2019年1月26日土曜日

怪異の記録を聞く者は、自身もまた……三津田信三『怪談のテープ起こし』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞絶賛募集中。ふるってご応募ください! 第4回の金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビ―ズ』も出版へ向け準備中です!

さて、本日の一冊は、三津田信三『怪談のテープ起こし』。



 集英社の編集者・時任から依頼を受けた作家・三津田信三は、『小説すばる』誌に短編を連載することになる。三津田は、時任との打ち合わせの最中に、自身の所有しているカセットやMD――怪異を体験した人々に取材した際の音声データ――の存在を思い出す。時任は、それらの録音をテキストに書き起こして、三津田の小説執筆に役立ててもらおうと意気込む。だが、書き起こしを重ねるうちに、時任の身の回りで奇妙な出来事が相次ぎ――
という枠物語を用意して語られる、6つの短編を収録。下記に一作ずつご紹介します。

「死人のテープ起こし」出版社で編集者をしていた頃の三津田のもとに、フリーライター・吉柳吉彦が持ち込んだ企画は、自殺者が死の直前に残した音声テープ群を書き起こして本にまとめるというものだった。やがて吉柳からテキストデータ3本が送られてくるが、3つの自殺直前の状況はいずれも、少しずつ不自然な部分があり……。恐怖体験の録音を書き起こすという行為が招く、怪異の感染は、本書の枠物語でも改めて牙を剥くことになります。

「留守番の夜」大学生・霜月麻衣子は、文芸部のOB・光史の家で留守番をする、という高額バイトを引き受けることになる。光史の家では、その妻・雛子と、雛子の伯母が住んでいるという。ところが、光史の目を盗んで雛子が告げたのは、伯母は既に死んでおり、葬儀も出しているのに、光史だけがその死を受け入れようとしない、という話だった。伯母の生死に疑念が沸いた状態での留守番、という、否応なしに不安を掻き立てる状況設定が見事です。

「集まった四人」奥山勝也はバイト先で知り合った岳将宣に誘われてグループでの登山に向かった。しかし待ち合わせ場所にメンバーが集合したものの、肝心の岳が現れない。都合で行けなくなったという岳からの連絡で、集まった四人は、全員が初対面の状態で山に登ることになるが……。山の中でおかしくなってしまう人の奇行がとても不気味な一本。

「屍と寝るな」三津田の学生時代の知人である“K”の母親は入院している。ある日、母と同室になった老人が、ずっとぶつぶつ何事かを呟いていることに、Kは気づく。老人の入室を境に、母の病状も悪化しているようだった。老人の話は要領を得なかったが、病室に向かうたびその話を聞かされるので、少しずつ実態が掴めていく。それは、老人の子ども時代の記憶と思しきもので……。これは本書で私が最も怖いと思った作品です! 老人の語りの中に浮かび上がる、電車内での不吉な邂逅シーンが、恐怖の“圧”の高さと緊張感でずば抜けています。

「黄雨女」大学生のサトルは、通学の道で、雨も降っていないのに長靴・レインコート・傘という雨の日の装いで立っている女を見かける。何度も女を見かけるうちに、ある日その女と目が合ってしまって……。語り終えられた後の幕切れが印象的です。

「すれちがうもの」アパートで一人暮らしをしている、新社会人の藤崎夕菜が、ある日ドアを開けると、そこに花を挿した瓶が置かれていた。その日から、夕菜は自身の通勤ルートで黒い影を見かけるようになり……。「黄雨女」と「すれちがうもの」は現象として類似したものを扱っていますが、「すれちがうもの」の発端(アパートの部屋の前に花の挿した瓶が置いてある)は現実にあり得そうで、いやーな感じがより強いです。

