2017年11月18日土曜日

戦火の時代。少年は、あらゆる妖と霊宝が息づく屋敷に出会った――山吹静吽『迷い家』

今晩は、ミニキャッパー周平です。先週は、映画シン・ゴジラの地上波初放送が盛り上がりましたね。映画館で見た時もそうでしたが、やはり「自分の見知った町」がなすすべもなく破壊されるシーンが心に与えるインパクトは大きく、日本人にとって最上の恐怖を与えてくれる作品だと感じました。

今回ご紹介する本も、日本だからこそ生まれた恐怖譚にして、日本ならではの傑作――山吹静吽『迷い家』。



太平洋戦争のさなか。父が出征先で戦死し、母をも空襲で喪った少年・心造は、唯一の家族である妹・真那子ともに、集団疎開により山村に身を寄せている。心造は空襲の記憶に苦しめられながらも、戦争を厭う者たちを蔑み、本土決戦への覚悟を決めていた。

だがある日、真那子が同じく東京から疎開してきた少女とともに、姿を消した。警察の山狩りでも真那子は見つからず、自身で山中を捜索していた心造の前に忽然と現れたのは、巨大な屋敷だった。出会った者は神隠しに遭うというその屋敷に、妹のため、心造は単身で踏み込んで行くが……。

まずは、野山を駆けずり回って食糧を調達しようとする子どもたちの苦労、疎開者と地元の少年らの確執など、当時の空気が肌で伝わってくるような集団疎開生活のリアルな描写に、読者は否応なしに「戦時下日本」にタイムスリップさせられます。そして、両親を亡くし、戦局の不利を十分に理解しつつも、軍国少年として戦い抜く悲壮な決意を固めている心造の痛ましい姿に、胸を奪われるでしょう。

しかし何より素晴らしいのは、日本古来からの伝承である「迷い家」――神隠しに遭ったり山の中で迷ったりした人が出会う無人の屋敷――を、「妖や霊、霊宝の集まる場所」とした独自設定でしょう。心造は、迷い家の中で無数の霊宝に出会うのですが、その物量たるや、昭和までに日本で語られた怪異・怪談の全てを内包せんばかりの膨大さです。また、山姥や河童やのっぺらぼう、ろくろ首や雪女など、当時ですら一種ユーモラスにさえ感じられていた日本妖怪を、現代の私たちにとっても視覚的・生理的に「恐ろしい」存在として凄絶に描き切る筆力に舌を巻きます。そんな妖ばかりの家が、脱出不可能なホーンテッドハウスとなり、妹を助け出そうとする心造を翻弄する展開は手に汗握るものです。

物語には中盤から、戦後の視点――真那子とともに姿を消しながら、記憶を失って一人生還した女性の視点から語られることになります。迷い家のもつ恐怖はそのままに、時代が変わったことによって訪れてしまった「致命的な齟齬」が読者の心を突き刺さしていくことになります。そして訪れるのは破局か救済か。

「脱出できない幽霊屋敷で恐るべき次々モンスターが襲ってくる」というハリウッドホラーに通じるエンタメ感を持ちながら、日本怪談の総決算であり、ある時代の日本に暮らした人々――国家を信じて戦い、生き、死ななければならなかった人々――への鎮魂の詩として、涙を誘われる傑作です。


2017年11月11日土曜日

殺人者が徘徊する無人の温泉街、失われた記憶に蘇る惨劇――野城亮『ハラサキ』

今晩は、ミニキャッパー周平です。
突然ですが、皆さんは本の帯をつけたままにする派でしょうか、それとも一度は外してみる派でしょうか。私はとりあえず一度は帯を外して、隠れている部分を確かめる派です。
本日ご紹介する本は、帯付きで見ると「虚ろな瞳の女性がこちらをまっすぐ見据えている」というイラストですが、帯を外してみると、「女性が包丁をこちらに向けて構えている」のが明らかになるという仕掛けが隠されているのです。何気なく帯を外した時ビビりました。

というわけで、今日の一冊は、野城亮『ハラサキ』。


竹之山温泉街で育った女性・百崎日向は、幼少時の記憶を失っていた。里帰りのために竹之山に向かっていた日向は、駅で小学校の同級生だったという沙耶子に声をかけられ、母校を訪れることに。だが、彼女たちがたどり着いた竹之山の町は無人で、ハンマーをふるって襲いかかる謎の影が徘徊する、暗黒の異空間だった。日向は影から逃げ回り、異空間からの脱出を試みるが……。
その頃、一足先に、現実世界の竹之山に無事到着していた日向の婚約者・正樹は、連絡の途絶えた日向の捜索を始める。彼女の失踪の影には、町でささやかれる「ハラサキ」の噂――『悪いことをしたり夜に出歩いたりすると、ハラサキの世界に閉じ込められて腹を裂かれる』という都市伝説が見え隠れする。

「辿り着いた駅に誰もおらず、異変を感じて電車に戻ろうとすると電車が走り去ってしまう」という、インターネットフォークロアめいた序盤から一転、謎のルールに支配された空間から逃げ出そうとする、脱出ゲーム的な展開に向かう本作品。ヒロインが閉じ込められた「檻」であるところの竹之山の町の情景が美しく物悲しいのが、ホラーとしての緊張感やおぞましさと、絶妙なハーモニーを奏でています。雪の積もりゆく温泉街、廃旅館、無人の土産物屋、焼け落ちる家、雪原の先の小学校、そして夕焼け。過去に起きた惨劇の現場さえ、郷愁を誘い、目に焼き付くようです。


物語を牽引していくのは、逃走劇のスリルばかりでなく、散りばめられた謎の数々でもあります。異空間で発見された死体の身元、その死体が握りしめていたメモに書かれた<処刑場>という言葉の意味、記憶喪失である日向の小学校時代、日向の両親の死の理由、影の正体。そんな様々な謎が、徐々に解きほぐされていくうちに、読者は「日向は助かるのか」そして「助かるべき人間なのか」と心を翻弄されること請け合いでしょう。最初に述べた、女性が包丁を構えているカバーイラストも作中で重要なシーンを描いたものと思われますので、読後に改めて見てみると更にぞっとします。スピーディな物語かつ200ページと少しというコンパクトさであっという間に読んでしまえる小説ですが、最後の最後までどうぞくれぐれも油断なさらぬように。

2017年11月4日土曜日

怪異集結、世界の存亡をかけた戦い――ロジャー・ゼラズニイ『虚ろなる十月の夜に』

今晩は、ミニキャッパー周平です。この間、CDを借りようと渋谷に向かったところ、ちょうどハロウィンの仮装をした大群衆と出くわして、進むことも脱出することもできない大変な目に遭いました。子どもの頃は日本国内ではそんなにポピュラーだった気がしないので、これほど日本にハロウィンが定着していることに隔世の感を覚えます。

