2018年4月14日土曜日

暖かな沖縄の地にも怪異は息づく――『私はフーイー 沖縄怪談短編集』

今晩は、ミニキャッパー周平です。百物語も第九十四夜目となりました。計算上は六月上旬には第百夜目を迎えることになるわけですが、その間に横たわるゴールデンウイーク前の校了の山を無事に乗り越えられるか、神のみぞ知るといったところです。


本日ご紹介する一冊は、恒川光太郎『私はフーイー 沖縄怪談短編集』。
タイトル通り、(主に)沖縄の本島や島々を舞台にし、沖縄弁の飛び交う異国的ともいえる世界で語られる、恐怖や怪異に纏わる7編を集めた作品集となっています。


表題作となっている「私はフーイー」は、琉球王朝時代の沖縄に流れ着いた、動物に変身することのできる女・フーイーが、五十年おきに転生を繰り返し、廃藩置県や太平洋戦争といった沖縄史の激動を見守り続ける物語。次々に時代が飛び、雄大なタイムスパンで語られるフーイーの生の在り方はマジックリアリズム的なスケールの大きさがあります。
人の生き様、人生を丸ごと描いた作品は他にも二本あり、「幻灯電車」は昭和初期から沖縄の本土復帰頃までを生きた女性の一代記で、家族の犯した殺人によって零落していく人生を、どこへ向かうとも知れない「お化け電車」の幻影が怪しく彩る物語。「月夜の夢の、帰り道」は、「十二歳の少年が、祭りの夜の日に出会った女に、悲惨な生涯を予言される」という冒頭部から、その波乱万丈の一生が描かれていきます。流浪の果てに彼が出会った魔女がもたらすものは……?

「夜のパーラー」はファンタジー要素よりもエロスとサスペンスが前面に現れた一本。夜の道で沖縄そばを売る屋台の店。偶然そこにたどり着いた男は、店員の女と親しくなるが、彼女の身の上話に耳を傾けるうちに殺人計画に巻き込まれ……不気味な余韻は本書でも随一。
「ニョラ穴」は、酔った勢いで殺人を犯してしまった男が、その隠蔽のために向かった無人島で遭遇した、謎の生物「ニョラ」の魔性を手記形式で描く。「ニョラ」は異様な匂いを発し、甘い幻想で獲物を呼び寄せる肉食生物。洞窟の中に潜んで姿を見せないものの、だからこそ想像を掻き立てる不気味さがあります。

私が特に好きなのは冒頭に置かれた「弥勒節」「クームン」の二本。
「弥勒節」の舞台となる島では、虫の群れが作り出す人型の影や、ひらひらと舞う黒い布のようなものなど、様々な形で生じ触れた者には死をもたらすという怪現象、「ヨマブリ」の実在が信じられている。その島で、死者の鎮魂のために用いられていた胡弓(楽器)に精霊の力が宿った。その胡弓を偶然手に入れた男は、精霊の声を聞いて、音楽を弾き鳴らしていくうちに運命的な出会いを果たすが――音楽の持つ力が人間の魂を導いていく美しさに加え、「ヨマブリ」の正体も明らかになる伝奇的な面白さもある、短編の巧手ならではの作品。

「クームン」で登場するのは、もじゃもじゃ頭で着物姿、森の中のあばら家に住んでいて、家を囲む木々の枝には大量の古靴を結び付けている、正体不明の魔物・クームン。クームンの住処を見つけた少年は、家出した少女をそこに匿ったが、やがてあばら家の中で起きた血なまぐさい真実が明らかになる。ノスタルジックなボーイミーツガールに花を添える、魔物の不思議な性質(靴をあげたら願いを一つ叶えてくれる、かもしれない)が印象的です。

「ヨマブリ」にしろ「クームン」にしろ、あまりにも世界観に自然に溶け込んでいるので、実在の伝承なのか、と思ってグーグル検索にかけても全く引っかからなかったので、これは作者の創作のようです。そんな錯覚を生んでしまうほど、作者の構築した世界、幻想の沖縄が強固な存在感を持っているのです。

GWに沖縄に行かれるご予定のある方は、ご旅行前にお読みいただければ、更に沖縄を楽しめるのではないのでしょうか。

恒例のCMを。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞の『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』それぞれの作者へのインタビューが『ダ・ヴィンチ』5月号に掲載中。ぜひご一読ください。第4回ジャンプホラー小説大賞も原稿募集中です!



