2019年2月16日土曜日

金田一耕助を生んだ作者の怪奇探偵小説群。日下三蔵編・横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。さて、去年までホラーの小説賞といえば、うちの他にも日本ホラー小説大賞が存在したのですが、第25回をもって惜しまれつつも休止となり、《横溝正史ミステリ大賞》に吸収されることになりました。それを契機として「横溝正史のホラー短編」を集めるべく編まれた、という経緯をもつのが、今回ご紹介する本です。



本日の一冊は、日下三蔵編・横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』。収録作14編の中で、特にホラー味の強いものは、「双生児」「妖説血屋敷」「面(マスク)」「舌」「白い恋人」「誘蛾燈」「髑髏鬼」「恐怖の映画」「丹夫人の化粧台」あたりです。うち、まずはミステリの骨格を備えているものからご紹介しましょう。

「妖説血屋敷」……踊りの家元である菱川流には、初代家元が殺した女・お染の祟りが代々続いている。そんな菱川流の七代目・とらが、娘ではなく内弟子に八代目を譲ると宣告してから、家の中ではお染の亡霊が目撃されるようになり、とらは喉を抉られて死亡する。更に第二の殺人が起き、《血屋敷》という不気味なダイイングメッセージが遺される。

「髑髏鬼」……麻布のあちことで、目も鼻も唇もない髑髏そのままの顔をもった、正体不明の“髑髏仮面”の目撃情報が相次いでいるさなかに、吉井男爵家の令嬢・田鶴子の誕生祝いが男爵邸で行われる。その宴では田鶴子と、男爵の秘書・片山が婚約披露をする予定になっていたが、邸内で髑髏仮面が目撃され、片山の刺殺体が発見された。

「恐怖の映画」……夜の撮影所で、俳優の良一と女優の蘭子は密会をしていた。蘭子は撮影所所長の妻であったが、良一と秘密の関係を結んでいたのだった。逢引きの場面を見つかりそうになった良一は、蘭子を鉄の処女のレプリカの中に匿うが、翌日、蘭子は別の場所で、絞殺された上に眼球を抉られた姿で発見される。

「丹夫人の化粧台」……丹博士が不可解な自殺を遂げたことで、丹夫人は未亡人となった。彼女を巡って、二人の若者、高見と初山は争いを繰り広げる。ところが、初山が《気をつけたまえ。――丹夫人の化粧台――》と言い残して死亡する。高見は、丹博士の死や初山の遺言を気にかけつつも、未亡人との逢瀬を重ねていくが。

上記の4作品は、前フリとしてホラー成分がふんだんに盛られたミステリで、名探偵もおらず、事件の真相に辿り着いた人々もたいてい当事者になってしまうという、推理小説と怪奇小説の距離が近かった時代を象徴するような内容です。死体が発見される時の演出(血の付いた蛾が白い楽譜にとまる、など)も怪奇ムードを高めます。殺人の動機には、人間のどろどろした感情、むき出しの情念が横たわっています。深い愛憎のドラマが猟奇事件にマッチするということなのかもしれません。ところで、「恐怖の映画」は人妻に、「丹夫人の化粧台」は未亡人に、それぞれ懸想した男に災いが降りかかるのですが、こういう作品は他にもあり、下記の2編がそうです。

「面(マスク)」……絵画展に飾られていた一枚の絵。遊女と少年が起請を取り交わす場面を描いたその絵に見とれていた男は、老人に声をかけられる。老人はその絵が描かれた経緯――人妻に恋した若者に振りかかった悲劇――を語り始めた。

「誘蛾燈」……寝室の明かりの色を変えることで夫の不在を知らせ、愛人を家に引き込む女。ある日、彼女が愛人を迎えているうちに夫が帰宅してしまう。

こういったタイプの作品が複数存在するのは、人倫にもとる行為をしている人間はおのずと報いを受ける、という思想の表れかもしれません。ただ、そういう因果応報めいた部分から切り離された作品群――下記の3編などはよりホラーの濃度が高くなります。私が一番怖いと思ったのはこれらの作品です。