さて、今回は、そんなハロウィンが舞台になった素敵な作品を。SF・ファンタジー作家のロジャー・ゼラズニイによる『虚ろなる十月の夜に』(訳:森瀬繚)です。



19世紀末、ある年の10月。切り裂きジャックに飼われる犬・スナッフの日課は、主人の仕事の手伝い。魔術的な力を持ち、人の言葉を理解するスナッフは、警察や敵対者に追われるジャックを守る番犬でもあり、使い魔でもある。スナッフばかりでなく、近隣では、ネコ・ヘビ・コウモリ・リス・フクロウなど様々な動物が、それぞれの飼い主の使い魔として動き、情報を収集し、何やら準備をしている。動物たちとその飼い主たちは、実は、世界をかけた戦いの参加者なのだ。彼らの正体は、古の神々を復活させようとする≪開く者(オープナー)≫と、それを阻止しようとする≪閉じる者(クローザー)≫。二つの勢力は、ハロウィンの夜に行われる「大いなる儀式」に向けて魔術的な闘争を繰り広げる――。

というわけで、10月1日から1031日までの戦いの経過を描いた作品です。序盤は次々に喋る動物が登場するファンタジックな絵面ですが、互いに「どちらの陣営に属しているのか」を探り合いながら情報交換をするという、ゲームの準備段階のような内容(登場キャラクター数がかなり多いので、自分で登場人物表を作りながら読んだ方が分かりやすいと思います)。当然ながら読者にも、どのキャラがどちらの陣営に属しているか、なかなか明かされないのでやきもきさせられます。そして新月の夜辺りから参加者がついに衝突を開始。死者や退場者が出始めるとがぜん物語は盛り上がり、大いなる儀式に向けて、一気に加速していきます。

作者の旺盛なサービス精神が満ちている物語でもあり、ジャックを追っている(女装もする)探偵はどう見てもシャーロック・ホームズだし、マッドサイエンティストが死体のパーツを繋ぎ合わせてフランケンシュタインの怪物を作り上げようとしているし、コウモリの飼い主は超常的な能力をもつ「伯爵」だし、満月の夜が近づくと変身しそうになるやつはいるし、とオールスターが夢の競演、といった感があります。その彼らが古の神々、即ちクトゥルーの神々の復活をかけて戦っているという豪華さであり、ゲーム化とか映画化とかしてほしい内容になっています。


11月になってしまいましたが、忙しくてハロウィンを楽しめなかった、という方はぜひ本書で、マジカルなハロウィンを体験してみてはいかがでしょうか。

2017年10月28日土曜日

家族を喪った少女を守る、心優しき霊……オーガスト・ダーレス『ジョージおじさん ―十七人の奇怪な人々―』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー賞の宣伝隊長として、最新のホラーをチェックしつつ、ホラーの歴史に少しでも詳しくなれるよう、クラシックホラーも探る毎日です。そんな中で、埋もれていた往年の名作に光を当てる『ナイトランド叢書』シリーズに嵌まっています。
今回ご紹介する短編集は、そのシリーズから、オーガスト・ダーレス『ジョージおじさん―十七人の奇怪な人々―』。


ダーレスが何者かご存知ない方に説明しますと、ホラーの歴史においては、出版社≪アーカム・ハウス≫を立ち上げ、師であったラヴクラフトのホラー作品群を出版し、宇宙的暗黒神話「クトゥルー神話」として体系化してプロデュースした功績で知られています。つまりクトゥルー神話を世に広めた重要人物。
ダーレス本人も、クトゥルー神話に連なる小説を書いていますが、本書は、非クトゥルーものの短編集。十七本を収録していますが、その作品は意外にも、因果応報ものや復讐譚、ジェントル・ゴースト・ストーリーなどが占め、不条理なものはほぼありません。

この本の中では、基本的に、後ろ暗い部分を抱えている人間にはその報いが追ってくることになっています。釣り仲間を死に追いやった判事が謎の釣り人に遭遇する「パリントンの淵」、完全犯罪をもくろみ叔父を殺したばかりの男が列車の中で不審な乗客に出会う「余計な乗客」などは、読者に怪異の正体・結末は予感させつつ、ぞっとする細部の演出で読ませます。
怪現象の先に、なんらかの罪があぶりだされるという短編も多く、線路上に正体不明の男が現れては消失してを繰り返す「B十七号鉄橋の男」、風もないのに一本の木が名前を呼ぶような風音を鳴らす「ライラックに吹く風」、全身ワインの臭いをさせる男が宿屋に訪れる「マニフォールド夫人」、履いていると戦場の幻覚を見てしまう靴の呪い「死者の靴」など。これらの短編では、過去に何があったせいでこんな現象が起きるのか、という疑問について、明確でミステリ的といっていい回答が用意されています。そんな中、町ぐるみで行われる秘密の夜の祝祭を描いた「ロスト・ヴァレー行き夜行列車」は、唯一、謎ときにの先に、クトゥルー的な茫洋たる読後感が待ち構えています。
不思議なアイテムによって運命を狂わされてしまう人々を扱った作品も多く、「青い眼鏡」は、善人でない者が使用すると災いが起こる、という眼鏡を手に入れた好色な伊達男が、「プラハから来た紳士」は、教会からいわくつきの宝飾品を盗み出したバイヤーが、「幸いなるかな、柔和なる者」は、魔人の封印された瓶を拾った少年とその祖父が、それぞれどんな結末を辿るかが見所です。このタイプの作品では、放蕩者の甥から、アメリカ先住民の干し首(!)をプレゼントとして送られた男が主人公の「客間の干し首」が、結末のどんでん返しも華麗で好みです。

上記のように多数の怪異を取りそろえた本ですが、本書を読み通した時に強い印象を残すのは、霊orもしくは霊的な力を持った存在と、か弱い人間との絆。エモーショナルで読者の心を強く動かす作品が、この本のエッセンスでもあるのです(ただし、だいたいストーリーはぶっそうで人が死にます。作中登場する食べ物にはおおむねヒ素が入っています)。

死後も想い人の屋敷に留まり続けた女性との逢瀬を描く「マーラ」は妖しくも哀切。湖の中に子供を引きずり込もうとする孤独な霊の物語「アラナ」は痛切なまでにやるせない。少年と亡くなった祖父の霊がチェスを指す、「ビショップス・ギャンビット」はヒカルの碁を連想させなくもない展開が爽快。継母に虐待される子供を、近所に住む魔女めいた女性が守る「ミス・エスパーソン」などは不気味でありつつ感動的。両親を失った少年の傍に寄り添い続ける長命の猫にスポットを当てた「黒猫バルー」などは、痛快さと残酷さが同居していて、いわく言い難い読後感を残します。
そして、一番の傑作はやはり、本書の表題作となっている「ジョージおじさん」。保護者であったジョージおじさんを亡くし、莫大な遺産を相続した少女・プリシラは、金に目がくらんだ親族三人から命を狙われる。ジョージおじさんの死を受け入れられず、その帰りを待ち続けるプリシラに迫る、親族たちの魔手。しかし、死んでもジョージおじさんはプリシラを守り続ける……。無垢な子供にとっては護り手となり、欲にまみれた大人にとっては断罪者となる、人間以上に血の通った霊。その温かさに泣かされてしまう好編です。

