2017年9月23日土曜日

ホラー作家&編集者コンビの幽霊取材――木犀あこ『奇奇奇譚編集部』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー作品の編集を担当したりブログで毎週ホラー小説を毎週紹介したりしている私ですが、あいにくというか幸運にもというか、現実で霊的体験をしたことはありません。広い世の中にはそういう体験をしながらホラー小説の編集をしている人もいるのでしょうか? というわけで、今回ご紹介しますのは、「ホラー小説家とその担当編集者」というコンビが主人公の、木犀あこ『奇奇奇譚編集部』です。



熊野惣介(ゆや・そうすけ)は19歳の時に「怪異小説大賞」を受賞してデビューしたホラー作家だが、とある事情から、デビュー作のあと7年も新刊を世に出せていない。彼は目下、怪奇小説雑誌『奇奇奇譚』に短編を発表しつつ、二冊目の出版に向けて執筆を続けている。担当編集者である、『奇奇奇譚』編集部の善知鳥悍(うとう・かん)とともに心霊スポットへ取材に出向き、ネタを仕入れる日々を送りながら。そう、熊野の書くホラー小説は、霊に纏わる能力をもった二人が「実際に遭遇した」本物の霊現象を元にしたものなのだ――

「霊を見ることはできるが、それに対抗する力を持たず、臆病である」ホラー作家・熊野と、「霊を見ることはできないが、それに対抗する力を持っていて、霊を恐れない」ホラー編集者・善知鳥の、凸凹なコンビネーションが秀逸です。怪奇現象に対して全力でビビり、近づこうとしない熊野と、新作を書かせるため、熊野を怪奇現象のど真ん中まで引きずって行こうとする善知鳥の姿を見ていると、つい熊野に応援の言葉をかけてあげたくなります。熊野が取材なしで作品を書くと、他誌のホラー賞に応募しても落選してしまうくらいの実力なのですが(その時の応募作品は「出先でたくさん甘海老を食べた男が、そのあともずっと甘海老の味に付きまとわれる」という異色の味覚ホラー「さもなくば胃は甘海老でいっぱいに」だとか)、熊野が実際に自分で見た霊を小説化すると、そこに驚きや他には無い凄味が宿り、恐怖をもたらす傑作になる。善知鳥はその才能に惚れ込んでいるからこそ、熊野に毒舌を向けつつ死地へ放り込むのです。そんな二人の関係性のおいしさは、ぜひ女性読者に強くお勧めしたいです。

さて、第一話となる「幽霊のコンテクスト」では、彼ら二人が、走行中の車のフロントガラスに取りつく怪異「びったんびったん」をはじめ様々な怪異に遭遇、最近発生している幾つかの怪異・怪談に奇妙な共通点を見出したことで、その根源を探り出そうとします(もちろん、それを元ネタに新作を書くために)。やがて明かされる原因というのが、実は彼らの身近にあったのですが――ネタバレになるので詳細は避けますが、ホラーのみならず、小説や漫画などを作ろうとしている作家・クリエイター、またはそのサポートをする人間であれば、五割増しで琴線に触れるであろう真相になっています。

巻末には、熊野と善知鳥の出会いを描いた過去エピソード「逆さ霊の怪」も収録しています。まだ生まれたばかりの物語ですが、究極のホラー小説を作り出すという目標に向けて突き進む二人の物語が、ぜひ今後も二冊三冊と読めるように、編集者の一人として期待しています。

2017年9月16日土曜日

死者の魂を導く輪廻の案内人――小杉英了『先導者』

昨日、会社のエレベーターに乗ってたら、ギギギギ、という異音が響きました。瞬間的に死を覚悟しましたが、幸いなことにエレベーターはぶじ目的階に到着、ことなきを得ました。そして今日もエレベーターは異音を発しながら動いています。早く修理してください。

というわけで私たちは日常、思いがけない死と隣り合わせで生きているのですが、突然死んでしまった場合何の準備もできていないわけで、誰かに案内してもらわないと困ってしまうかもしれません。そこで本日ご紹介しますのは、小杉英了『先導者』です。



主人公の「わたし」(女性)は幼いころから十年にわたって研修で教育や訓練を受け、「先導者」となるために育てられた。落伍者も少なくないその教育を乗り越え、十五歳になってようやく「先導者」となった「わたし」の初めての任務は、川で水死した十歳の少女の魂を導くことだった――