「舌」……夜の露店で売られていた人間の舌が売られていた。店主は通りがかった客に、その舌の持ち主の末路を語り始める。

「白い恋人」……映画女優がダンスホールで、見ず知らずの男を殺害したうえで自殺を遂げた。その衝撃的で不可解な事件の陰には、彼女がかつて見せられたおぞましい映画の記憶があった。

「双生児」……唯介と徹は双生児だが、別々の家で育てられてから改めて一つの家で暮らすことになった事情からか、性格も真反対で、互いに憎悪し合っていた。唯介と結婚したよし子は、ある日を境に、唯介の態度が別人のようになっているのに気づき、徹が唯介を殺してなり替わったのではないかと疑いはじめる。

「舌」は僅か6ページで、全てが語り切られないからこそ生じる凄味。「白い恋人」は人間を操る手段の異様さ。「双生児」は読者を引き込む謎の巧みさとずしりと来る読後感。それぞれにホラーアンソロジーに収録されておかしくない恐怖の風格をたたえています。

本書に収められた作品は全て戦前のもの。戦後、作者は金田一耕助シリーズを生み出すことになりますが、金田一耕助シリーズに横溢する独特の陰影・恐ろしさは、既にこのころに誕生していたといえるでしょう。

2019年2月9日土曜日

幻想の夜市へ、かつて売った弟を買い戻すため――恒川光太郎『夜市』



今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞は6月末日まで絶賛募集中ですので、どしどしご応募ください。さて、このブログも今回で120回目の更新となりますが、ここまで来ると、紹介したことがある本なのか、紹介したことが無い本なのか、記憶があやふやになってきます。紹介したつもりになっていて、人から「あの本は取り上げないの?」と聞かれ、慌てて確認して未紹介だったことが発覚したのが今回の本。

という訳で、本日の一冊は、恒川光太郎『夜市』。ホラー/幻想小説の優れた書き手として知られる作家の記念すべきデビュー作です。



大学生のいずみは、高校時代の同級生である裕司に誘われ、森の中で開かれる夜市に辿り着く。それは、永久放浪者が黄泉の河原の石を売り、一つ目ゴリラが何でも斬れる刀を売り、葉巻カウボーイが首を売り……という、この世ならぬ存在たちがこの世ならぬ品々を売る不思議な市だった。そして、ひとたび夜市に入ったが最後、何か一つ買い物をしなければ外へ出ることはできないのだ。

実は裕司には、小学生のころ弟とともに夜市に迷い込んだとき、弟を人攫いに売って野球の才能を買ったという過去があった。弟がこの世に存在していた痕跡は一切消えてしまい、家族や知人からもその記憶は失われていた。大学生になった裕司は、弟を買い戻すために再び夜市に訪れたのだった。だが、そんな裕司に、人攫いは大きな代価を要求する……。

悪魔との取引”というオーソドックスなホラーの素材を、和風の夜市という“舞台”の設定でオリジナルなものに料理して見せた作品です。作者は“ここではない場所”を鮮やかに描きつつ、人生の哀切を浮かび上がらせるという技に秀でています。本作でも、夜市の幻想的な光景は、昏い華やかさとも呼べるような美をたたえていて、その一方で、弟を売った兄、兄に売られた弟、それぞれの喪失感に満ちた人生の物語に胸を締め付けられます。
そういった作風は、もう一編の収録作「風の古道」にも表れています。

七歳の頃、“私”は花見に行った公園から不思議な道に踏み入ってしまう。その道は未舗装で、道の両脇に並ぶ家はどの家も玄関を道側に向けておらず、電信柱やポストや駐車場も存在せず、人の気配もない。“私”は、心細く、恐ろしい思いをしながら何とか普通の道に帰り着いた。