というわけで、クトゥルー神話の重要作家による非クトゥルーもの、というやや変化球的な(それでも、粒ぞろいの)短編集を紹介しましたが、次回は(恐らく)全力でクトゥルーものの作品をご紹介します。



2017年10月21日土曜日

ニューヨークを襲う連続変死事件に魔女の影が――A.メリット『魔女を焼き殺せ!』



今晩は、ミニキャッパー周平です。だいぶ前からボリビアのウユニ塩湖とやらに行ってみたいのですが、往復と宿泊を考えると、なかなか行けるほどの休みが取れそうにありません。編集者という職業的には仕方ない部分だとは思いますが。

しかし、世の中には、編集者でありながら余暇に世界中を旅し、オカルト好きゆえに旅行先の各国の武器・彫刻・仮面をコレクションし、さらに自宅で魔術の研究をしたり薬草を栽培したりオカルト本を五千冊も収集したりして、ついでにホラー小説も書いてしまう、などという超人のような人もいまして……。

というわけで今回ご紹介する作品は、A.メリット『魔女を焼き殺せ!』。一九三二年にパルプ雑誌に連載されたのを初出とする小説です。


ニューヨークの医師・ローウェルは、神経学と脳疾患を専門とし、異常心理の権威として知られる名医だった。ある日の深夜一時、彼の医院に急患が運ばれてきた。患者につきそっていたのは裏社会の首領・リコリ。患者はリコリの右腕として働いていた男だった。患者は意識があるのに喋ることもできず、何者かを恐れるような表情と、悪魔に憑かれたごとき邪悪な表情とを繰り返した末に心停止、更に心臓が止まった三分後におぞましい笑い声を上げる、という奇怪な死を遂げた。似た症例を探すためローウェルがニューヨーク中の医師に問い合わせしたところ、この半年の間に、七件もの同様の事例が発生していたことが判明する。その犠牲者は、銀行家や慈善家、サーカスの空中ぶらんこ乗りや十一歳の少女などバラバラで、共通点も判明しない。ローウェルは医学的観点からその不審死の原因をつきとめようとするが、リコリは事件を「ラ・ストレガ」すなわち「魔女」のしわざだと叫ぶ――。

本書を一読して分かるのは、二十世紀初頭あたりまでの怪奇幻想小説に比べて、現代のホラー小説に読み味がかなり近いこと。本作よりだいたい二十年くらい遡った時代の小説は「溜め」が長く、ムードを高めるための舞台設定にページを割くことが多いのですが(その結果として、おどろおどろしさの割に犠牲者が少なくて済んだりします)、本作のスピード感は完全に現代の書き下ろしホラー文庫と同じか、それ以上。実は上記のあらすじで十九章分のうちまだ二章分の内容で、ローウェルとリコリが事件を捜査し始めてその犯人と手段をつきとめようとするものの、まだ犠牲者は(安全圏にいると思われた登場人物も含め)ガンガン増えていきます。打ちのめされつつもローウェルは犯人の奇怪なやり口を解き明かし、事件の根源である「魔女」と対峙するのですが……相手はこちらの手の内を見透かし、人形を用いたファンタジックに見えて残酷きわまる魔術で人間を葬り去っていく、強大な魔女。本当に倒すことができるのかどうか、ハラハラやきもきさせられます。

容赦なく事態が進行するスピード感(そしてそこから生まれるエンタメ感)はキングやクーンツの先駆にも見えますが、これはパルプマガジンの連載が初出という事情や、メリットがファンタジーを書いてきた経験が生きたのかもしれません。

ちなみに一九三二年といえば、ミステリ作家エラリイ・クイーンが「Xの悲劇」「Yの悲劇」「エジプト十字架の謎」を発表した年であり、また、ハクスリーがディストピアSF「すばらしい新世界」を発表した年でもあり、様々な小説ジャンルで同時に、現代に繋がる橋が架けられていたように感じます。

前述のとおり、世界各国を旅行している上にオカルト趣味のあったメリットは、様々な時代・場所での「邪悪な力」についての知識を持っていたようで、終盤で披露されるその知識は、物語のスパイスとしてかなり贅沢な使われ方をしており(今回の事件で用いられたのと同じ魔術は、実は様々な時代の様々な場所、人類の原初から使われていたのだ――という風に)、本書でも個人的にお気に入りの部分のひとつです。

意外だったのは、後半に行くにつれてあらゆる手がかりが魔女の実在とその超常的な力を示すにもかかわらず、主人公のローウェルが、後催眠や暗示など、同時代の科学で何とかその存在を合理的に説明できないかと苦労している点。もちろん、どんどん無理筋になっていきます。上に述べた魔術蘊蓄も含め、「科学が魔術の存在を消し去った時代に、魔女をテーマにしたホラーで読者を恐がらせること」に挑戦したメリットの企みがほの見えるかのようです。




2017年10月14日土曜日

名匠たちの「泣ける」ホラー10編――井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』

今晩は、ミニキャッパー周平です。突然ですが日本語の雑学から。「鳥肌が立つ」という表現は、恐怖や寒さ、不快感によってもたらされるネガティブな生理的感覚を指すのであり、感動した時に「鳥肌が立つ」という表現を使うのは誤用なのだそうです。が、そんなことを言われても、感動した時に鳥肌が立ってしまうのは事実なので、私は日本語のルールなど無視して、この表現をどんどん使っていきたいと思います。

そんな前置きを挟みたくなるほど、今回ご紹介する本は、読みながら何度も、鳥肌が立ってしまう一冊だったのです。というわけで本日は、井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』。




1998年から2011年まで刊行され、約50冊を数えた伝説の書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』。本書は、その膨大な作品群から、涙を誘う感動の物語に絞って厳選したという一冊なのです。よって、収録作は「ホラー」でありながら「泣ける」ストーリーばかり。

冒頭に置かれた短編、「のちの雛」(作・速瀬れい)の題材になっているのは、第二次大戦前に、日米交流で日本に寄付された西洋人形たちです。はじめは小学校などに飾られ、大切に扱われた西洋人形ですが、日米の開戦後に憎悪の対照になり、ほとんどが焼却・破壊されました。史実の悲劇を告発しながら、幻想の力によって傷ついた人の心を癒す、優しい物語です。「夢淡き、酒」(作・倉阪鬼一郎)も太平洋戦争が影を落とす作品です。演歌歌手になる夢をもった男と、自身の店を持つ夢をもった女の幸福の日々が、戦火に奪われてしまいます。回想形式で語られる男の一生はペーソスに満ちていて、ほんの僅かな救いが一層切なさを引き立たせます。

