今晩は、ミニキャッパー周平です。先週は、映画シン・ゴジラの地上波初放送が盛り上がりましたね。映画館で見た時もそうでしたが、やはり「自分の見知った町」がなすすべもなく破壊されるシーンが心に与えるインパクトは大きく、日本人にとって最上の恐怖を与えてくれる作品だと感じました。
今回ご紹介する本も、日本だからこそ生まれた恐怖譚にして、日本ならではの傑作――山吹静吽『迷い家』。
太平洋戦争のさなか。父が出征先で戦死し、母をも空襲で喪った少年・心造は、唯一の家族である妹・真那子ともに、集団疎開により山村に身を寄せている。心造は空襲の記憶に苦しめられながらも、戦争を厭う者たちを蔑み、本土決戦への覚悟を決めていた。
だがある日、真那子が同じく東京から疎開してきた少女とともに、姿を消した。警察の山狩りでも真那子は見つからず、自身で山中を捜索していた心造の前に忽然と現れたのは、巨大な屋敷だった。出会った者は神隠しに遭うというその屋敷に、妹のため、心造は単身で踏み込んで行くが……。
まずは、野山を駆けずり回って食糧を調達しようとする子どもたちの苦労、疎開者と地元の少年らの確執など、当時の空気が肌で伝わってくるような集団疎開生活のリアルな描写に、読者は否応なしに「戦時下日本」にタイムスリップさせられます。そして、両親を亡くし、戦局の不利を十分に理解しつつも、軍国少年として戦い抜く悲壮な決意を固めている心造の痛ましい姿に、胸を奪われるでしょう。
しかし何より素晴らしいのは、日本古来からの伝承である「迷い家」――神隠しに遭ったり山の中で迷ったりした人が出会う無人の屋敷――を、「妖や霊、霊宝の集まる場所」とした独自設定でしょう。心造は、迷い家の中で無数の霊宝に出会うのですが、その物量たるや、昭和までに日本で語られた怪異・怪談の全てを内包せんばかりの膨大さです。また、山姥や河童やのっぺらぼう、ろくろ首や雪女など、当時ですら一種ユーモラスにさえ感じられていた日本妖怪を、現代の私たちにとっても視覚的・生理的に「恐ろしい」存在として凄絶に描き切る筆力に舌を巻きます。そんな妖ばかりの家が、脱出不可能なホーンテッドハウスとなり、妹を助け出そうとする心造を翻弄する展開は手に汗握るものです。
物語には中盤から、戦後の視点――真那子とともに姿を消しながら、記憶を失って一人生還した女性の視点から語られることになります。迷い家のもつ恐怖はそのままに、時代が変わったことによって訪れてしまった「致命的な齟齬」が読者の心を突き刺さしていくことになります。そして訪れるのは破局か救済か。
「脱出できない幽霊屋敷で恐るべき次々モンスターが襲ってくる」というハリウッドホラーに通じるエンタメ感を持ちながら、日本怪談の総決算であり、ある時代の日本に暮らした人々――国家を信じて戦い、生き、死ななければならなかった人々――への鎮魂の詩として、涙を誘われる傑作です。