その五年後、十二歳の夏休みに、友人のカズキにかつての体験を話したことがきっかけで、“私”はカズキとともにもう一度その道に入ることになる。ところがどこまで行っても普通の道に戻ってくることができない。親切な青年・レンに助けられてようやく帰路を見出したかに見えたが、道中でカズキが瀕死の重傷を負ったことで、旅の目的は一変する……。

現実世界のすぐそばに存在しながら、一部の人しか入ることのできない古道。そこを異形の存在達が歩いていく場面には、恐ろしさとともに奇妙なノスタルジーを喚起させられます。古道の旅人は種を持っていて、彼らが道中で斃れたらそこに芽が生え、やがて大樹に育つ、という世界観にもグッときます。物語の後半で焦点が当たるのは、古道で生まれ育ち旅を続けるレンの人生。(我々の住んでいる)現実世界の方には決して立ち入ることのできない彼の、過去と現在に迫るうち、作中では幾つもの“別れ”が描かれます。その一つ一つはきっと読者の心に残るものになるでしょう。

2019年2月2日土曜日

怖ろしく、切なく、胸にしみいる7つの怪談。山白朝子『死者のための音楽』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昨年末、怪談誌『幽』が30号をもって休刊となりました。このブログで紹介した本の中にも、『幽』に掲載された作品を集めたものや『幽』の新人賞でデビューした作家のものなど多数ありましたので、その存在の大きさを改めて噛みしめています。今回は、『幽』初出作品を集めた本をご紹介しましょう。

という訳で本日の一冊は、山白朝子『死者のための音楽』。



別名義で既に長く活躍していた作者の、山白朝子名義での初の著書でもあります。本書に収録された怪談、全7編の中で、恐怖度の強い作品をまず挙げると「黄金工場」「鬼物語」。

「黄金工場」は、工場の廃液によって黄金に変わった虫を見つけた少年の物語。その廃液を浴びたもののうち、生きているものだけは黄金に変わってしまう。黄金になったミミズやダンゴムシを集めているうちはいいのですが、大きな生き物ほど大量の黄金に変わる、ということは、行き着く先は……。本書中一番ショッキングな絵面が待ち受けています。

「鬼物語」で描かれる鬼は、指で人間を押しつぶすほど巨大であり、たびたび村を襲って殺戮を繰り広げる存在で、進撃の巨人もかくやという恐ろしさです。一方で、物語を追っていくと、3代に渡って鬼に大切な人を奪われた家系の、哀切な年代記も浮かび上がります。

上記二作品は、怖さとともに悲しみが胸にぐっと迫る内容です。悲しみ、そして時にはそこからの魂の救済は、この本全体に底流として流れているように思えます。

「井戸を下りる」の主人公は、父親の叱責から逃れようと逃げ込んだ井戸の底に、女が潜んでいるのを見つけます。そこに住んでいるという奇妙な女に惹かれていき、井戸に通うようになった主人公。彼が最後に辿り着く場所のぞっとするような美しさが印象的です。

「長い旅のはじまり」は、強盗に父を殺された娘の話。彼女は性経験が無いにもかかわらず子供を産みます。子供は、生まれた時から、誰に教わったこともないお経を覚えていて……。悲運に翻弄される二人の姿が健気で、タイトルに込められた意味がラストで読者の心に響いてきます。

「未完の像」は、彫刻の圧倒的な才を持つ少女の話。その技術は高く、木彫りで鳥を作ればその鳥が空へ飛んで行ってしまうほど。彼女は仏像士のもとに弟子入りして、仏像を作ろうと試みるが……。彫刻の合間にわずかだけ垣間見える少女の想いが、語り手と読者の胸を打ちます。

「鳥とファフロツキーズ現象について」は、鴉に似た正体不明の鳥を助けた父娘の話。テレパシーのような超能力をもったその鳥は、父娘が欲しいと思ったものを目の前に運んできてくれるという可愛らしい習性がありましたが……父娘を襲った悲劇をきっかけに、鳥との関係が全く変わってしまいます。二転三転する展開の先に待つのが、残酷な結末なのか救いなのか、胸が苦しくなりながら目が離せない作品です。