現世に残された人間が、死者との超常的なコミュニケーションを得る、という趣向の作品も少なくありません。「燃える電話」(作・草上仁)は、幼馴染だった電話好きの女性の死に呆然とする男が、か細い希望にたどり着く物語。ばらまかれた謎のピースがぴたりと嵌まって、タイトルの意味が分かる結末に震えます。掌編「そのぬくもりを」(作・傳田光洋)は、僅か7ページの短さの中で、我々の普段思い描くのとは異なった幽霊のありようが示唆される哲学的な一編。唯一の漫画作品である「帰ってくる子」(作・萩尾望都)では、喪った弟の幻影を見てしまう少年の、思春期の葛藤が生々しく切り取られます。「失われた環」(作・久美沙織)は、男女のすれ違いを入り口に、ある種の彼岸の光景をファンタジックかつ鮮やかに描きだします。

人ならざる者は、ホラーでは恐怖を与えてくるのが定石ですが、この本の中では少し違います。廃校になって久しい過疎地の小学校が、工事でダム底に沈むことになり、かつてその小学校に通った仲間たちが集う、「再会」(作・梶尾真治)は、思い出の中にいる正体不明の<友達>が残した奇跡が、ノスタルジーたっぷりに描かれます。「異なる形」(作・斎藤肇)は、医師を主人公とし、唯一の肉親である娘が徐々に羽や鱗の生えた異形の存在と化していく、という悪夢的事態が描かれ、怯えと愛情で揺れる主人公の姿に胸を打たれます。掉尾を飾る短編「雪」(作・加門七海)は、劇団に所属し、舞台上に降らせる紙吹雪を作っている男が、入院先の病院で化生の女に遭遇する、というストーリー。人間と妖の絆の儚さが印象深く、クライマックスシーンの映画的な美しさにも圧倒されます。

このアンソロジー内での一押しは「語る石」(作・森奈津子)。幼い少女が父親の書斎で、しゃべる石に出会うという筋立て。少女と石の交流をコミカルに描きつつ、剽軽な性格をもち奇妙な雑学を教えてくれる石がいったい何者なのか、なぜ石なのか、というのが物語のキモなのですが、ぜひお読みになってその正体を確かめてみてください。


『異形コレクション傑作選』が今後も続くこと、『異形コレクション』が復活することを、ホラー読者の一人として強く願っております。

2017年10月7日土曜日

理性を焼き尽くす紅蓮の災禍――ステファン・グラビンスキ『火の書』

こんばんは、ミニキャッパー周平です。夜食を買いに会社の外へ出たら、危うく引き返しそうになるくらいの強烈な寒さでした。ついこの間まで夏だったはずなのに、秋はどこへ行ってしまったのでしょうか、完全に冬です。

冬だからこそ、温かくなるような本を読みたいものですが、今回取り上げます本は、少々熱量の度が過ぎているようで――というわけで、本日のテーマはステファン・グラビンスキ『火の書』。



ポーランドの怪奇幻想作家が1922年に刊行した作品集を元に一編をさしかえ、インタビューなども収録した本なのですが……炎をイメージした真っ赤な表紙に、焦げ跡のような黒ずんだ手形がついているという、造本からして燃え盛る火属性のオーラを纏った一冊となっています。帯には『炎躍る、血が沸き立つ。』と大きく書かれており、書店で見かけるとビビるほどの存在感です。そして収録されている短編9編は、いずれも火や煙に関する恐怖、狂気、強迫観念を題材にしているという超コンセプチュアルな本なのです。

たとえば、冒頭の短編「赤いマグダ」は、消防士が主人公なのですが、彼の娘は「勤める場所すべてで原因不明の火災が起きてしまう」というジンクスを負っており、主人公は、火から人々を守るべき消防士としての立場と、娘を想う父親としての立場の板挟みになります。
同じく消防士ものである「四大精霊の復讐」の主人公は、火事を研究し続けた結果、火に対する魔法じみた耐性をもつに至った消防本部長。荒れ狂う火災現場でも火傷を負わず生還し続けるヒーローとして活躍していたものの、やがて炎そのものからの復讐に遭い……。

この二編に限らず、火という得体の知れない存在が、人間のまっとうな営みを飲み込み、食い散らしていく様が描かれます。「火事場」は、誰が家を建てても火災で燃え落ちてしまうといういわくつきの丘に新居を建てた家族の末路。「炎の結婚式」は、火災現場でしか性的興奮を満たせない男の悲劇。「ゲブルたち」は、精神病院内で誕生した、火を崇拝する宗教団体が行った、狂騒的な儀式の顛末。「煉獄の魂の博物館」は、霊が出現したとされる場所に残された焦げ跡を収集する、風変わりな司祭の数奇な運命。……多くの作品が、致命的な結末に至るであろう予兆をはじめからみなぎらせていて、やがて業火に焼かれるか、炎のごとく暴力的な破壊に襲われて劇的に幕を閉じる。その中で繰り返し登場する火や火災や煙は、獰猛かつ神秘的に描かれており、人間を惑わして狂気へ導く生命、人類を陥れる悪魔そのもののように見えます。火に酔う、あるいは火に憑かれる登場人物たちに引きずられるように、一気に読むと熱病にかかったかのごとく、くらくらしてしまいそうです。

煙突掃除人が恐怖体験を語る「白いメガネザル」、かまどの火が燃える傍での悪夢の一夜を描く「有毒ガス」など、火の暴力性が直接描写される訳ではない短編でも、火炎の周辺に潜むまがまがしい何者かの存在を感じさせられます。唯一、火のもつ幻想性を、暴力以上に美しさに振り向けた「花火師」はメルヘンチックな作品で、達人と呼ぶべき技術をもつ花火職人の情熱的な一生を描いており、これはロマンスのアンソロジーに入れてもよい一編です。

火への恐怖と畏怖と陶酔をふんだんに詰め込み、人間の根源的な感覚に訴える、まさしく『火の書』という題名にふさわしい、荒々しくも誌的な一冊です。冬の寒さも忘れるような本ですが、火事の多い季節ですので、皆様どうぞ火の用心をなさってください。

(CM)私が担当した作品2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、自殺志願者をあの世へ送るデートクラブを描く『この世で最後のデートをきみと』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月30日土曜日

命がけの夜物語、現代アラビアンナイト――仁木英之『千夜と一夜の物語』

今晩は、ミニキャッパー周平です。アニメ『十二大戦』の放送が間近に迫っており(10/3開始です。乞うご期待!)、担当編集として各話のアフレコに足を運ぶ日々です。やはり声優さんの演技を間近で見ると、フィクションを「本物」に変える、魔力とも呼ぶべき声のパワーを感じざるを得ません。古代だったらこういう声を持つ人たちが神職についたのではないでしょうか。

実は、今回ご紹介する小説の主人公も、もとは声優の卵であり、その「声」がもつ力がストーリーにも深くかかわってくるのです。本日の一冊は、仁木英之『千夜(ちよ)と一夜(ひとよ)の物語』。



