2018年12月8日土曜日

人気ミステリ作家の描き出す現代怪異13編――似鳥鶏『そこにいるのに』


今晩は、ミニキャッパー周平です。まずPRから。第5回ジャンプホラー小説大賞募集開始にあたって、「ジャンプホラー小説大賞の傾向と対策」的な記事をJブックスのHPで公開予定です。第1回~第4回まで応募されてきた作品はどういったジャンルや主人公のもので、また、最終候補に残り受賞してきた作品はどういった内容のものだったかを、詳しく解説。1210日月曜より全3回で公開です。次回応募者の皆さん、ぜひお役に立てて下さい!

さて、本日ご紹介する一冊は、似鳥鶏『そこにいるのに』。



『理由(わけ)あって冬に出る』から始まる「市立高校シリーズ」などで、ミステリのジャンルで人気を博す作家の、初のホラー短篇集です。全13編を収録し、短いものでは10ページ足らずのものも多く、各篇に直接の繋がりはないため、空いた時間にサクサク読むことができます。たとえば「ルール(Googleストリートビューについて)」は、グーグルマップ用の幾つかの座標と注意書きで構成される内容で、僅か3ページの掌編。

グーグルマップに限らず、最新のツールを介した恐怖が多く含まれているのは本書の特徴です。その好例が、「痛い」という題名の短編。吉田美咲は平凡な会社員だが、ある日何気なく自分の名前でエゴサーチをしてみたところ、「吉田美咲 9/16 1929 新宿駅構内」というタイトルの動画が動画共有サイトに上がっていた。それは、美咲が駅でベビーカーを故意に蹴飛ばし、ベビーカーを押す女性に暴言を吐く動画だった。当然、動画のコメントは怒りの声で埋め尽くされていたが、美咲自身にはそんな行為をした記憶が全くないのだった。身に覚えのない迷惑行為動画は次々にアップロードされ……現代的な不条理ホラーの極みとも言える一本ででしょう。他にも、「写真」という題の作品では、デジカメで撮影した写真を、<パソコンに取り込んだり><携帯に送信したり><知人と共有したり>するというありふれた行為が、主人公と怪異との距離を縮めていくという設定で、こちらは某都市伝説を髣髴とさせつつ、現代だからこそ書ける最先端の恐怖を感じさせます。

収録作は現代怪談・都市伝説的な様相も見せています。ある日突然、頭の中で、<ポストを見に行かなければならない><ティッシュを屑籠に捨ててはいけない>などの妙な指令が響く、という短編「なぜかそれはいけない」などは、モチーフとなったであろう有名な怪談話が、巧みにアレンジされています。「二股の道にいる」に登場する、Y字路の交点に佇んでいて、特定の条件下で遭遇してしまうと災いを呼ぶ<Y字路おじさん>は、新たな現代怪談のモンスターにもなりそうです。

ほとんどの作品において、特に悪事を働いたわけでもない「普通の人」が、自室、帰宅の道、新幹線の車内など、日常的な場で正体不明なよくないものに憑かれ、悲惨な結末を遂げるというスタイルであり、それゆえにこそ、数少ない別ベクトルの作品はぐっと心に迫るものがあります。タイトルは伏せますが、その一作は「世にも奇妙な物語」の感動枠で実写化されそうな輝きを持っています。

冒頭におかれた「六年前の日記」は、小学三年生の女の子が遺した日記を読んでいく中で、巻末におかれた「視えないのにそこにいる」は、刑事である父親の残した捜査記録を読んでいく中で、それぞれクライマックスを迎える作品ですが、残された文書のラスト一行が読者に与える強烈な感情は、二作で全く異なったものになっています。計算尽くでこの二作品を最初と最後に配したのなら、なかなかに粋な仕掛けと言えるでしょう。