最後に枠物語について。どこまでがフィクションでどこまでが創作かを揺るがすという点でまず秀でています。更に、本書の表紙はオフィス内の写真ですが、そこに映っているデスクとキーボードは、紛れもなく集英社で使用している本物です。編集者・時任の体験した怪異には集英社のビル内で起きるものもありますが、まさにその同じビルで(Jブックス編集部と小説すばる編集部は同一ビルにあります)、深夜、一人でこの本を読んでいた時の私は、世界一ビビッていたことは言うまでもありません。



2019年1月19日土曜日

「病状の重い人ほど下の階に移される」奇妙な病院――ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』



今晩は、ミニキャッパー周平です。直木賞・芥川賞の結果がこのほど発表されていましたが、今回の直木賞にノミネートされていた深緑野分さんが、今まで読んだ中で一番こわい短編小説としてツイッターで挙げていた作品のひとつが、ディーノ・ブッツァーティ「なにかが起こった」でした。

ブッツァーティは寓話的な小説を得意とするイタリアの幻想作家で、ホラー作家という訳ではありませんし、本日ご紹介する短編集も、一冊丸ごとホラーという訳ではありません。
ただ、ホラー系アンソロジーにたびたび収録される歴史的に重要な短編を二本収録しており、ぜひこの機会にご紹介しておきたく、取り上げることにします。

という訳で、今日の一冊は、ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』。



怖い作品として言及されることの多い短編のひとつが、「七階」。
病気のごく軽い症状で入院することになったジュゼッペ・コルテ。彼のあてがわれた部屋は七階だった。コルテが看護婦から聞いた話では、この病院は独自の管理システムを敷いており、七階には症状がとても軽い患者、六階には症状は大して重くないがなおざりにはできない患者、五階にはもう少し症状の重い患者……そして一階にはもはや死を待つばかりの患者、というように、『症状が重い者ほど下の階へ』滞在させるシステムとなっていました。自分が七階にいられるほど症状が軽いということでほっとするコルテ。ところがある日、コルテ自身は特に症状が悪化していないのに、新しく親子が入院するということで『部屋の空きがないため、特例として』コルテは六階へ移されます。病気は軽いのだから部屋さえ空けば七階に戻れるはず、と信じるコルテ。しばらくして、今度は『病院全体で病気の等級付けを変更する』という名目で、やはり症状は悪化していないはずなのに、コルテは五階に移される、ということになり……ここから何が起きるかは皆さん予想がつくでしょうが、じわじわと真綿で首を絞めるように事態が進行していく、間違いなく怖い作品です。

そして前述の短編、「なにかが起こった」。十時間ぶっ通しで走り、終着駅までどこにも停車しない急行列車。そこに乗車していた男が何気なく窓の外を見ていると、走り過ぎる列車を見物に来ていたらしい女に、急な報せを届けにきている者の姿があった。その少し先では、手をメガホン代わりにして、野原の方に向かって何か叫んでいる男がいた。どうやら、広範囲に何かの非常事態が起きて、人々がその情報を共有しているらしいことが分かってくる。窓の外の光景はやがて切羽詰まった、大規模なものになっていくが、何が起きているのか乗客には分からないまま、列車は止まることもなく目的地へ突き進んでいく……10ページしかないのにひどく後を引く作品です。

ブッツァーティの作風としては、「ゴール地点があるかどうかわからない、それどころか正体不明のトラップが待ち構えているかもしれないマラソンを、否応なしに続けさせられるような不条理」、そういう状況を描くことで、手探りで進まなければならない人生の悲哀を描き出すといった印象で、「カフカより手軽に読み進められるものの、はまり込む沼の深さではよく考えたらカフカとあまり変わらない」作品群、という風に私は考えています。