かつて声優を目指していた女性・折口千夜は、その夢を諦め、姉・一夜の勤め先である製薬会社で働き始めた。幼いころに父が蒸発し、母が急死した千夜にとって、一夜はただ一人の家族であり、最も頼りになる、親も同然の存在だった。会社の歓迎会の日も、セクハラ上司に絡まれる千夜を、一夜は助けてくれた。
しかし、そんな歓迎会の帰りに千夜は何者かの手で拉致される。その犯人は「魔王」と名乗り、「殺されたくなければ面白い物語を語れ」、と千夜に命じる。「魔王」の背後には、殺されたらしき女性たちの遺体が積まれていた。生き伸びるため、千夜はこれまでに触れてきた作品や、姉から聞いたおとぎ話、自身の記憶をかき集め、必死に物語を紡ぎだそうとする。

と、タイトルとあらすじを示せばお分かりかと思いますが、この物語は『千夜一夜物語』=アラビアン・ナイトの形式を借りています。原典は、古代のアラブを舞台に、夜ごと、寝床をともにした女性を殺害していた国王が、ある女の語る物語があまりに面白いので彼女を生かし、毎晩毎晩それを聞いてしまう――というもの。この枠物語をまるごと現代日本にもってきたのが本作品というわけです。

原典通り千夜は毎日「魔王」に物語を聞かせるように命令されるばかりでなく(断れば死)、さらに、誰かに秘密をもらせばその相手も殺す、と脅されます。 「魔王」は何者で、何のために千夜に物語をさせるのか? 千夜は、生きて物語を語り終えることができるのか? そして、姉や周囲の人々を守り抜くことができるのか? そんな「外側」のお話も気になりますが、千夜が「魔王」に語る、「内側」のお話も何やらただごとではないようで。

生き延びるために千夜が作り出したはずの物語は、はじめは「一人の少女が隣家の飼い犬と一緒に遊ぶため、魔法使いである父親に力を借りる」という他愛ない内容のファンタジーだったにもかかわらず、次第に、殺人者や魔女や奇怪な実験を行う者の登場で、面妖で背徳的な色合いを帯び始め、なぜか千夜たち姉妹の過去にも繋がりはじめる。「語り」が虚構と現実の境界を溶かして暴走していくダークファンタジーであり、現代に魔性の存在を生み出す過程と、蠢く悪意がおぞましいモダンホラーでもある一冊です。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月23日土曜日

ホラー作家&編集者コンビの幽霊取材――木犀あこ『奇奇奇譚編集部』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー作品の編集を担当したりブログで毎週ホラー小説を毎週紹介したりしている私ですが、あいにくというか幸運にもというか、現実で霊的体験をしたことはありません。広い世の中にはそういう体験をしながらホラー小説の編集をしている人もいるのでしょうか? というわけで、今回ご紹介しますのは、「ホラー小説家とその担当編集者」というコンビが主人公の、木犀あこ『奇奇奇譚編集部』です。



熊野惣介(ゆや・そうすけ)は19歳の時に「怪異小説大賞」を受賞してデビューしたホラー作家だが、とある事情から、デビュー作のあと7年も新刊を世に出せていない。彼は目下、怪奇小説雑誌『奇奇奇譚』に短編を発表しつつ、二冊目の出版に向けて執筆を続けている。担当編集者である、『奇奇奇譚』編集部の善知鳥悍(うとう・かん)とともに心霊スポットへ取材に出向き、ネタを仕入れる日々を送りながら。そう、熊野の書くホラー小説は、霊に纏わる能力をもった二人が「実際に遭遇した」本物の霊現象を元にしたものなのだ――

「霊を見ることはできるが、それに対抗する力を持たず、臆病である」ホラー作家・熊野と、「霊を見ることはできないが、それに対抗する力を持っていて、霊を恐れない」ホラー編集者・善知鳥の、凸凹なコンビネーションが秀逸です。怪奇現象に対して全力でビビり、近づこうとしない熊野と、新作を書かせるため、熊野を怪奇現象のど真ん中まで引きずって行こうとする善知鳥の姿を見ていると、つい熊野に応援の言葉をかけてあげたくなります。熊野が取材なしで作品を書くと、他誌のホラー賞に応募しても落選してしまうくらいの実力なのですが(その時の応募作品は「出先でたくさん甘海老を食べた男が、そのあともずっと甘海老の味に付きまとわれる」という異色の味覚ホラー「さもなくば胃は甘海老でいっぱいに」だとか)、熊野が実際に自分で見た霊を小説化すると、そこに驚きや他には無い凄味が宿り、恐怖をもたらす傑作になる。善知鳥はその才能に惚れ込んでいるからこそ、熊野に毒舌を向けつつ死地へ放り込むのです。そんな二人の関係性のおいしさは、ぜひ女性読者に強くお勧めしたいです。

さて、第一話となる「幽霊のコンテクスト」では、彼ら二人が、走行中の車のフロントガラスに取りつく怪異「びったんびったん」をはじめ様々な怪異に遭遇、最近発生している幾つかの怪異・怪談に奇妙な共通点を見出したことで、その根源を探り出そうとします(もちろん、それを元ネタに新作を書くために)。やがて明かされる原因というのが、実は彼らの身近にあったのですが――ネタバレになるので詳細は避けますが、ホラーのみならず、小説や漫画などを作ろうとしている作家・クリエイター、またはそのサポートをする人間であれば、五割増しで琴線に触れるであろう真相になっています。

巻末には、熊野と善知鳥の出会いを描いた過去エピソード「逆さ霊の怪」も収録しています。まだ生まれたばかりの物語ですが、究極のホラー小説を作り出すという目標に向けて突き進む二人の物語が、ぜひ今後も二冊三冊と読めるように、編集者の一人として期待しています。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月16日土曜日

死者の魂を導く輪廻の案内人――小杉英了『先導者』

昨日、会社のエレベーターに乗ってたら、ギギギギ、という異音が響きました。瞬間的に死を覚悟しましたが、幸いなことにエレベーターはぶじ目的階に到着、ことなきを得ました。そして今日もエレベーターは異音を発しながら動いています。早く修理してください。

というわけで私たちは日常、思いがけない死と隣り合わせで生きているのですが、突然死んでしまった場合何の準備もできていないわけで、誰かに案内してもらわないと困ってしまうかもしれません。そこで本日ご紹介しますのは、小杉英了『先導者』です。



主人公の「わたし」(女性)は幼いころから十年にわたって研修で教育や訓練を受け、「先導者」となるために育てられた。落伍者も少なくないその教育を乗り越え、十五歳になってようやく「先導者」となった「わたし」の初めての任務は、川で水死した十歳の少女の魂を導くことだった――

先導者って何? という疑問がまず浮かぶと思いますが、ざっくり説明しますと、契約者の死に際してその魂を導き、次の転生において有利になるような場所へ連れていく、という職掌です。