先導者って何? という疑問がまず浮かぶと思いますが、ざっくり説明しますと、契約者の死に際してその魂を導き、次の転生において有利になるような場所へ連れていく、という職掌です。

当然、生きたままでは死者の魂を案内することはできませんから、先導者は幽体離脱のような形で自身の魂を体から人工的に抜け出させることになります。主人公の「わたし」は、窒息し心肺停止状態になりながら激痛に耐えて意識を保ち続ける、という拷問みたいに痛々しい方法で幽体離脱するのですが、先導者となる訓練を重ねた主人公は、心を乱すことなくそれを受け入れ、魂となって任務に赴きます。それでも先導者の身体にかかる負担は甚大で、そのまま死亡してしまう場合もあり、そうでなくてもこの世とあの世の往還は生命力を削ってしまうため、先導者の寿命はとても短いのです。

自身の命や身体を削りながら死者を導く存在、という先導者の設定のみならず、死者の水晶体の中に残る紋様、死者の血でできた輝く網、先導者の背中に生える光の翅、などといった繊細で美しい要素が、物語に神秘的な色彩を与えています。感情を露わにすることなく、自身の使命を受け入れて淡々とそれをこなしていく主人公の姿もあって、中盤までは、架空の宗教体系における死生観の解説書、といった感触もあります。

しかし後半では、先導者システムの実態が明らかになり、ガラス細工のような世界が音を立てて崩れ始め、冷静で中性的・ニュートラルな記述者であった「わたし」も動揺し、また異性に心を揺さぶられるという事態にもなります。あたかも氷点下で進んでいた物語が徐々に赤熱し、発火するような変転です。死という安寧の場所から生という荒野に魂を引きずり出された時、主人公は「先導者」であることと「十代の少女」であることのどちらを選ぶのか……死と生の対照を、抑制のきいた文体で鮮やかに描き出す作品です。


2017年9月9日土曜日

一文という短さの中に閉じ込められた恐怖の一滴――吉田悠軌『一行怪談』

彼が目を覚ました時、まだ恐竜はそこにいた。

というのが、アルゼンチンの作家、アウグスト・モンテローソの短編小説「恐竜」の全文。「世界一短い小説」として有名で、原文ではわずかに単語7つ分という短さながら、「彼」がどういう状況に置かれているのか、深い想像の余地がある物語として高く評価されています。もっとも、世界にはタイトルが一文字で本文が一文字の小説とか、タイトルだけで本文が無い小説とかが存在しているので、これが「世界一短い小説」かどうかは疑わしいのですが。

それでは、ホラー読者が気になるであろう「世界一短いホラー小説」とは? 有名なのは、フレドリック・ブラウンの短編小説「ノック」の中でも紹介された、二文からなる以下の無題の小説。

地球にのこされた最後の人間が一人で部屋の中に坐っていた。と、ドアにノックの音がして……

解説を加えるのも野暮というものですが、地球最後の人間の部屋にノックをしたのは「誰か」という点に、この物語を怪談たらしめるものがあるわけですね。短いからこそ説明がなされず、想像力をくすぐって瞬間的な恐怖を胸によぎらせる、という技法です。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する本は、これらと同じくらい短いホラーを200篇近くも収録した、吉田悠軌『一行怪談』です。


もともとは同人誌として発表された『一行怪談』『一行怪談2』を一冊にまとめたもの。「題名は入らない」「文章に句点はひとつ」「詩ではなく物語である」「物語の中でも怪談に近い」以上を踏まえた一続きの文章、というコンセプトで書かれたものを収めています――とはいえ、百聞は一見にしかず。収録されている作品を、まず3作ほど載せてみます。

今すぐ家から出なさい、と電話の向こうから叫ぶ母の声を聞きながら、すぐ横でテレビに笑う母を見つめている。

ある朝を境にずっと、教室の隅のカーテンが人の形に膨らんでいて、もう一ケ月、誰も開けられないでいる。

実家の薄暗い廊下の向こう、奇妙な高さから首だけ覗かせた両親が「おかえりなさい」と笑いかけてくるのだが、こちらが何と言おうと玄関口まで来てくれない。

「自宅」「学校」「実家」……身近な場所に忍び込む、正体不明の何者か、あるいは何か。短いセンテンスでも一瞬ぞくりとさせられます。また、ご覧いただければ分かるように、物語性もありつつ、短い言葉で印象的な光景を描くという意味で、短歌や俳句のような風流めいた趣もあります。