2018年4月7日土曜日

水族館の地下から呼ぶ、異界の声――稲生平太郎『アクアリウムの夜』


今晩は、ミニキャッパー周平です。百物語を標榜している当ブログですが、気づけば今回の更新で93回目となりました。記念すべき100回目まで着々と更新していきたいですが、私一人のリサーチ力では限界に近付きつつあるので、最近では人から勧められた本を読む毎日です。

という訳で、本日の一冊は集英社内の某氏から勧められた、稲生平太郎『アクアリウムの夜』。



高校2年生の春、公園の野外劇場に現れた見世物「カメラ・オブスキュラ」を見た時から、広田義夫と友人の高橋は、惨劇へ至る道に踏み入ってしまった。カメラ・オブスキュラの映像に現れたのは、義夫がよく行く水族館だったが、そこには存在しないはずの「地下への階段」が写されていた。階段の正体が気になる二人は、義夫の幼馴染である大鳥良子の思い付きで、水族館の地下に何があるかをこっくりさんに尋ねようとする。しかし、こっくりさんはそれに答えず、「誰か一人が死ぬ」という不気味な予言を残した。やがて、高橋はラジオのホワイトノイズの中に金星からのメッセージを聞き取ってしまうなど、挙動が不審になり……

著者・稲生平太郎は、英文学者・横山茂雄の別名義。ゴシック小説を専門としつつ、民俗学やオカルティズムの研究も行っているという人で、小説の著作は本書と幻想ミステリ『アムネジア』のみ。著者の、研究者としての知識は本書にいかんなく発揮されており、現代(といってももともとは90年刊行の本ですが)の高校生を主人公としているものの、彼らが迷い込んでいった先にあるのは、明治から昭和初期に存在した謎の新興宗教であるとか、チベットの地下世界に存在する迷宮であるとか、ディープでオカルティックな世界なわけです。

そういった異常な世界の浸食、異物の混入によって、バンドを組んでいる義夫と高橋の青春の日々や、義夫と良子の恋愛未満の関係性などが、破壊され取り戻せなくなっていく。義夫は、自分の手に残ったものを守るため、そして、日常を取り戻すために、夜の水族館に侵入しますが、そこで対峙するのは圧倒的な「異形」の姿……普通のホラー小説であれば、終盤で事件の背後にいた黒幕やその動機が明らかになるわけですが、真相のほのめかしこそあるものの、疑わしい登場人物は疑わしいまま素顔を暴くことはできず、理屈に合わない部分も数多く、掴みかけた真実は手をすりぬけていきます。最後に残されるのは、手痛い喪失感と、また何かが失われそうな不吉な予兆ばかり。壊れてしまった人間の描写、予言の成就した瞬間の光景なども含め、「青春ホラー」という言葉の枠には収まらない、深海魚めいた底知れぬ暗さのある作品です。

最後にCMを。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞の『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』それぞれの作者へのインタビューが『ダ・ヴィンチ』5月号に掲載されております。ぜひご一読ください。第4回ジャンプホラー小説大賞も原稿募集中です!

2018年3月31日土曜日

正体不明のバス、町中の人喰いザメ、挽肉の多い愛妻弁当――日常のすぐ隣にある異界。中井紀夫『死神のいる街角』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』と、重版もかかった古橋秀之のSF掌編集『百万光年のちょっと先』絶賛発売中です。せっかくなので今日のブログはホラーファンとSFファンのどちらにも読んで頂ける記事にしようと思い、本棚をえいやっとひっくり返して探し出したのが、1995年刊行の一冊です。

というわけで、本日の一冊は、中井紀夫『死神のいる街角』。


中井紀夫は1986年に「S-Fマガジン」でデビューしたSF作家で、奇想に満ちた傑作短編集『山の上の交響楽』や想像力の暴走する異世界ファンタジー『タルカス伝』などが代表作。本書では「モダンホラー傑作集!」の帯が巻かれており、SFではなく、≪奇妙な味≫ものや恐怖譚の詰まった作品集となっています。

