになっているのに気づき、徹が唯介を殺してなり替わったのではないかと疑いはじめる。

「舌」は僅か6ページで、全てが語り切られないからこそ生じる凄味。「白い恋人」は人間を操る手段の異様さ。「双生児」は読者を引き込む謎の巧みさとずしりと来る読後感。それぞれにホラーアンソロジーに収録されておかしくない恐怖の風格をたたえています。

本書に収められた作品は全て戦前のもの。戦後、作者は金田一耕助シリーズを生み出すことになりますが、金田一耕助シリーズに横溢する独特の陰影・恐ろしさは、既にこのころに誕生していたといえるでしょう。

2019年2月9日土曜日

幻想の夜市へ、かつて売った弟を買い戻すため――恒川光太郎『夜市』



今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞は6月末日まで絶賛募集中ですので、どしどしご応募ください。さて、このブログも今回で120回目の更新となりますが、ここまで来ると、紹介したことがある本なのか、紹介したことが無い本なのか、記憶があやふやになってきます。紹介したつもりになっていて、人から「あの本は取り上げないの?」と聞かれ、慌てて確認して未紹介だったことが発覚したのが今回の本。

という訳で、本日の一冊は、恒川光太郎『夜市』。ホラー/幻想小説の優れた書き手として知られる作家の記念すべきデビュー作です。



大学生のいずみは、高校時代の同級生である裕司に誘われ、森の中で開かれる夜市に辿り着く。それは、永久放浪者が黄泉の河原の石を売り、一つ目ゴリラが何でも斬れる刀を売り、葉巻カウボーイが首を売り……という、この世ならぬ存在たちがこの世ならぬ品々を売る不思議な市だった。そして、ひとたび夜市に入ったが最後、何か一つ買い物をしなければ外へ出ることはできないのだ。

実は裕司には、小学生のころ弟とともに夜市に迷い込んだとき、弟を人攫いに売って野球の才能を買ったという過去があった。弟がこの世に存在していた痕跡は一切消えてしまい、家族や知人からもその記憶は失われていた。大学生になった裕司は、弟を買い戻すために再び夜市に訪れたのだった。だが、そんな裕司に、人攫いは大きな代価を要求する……。

悪魔との取引”というオーソドックスなホラーの素材を、和風の夜市という“舞台”の設定でオリジナルなものに料理して見せた作品です。作者は“ここではない場所”を鮮やかに描きつつ、人生の哀切を浮かび上がらせるという技に秀でています。本作でも、夜市の幻想的な光景は、昏い華やかさとも呼べるような美をたたえていて、その一方で、弟を売った兄、兄に売られた弟、それぞれの喪失感に満ちた人生の物語に胸を締め付けられます。
そういった作風は、もう一編の収録作「風の古道」にも表れています。

七歳の頃、“私”は花見に行った公園から不思議な道に踏み入ってしまう。その道は未舗装で、道の両脇に並ぶ家はどの家も玄関を道側に向けておらず、電信柱やポストや駐車場も存在せず、人の気配もない。“私”は、心細く、恐ろしい思いをしながら何とか普通の道に帰り着いた。

その五年後、十二歳の夏休みに、友人のカズキにかつての体験を話したことがきっかけで、“私”はカズキとともにもう一度その道に入ることになる。ところがどこまで行っても普通の道に戻ってくることができない。親切な青年・レンに助けられてようやく帰路を見出したかに見えたが、道中でカズキが瀕死の重傷を負ったことで、旅の目的は一変する……。

現実世界のすぐそばに存在しながら、一部の人しか入ることのできない古道。そこを異形の存在達が歩いていく場面には、恐ろしさとともに奇妙なノスタルジーを喚起させられます。古道の旅人は種を持っていて、彼らが道中で斃れたらそこに芽が生え、やがて大樹に育つ、という世界観にもグッときます。物語の後半で焦点が当たるのは、古道で生まれ育ち旅を続けるレンの人生。(我々の住んでいる)現実世界の方には決して立ち入ることのできない彼の、過去と現在に迫るうち、作中では幾つもの“別れ”が描かれます。その一つ一つはきっと読者の心に残るものになるでしょう。