もう少し長い作品だと、更にサスペンスや幻想性の色濃く、よりショートストーリー的なものも増えてきます。以下に私の好きな2編を。

誕生日のたび、鉈(なた)と花束を持った女が現れ、窓の外から祝いの言葉を叫ぶのだが、花の数は毎年一本ずつ減っていて、今年はついに鉈だけを手にした女が来ることになる。

ある夏の夜、屍臭を発する巨大花を見ようと植物園に忍び込んだ少年四人組のうち、三人は大人になるまでにその冒険をすっかり忘れてしまい、一人は今も花弁に包まれ、誰かが自分を思い出してくれるのを待ち続けている。

この後起こりうる出来事を想像させる、心にわだかまりを残すなど、強い「余韻」をもたらす、という意味で一行怪談という手法が優れているというのがお分かりかと思います。一作品読むたびにページを閉じて恐怖の余韻を味わいたい。こういった作品が、一ページにつき一作おさめられていて、最後のページまで油断の抜けない一冊となっています。


夜枕元において読むのに最適ですが、すぐ読み切ってしまうので、ぜひ続編、続々編と刊行していってもらいたい企画です。また、優れた句集や歌集がそうであるように、「自分も書いてみたい」とも思わされるものです。もしかしたら、この本をきっかけに、一行怪談というジャンルが広まっていくかもしれません。

2017年9月2日土曜日

吸血鬼小説怒涛の18編。ヴァンパイアホラーの新たな記念碑、井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』

ウピル、ウプリル、オピル、ウポル、ウポウル、ランピール、ワムピル、ヴァピール、ヴァムピール、ヴゴドラク、ムッロ……ずらずら書き並べてみたこれが何かと申しますと、ヨーロッパの様々な地域におけるヴァンパイア、すなわち吸血鬼の異称です。モロイイ、ムロニ、ズメウ、プリコリチ、ヴァルコラキ、ノスフェラトゥ、ストリゴイイ……と書き連ねてみたこちらは、ヴァンパイア大国・ルーマニアにおける、吸血鬼やそれに連なる魔性の者の別称です。ルーマニア、吸血鬼密度が高すぎませんか。

私たちが漠然とその姿や性質をひとつにイメージしている「吸血鬼」も、土地によってあるいは伝承によってその実像は様々に異なり、人間に与えてきた恐怖のカタチもまた異なるのです。そんなディープな吸血鬼の世界に浸りたいあなたに、とっておきの一冊が井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』です。



掌編、短編合わせて18本を収録していますが、その全てが広義の吸血鬼――人間の生き血を啜る者、不死者、夜の住人を扱ったものになっている、という、吸血鬼ファンにはまさに垂涎の一冊。冒頭に挙げた吸血鬼の名称群も、実はこの本の冒頭に収録された短編「闖入者」で紹介されているのです。「闖入者」の中では、「誘われていないパーティーに紛れ込む」ことを趣味とする語り手が、とあるパーティーに忍び込んだところ、奇妙な参加者たちが吸血鬼談議に花を咲かせている……という導入で、吸血鬼についての知見を得ながら恐怖体験ができます。

本書に収められた作品はいずれも著者の吸血鬼に対する知識に裏打ちされており、短編「ノスフェラトゥ」では、東欧からの帰国時に検疫で引っかかり、待機している男たちの会話の中で不穏が膨れ上がっていく作品ですが、ヨーロッパの怪異と日本の妖の間に近縁性を見出したりしながら、ルーマニアにおける吸血鬼の一種ノスフェラトゥの本質を暴いていくなど、知的好奇心をもくすぐられる内容です。
作者の博学は洋の東西を問わず、たとえば短編「蒼の外套」では、昭和十年代に京都で実際に噂されていたという、黒外套姿の血を吸う怪人についての謎が描かれ、時空を超えた怪異が、妖しく華麗な文体で描かれます。
妖花の栽培(「凍り付く温室」)、吸血鬼映画の撮影(「海の蝙蝠」)、我が子に血を注ぐ幻の鳥(「噴水」)など、様々な題材で変奏される『憑かれた者たち』の描写の凄みも、それぞれのモチーフに対する深い理解と洞察によって、更に鮮烈なものになっています。