単行本書き下ろし作品である「死者のための音楽」は、手首を切って自殺を図った母と、その娘の対話形式で綴られる、母の人生の物語。聴覚に障害をもって生まれた彼女は、幼い頃に溺れて死に瀕したとき、水中でこの世のものではない美しい音楽を聞いて、その音色に生涯あこがれることになった。やわらかな口語文体で現世の生と彼岸の美が語られる、涙を誘う傑作。

(どれというとネタバレになるので伏せますが)幻想小説としての味わいを十分にもちながらも、ミステリ的な鮮やかなどんでん返し、騙しのトリックが含まれている作品も多く驚かされます。それでいてどの作品も、読者の感情にさざ波を立てること間違いなしの物語です。山白朝子名義での(ノンシリーズの)短編集は、これと『私の頭が正常であったなら』のみ。一編一編を大切に読んでほしい一冊です。




2019年1月26日土曜日

怪異の記録を聞く者は、自身もまた……三津田信三『怪談のテープ起こし』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞絶賛募集中。ふるってご応募ください! 第4回の金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビ―ズ』も出版へ向け準備中です!

さて、本日の一冊は、三津田信三『怪談のテープ起こし』。



 集英社の編集者・時任から依頼を受けた作家・三津田信三は、『小説すばる』誌に短編を連載することになる。三津田は、時任との打ち合わせの最中に、自身の所有しているカセットやMD――怪異を体験した人々に取材した際の音声データ――の存在を思い出す。時任は、それらの録音をテキストに書き起こして、三津田の小説執筆に役立ててもらおうと意気込む。だが、書き起こしを重ねるうちに、時任の身の回りで奇妙な出来事が相次ぎ――
という枠物語を用意して語られる、6つの短編を収録。下記に一作ずつご紹介します。

「死人のテープ起こし」出版社で編集者をしていた頃の三津田のもとに、フリーライター・吉柳吉彦が持ち込んだ企画は、自殺者が死の直前に残した音声テープ群を書き起こして本にまとめるというものだった。やがて吉柳からテキストデータ3本が送られてくるが、3つの自殺直前の状況はいずれも、少しずつ不自然な部分があり……。恐怖体験の録音を書き起こすという行為が招く、怪異の感染は、本書の枠物語でも改めて牙を剥くことになります。

「留守番の夜」大学生・霜月麻衣子は、文芸部のOB・光史の家で留守番をする、という高額バイトを引き受けることになる。光史の家では、その妻・雛子と、雛子の伯母が住んでいるという。ところが、光史の目を盗んで雛子が告げたのは、伯母は既に死んでおり、葬儀も出しているのに、光史だけがその死を受け入れようとしない、という話だった。伯母の生死に疑念が沸いた状態での留守番、という、否応なしに不安を掻き立てる状況設定が見事です。

「集まった四人」奥山勝也はバイト先で知り合った岳将宣に誘われてグループでの登山に向かった。しかし待ち合わせ場所にメンバーが集合したものの、肝心の岳が現れない。都合で行けなくなったという岳からの連絡で、集まった四人は、全員が初対面の状態で山に登ることになるが……。山の中でおかしくなってしまう人の奇行がとても不気味な一本。

「屍と寝るな」三津田の学生時代の知人である“K”の母親は入院している。ある日、母と同室になった老人が、ずっとぶつぶつ何事かを呟いていることに、Kは気づく。老人の入室を境に、母の病状も悪化しているようだった。老人の話は要領を得なかったが、病室に向かうたびその話を聞かされるので、少しずつ実態が掴めていく。それは、老人の子ども時代の記憶と思しきもので……。これは本書で私が最も怖いと思った作品です! 老人の語りの中に浮かび上がる、電車内での不吉な邂逅シーンが、恐怖の“圧”の高さと緊張感でずば抜けています。