2019年2月2日土曜日

怖ろしく、切なく、胸にしみいる7つの怪談。山白朝子『死者のための音楽』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昨年末、怪談誌『幽』が30号をもって休刊となりました。このブログで紹介した本の中にも、『幽』に掲載された作品を集めたものや『幽』の新人賞でデビューした作家のものなど多数ありましたので、その存在の大きさを改めて噛みしめています。今回は、『幽』初出作品を集めた本をご紹介しましょう。

という訳で本日の一冊は、山白朝子『死者のための音楽』。



別名義で既に長く活躍していた作者の、山白朝子名義での初の著書でもあります。本書に収録された怪談、全7編の中で、恐怖度の強い作品をまず挙げると「黄金工場」「鬼物語」。

「黄金工場」は、工場の廃液によって黄金に変わった虫を見つけた少年の物語。その廃液を浴びたもののうち、生きているものだけは黄金に変わってしまう。黄金になったミミズやダンゴムシを集めているうちはいいのですが、大きな生き物ほど大量の黄金に変わる、ということは、行き着く先は……。本書中一番ショッキングな絵面が待ち受けています。

「鬼物語」で描かれる鬼は、指で人間を押しつぶすほど巨大であり、たびたび村を襲って殺戮を繰り広げる存在で、進撃の巨人もかくやという恐ろしさです。一方で、物語を追っていくと、3代に渡って鬼に大切な人を奪われた家系の、哀切な年代記も浮かび上がります。

上記二作品は、怖さとともに悲しみが胸にぐっと迫る内容です。悲しみ、そして時にはそこからの魂の救済は、この本全体に底流として流れているように思えます。

「井戸を下りる」の主人公は、父親の叱責から逃れようと逃げ込んだ井戸の底に、女が潜んでいるのを見つけます。そこに住んでいるという奇妙な女に惹かれていき、井戸に通うようになった主人公。彼が最後に辿り着く場所のぞっとするような美しさが印象的です。

「長い旅のはじまり」は、強盗に父を殺された娘の話。彼女は性経験が無いにもかかわらず子供を産みます。子供は、生まれた時から、誰に教わったこともないお経を覚えていて……。悲運に翻弄される二人の姿が健気で、タイトルに込められた意味がラストで読者の心に響いてきます。

「未完の像」は、彫刻の圧倒的な才を持つ少女の話。その技術は高く、木彫りで鳥を作ればその鳥が空へ飛んで行ってしまうほど。彼女は仏像士のもとに弟子入りして、仏像を作ろうと試みるが……。彫刻の合間にわずかだけ垣間見える少女の想いが、語り手と読者の胸を打ちます。

「鳥とファフロツキーズ現象について」は、鴉に似た正体不明の鳥を助けた父娘の話。テレパシーのような超能力をもったその鳥は、父娘が欲しいと思ったものを目の前に運んできてくれるという可愛らしい習性がありましたが……父娘を襲った悲劇をきっかけに、鳥との関係が全く変わってしまいます。二転三転する展開の先に待つのが、残酷な結末なのか救いなのか、胸が苦しくなりながら目が離せない作品です。

単行本書き下ろし作品である「死者のための音楽」は、手首を切って自殺を図った母と、その娘の対話形式で綴られる、母の人生の物語。聴覚に障害をもって生まれた彼女は、幼い頃に溺れて死に瀕したとき、水中でこの世のものではない美しい音楽を聞いて、その音色に生涯あこがれることになった。やわらかな口語文体で現世の生と彼岸の美が語られる、涙を誘う傑作。

(どれというとネタバレになるので伏せますが)幻想小説としての味わいを十分にもちながらも、ミステリ的な鮮やかなどんでん返し、騙しのトリックが含まれている作品も多く驚かされます。それでいてどの作品も、読者の感情にさざ波を立てること間違いなしの物語です。山白朝子名義での(ノンシリーズの)短編集は、これと『私の頭が正常であったなら』のみ。一編一編を大切に読んでほしい一冊です。