こんばんは、ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』、ともに無事校了されました! あとは見本の到着と6/19発売を待つばかりです。第3回の〆切(6/30)もお忘れなく。
さて、ここしばらく、日本人作家の近作ばかりを紹介してきましたが、久しぶりに、海外の古典に目を向けたいと思います。今回取り上げますのは、世界で一番有名なホラー小説といっても過言ではない、『吸血鬼ドラキュラ』……ではなく、『吸血鬼ドラキュラ』の作者、ブラム・ストーカーによる、エジプトものホラー『七つ星の宝石』です。
「『吸血鬼ドラキュラ』は知ってるけど、そんな小説、聞いたことがない……」と思われるものも無理はありません。本作は1903年に出版された作品でありながら、日本に訳されたのは2015年。『吸血鬼ドラキュラ』が大昔から多数の出版社によって翻訳されているのとは対照的に、『七つ星の宝石』は100年以上に渡って、「日本語では読めない本」だったのです。それでも、本国イギリスでは、『吸血鬼ドラキュラ』同様、読み継がれてきた作品だとか。
弁護士の青年・マルコムは、舞踏会で知り合って親密になった女性・マーガレットから真夜中に呼び出しを受ける。マーガレットの父親・トレローニー氏が何者かに襲撃を受け、昏睡状態に陥ったというのだ。警察も到着し捜査を開始するが、犯人の素性も目的もわからない。ただ、古代エジプトに関心があったトレローニー氏は、部屋中をエジプトの遺物、宝物やミイラで満たしており、部屋には不気味な空気が漂っていた。
トレローニー氏の書き置きに従って、部屋で寝ずの番をするマルコムたちだったが、その監視をかいくぐって第二の事件が起こる。やがて彼らは、トレローニー氏が収集していた品々が、四千年前に、古代エジプトにおいて「復活」の奇跡を行ったという聡明にして美貌の女王・テラのものであったことを知る……。
『吸血鬼ドラキュラ』で、吸血鬼伝承から「ドラキュラ伯爵」を生み出した作者ブラム・ストーカーは今回、エジプトの伝承から「テラ女王」というキャラクターを生み出しました。もちろん実在の人物ではありませんし、ドラキュラ伯爵と違って作品の中盤で大立ち回りをすることもないのですが、ヒエログリフに僅かに記された彼女の人生は想像を掻き立てますし、主人公たちを翻弄する四千年がかりの「遺志」に気の遠くなるような執念を感じます。
登場人物が、ヒエログリフを仔細に解説したり、古代の天文学や信仰について熱狂的に語るシーンは非常にマニアックで、調べた内容を語るのが楽しくなってしまっている作者の顔が透けて見えるような気も(若干)します。手記の形で語られる王墓の発掘と、発掘者を次々に襲った「呪い」の姿は、秘境冒険小説と怪奇小説の混交した、この時代の小説でしか味わえない楽しさがあります。
「あれ? 『エジプトで王墓を掘り返したら発掘隊の関係者が次々と急死した』っていう与太話、ノンフィクションで聞いたことがあるような……」と思った方もおいでかもしれませんが、オカルト界隈で語られる「ツタンカーメンの呪い」(発掘に携わった関係者たちが急死したといわれる噂)の舞台は1920年代。つまり1903年発表の『七つ星の宝石』の方が先んじているのです。あるいは、「ツタンカーメンの呪い」が一時期、人々に信じられたのも、彼らの頭に『七つ星の宝石』とテラ女王のことがあったからかもしれません。
なお、『七つ星の宝石』は、1912年に改訂版が出されたとき、最終章が書き直されていて、本書には、初版の結末と1912年版の結末、両方が収められています。同じ人間が書いたとは思えない(実際、1912年版は本当にブラム・ストーカーが改稿したものか疑わしいとか)、何から何まで180度違うラストなので、読み比べてお好きな方をお選びください。