短編・掌編10編を収録していますが、個人的に好きな作品ベスト3は「うそのバス」「鮫」「挽肉の味」です。
「うそのバス」では、取引先へ謝罪に向かいつつも、逃げ出したいという気持ちもある男の眼前に、一台のバスが現れます。そのバスは、行先表示板に地名でなく≪うそのバス≫という文字が書かれており、運転手に行先を聞いても要領を得ず、どこに連れていかれるのかも分かりません。勢いで乗車してしまった男を待ち構えるのは……ユーモラスな空気の中に滑り込んでくる緊張感が素敵です。
「鮫」は特殊なゴミ清掃の仕事に就いた男を主人公に、街の中で見つかる人体のパーツ――まるで地上で人食い鮫に襲われたようにしか見えない死体を、淡々と処理する日常を描いています。対処しようのない理不尽な災厄にただ怯える登場人物たちの姿に、怖さとともに、人生の不条理を体現したような悲しみを覚えます。
「挽肉の味」は、酒場で知り合った素性の知れない女と同居するうちに、女の作る料理の味に違和感を覚え始める……という設定とこの題名で、どんな話になるか想像はつくかと思うのですが、徐々に手料理の中に増えていく挽肉の、粘着質な描写が不気味で、食感のおぞましさを文章から体感することができ、体がムズムズしてきます。

その他の短編でいえば、冒頭に収められた「葬式」と巻末に置かれた「獣がいる」は、それぞれミステリとファンタジーの手法で、子供が内に秘めている凶暴性を解き放ち、ざらっとした嫌な余韻を残す作品になっています。本書が編まれた九十年代の世相をつい連想させられます。
「怪我」は、妻がなぜか大怪我を負いながら妊娠したことを伝えてくる、という不吉な冒頭から始まるストーリーで、決定的な破綻が起きた瞬間のえぐい描写が、現実に起こりえないのに見てきたかのようなリアルさで強烈です。

掌編の切れ味も鋭く、公開処刑がスポーツやライブのような人気イベントになっている世界の一コマを描いた「車刑」、妻と自分のドッペルゲンガーが浮気していることを知った男の選択「寝ぐせの男」、街のあらゆる場所に仕掛けられた監視カメラの映像が流れていく実験的な「やめられない楽しみ」、長い間会っていない友人と再会した男に降りかかった事態「元気でやってるかな」など、幻想の濃さも自在に、恐怖とブラックユーモアをブレンドした感じの作品が揃っています。

『山の上の交響楽』(未読の方はぜひご一読を!)で日本のSF史に名を残した著者が、ホラーにも冴えを発揮した本書。作品発表が途絶えて長いですが、改めて復活を願ってやみません。


2018年3月24日土曜日

恒例ダイレクトマーケティング回! 第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』

今晩は、ミニキャッパー周平です。いよいよ発売されました、第3回ジャンプホラー小説大賞の2冊、ともに銀賞受賞作の『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』。そこで今回は恒例(?)のダイレクトマーティング回です。

まずは、私が担当編集をつとめました、小説:尾北圭人、カバーイラスト:カオミン『自殺幇女』から。


大学生・早乙女境輔(さおとめ・きょうすけ)は「墓場で首を吊る悪夢」に悩まされ続けていた。折しも、彼の住む魂香町(こんごうまち)では、自殺と他殺両方を含む連続首吊り死事件が発生しており、その背後に「自殺契約」を結んで契約者を死に追いやる女「自殺幇女」が存在するという都市伝説が囁かれていた。早乙女は、偶然出会った「自殺コンサルタント・ヒラサカコヨミ」と名乗る女が、一連の事件の犯人でないかと疑う。誤解から彼女との「自殺契約」を結んでしまった早乙女は、死へ誘う魔の手から生き延びることができるのか?

本作品の一番の魅力は自殺コンサルタントことヒラサカコヨミの強烈なキャラ性。表紙で見る限りはややクール系の表情の彼女ですが、よく見れば瞳の奥はぐるぐるに渦巻いています。彼女は死を考える人間に、愛想よく親しげな笑顔で近づき、警戒心を解かせたら「自殺契約」に持ち込む、という食虫花みたいなヤバい存在なのです。仕草や表情、丁寧な口調や物腰の柔らかさなどの「可愛らしい」顔と、捻じれた倫理観で他人を自殺へと導こうとする「恐ろしい」顔。そんな二面性が発揮される彼女から目が離せなくなること必至です。古い怪談の絡む「首吊り事件の謎」を解き明かすという、ミステリ要素もお見逃しなく。