「黄雨女」大学生のサトルは、通学の道で、雨も降っていないのに長靴・レインコート・傘という雨の日の装いで立っている女を見かける。何度も女を見かけるうちに、ある日その女と目が合ってしまって……。語り終えられた後の幕切れが印象的です。

「すれちがうもの」アパートで一人暮らしをしている、新社会人の藤崎夕菜が、ある日ドアを開けると、そこに花を挿した瓶が置かれていた。その日から、夕菜は自身の通勤ルートで黒い影を見かけるようになり……。「黄雨女」と「すれちがうもの」は現象として類似したものを扱っていますが、「すれちがうもの」の発端(アパートの部屋の前に花の挿した瓶が置いてある)は現実にあり得そうで、いやーな感じがより強いです。

最後に枠物語について。どこまでがフィクションでどこまでが創作かを揺るがすという点でまず秀でています。更に、本書の表紙はオフィス内の写真ですが、そこに映っているデスクとキーボードは、紛れもなく集英社で使用している本物です。編集者・時任の体験した怪異には集英社のビル内で起きるものもありますが、まさにその同じビルで(Jブックス編集部と小説すばる編集部は同一ビルにあります)、深夜、一人でこの本を読んでいた時の私は、世界一ビビッていたことは言うまでもありません。



2019年1月19日土曜日

「病状の重い人ほど下の階に移される」奇妙な病院――ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』



今晩は、ミニキャッパー周平です。直木賞・芥川賞の結果がこのほど発表されていましたが、今回の直木賞にノミネートされていた深緑野分さんが、今まで読んだ中で一番こわい短編小説としてツイッターで挙げていた作品のひとつが、ディーノ・ブッツァーティ「なにかが起こった」でした。

ブッツァーティは寓話的な小説を得意とするイタリアの幻想作家で、ホラー作家という訳ではありませんし、本日ご紹介する短編集も、一冊丸ごとホラーという訳ではありません。
ただ、ホラー系アンソロジーにたびたび収録される歴史的に重要な短編を二本収録しており、ぜひこの機会にご紹介しておきたく、取り上げることにします。

という訳で、今日の一冊は、ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』。



怖い作品として言及されることの多い短編のひとつが、「七階」。
病気のごく軽い症状で入院することになったジュゼッペ・コルテ。彼のあてがわれた部屋は七階だった。コルテが看護婦から聞いた話では、この病院は独自の管理システムを敷いており、七階には症状がとても軽い患者、六階には症状は大して重くないがなおざりにはできない患者、五階にはもう少し症状の重い患者……そして一階にはもはや死を待つばかりの患者、というように、『症状が重い者ほど下の階へ』滞在させるシステムとなっていました。自分が七階にいられるほど症状が軽いということでほっとするコルテ。ところがある日、コルテ自身は特に症状が悪化していないのに、新しく親子が入院するということで『部屋の空きがないため、特例として』コルテは六階へ移されます。病気は軽いのだから部屋さえ空けば七階に戻れるはず、と信じるコルテ。しばらくして、今度は『病院全体で病気の等級付けを変更する』という名目で、やはり症状は悪化していないはずなのに、コルテは五階に移される、ということになり……ここから何が起きるかは皆さん予想がつくでしょうが、じわじわと真綿で首を絞めるように事態が進行していく、間違いなく怖い作品です。

そして前述の短編、「なにかが起こった」。十時間ぶっ通しで走り、終着駅までどこにも停車しない急行列車。そこに乗車していた男が何気なく窓の外を見ていると、走り過ぎる列車を見物に来ていたらしい女に、急な報せを届けにきている者の姿があった。その少し先では、手をメガホン代わりにして、野原の方に向かって何か叫んでいる男がいた。どうやら、広範囲に何かの非常事態が起きて、人々がその情報を共有しているらしいことが分かってくる。窓の外の光景はやがて切羽詰まった、大規模なものになっていくが、何が起きているのか乗客には分からないまま、列車は止まることもなく目的地へ突き進んでいく……10ページしかないのにひどく後を引く作品です。