当然、生きたままでは死者の魂を案内することはできませんから、先導者は幽体離脱のような形で自身の魂を体から人工的に抜け出させることになります。主人公の「わたし」は、窒息し心肺停止状態になりながら激痛に耐えて意識を保ち続ける、という拷問みたいに痛々しい方法で幽体離脱するのですが、先導者となる訓練を重ねた主人公は、心を乱すことなくそれを受け入れ、魂となって任務に赴きます。それでも先導者の身体にかかる負担は甚大で、そのまま死亡してしまう場合もあり、そうでなくてもこの世とあの世の往還は生命力を削ってしまうため、先導者の寿命はとても短いのです。

自身の命や身体を削りながら死者を導く存在、という先導者の設定のみならず、死者の水晶体の中に残る紋様、死者の血でできた輝く網、先導者の背中に生える光の翅、などといった繊細で美しい要素が、物語に神秘的な色彩を与えています。感情を露わにすることなく、自身の使命を受け入れて淡々とそれをこなしていく主人公の姿もあって、中盤までは、架空の宗教体系における死生観の解説書、といった感触もあります。

しかし後半では、先導者システムの実態が明らかになり、ガラス細工のような世界が音を立てて崩れ始め、冷静で中性的・ニュートラルな記述者であった「わたし」も動揺し、また異性に心を揺さぶられるという事態にもなります。あたかも氷点下で進んでいた物語が徐々に赤熱し、発火するような変転です。死という安寧の場所から生という荒野に魂を引きずり出された時、主人公は「先導者」であることと「十代の少女」であることのどちらを選ぶのか……死と生の対照を、抑制のきいた文体で鮮やかに描き出す作品です。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年9月9日土曜日

一文という短さの中に閉じ込められた恐怖の一滴――吉田悠軌『一行怪談』

彼が目を覚ました時、まだ恐竜はそこにいた。

というのが、アルゼンチンの作家、アウグスト・モンテローソの短編小説「恐竜」の全文。「世界一短い小説」として有名で、原文ではわずかに単語7つ分という短さながら、「彼」がどういう状況に置かれているのか、深い想像の余地がある物語として高く評価されています。もっとも、世界にはタイトルが一文字で本文が一文字の小説とか、タイトルだけで本文が無い小説とかが存在しているので、これが「世界一短い小説」かどうかは疑わしいのですが。

それでは、ホラー読者が気になるであろう「世界一短いホラー小説」とは? 有名なのは、フレドリック・ブラウンの短編小説「ノック」の中でも紹介された、二文からなる以下の無題の小説。

地球にのこされた最後の人間が一人で部屋の中に坐っていた。と、ドアにノックの音がして……

解説を加えるのも野暮というものですが、地球最後の人間の部屋にノックをしたのは「誰か」という点に、この物語を怪談たらしめるものがあるわけですね。短いからこそ説明がなされず、想像力をくすぐって瞬間的な恐怖を胸によぎらせる、という技法です。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する本は、これらと同じくらい短いホラーを200篇近くも収録した、吉田悠軌『一行怪談』です。


もともとは同人誌として発表された『一行怪談』『一行怪談2』を一冊にまとめたもの。「題名は入らない」「文章に句点はひとつ」「詩ではなく物語である」「物語の中でも怪談に近い」以上を踏まえた一続きの文章、というコンセプトで書かれたものを収めています――とはいえ、百聞は一見にしかず。収録されている作品を、まず3作ほど載せてみます。

今すぐ家から出なさい、と電話の向こうから叫ぶ母の声を聞きながら、すぐ横でテレビに笑う母を見つめている。

ある朝を境にずっと、教室の隅のカーテンが人の形に膨らんでいて、もう一ケ月、誰も開けられないでいる。

実家の薄暗い廊下の向こう、奇妙な高さから首だけ覗かせた両親が「おかえりなさい」と笑いかけてくるのだが、こちらが何と言おうと玄関口まで来てくれない。

「自宅」「学校」「実家」……身近な場所に忍び込む、正体不明の何者か、あるいは何か。短いセンテンスでも一瞬ぞくりとさせられます。また、ご覧いただければ分かるように、物語性もありつつ、短い言葉で印象的な光景を描くという意味で、短歌や俳句のような風流めいた趣もあります。

もう少し長い作品だと、更にサスペンスや幻想性の色濃く、よりショートストーリー的なものも増えてきます。以下に私の好きな2編を。

誕生日のたび、鉈(なた)と花束を持った女が現れ、窓の外から祝いの言葉を叫ぶのだが、花の数は毎年一本ずつ減っていて、今年はついに鉈だけを手にした女が来ることになる。

ある夏の夜、屍臭を発する巨大花を見ようと植物園に忍び込んだ少年四人組のうち、三人は大人になるまでにその冒険をすっかり忘れてしまい、一人は今も花弁に包まれ、誰かが自分を思い出してくれるのを待ち続けている。

この後起こりうる出来事を想像させる、心にわだかまりを残すなど、強い「余韻」をもたらす、という意味で一行怪談という手法が優れているというのがお分かりかと思います。一作品読むたびにページを閉じて恐怖の余韻を味わいたい。こういった作品が、一ページにつき一作おさめられていて、最後のページまで油断の抜けない一冊となっています。


夜枕元において読むのに最適ですが、すぐ読み切ってしまうので、ぜひ続編、続々編と刊行していってもらいたい企画です。また、優れた句集や歌集がそうであるように、「自分も書いてみたい」とも思わされるものです。もしかしたら、この本をきっかけに、一行怪談というジャンルが広まっていくかもしれません。

2017年9月2日土曜日

吸血鬼小説怒涛の18編。ヴァンパイアホラーの新たな記念碑、井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』

ウピル、ウプリル、オピル、ウポル、ウポウル、ランピール、ワムピル、ヴァピール、ヴァムピール、ヴゴドラク、ムッロ……ずらずら書き並べてみたこれが何かと申しますと、ヨーロッパの様々な地域におけるヴァンパイア、すなわち吸血鬼の異称です。モロイイ、ムロニ、ズメウ、プリコリチ、ヴァルコラキ、ノスフェラトゥ、ストリゴイイ……と書き連ねてみたこちらは、ヴァンパイア大国・ルーマニアにおける、吸血鬼やそれに連なる魔性の者の別称です。ルーマニア、吸血鬼密度が高すぎませんか。

私たちが漠然とその姿や性質をひとつにイメージしている「吸血鬼」も、土地によってあるいは伝承によってその実像は様々に異なり、人間に与えてきた恐怖のカタチもまた異なるのです。そんなディープな吸血鬼の世界に浸りたいあなたに、とっておきの一冊が井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』です。