もう一冊は、小説:鳥谷綾斗、カバーイラスト:紺野真弓『散りゆく花の名を呼んで、』。


母校の高校に教育実習生として赴任した大学生・鹿住未来(かずみ・みら)は、他者の心や記憶を読むことのできるサイコメトリーと呼ばれる超能力の持ち主。彼が能力を用いて電車内で助けた少女は、偶然にも実習先のクラスの生徒・恵田桜香(えだ・ほのか)だった。彼女が所属するホラー映画研究部の活動を見学し、生徒たちとの距離を縮めていく未来だったが、やがて部員が変死体で発見される。犠牲になる生徒は一人また一人と増えていき……それは、彼女たちがかつて行った奇妙な交霊術≪キラズさん≫の起こした呪いなのか。

こちらは学園を舞台に「呪い」が猛威をふるう作品であり、罪もない生徒たちが次々犠牲になっていくサスペンスフルな展開でぐいぐい引っ張っていきますが、同時に、教育実習生である未来とその生徒である桜香、その二人の関係性がどのように深まっていくのか、という「心の動き」にも要注目。極限状況の中で、桜香を守りたいという気持ちを募らせていく未来の願いは叶うのか――過去の闇から暴き出されていく「呪いの正体」とともに、「想い」の結末も見届けたくなること必至でしょう。等身大ながら繊細な関係性・心情描写に、登場人物一人一人の悲しみや苦しみに感情移入させられてしまう一冊です。

二冊とも、試し読み、欅坂46の石森虹花さんの推薦コメント、書店員の方の応援コメントをJブックス公式HPで公開中。ぜひご一読ください‼





2018年3月17日土曜日

家族を焼き殺された少女の、血みどろで哀しい復讐劇――原作:押切蓮介、小説:黒史郎『小説 ミスミソウ』


今晩は、ミニキャッパー周平です。ずっと「私が衝撃を受けたホラー」として紹介したい漫画があって、けれどもホラー「小説」紹介ブログとしてのルールを遵守するために叶わなかったものがありました。この度その漫画が実写映画化されることになり、それに合わせてノベライズも刊行されました。 そう、「小説」になった今こそ大手を振って皆様にご紹介できるわけです。

と言うわけで、本日の一冊は、原作:押切蓮介、小説:黒史郎『小説 ミスミソウ』。


東京から過疎地の大津馬町に、家族とともに引っ越してきた中学生の少女・野咲春花。両親や妹と仲良く平穏に暮らしていたが、転入先の大津馬中学校では、よそ者を拒むクラスメイトたちから苛烈な虐めを受けていた。カラスの死骸を机に入れられる、私物を泥の中に捨てられる、などの陰湿な嫌がらせはエスカレートしていき、遂に春花の家への放火にまで及ぶ。その結果、両親は焼死し、妹は危篤状態に。ショックによって喋ることさえできなくなりながら、春花はクラスメイトへの復讐を決意し、凶器を手に、一人また一人と手にかけていく。

「いじめ」に対する「復讐」。ホラーサスペンスとしてはオーソドックスな題材ですが、そこに描かれる情念の濃さが比類ないものです。「もうすぐ廃校になる中学校」という、センチメンタルな青春小説さえ始まりそうな舞台は、しかし、田舎に暮らす少年少女たちの「どこへも行くことができない」思春期の鬱屈と閉塞感が濃縮された場所でもあり、悲しみの連鎖がそこに住む子供たちの心を歪ませ、エゴがぶつかり合い暴力が吹き荒れる地獄へと変わる。人が人を殺すとき、人体を破壊する感触が手に伝わってくるような生々しく臨場感のある描写も凄味があります。

春花の「復讐劇」も一直線に進んでいくことはできず、手痛い反撃を受けて身も心もボロボロになってしまいますし、表面上の人間関係からは想像がつかなかった、登場人物のドロドロした「奥底の感情」が暴かれる時、春花は衝撃とともに一層の苦しみを味わわされます。美しい情景が描かれる場面や、誰かと心が通じ合えたように見える場面など、希望の光めいたものが僅かに差し込んだかと思いきや、それは更なる暗黒と苦しみの前振りだった、という鬼のような構成も相まって、読者はガンガン心を削られていくでしょう。読みながら、「切なさ」などという生易しい言葉では説明できない、痛ましさと虚無感の嵐に目が潤んで来る一冊です。