個人的には、この本で得た知識の中でもっとも人に話したくなったのは、「黒猫が目の前を横切ると不吉の前触れ」というジンクスの源流が、古代ギリシャにまで遡れるものだというものでした(このことが説明されているのは、猫のもつ魔力をテーマにした、掌編「横切る」ですが、僅かなページに驚きと後引く怖さを含む、魔術的に鮮やかな作品です)。もう一つ、掌編「太陽の血」で描かれる、月や太陽を食べてしまう吸血鬼という異様なスケールの存在にも驚かされました。

そしてもちろん、伝承や知識に着想を得た作品ばかりでなく、全く新しい闇を描くことにも作者の想像力は存分にふるわれ、アンドロイドの身体を酒瓶代わりにし、切り裂いた喉からあふれ出す美酒を味わう近未来のバーであったり(「ブルー・レディ」)、特殊な方法で人間を捕食する者がつくりだす、フルーティな地獄絵図であったり(「デザート公」)と、誰も知らない・誰も見たことのない幻妖を楽しめます。

吸血鬼にはつきものである、「不死」のもつ意味も作品によって変幻自在で、死に憧れて今わの際を演じようとする不死者はユーモラスに描かれ(「碧い夜が明けるまで」)、不死者の接吻を腕に受けた音楽家は、片腕で呪わしく美しい旋律を紡ぎ出します(「蜜蠟リサイタル」)。巻末に置かれた「時を超えるもの」は、棺の中に生き続ける男と、物置部屋でその棺を見つけた少年の、心の交流を描く短編。棺の中の男は、少年が棺を開くたびに語らいの時をもつが、やがて歳月が過ぎ、少年が成長していったとき……不死者の物語であると同時に鎮魂の物語でもあり、「現実」に抗う「フィクション」の力をも祝福する忘れがたい傑作です。

幻想的な吸血鬼短編・掌編を味わいたい方はもちろん、吸血鬼についてもっと知りたい人やこれからヴァンパイア小説を書こうという方にもぜひ一度読んでほしい、読めばもっと吸血鬼が好きになれる、吸血鬼本のニュー・スタンダードな一冊でした。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年8月26日土曜日

ホラーの源流、男を惑わす魔性の者『砂男/クレスペル顧問官』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー賞宣伝隊長として、近年のホラー作品を取り上げるばかりでなく、時代を遡って、ホラーの歴史についても学んでいきたいと思っている今日このごろです。そもそも、現代的なホラーはいつどうやって生まれたのでしょうか?

古代中国の志怪小説や怪談などはひとまずおくとして、現代的なホラー小説の祖といえる作家に「黒猫」「アッシャー家の崩壊」などのエドガー・アラン・ポーがいますが、そのポーに非常に大きな影響を与えた作家として、怪奇幻想小説の名手であるE.T.A.ホフマンがいます。このホフマンは、小説家であり、詩人であり、作曲家であり、指揮者であり、画家であり、判事であり、というマルチな才人で、現代ヨーロッパでも童話『くるみ割り人形』の作者として知名度の高い人です。

今回ご紹介するのは、そんなホフマンの中編集『砂男/クレスペル顧問官』です。1815年から1816年の間に執筆された作品群であり、メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(1818年発表)とほぼ同時期のもの、ということになります。


「ホラー」というジャンルが確立するより前の怪奇幻想小説を3編収録しており、その中でも「砂男」は「サイコ・ホラーの元祖」と呼ばれる作品です。
砂男というのは、もともとは親が子供を寝かしつけるための迷信で、
子供が夜ベッドに入りたがらないと、砂男がやってきて大量の砂をその子供の目に投げつける。そうすると目玉が血だらけになって飛び出すので、その目玉を持ち帰っていく
という怪物。本編の主人公である青年は幼い頃の経験から、砂男への恐怖に取りつかれています。そんな彼が、婚約者を持つ身でありながら、物理学者の娘・オリンピアに惚れこんでしまい、婚約者のことも忘れて求愛するのですが……このオリンピアというのが(読者の目からは)見るからに怪しげで、手や唇は氷のように冷たく、目には生きた光が無いという有様で、更に彼女の背後には砂男の影が。ストーリーの序盤から明らかに主人公の精神状態が怪しいので、主人公の恐怖体験にぞっとさせられる一方、「実際に起きたこと」と「主人公の妄想」の判断が難しい部分も多く、さすがサイコ・ホラーの元祖、といった感じです。

