2018年12月22日土曜日

その町に近付いてはいけない――井上宮『ぞぞのむこ』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。今週土曜と日曜は幕張メッセでジャンプフェスタ本番日。ジャンプ作品のファンの方はぜひ足をお運びください。ところで私、幕張市ってジャンフェスのメッセにしか行ったことがなくて、人生のどこかで、あのめちゃくちゃ大きいという噂のイオンモール幕張新都心に行かなければならないと思っている次第です。

と、だいぶ強引な話題の変え方をしたのは、今日ご紹介するのはよく知らない「市」に関わった結果、大変なことになる話だからです。

今日の一冊は、井上宮『ぞぞのむこ』。



取引先に謝罪へ向かう途中、降りる駅を間違えた島本は、バスに乗り換えようと駅を出る。だが、同伴していた部下・矢崎から、すぐにここを離れた方がいい、なぜならここは《漠市》だから、と警告される。矢崎いわく、
●漠市には猫が一匹も住んでいない。
●漠市で自分の下宿していた近所には、同じ顔の人が44いた。
●漠市から出たら、速やかに石鹸で手を洗わないといけない
そんな矢崎の謎めいた警告に従わず、漠市で転んだ子供を助けた島本は、翌日、正体不明の女の訪問を受ける。女を部屋にあげてしまった島本の生活は奈落へと向かっていく……。このエピソード「ぞぞのむこ」をはじめ本書には、漠市とかかわったがために、(善悪や因縁で解釈する余地のない)不条理な怪異によって破滅していく人々の物語計5編が収められています。

漠市の文具店でハサミを万引きしようとした女が、事あるごとに異様な切断音を脳内に響かせ、捨てても捨てても戻ってくるハサミに取りつかれてしまう「じょっぷに」。介護施設で働く男が、認知症の老人たちを完全にコントロール下においている同僚の謎を探るうち、漠市の老人介護の方法を知る「だあめんかべる」、漠市の祠にお賽銭をあげてしまった結果、心に浮かんだ願いをすべて叶えてしまう神に囚われる「くれのに」、漠市内の屋敷に踏み込んでしまったために、邪悪な存在にとってかわられた少女の神隠し譚「ざむざのいえ」。いずれの作品も、超常的な存在にこれまで触れてこなかった人たちが、漠市というトワイライトゾーンに接近してしまったことで人生が暗転するストーリーです。そもそも全体として危険な漠市ですが、さらに漠市の中には、決して近づいてはいけない場所も多くあり、そのハザードマップがあったりします。

全ての作品において、漠市に居住経験があり、漠市でのタブーについて多少の知識がある若い男・矢崎が脇役として登場しますが、あくまで警告を与えるのみで、特に事件を解決できる能力があるわけでもなく、各篇の主人公たちは災厄に翻弄されるばかりです。

特に気に入ったエピソードは「くれのに」。《石鹸をくれ》とか《その電車、待ってくれ》みたいな、《~くれ》で終わるような願いと、《こいつが喋れなくなればいいのに》とか《あいつがいなくなればいいのに》などの《~のに》で終わるような呪いが少しでも心に浮かんだら、問答無用で叶えられてしまう。母親の小言にイラッとしてしまったら、次の瞬間に、目の前で凄惨な光景が……。

郷に入りては郷に従えと言いますが、皆さん、自分の知らない土地では、よくないものに人生を狂わされぬよう、詳しい人の言葉に従うことをお忘れなく。