掌編、短編合わせて18本を収録していますが、その全てが広義の吸血鬼――人間の生き血を啜る者、不死者、夜の住人を扱ったものになっている、という、吸血鬼ファンにはまさに垂涎の一冊。冒頭に挙げた吸血鬼の名称群も、実はこの本の冒頭に収録された短編「闖入者」で紹介されているのです。「闖入者」の中では、「誘われていないパーティーに紛れ込む」ことを趣味とする語り手が、とあるパーティーに忍び込んだところ、奇妙な参加者たちが吸血鬼談議に花を咲かせている……という導入で、吸血鬼についての知見を得ながら恐怖体験ができます。

本書に収められた作品はいずれも著者の吸血鬼に対する知識に裏打ちされており、短編「ノスフェラトゥ」では、東欧からの帰国時に検疫で引っかかり、待機している男たちの会話の中で不穏が膨れ上がっていく作品ですが、ヨーロッパの怪異と日本の妖の間に近縁性を見出したりしながら、ルーマニアにおける吸血鬼の一種ノスフェラトゥの本質を暴いていくなど、知的好奇心をもくすぐられる内容です。
作者の博学は洋の東西を問わず、たとえば短編「蒼の外套」では、昭和十年代に京都で実際に噂されていたという、黒外套姿の血を吸う怪人についての謎が描かれ、時空を超えた怪異が、妖しく華麗な文体で描かれます。
妖花の栽培(「凍り付く温室」)、吸血鬼映画の撮影(「海の蝙蝠」)、我が子に血を注ぐ幻の鳥(「噴水」)など、様々な題材で変奏される『憑かれた者たち』の描写の凄みも、それぞれのモチーフに対する深い理解と洞察によって、更に鮮烈なものになっています。

個人的には、この本で得た知識の中でもっとも人に話したくなったのは、「黒猫が目の前を横切ると不吉の前触れ」というジンクスの源流が、古代ギリシャにまで遡れるものだというものでした(このことが説明されているのは、猫のもつ魔力をテーマにした、掌編「横切る」ですが、僅かなページに驚きと後引く怖さを含む、魔術的に鮮やかな作品です)。もう一つ、掌編「太陽の血」で描かれる、月や太陽を食べてしまう吸血鬼という異様なスケールの存在にも驚かされました。

そしてもちろん、伝承や知識に着想を得た作品ばかりでなく、全く新しい闇を描くことにも作者の想像力は存分にふるわれ、アンドロイドの身体を酒瓶代わりにし、切り裂いた喉からあふれ出す美酒を味わう近未来のバーであったり(「ブルー・レディ」)、特殊な方法で人間を捕食する者がつくりだす、フルーティな地獄絵図であったり(「デザート公」)と、誰も知らない・誰も見たことのない幻妖を楽しめます。

吸血鬼にはつきものである、「不死」のもつ意味も作品によって変幻自在で、死に憧れて今わの際を演じようとする不死者はユーモラスに描かれ(「碧い夜が明けるまで」)、不死者の接吻を腕に受けた音楽家は、片腕で呪わしく美しい旋律を紡ぎ出します(「蜜蠟リサイタル」)。巻末に置かれた「時を超えるもの」は、棺の中に生き続ける男と、物置部屋でその棺を見つけた少年の、心の交流を描く短編。棺の中の男は、少年が棺を開くたびに語らいの時をもつが、やがて歳月が過ぎ、少年が成長していったとき……不死者の物語であると同時に鎮魂の物語でもあり、「現実」に抗う「フィクション」の力をも祝福する忘れがたい傑作です。

幻想的な吸血鬼短編・掌編を味わいたい方はもちろん、吸血鬼についてもっと知りたい人やこれからヴァンパイア小説を書こうという方にもぜひ一度読んでほしい、読めばもっと吸血鬼が好きになれる、吸血鬼本のニュー・スタンダードな一冊でした。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年8月26日土曜日

ホラーの源流、男を惑わす魔性の者『砂男/クレスペル顧問官』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー賞宣伝隊長として、近年のホラー作品を取り上げるばかりでなく、時代を遡って、ホラーの歴史についても学んでいきたいと思っている今日このごろです。そもそも、現代的なホラーはいつどうやって生まれたのでしょうか?

古代中国の志怪小説や怪談などはひとまずおくとして、現代的なホラー小説の祖といえる作家に「黒猫」「アッシャー家の崩壊」などのエドガー・アラン・ポーがいますが、そのポーに非常に大きな影響を与えた作家として、怪奇幻想小説の名手であるE.T.A.ホフマンがいます。このホフマンは、小説家であり、詩人であり、作曲家であり、指揮者であり、画家であり、判事であり、というマルチな才人で、現代ヨーロッパでも童話『くるみ割り人形』の作者として知名度の高い人です。

今回ご紹介するのは、そんなホフマンの中編集『砂男/クレスペル顧問官』です。1815年から1816年の間に執筆された作品群であり、メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(1818年発表)とほぼ同時期のもの、ということになります。


「ホラー」というジャンルが確立するより前の怪奇幻想小説を3編収録しており、その中でも「砂男」は「サイコ・ホラーの元祖」と呼ばれる作品です。
砂男というのは、もともとは親が子供を寝かしつけるための迷信で、
子供が夜ベッドに入りたがらないと、砂男がやってきて大量の砂をその子供の目に投げつける。そうすると目玉が血だらけになって飛び出すので、その目玉を持ち帰っていく
という怪物。本編の主人公である青年は幼い頃の経験から、砂男への恐怖に取りつかれています。そんな彼が、婚約者を持つ身でありながら、物理学者の娘・オリンピアに惚れこんでしまい、婚約者のことも忘れて求愛するのですが……このオリンピアというのが(読者の目からは)見るからに怪しげで、手や唇は氷のように冷たく、目には生きた光が無いという有様で、更に彼女の背後には砂男の影が。ストーリーの序盤から明らかに主人公の精神状態が怪しいので、主人公の恐怖体験にぞっとさせられる一方、「実際に起きたこと」と「主人公の妄想」の判断が難しい部分も多く、さすがサイコ・ホラーの元祖、といった感じです。

ところで、実はこの中編集に収録されている3作品は、「砂男」を含め、すべてが「魅力的な女性に懸想した結果、人生が大きく変わってしまう」という小説なのです。
「大晦日の夜の冒険」では、自分の姿が鏡に映らない男の身の上話が書かれます。男はかつて、郷里のドイツに妻子を残し旅をしていたところ、恋の国・イタリアで、妖しく美しい女性・ジュリエッタに一目惚れ。妻子のことも忘れてジュリエッタに愛を囁くのですが、その結果として悪魔との取引さながらの契約を結ばされてしまうのです。さらに、男は自身の妻子を殺すように命じられ……?