ブッツァーティの作風としては、「ゴール地点があるかどうかわからない、それどころか正体不明のトラップが待ち構えているかもしれないマラソンを、否応なしに続けさせられるような不条理」、そういう状況を描くことで、手探りで進まなければならない人生の悲哀を描き出すといった印象で、「カフカより手軽に読み進められるものの、はまり込む沼の深さではよく考えたらカフカとあまり変わらない」作品群、という風に私は考えています。

他の収録作についても印象的なものをいくつかご紹介。
国の全貌を知るため、国境へ向けて旅を始めたのに、何年かかっても国境に辿り着くことができない「七人の使者」などは前述した作風を象徴しています。
信仰をないがしろにしていた街の人々が、奇跡を起こせるかもしれない犬の出現に、四六時中怯えて生活する羽目になる中編「神を見た犬」は、一種のディストピアものめいて見えるディテールが読んでいて滑稽であり、皮肉な結末も巧みです。
牢獄に入っている間に自分の地位を失ってしまった、山賊のもと首領が、最後の大仕事に挑む「大護送隊襲撃」は非常にエモーショナルな結末でお気に入りです。
奇想という意味では、自動車がかかる伝染病が蔓延し、感染した車の隔離・処分政策が進められているという「自動車のペスト」の発想もすごい。
戦争からようやく帰ってきた我が子が、なぜかマントを脱ごうとしない、という内容の「マント」は、読んでいて身を切られるような、胸が苦しくなるような物語。

ブッツァーティの作品群は、直接そうは書いていないのに人生のことを書いているように見え、それでいて説教くさくはなく、ラストは(破局を予期させる恐怖や、胸にジンと来る哀切で)心に残るというものが多いです。ほとんどの作品が短く、すぐに読めるので、ぜひ気軽に手に取ってみて下さい。

2019年1月12日土曜日

港町の特濃クトゥルー復活録――小林泰三『C市からの呼び声』

今晩は、ミニキャッパー周平です。2019年も気の向くままにホラー小説をご紹介してまいりますので、何卒よろしく願いいたします。もちろん、絶賛募集中の第5回ジャンプホラー小説大賞への応募もお待ちしております。

さて、本日の一冊は、小林泰三『C市からの呼び声』。

小林泰三といえば、ミステリ・ホラー・SFと多岐のジャンルでヒットを飛ばす人気作家ですが、デビュー作は子供時代のおぞましい記憶にクトゥルーネタが絡む「玩具修理者」でした。そして最新作である本書『C市からの呼び声』は丸々一冊クトゥルーネタに取り組んでおり、発表済の短編「C市」とその前日譚である書下ろし中編「C市への道」で構成される本になっています。

前に置かれているのは「C市への道」。各国で奇妙な災害が多発し、クトゥルーの邪神(作中では、名を呼ぶことをはばかって「C」と呼称される)の復活が囁かれている時代。世界的な「C」研究者であるビンツー教授は、CAT(“C” Attack Team)の研究所を建てるべき場所として、緯度や経度、特殊な地磁気から結界となっている土地を選んだ。それは「因襲鱒(いんすます)港」と呼称される、日本のひなびた港町だった。