小説版ももちろんのこと、登場人物が豹変した瞬間や、圧倒的な喪失感に襲われるラストシーンなどで「絵」の力をこれでもかと見せつけてくる、傑作漫画である原作版も必読です(9年前にはじめて読んだ時、読後ごっそり生気を持っていかれたことを今もはっきり覚えています)

最後にCMを。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作の2冊、都市伝説&怪談もの『自殺幇女』、学園&呪いもの『散りゆく花の名を呼んで、』ともに来週3/19発売。どうぞお見逃しなく。

2018年3月10日土曜日

交換した家は、「住んではならない」物件だった……S・L・グレイ『その部屋に、いる』


今晩は、ミニキャッパー周平です。絶賛予約受付中、3/19発売の第3回ジャンプホラー小説大賞の2作品に、欅坂46の石森虹花さんからのコメントが届きましたのでぜひご覧ください。→(『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』

さて、3月といえば引っ越しシーズン、『住んではいけない物件』系ホラーにはぴったりの季節です。と言うわけで本日の一冊は、S・L・グレイ作、奥村章子訳『その部屋に、いる』。

南アフリカ・ケープタウンに住むマークとステファニーの夫婦は、家に強盗に押し入られたことがトラウマとなり、防犯装置を家に張り巡らせても安眠できない、ノイローゼ気味の生活を送っていた。そんなおり、他人と短期間だけ家を交換して生活する『ハウススワップ』のサービスを知り、気分転換も兼ねてパリの家に一週間滞在することになる。
だが、彼らがたどり着いたパリのアパルトメントは何十年も前に時が止まったように荒れ果てており、血痕や怪しい日記など、かつて何かの事件が起こったような痕跡が残されていた。さらに、上階に住む老女は「ここにいてはいけない」と言葉少なに警告する。こうして、帰りの飛行機がくる一週間後まで、夫妻は不審な部屋に怯えながら暮らすことになる。更に、マークはとある少女の幻影にも悩まされ始める。それは、マークと前妻の間に生まれたものの、不慮の事故で亡くなった娘の姿をしていた……


作者名はS・L・グレイとなっていますが、実はサラ・ロッツとルイス・グリーンバーグという二人の作家による共同ペンネーム。本書は妻・ステファニー視点の章と夫・マーク視点の章が交互に書かれる形式をとっており、これは著者二人がそれぞれの語りを担当したということなのでしょう。夫サイドが現在進行形での語りなのに、妻サイドは未来視点から過去を悔やみつつ回想している語りになっている、ということに、不吉さと、悲劇の到来を、予感させられながら読むことになります。

アパルトメント内で、何かの目的のために集められたらしい大量の髪の毛が見つかったりするなど不気味な事態が進行していくのと同時に、夫と妻がどちらも隠し事をしているため、徐々に相手への猜疑心を募らせていくプロットも見事です。「霊や化物的な存在を目撃してしまったが、そのことを伝えたら正気を疑われてしまう、だからこのことは伏せておこう」そんな判断で挙動不審になり、結果、疑心暗鬼によって二人の間に嫌なわだかまりが積もっていく。それが夫婦を断絶と決定的な破局へ導いていくのです。亡くなった前妻との子・ゾーイへの未練と、現在の妻ステファニーとの子・ヘイデンへの愛情、その板挟みになるマークの苦しみは痛切であり、「死者」に抗えず選択を誤ってしまう場面には、恐れや嫌悪感とともに、共感も抱いてしまいます。

ところで世の読者には、幽霊屋敷ホラーに対して「引っ越して逃げればいいのでは?」という突っ込みを入れる人もいるかと思いますが、それに対して本書はまず「異国でお金がなく他のところに泊まることもできない」という状況設定で答えます。そしてパリのアパルトマンからケープタウンの我が家に逃げ戻ったところで、既に夫婦を取り巻いていた怪異が消え去ることはなく……幽霊屋敷に憑かれた人間は、存在そのものが幽霊屋敷を感染させる媒体になってしまっているのかも知れない。そんな発想の日本ホラーも連想させる一冊でした。

