さて、本日の一冊は、ディック・クーンツ他、中村融編『ホラーSF傑作選 影が行く』。
現代SFの起源と呼ばれることもある『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』がホラー史においても金字塔であることからも分かるように、「未知」の対象に科学的なアプローチで迫ろうとするSFは、時にすぐれたホラー作品も生み出してきました。本書は、そういった米英の短編群を日本で独自に集めたアンソロジーです。一番古いものは一九三二年発表、新しいものでも一九七〇年発表という、既にクラシックの風格漂うラインナップとなっています。
まず、こういったジャンルで思い浮かぶのは「宇宙の恐怖」でしょう。
一番古いクラーク・アシュトン・スミス「ヨー・ヴォビムスの地下墓地」は、火星の遺跡で調査隊のメンバーが遭遇する、(恐らくは)古代人を滅ぼした恐怖の存在を描きます。狂気に誘う怪物の禍々しさ、いかめしい文体と、昏く湿度のあるムードはクトゥルー神話を髣髴とさせます。
ジョン・W・キャンベル・ジュニア「影が行く」は、『遊星よりの物体X』『遊星からの物体X』と2度にわたって映画化された作品。南極基地で氷の底から発見された、憎々しげな表情を浮かべた異星生物の氷結死体。基地にいる科学者たちは、よせばいいのにそれを解凍し目覚めさせてしまいます。異星生物は、生き物を殺しては殺した相手そっくりになり代わり思考までコピーする、という凶悪な能力を備えており、疑心暗鬼に陥る基地隊員の心理描写が巧みである一方、「人間」と「偽物」を区別するための科学的な手法の探求にも、うならされます。
ブライアン・W・オールディス「唾の樹」では、異星から飛来した生物が農場で引き起こす騒動が描かれます。動物が多産となり植物が豊作となる一方で発生する、グロテスクな死。「宇宙戦争」の作者であるウェルズもかかわってきて、「宇宙戦争」の誕生秘話とも呼べる作品になっています。
フィリップ・K・ディック「探検隊帰る」は、それらの作品とはやや焦点を変えた変わり種。火星探検から奇跡の生還を果たした宇宙飛行士たちの視点で描かれますが、命からがら帰り着いた地球では、出会う人出会う人が彼らを見るなり逃げ出すという理解不能な事態に出くわすという展開。ディックお得意の現実溶解感が楽しめます。
ジャック・ヴァンス「五つの月が昇る時」は、衛星が五つある惑星の、灯台守を主人公にした作品。同僚が、「五つの月が昇る時は何も信用してはいけない」という言葉を残して失踪。たった一人残された主人公のもとに次々訪れる、「信用のおけない」相手たち。ちょっと本邦の雪女譚などを連想させるファンタジックな怖さのある作品です。
テクノロジーの発達によって生まれたものが、人間に危害を及ぼしたり、人間と相いれない存在として立ち上がってくる、というのもこのジャンルの醍醐味のひとつ。
アルフレッド・ベスタ―「ごきげん目盛り」は、富豪の男が、なぜかお供のアンドロイドが人を殺しまくるので逃亡を余儀なくされる、というストーリーで、残虐なのに軽快でコミカル、読んでいくうちに何か楽しくなってしまう作品。
デーモン・ナイト「仮面(マスク)」は、事故により肉体を失い、体のすべてを技術で代替した男の心に巣喰い始めた異質な思考をリアルに描きます。
シオドア・L・トーマス「群体」はパニックSF。下水管の中で、廃棄物などから発生した不定形生物が、下水道を遡って家庭のキッチンなどから侵入。克明に描かれる、怪物が人間を消化吸収していく場面は、今でも通用する映像的凄味、ハリウッドのCGで見てみたいおぞましさがあります。
私の一押しでもある、ロジャー・ゼラズニイ「吸血鬼伝説」は、人類が絶滅し、地球最後の吸血鬼もいなくなったあと、機械が徘徊する世界が舞台。「他の機械の電力を奪って充電する」ことで機械たちから恐れられる一体の吸血鬼機械を描きます。吸血鬼機械は、最後の吸血鬼の弟子的な存在だったのです。ユーモア小説にしかならなさそうなのに謎のカッコよさがあるという異色作です。
その他にも、SFらしい発想と怪異・恐怖を様々な手法でミックスした作品が並んでいます。
リチャード・マシスン「消えた少女」は、とある夫婦の娘が「室内にいて、泣き声も聞こえるのにどこにも見当たらなくなってしまう」という不気味な現象を描きます。
フリッツ・ライバー「歴戦の勇士」は、酒場で知り合った男の家について行ったら、時空を懸けた壮大な戦争に巻き込まれ、恐怖の一夜を過ごす、というもの。部屋に閉じこもっているだけなのにすさまじい緊張感が高まっていくサスペンスフルな描写が見事です。
キース・ロバーツ「ポールターのカナリア」は、ポルターガイスト風の心霊現象を起こす存在に対して、録音・録画で分析してみたり、敢えて信号を送りコミュニケーションを取ってみたりという部分がSF的。
ディーン・R・クーンツ「悪夢団(ナイトメア・ギャング)」は、暴虐無比の限りを尽くすギャング団、そのメンバーの一人がボスの秘密に迫ろうとする物語。売れっ子ホラー作家・クーンツの意外な初期作品です。
SFとホラーの両方を摂取し続けている私としては、このアンソロジーの続編や現代版も出て欲しいと願っています。