この港町がどう見ても呪われた地で、異様な潮の匂いに満ち、常に暗天に覆われ、水揚げされる魚は奇形ばかり、食べると体に重篤なダメージを受ける。港の住民たちの間では、自分たちの祖先が「こことは違うどこか」から来たという伝承が伝わっている。モーターボートで沖へ出た調査メンバーは、遭難したすえに古代の遺跡に遭遇し、異形の邪神に追われる。ビンツー教授が保管している魔導書『ネクロノミコン』を奪うために街の住民(どう見ても人間ではないし、当然のように銃で撃っても死なない)が襲撃してくるし、怪しげな脳波計測装置やマッドサイエンティストが跳梁し、宇宙生物と屍食鬼が死闘を繰り広げ、遂には玩具修理者までサービス出演。帯に書かれた「クトゥルーマシマシ神話生物多め‼ これがクトゥルー神話界の超大盛家系ラーメンだ!」というものすごいコピーに恥じない内容となっています。固有名詞やシチュエーションなど、ラヴクラフト作品へのオマージュを大量に捧げまくっていることもあり、原典をどれだけ読んでいるかで面白さが変わる作品でもあります。

そして後日談たる「C市」では、とうとうこの港町に、CAT研究所が完成。間もなく復活するであろうCに対抗すべく、科学の粋を尽くしてつくられた人工生命、学習型C自動追撃システム=HCACSは自己改良と進化を初め……クライマックスシーンの光景の異様さに唖然とさせられます。クトゥルーの邪神の正体を巡る議論の濃さを初め、「C市への道」以上にディープな一篇です。

2018年12月29日土曜日

死者との交信がもたらす戦慄の『システム』。――長江俊和『禁忌装置』


 今晩は、ミニキャッパー周平です。気づけば2018年も残り3日、あっという間に一年が過ぎ去ってしまいました。第5回ジャンプホラー小説大賞の〆切日、20196月末まであと半年。受賞を目指す方はぜひ、お休みの時間を大事に使って原稿を進めて下さいね。私は冬休みを使ってとりあえず本をたくさん読むつもりです。

さて、本日の一冊は、長江俊和『禁忌装置』。


学校内で孤立している津田楓は、正体不明の差出人から頻繁に届く謎のメールに悩まされていた。“49945682450751280”という意味不明な数列のみが記されたそのメールは、「受け取った者を自殺に追い込む」という噂で語られるものだった。ある日、楓の唯一の友人であった希美が、楓の眼前で飛び降り自殺を遂げる。死んだ希美の携帯電話にはあの数列が書かれたメールが届いていた。恐怖を感じた楓は、連続自殺の真相を探るTVディレクター・岡崎令子の取材を受けるが――
一方、不倫した妻を殺害した男・浦恵介は、自らも死を覚悟して森の中を彷徨ううち、一軒の廃墟を見つける。廃墟に入り込んだ恵介が遭遇したのは、そこにいるはずのない人物。殺したはずの妻だった――

二つの異なる恐怖体験の先に存在するのは、とある研究者によって作り出された、死者が死者を呼ぶ「システム」の存在だった。

というわけで、初刊が2002年(初刊時タイトル『ゴーストシステム』)なので、携帯電話の「メール」が自殺を連鎖させる媒体となる、やや時代がかった内容ではありますが、単純な呪いの感染にとどまる話ではなく、「死」の先にあるものが何かを考察するというコンセプトも含んだ作品です。そういう意味で、個人的には、本書の一番の読みどころは、主要登場人物の一人が「死んでから」の視点で語られるパートの透明で異質な恐怖感だと思います。メインストーリーの合間に挟まれる、聖職者や心霊研究家によってなされたという、もっともらしい「死者との交信の記録」――録音機に入り込んだ死者の声だとか、テレビに霊を映す実験だとか――にも目を惹かれます(巻末の参考文献を見る限りでは、この辺りは『ムー』に載った記事の引用かもしれません)。

ところで、死者との交信という意味では、超メジャー作品ではありますが、星新一「殉教」(『ようこそ地球さん』収録)は、死者との完全な通信機が発明されたことで社会に激変がもたらされる、星作品の中でも屈指のおススメ作品です。また、SFマガジン20192月号に載ったばかりの、森田季節「四十九日恋文」は、死者と四十九日間だけ短文のやりとりができる世界での、少女二人の別離を描いた掌編で、短いながらも非常にエモーショナルに仕上がっており、こちらもおススメです。