もう一編の「クレスペル顧問官」はじゃっかん毛色が異なり、美しい愛の物語が描かれます。
変人として名の通っている男・クレスペルは、多数のバイオリンを収集・制作しつつもそれをほとんど弾こうとせず、また稀代の歌姫である女性・アントーニエを自宅に住まわせながら彼女に歌わせようとしない。クレスペルの不可解な行状に隠されていた真実とは……?
ずば抜けた歌声を持ちながら呪われた宿命を背負う女性との恋、そして悲劇。一作の中で二つの愛について語られる、幕切れも美しく儚い物語。3編の中で私の一番お気に入りはこの作品です。


こうして3編を読んでみると、それぞれがオリンピア・ジュリエッタ・アントーニエというヒロインに焦点の当たったストーリーという側面もあり、ホラー小説の起源が実はロマンスとも結びついているのだということが分かります(浮気する男には昔から地獄のような結末しか待っていない、ということも)。温故知新と言いますが、今後も折に触れ、ホラー小説の起源を探す旅に出たいと思います。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。

2017年8月19日土曜日

虐げられた犬たちが、人間に牙を剥く――倉狩聡『今日はいぬの日』

今晩は、ミニキャッパー周平です。池袋のジュンク堂は大きい上に平日は夜11時まで開いているので超便利です。本を買い逃した時によく利用していますし、このブログも記事が間に合うかどうかピンチ、という時に何度も助けられてきました。皆様も急ぎで本がご必要の際はぜひご利用ください。その時ホラーの棚でうろついているのは私かも知れません。

さて、今回ご紹介するのは、倉狩総『今日はいぬの日』。犬が少年を暖めているキュートな表紙イラストで、帯には「泣けるホラー!」と書かれている本ですが、動物と人間の心暖まる交流を描いたハートフルな作品と思って手に取ると、痛い目を見ることでしょう。



スピッツ犬の「ヒメ」は五人家族である西脇家の飼い犬ですが、子犬だったころは可愛がって貰えていたものの、大きくなった今では餌やりを忘れられたり邪険に扱われたりで、西脇家に不満を募らせています。

そんなある日、ヒメは不思議な石を舐めたことで、人間の言葉を理解し喋ることができるようになりました。これ幸いと一家に隠れてパソコンを使い、インターネットで知識を蓄え、末っ子の雅史にだけ喋れることを明かして彼を手懐けようとする……と、ここまでは、児童文学であってもおかしくないシチュエーションで、近所のネコに愚痴ったり、鼻先で懸命にPCのスイッチを押したりするヒメの姿に、微笑ましささえ感じますが、そんな「ほのぼの感」も長くは続きません。

小学五年生の雅史を自分に従わせるため、ヒメは人間並みの知恵と犬としての身体能力をもって、雅史を精神身体両面で追い詰めます。自分が「しつけ」として西脇家の人々にされたのと同じように――。そう、ヒメを突き動かしていたのは、人間への憤怒でした。ヒメはさらに、身勝手な理由でペットを死なせる人間たちの存在を知ったことで、怒りが爆発! ヒメや犬たちは、ペットを虐待したり、身勝手な理由で捨てたりする人間たちへ、凄惨な復讐を繰り広げていきます。町では野犬がうろつき人間を襲い、無残に引き裂かれ喉笛を噛み千切られた死体が転がり出るのです。そして、犬たちが人間から受けたような「ガスによる処分」にさえ手を出し……果たして犬たちの人間に対する闘争は如何なる結末を迎えるのか? 

物語のもう一人の主人公である小高悦哉は、動物管理センターに勤める人間。動物を愛する彼は、動物を殺処分しなければならない自身の立場に懊悩しつつ、軽はずみに動物を買ったり増やしたりしておきながら容易く処分に持ち込む人々に憤りを感じています。彼の眼を通して描かれる、動物たちの置かれた環境は苛烈であり、悪質なペットショップやブリーダーなどといった、現実の問題が次々抉り出されていきます。


ポップな外見ながら、無慈悲なラストに至るまでずしりと重い物語。これから動物を飼おうとするご家族には必読の一冊と言えるでしょう。

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2017年8月12日土曜日

静かな丘の家に積み重なる、惨劇の年代記『私の家では何も起こらない』


 こんばんは、ミニキャッパー周平です。もうすぐ一つ校了の峠を越えて、ちゃんと睡眠がとれるようになるはずです。寝不足でホラーを読んで夢の中まで侵蝕されたり、朦朧とした意識で「この本、もう買ったんだっけ、まだ買ってなかったんだっけ」と悩まされたりする日々にも、これでおさらばできると思います。

それはさておき、本日のテーマは、幽霊屋敷ホラーの最前線をご紹介する「絶対に住みたくない物件」シリーズ第3弾。恩田陸の連作短編集『私の家では何も起こらない』です。

 
作家である「私」は小さな丘の上の家に住んでいる。家を建てた叔母は失踪し、家は持ち主を転々としたのちに、「私」の手に渡った。平穏に暮らしていた「私」だが、一つ悩みがある。この家が「幽霊屋敷」であるとの噂が立ち、それを信じる人々が訪れるのだ。今日も一人の男が家を訪問し、ここであったという惨劇について語り聞かせようとする。

いわく、台所で殺し合った姉妹がいた。ジャガイモの皮むきの最中に、何が原因かは分からないものの互いに包丁を向けあったらしく、二人の死体が発見された時、台所は血の海だったという。
いわく、近所から子供を攫ってきて、主人に食べさせていた女がいた。床下の収納庫には、ジャムやピクルスの瓶に混じって、子供たちの身体の一部がマリネとして保管されていたという。
そんなおどろおどろしい話を聞かされても、「私」にとってこの家は、ただの住みやすく居心地のいい住居でしかないのだが――

というのが、全10編を収録した本書の、第1編目の導入。ここまでで既に本書のタイトルが偽りあり、私の家ではヤバいことが起こりまくりだというのがお判りでしょう。しかし、これはまだ序の口で、この家の中は、「殺し合った姉妹」や「人攫い」のエピソード以外にも、女の影が映る二階の窓、少年の死んだ床下、木での首つりが起きた庭、幽霊屋敷探検に訪れた者たちが残した奇妙な痕跡、などなど、「いわく」の無い場所を探す方が難しいようなありさま。

明確な原因があるわけではないのですが(家の建っている丘は先史時代からあるものらしいですが、詳細は不明)、とにかくこの家の中ではひたすら猟奇的な事件、事故が起こり続けます。短編一編ごとに、様々な時代に起きたそれらの惨劇が、当事者の視線から静かに語られ、その積み重ねと絡み合いによって恐怖の年代記が積み上げられていく――というのが本書の趣向なのです。

独白や語り掛けなど、話し言葉を駆使した文体も恐怖の源泉のひとつで、

≪泣いてばかりいたから、肉がちょっとパサついているけれど、柔らかく煮えたわ。≫

などの一文の、さりげなくおぞましい言葉にぞっとさせられます。
本の後半になると、読者が見せられてきた無数の惨劇のこだまが家に降り積もり、「今」家に住む者、家にやってくる者に絶大な影響を及ぼすことになり、集大成といった趣があります。

というわけで、3回に渡った幽霊屋敷もの紹介、「絶対に住みたくない物件」シリーズはここまで。私の新居探しはまだ続いていますが、皆様も、お引越しの際は十分気を付けてくださいね。