ところで、実はこの中編集に収録されている3作品は、「砂男」を含め、すべてが「魅力的な女性に懸想した結果、人生が大きく変わってしまう」という小説なのです。
「大晦日の夜の冒険」では、自分の姿が鏡に映らない男の身の上話が書かれます。男はかつて、郷里のドイツに妻子を残し旅をしていたところ、恋の国・イタリアで、妖しく美しい女性・ジュリエッタに一目惚れ。妻子のことも忘れてジュリエッタに愛を囁くのですが、その結果として悪魔との取引さながらの契約を結ばされてしまうのです。さらに、男は自身の妻子を殺すように命じられ……?

もう一編の「クレスペル顧問官」はじゃっかん毛色が異なり、美しい愛の物語が描かれます。
変人として名の通っている男・クレスペルは、多数のバイオリンを収集・制作しつつもそれをほとんど弾こうとせず、また稀代の歌姫である女性・アントーニエを自宅に住まわせながら彼女に歌わせようとしない。クレスペルの不可解な行状に隠されていた真実とは……?
ずば抜けた歌声を持ちながら呪われた宿命を背負う女性との恋、そして悲劇。一作の中で二つの愛について語られる、幕切れも美しく儚い物語。3編の中で私の一番お気に入りはこの作品です。


こうして3編を読んでみると、それぞれがオリンピア・ジュリエッタ・アントーニエというヒロインに焦点の当たったストーリーという側面もあり、ホラー小説の起源が実はロマンスとも結びついているのだということが分かります(浮気する男には昔から地獄のような結末しか待っていない、ということも)。温故知新と言いますが、今後も折に触れ、ホラー小説の起源を探す旅に出たいと思います。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年8月19日土曜日

虐げられた犬たちが、人間に牙を剥く――倉狩聡『今日はいぬの日』

今晩は、ミニキャッパー周平です。池袋のジュンク堂は大きい上に平日は夜11時まで開いているので超便利です。本を買い逃した時によく利用していますし、このブログも記事が間に合うかどうかピンチ、という時に何度も助けられてきました。皆様も急ぎで本がご必要の際はぜひご利用ください。その時ホラーの棚でうろついているのは私かも知れません。

さて、今回ご紹介するのは、倉狩総『今日はいぬの日』。犬が少年を暖めているキュートな表紙イラストで、帯には「泣けるホラー!」と書かれている本ですが、動物と人間の心暖まる交流を描いたハートフルな作品と思って手に取ると、痛い目を見ることでしょう。



スピッツ犬の「ヒメ」は五人家族である西脇家の飼い犬ですが、子犬だったころは可愛がって貰えていたものの、大きくなった今では餌やりを忘れられたり邪険に扱われたりで、西脇家に不満を募らせています。

そんなある日、ヒメは不思議な石を舐めたことで、人間の言葉を理解し喋ることができるようになりました。これ幸いと一家に隠れてパソコンを使い、インターネットで知識を蓄え、末っ子の雅史にだけ喋れることを明かして彼を手懐けようとする……と、ここまでは、児童文学であってもおかしくないシチュエーションで、近所のネコに愚痴ったり、鼻先で懸命にPCのスイッチを押したりするヒメの姿に、微笑ましささえ感じますが、そんな「ほのぼの感」も長くは続きません。

小学五年生の雅史を自分に従わせるため、ヒメは人間並みの知恵と犬としての身体能力をもって、雅史を精神身体両面で追い詰めます。自分が「しつけ」として西脇家の人々にされたのと同じように――。そう、ヒメを突き動かしていたのは、人間への憤怒でした。ヒメはさらに、身勝手な理由でペットを死なせる人間たちの存在を知ったことで、怒りが爆発! ヒメや犬たちは、ペットを虐待したり、身勝手な理由で捨てたりする人間たちへ、凄惨な復讐を繰り広げていきます。町では野犬がうろつき人間を襲い、無残に引き裂かれ喉笛を噛み千切られた死体が転がり出るのです。そして、犬たちが人間から受けたような「ガスによる処分」にさえ手を出し……果たして犬たちの人間に対する闘争は如何なる結末を迎えるのか? 

