今晩は。ミニキャッパー周平です。
年の瀬の慌しい時期ですが、世間の雑事を離れ、ホラーの世界に浸ってみませんか。
今年最後の更新は、前回の予告どおり、華麗な吸血鬼の登場する物語を。
(華麗な吸血鬼の遍歴を描いた『終わりのセラフ 吸血鬼ミカエラの物語1』も絶賛発売中ですよ!)
ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』は、老獪な吸血鬼ドラキュラ伯爵と、ヴァン・ヘルシング教授をはじめとする人間たちの戦いを描いた、言わずと知れた古典ホラーの代表作ですが——今回ご紹介したいのは、その『吸血鬼ドラキュラ』へのオマージュ、というよりは、吸血鬼ジャンル全体へのオマージュ、あるいは総決算のような作品です。
その名も、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』。
ここに描かれるのは、「ドラキュラ伯爵がヴァン・ヘルシング教授に勝利した世界」なのです。
大英帝国に現れたドラキュラは、ヴィクトリア女王を自らの眷族とし、女王と結婚。護国卿として、プリンスとして絶対的な権力を手に入れる。首相をはじめ政府要人は吸血鬼に占められ、ヘルシング教授ら敵対勢力は公開処刑された。かくて、吸血鬼が人間を支配する、異形の大英帝国が誕生した!
人間は「温血者(ウォーム)」と呼ばれ、被支配階級に身を落とした。貧しい人も富める人も、吸血鬼になれば様々な不遇から解放されると信じ、次々に人間を捨てていく。そんなヴァンパイア帝国の首都ロンドンで、吸血鬼の女性をターゲットにした連続殺人事件が起こる。現実世界でいう「切り裂きジャック」事件だ。
吸血鬼を憎悪していると思しきその犯人「銀ナイフ」の凶行を止めるべく、事件を追う者が二人。
一人は、闇内閣の密命を受けた諜報員・ボウルガード。いま一人は、外見は十六歳だが、実年齢は四百歳を越える、美貌の吸血鬼・ジュヌヴィエーヴ。
そして、彼らの奔走の一方で、かつてヘルシング教授の仲間であった者たちも、己の目的をもって動き始めていた——
というわけで、吸血鬼の跋扈する、暗黒の十九世紀ロンドンを舞台にした、アクションありサスペンスありロマンスありの一大エンタメホラーなのですが、世界観の「濃さ」が何よりウリの作品。
作中で言及されるのは『吸血鬼ドラキュラ』の登場人物ばかりではなく、シャーロック・ホームズが政府に反抗した結果刑務所に入れられているわ、殺人事件の証言者として医学者・ジキル博士が登場するわ、ヴィクトリア朝フィクションのキャラクターたちを惜しみなく投入。
そして、古今東西の吸血鬼フィクションに登場する、有名な、あるいは無名な吸血鬼たちがオールスター出演(『中国人ヴァンパイア』という触れ込みでキョンシーまで登場)。各キャラの元ネタ解説も含む、巻末の登場人物辞典は、実に五十ページにも及びます。
登場キャラ数の膨大さから、始めは登場人物辞典を引きながら読み進めることになるかもしれませんが(先に『吸血鬼ドラキュラ』を読んでおくと、かなり分かりやすくなります)、気高く美しいジュヌヴィエーヴを始め、キャラクターの魅力でぐいぐい読まされます。
作者の趣味を全開にした、おもちゃ箱をひっくり返したようなこの作品。年末年始などお時間のある時に、ぜひ読んでみて頂きたい一冊です。みなさま、よいお年を。
(※『ドラキュラ紀元』の書影は、東京創元社HPより引用しました。)