他の収録作についても印象的なものをいくつかご紹介。
国の全貌を知るため、国境へ向けて旅を始めたのに、何年かかっても国境に辿り着くことができない「七人の使者」などは前述した作風を象徴しています。
信仰をないがしろにしていた街の人々が、奇跡を起こせるかもしれない犬の出現に、四六時中怯えて生活する羽目になる中編「神を見た犬」は、一種のディストピアものめいて見えるディテールが読んでいて滑稽であり、皮肉な結末も巧みです。
牢獄に入っている間に自分の地位を失ってしまった、山賊のもと首領が、最後の大仕事に挑む「大護送隊襲撃」は非常にエモーショナルな結末でお気に入りです。
奇想という意味では、自動車がかかる伝染病が蔓延し、感染した車の隔離・処分政策が進められているという「自動車のペスト」の発想もすごい。
戦争からようやく帰ってきた我が子が、なぜかマントを脱ごうとしない、という内容の「マント」は、読んでいて身を切られるような、胸が苦しくなるような物語。

ブッツァーティの作品群は、直接そうは書いていないのに人生のことを書いているように見え、それでいて説教くさくはなく、ラストは(破局を予期させる恐怖や、胸にジンと来る哀切で)心に残るというものが多いです。ほとんどの作品が短く、すぐに読めるので、ぜひ気軽に手に取ってみて下さい。

2019年1月12日土曜日

港町の特濃クトゥルー復活録――小林泰三『C市からの呼び声』

今晩は、ミニキャッパー周平です。2019年も気の向くままにホラー小説をご紹介してまいりますので、何卒よろしく願いいたします。もちろん、絶賛募集中の第5回ジャンプホラー小説大賞への応募もお待ちしております。

さて、本日の一冊は、小林泰三『C市からの呼び声』。

小林泰三といえば、ミステリ・ホラー・SFと多岐のジャンルでヒットを飛ばす人気作家ですが、デビュー作は子供時代のおぞましい記憶にクトゥルーネタが絡む「玩具修理者」でした。そして最新作である本書『C市からの呼び声』は丸々一冊クトゥルーネタに取り組んでおり、発表済の短編「C市」とその前日譚である書下ろし中編「C市への道」で構成される本になっています。

前に置かれているのは「C市への道」。各国で奇妙な災害が多発し、クトゥルーの邪神(作中では、名を呼ぶことをはばかって「C」と呼称される)の復活が囁かれている時代。世界的な「C」研究者であるビンツー教授は、CAT(“C” Attack Team)の研究所を建てるべき場所として、緯度や経度、特殊な地磁気から結界となっている土地を選んだ。それは「因襲鱒(いんすます)港」と呼称される、日本のひなびた港町だった。

この港町がどう見ても呪われた地で、異様な潮の匂いに満ち、常に暗天に覆われ、水揚げされる魚は奇形ばかり、食べると体に重篤なダメージを受ける。港の住民たちの間では、自分たちの祖先が「こことは違うどこか」から来たという伝承が伝わっている。モーターボートで沖へ出た調査メンバーは、遭難したすえに古代の遺跡に遭遇し、異形の邪神に追われる。ビンツー教授が保管している魔導書『ネクロノミコン』を奪うために街の住民(どう見ても人間ではないし、当然のように銃で撃っても死なない)が襲撃してくるし、怪しげな脳波計測装置やマッドサイエンティストが跳梁し、宇宙生物と屍食鬼が死闘を繰り広げ、遂には玩具修理者までサービス出演。帯に書かれた「クトゥルーマシマシ神話生物多め‼ これがクトゥルー神話界の超大盛家系ラーメンだ!」というものすごいコピーに恥じない内容となっています。固有名詞やシチュエーションなど、ラヴクラフト作品へのオマージュを大量に捧げまくっていることもあり、原典をどれだけ読んでいるかで面白さが変わる作品でもあります。

そして後日談たる「C市」では、とうとうこの港町に、CAT研究所が完成。間もなく復活するであろうCに対抗すべく、科学の粋を尽くしてつくられた人工生命、学習型C自動追撃システム=HCACSは自己改良と進化を初め……クライマックスシーンの光景の異様さに唖然とさせられます。クトゥルーの邪神の正体を巡る議論の濃さを初め、「C市への道」以上にディープな一篇です。