(CM)第4回ジャンプホラー小説大賞絶賛原稿募集中。応募締め切りは6月末です。


2018年3月3日土曜日

殺人鬼テーマのお化け屋敷、その呪いが降りかかる先は……『レスト・イン・ピース 6番目の殺人鬼』


今晩は、ミニキャッパー周平です。SFショートショート集、古橋秀之・矢吹健太朗『百万光年のちょっと先』重版かかりました! 皆様のご声援のお陰です。このタイミングでSF感想ブログも初めてはどうか、と人から言われましたが週に二本ブログ記事を書くのは死にそうなので辞退します。

さて、今回ご紹介します一冊は、雪富千晶紀『レスト・イン・ピース 6番目の殺人鬼』



大学生の越智友哉のもとに、中学校のクラス会の招待状が届く。クラス会に向かった友哉を出迎えたのは、なぜか沈鬱な面持ちの同窓生たちだった。不穏な空気が漂う中、メンバーの一人が倒れ、救急車で搬送されたが死亡を宣告される。困惑する友哉に、元彼女であったリカが告げたのは恐るべき内容だった。実は、彼らのクラスメートがここ数か月の間に、原因不明の呼吸困難によって六人も亡くなっており、クラス会はその対策を練るための会議だったというのだ。
連続死の原因について議論がなされるうちに浮上した仮説は、彼らが中学時代に探検した建物「殺人館」の呪いではないか、というものだった。「殺人館」は、アメリカの資産家によって、殺人鬼をモチーフにしたお化け屋敷に仕立てられた建物を、日本のテーマパーク内に移築したものであった。次々に同窓生の訃報が届くなか友哉たちは、生き残るため「殺人館」に仕掛けられた呪いの真実を知るべくアメリカに渡るが……?

帯にばばーんと「最凶のどんでん返し!」という文言が書かれている通り、本書はある瞬間に読者を驚愕させるために大小様々な伏線をこれでもかと張りまくり、大仕掛けを炸裂させることを追求した作品となっています。温かい人間関係が構築されていたはずの中学のクラスで起こっていた不審な事件、殺人鬼の研究者を訪ねて向かったアメリカで出くわす複数の不審な影、その間に日本で起こっていた惨劇の数々など、様々な局面に、「少しひっかかる部分」がちらつき、読んでいる最中には、「とてもこれは『呪い』だけでは説明がつかないのでは?」と思わされます。その不安が募り切った終盤に、一気にひっくり返され、「少し引っかかる部分」の全てが「メイントリック」に奉仕していたのだと気づかされると、名作ミステリを読み終えた時の衝撃に似た愉悦を感じさせられました。「日本」と「アメリカ」二か所を舞台にしていたのも、国を跨いだスケール感の演出のみならず、この企みのためだったのだと分かり唸らされます。真相を知った後から序盤・中盤を読み返すと、初読時とはまったく別の光景が見え、異なる感覚を味わわされること間違いありません。

ストーリーのカギとなる「殺人館」は、近代の殺人鬼五人――ジョン・ヘイ、ジョン・ゲイシー、エド・ゲイン、アイアン・ヒル、ヨーゼフ・メンゲレ(うち四人は実在の殺人鬼です)をモチーフにし、それぞれの犯行に纏わる展示をしているというおどろおどろしく悪趣味なものです。日本では不謹慎で絶対に開業できなさそうですが、作中の展示描写はいかにもこんなアトラクションがありそうだと思わされてしまう内容。しかし、この「殺人館」に実は「六人目」の殺人鬼の秘密も隠されており、六人目が何者なのか? という謎とその真相も、物語に驚きを生む要素の一つとなっています。また、「六人目の殺人鬼」周りのドラマは陰惨でありながら悲劇的で、越智たちのクラスで起きた事件以上に、「普通の人間」と「邪悪な存在」の圧倒的な隔たりを思い知らされ、心に棘を残す内容になっています。

メインの大仕掛けと、六人目の殺人鬼の正体。予想して謎解きに挑みながら読むもよし、「呪い」に追われるホラーとして友哉とともに翻弄されながら読むもよし、な一冊です。

最後にCMです。ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作2冊のうち、自分の編集担当本である『自殺幇女』の校了も間近。同じく銀賞の『散りゆく花の名を呼んで、』ともども3/19発売予定ですので、皆様どうぞよろしくお願いいたします!