2018年12月15日土曜日

たった31音に封じ込められた戦慄の一瞬。異色短歌ガイド――倉阪鬼一郎『怖い短歌』


こんばんは。ミニキャッパー周平です。普段はホラー小説を紹介していますが、今回は久々に「小説以外」をご紹介。本日の一冊は倉阪鬼一郎『怖い短歌』です。『怖い俳句』という俳句アンソロジーを編んだこともある著者が、膨大な量の歌集を調査し、様々な「怖さ」を感じさせる短歌を紹介するという一冊です。詠み手ごとに歌を挙げて解説していますが、「怖ろしい風景」「猟奇歌とその系譜」「向こうから来るもの」「死の影」「内なる反逆者」「負の情念」「変容する世界」「奇想の恐怖」「日常に潜むもの」と9つのカテゴリによる分類も試みられていて、短い音にこめられた多様な恐怖を堪能できます。



まず、教科書に載っているような有名人の意外な歌を見て、「こんな歌を詠んでいたのか」という驚きがありましたので三首挙げてみます(これ以降に引用する短歌の文字空き・改行はすべて本書に倣っています)。

<人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室>

●(人間が目を閉じていて、人でない者が目を開けている。私は怖さよりも静謐な雰囲気と美しさを感じる歌でした。作者は「君死にたまふことなかれ」でおなじみの与謝野晶子です)


<むかしわれ翅をもぎける蟋蟀(こおろぎ)が夢に来りぬ人の言葉(くち)ききて>

●(恨みを言いに来たのか、それだけでは済まないのか。翅をもがれた虫の復讐はどれほどに及ぶのでしょうか。作者は国語の教科書の『山月記』で知られる中島敦です)


<誰か一人
 殺してみたいと思ふ時
 君一人かい…………
 …………と友達が来る>

●(この後に決定的な事態が起こりそうな緊張感でだいぶ怖いです。人の心に潜む闇、衝動的な殺意を活写した現代怪談のようなこの一首。作者はあの「一握の砂」の石川啄木です)


さて、ここからは、本書の中から私の特に気に入ったもの10本を選んでみました。私なりの感想ですが、編者の感想と被っている部分もあります。

<人工の街はさやけし雨上がりピアノ線首の高さに張られ> 山田消児

●(上の句の静かなムードと下の句の見つかる敵意のギャップにぎょっとします。現実に存在し得る情景であるのが怖いです)


<滅んでもいい動物に丸つけて投函すれば地震 今夜も> 我妻俊樹 

●(明言していないのに何の動物に丸をつけたのか、何が起こりつつあるのか全部理解できるのが巧いですし、発想もユニークです)


<献血かぁ 始発までまだあるしねと乗ったら献血車ではなかった> 伊舎堂仁

●(献血車でなかったものの正体を明言しないのが怖い。「誘拐犯の車」とかそういう現実的な恐怖ですらないのでしょうね)


<午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話> 石川美南

●(影が無かったのが六人中「一人」ではなく「五人」であるのが肝。影のある一人の行方は……。これは「~話」で終わる連作歌の一編で、私が好きな歌人の一人です)


<幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう> 木下龍也

●(こんな風にちょっと可愛い歌も含まれています。こういう絵本あったら買ってしまいそうです)


<白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる> 野口あや子 

●(『すごくあふれる』のひらがなの連なりが無邪気な猟奇感、キャラ性さえ感じさせます。血とも赤とも言っていないのに真っ赤な絵が思い浮かぶのも印象的)


<「殺虫剤ばんばん浴びて死んだから魂の引き取り手がないの」> 穂村弘

●(「 」でくくられた、セリフの形を取った歌。このセリフを口にしている者と聞いている者、発されている状況、イマジネーションを掻き立てまくる作品です)


<ゆふぐれにもつとも近き岬にて音もなくそれはぼくを攫つた> 荻原裕幸

●(正体不明の「それ」にどこへ連れていかれるのか恐ろしい反面、「それ」の登場するシチュエーションが詩情豊かで、いっそ攫われてしまいたい願望も浮かびます)


<されこうべひとつをのこし月面の静かの海にしずかなる椅子> 佐藤弓生

●(浮かぶ光景のスケールの大きさ、壮大なもの寂しさ。そこでかつて何があったのでしょう。SFファンとしてもグッとくる一首です)


<誰よりもきれいな死体になるだろう
  それが理由で愛した少女> 林あまり

●(「それが理由で愛した少女」というリズム感とエモさが完璧な下の句を、危険な上の句が引き出しているという構成。個人的に最も好きです)

という訳で、読んでいるうちに「この歌人の歌をもっと読んでみたい」とか、「自分もこういう短歌を詠んでみたい」と思わされてしまう一冊。短歌にまだ触れたことがない人も手に取ってみてはいかがでしょう。