物語のもう一人の主人公である小高悦哉は、動物管理センターに勤める人間。動物を愛する彼は、動物を殺処分しなければならない自身の立場に懊悩しつつ、軽はずみに動物を買ったり増やしたりしておきながら容易く処分に持ち込む人々に憤りを感じています。彼の眼を通して描かれる、動物たちの置かれた環境は苛烈であり、悪質なペットショップやブリーダーなどといった、現実の問題が次々抉り出されていきます。


ポップな外見ながら、無慈悲なラストに至るまでずしりと重い物語。これから動物を飼おうとするご家族には必読の一冊と言えるでしょう。

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2017年8月12日土曜日

静かな丘の家に積み重なる、惨劇の年代記『私の家では何も起こらない』


 こんばんは、ミニキャッパー周平です。もうすぐ一つ校了の峠を越えて、ちゃんと睡眠がとれるようになるはずです。寝不足でホラーを読んで夢の中まで侵蝕されたり、朦朧とした意識で「この本、もう買ったんだっけ、まだ買ってなかったんだっけ」と悩まされたりする日々にも、これでおさらばできると思います。

それはさておき、本日のテーマは、幽霊屋敷ホラーの最前線をご紹介する「絶対に住みたくない物件」シリーズ第3弾。恩田陸の連作短編集『私の家では何も起こらない』です。

 
作家である「私」は小さな丘の上の家に住んでいる。家を建てた叔母は失踪し、家は持ち主を転々としたのちに、「私」の手に渡った。平穏に暮らしていた「私」だが、一つ悩みがある。この家が「幽霊屋敷」であるとの噂が立ち、それを信じる人々が訪れるのだ。今日も一人の男が家を訪問し、ここであったという惨劇について語り聞かせようとする。

いわく、台所で殺し合った姉妹がいた。ジャガイモの皮むきの最中に、何が原因かは分からないものの互いに包丁を向けあったらしく、二人の死体が発見された時、台所は血の海だったという。
いわく、近所から子供を攫ってきて、主人に食べさせていた女がいた。床下の収納庫には、ジャムやピクルスの瓶に混じって、子供たちの身体の一部がマリネとして保管されていたという。
そんなおどろおどろしい話を聞かされても、「私」にとってこの家は、ただの住みやすく居心地のいい住居でしかないのだが――

というのが、全10編を収録した本書の、第1編目の導入。ここまでで既に本書のタイトルが偽りあり、私の家ではヤバいことが起こりまくりだというのがお判りでしょう。しかし、これはまだ序の口で、この家の中は、「殺し合った姉妹」や「人攫い」のエピソード以外にも、女の影が映る二階の窓、少年の死んだ床下、木での首つりが起きた庭、幽霊屋敷探検に訪れた者たちが残した奇妙な痕跡、などなど、「いわく」の無い場所を探す方が難しいようなありさま。

明確な原因があるわけではないのですが(家の建っている丘は先史時代からあるものらしいですが、詳細は不明)、とにかくこの家の中ではひたすら猟奇的な事件、事故が起こり続けます。短編一編ごとに、様々な時代に起きたそれらの惨劇が、当事者の視線から静かに語られ、その積み重ねと絡み合いによって恐怖の年代記が積み上げられていく――というのが本書の趣向なのです。

独白や語り掛けなど、話し言葉を駆使した文体も恐怖の源泉のひとつで、

≪泣いてばかりいたから、肉がちょっとパサついているけれど、柔らかく煮えたわ。≫

などの一文の、さりげなくおぞましい言葉にぞっとさせられます。
本の後半になると、読者が見せられてきた無数の惨劇のこだまが家に降り積もり、「今」家に住む者、家にやってくる者に絶大な影響を及ぼすことになり、集大成といった趣があります。

というわけで、3回に渡った幽霊屋敷もの紹介、「絶対に住みたくない物件」シリーズはここまで。私の新居探しはまだ続いていますが、皆様も、お引越しの際は十分気を付けてくださいね。