2018年6月30日土曜日

謎が解かれ、更なる戦慄が牙を剥く――芦沢央『火のないところに煙は』

今晩は、ミニキャッパー周平です。いよいよ、第4回ジャンプホラー小説大賞応募締め切り(6/30)目前。応募者の方は悔いのないようラストパートをかけて下さい!
さて、ホラー棚ばかり見ているので見過ごしていましたが、社内のミステリファンの人から、ホラーとしても面白いミステリが出たと教えてもらい、早速手にしました。

という訳で本日の一冊は、芦沢央『火のないところに煙は』です。



「小説新潮」から「神楽坂を舞台にした怪談ものを」という依頼を受けた小説家の「私」は、かつて自身が見聞した怪異が神楽坂に纏わるものであったことを思い出し、不思議な偶然に背筋を寒くする。それは八年前、編集者であった頃の「私」が、大学時代の友人から紹介された女性、広告代理店勤務の角田尚子に関するものだった。
尚子とその彼氏は、占い師に相性を診断してもらいに行った折に「不幸になるから結婚しない方がいい」と告げられた。それ以来、彼は豹変し、尚子に強烈な疑いの目を向け、生活を脅かすようになる。その後、彼は交通事故により亡くなったが、時を同じくして、尚子の取り扱う広告に血しぶきのような赤い染みが付くという怪現象が起こるようになった。彼の呪いを恐れた尚子は、除霊ができる人間を探していた。「私」は知人のオカルト専門家・榊桔平に尚子の件を相談するが、榊が導き出したのは、「染み」についての全く異なる真相だった――

本書は全6話で構成されており、いずれも、ホラーとミステリの歯車が見事に噛み合った作品になっています。上述したのが第1話「染み」の内容ですが、死者の力を前提としたオカルト的な内容でありながら、ミステリ的な構図の逆転をもち、しかし真実が暴露されたとき一層の恐怖が姿を現すという、技巧の冴えわたる短編となっているのです。

そして「染み」の執筆以降、「私」の周りには様々な怪異譚が集まっていくことになります。
狛犬に呪われたと称して常軌を逸した訴えをしてくる女の物語「お祓いを頼む女」、親切な隣人が急に根も葉もない醜聞を告げ口するようになる「妄言」、夢の中で迫ってくる恐怖から逃れようとした夫婦の悲劇「助けてって言ったのに」、アパート内での霊現象に対して盛り塩や御札で対抗しようとして起きた予想外の事態「誰かの怪異」。
いずれも、超常的な力の実在を前提に、榊が謎解きをすることによって、怪異の背後に隠されていた意外な事情が明らかになり、(多くの場合、後味の悪い)ホラーとしての異様な戦慄が残されるという形式になっています。それらのエピソードで積み重ねられた伏線が、最終話「禁忌」に至って一つの大きな恐怖へと鮮やかに収束する様は、手品のような驚きに満ちていて、読者を打ちのめします。

ところで、この本の裏表紙には、第一話「染み」の内容通り、血しぶきを模した赤い模様があしらわれているのですが、「染み」を読み終わったあと改めてその模様を見た人は、きっと10人中9人は鳥肌が立つのを抑えられないでしょう。

さて、第四回ジャンプホラー小説大賞までのブログ更新はここまで。第五回の募集ページが立ち上がるまで、しばらくは月1とか月2とか、思いついた時に(土曜深夜2時に)更新致します。