今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー賞の宣伝隊長として、最新のホラーをチェックしつつ、ホラーの歴史に少しでも詳しくなれるよう、クラシックホラーも探る毎日です。そんな中で、埋もれていた往年の名作に光を当てる『ナイトランド叢書』シリーズに嵌まっています。
今回ご紹介する短編集は、そのシリーズから、オーガスト・ダーレス『ジョージおじさん―十七人の奇怪な人々―』。
ダーレスが何者かご存知ない方に説明しますと、ホラーの歴史においては、出版社≪アーカム・ハウス≫を立ち上げ、師であったラヴクラフトのホラー作品群を出版し、宇宙的暗黒神話「クトゥルー神話」として体系化してプロデュースした功績で知られています。つまりクトゥルー神話を世に広めた重要人物。
ダーレス本人も、クトゥルー神話に連なる小説を書いていますが、本書は、非クトゥルーものの短編集。十七本を収録していますが、その作品は意外にも、因果応報ものや復讐譚、ジェントル・ゴースト・ストーリーなどが占め、不条理なものはほぼありません。
この本の中では、基本的に、後ろ暗い部分を抱えている人間にはその報いが追ってくることになっています。釣り仲間を死に追いやった判事が謎の釣り人に遭遇する「パリントンの淵」、完全犯罪をもくろみ叔父を殺したばかりの男が列車の中で不審な乗客に出会う「余計な乗客」などは、読者に怪異の正体・結末は予感させつつ、ぞっとする細部の演出で読ませます。
怪現象の先に、なんらかの罪があぶりだされるという短編も多く、線路上に正体不明の男が現れては消失してを繰り返す「B十七号鉄橋の男」、風もないのに一本の木が名前を呼ぶような風音を鳴らす「ライラックに吹く風」、全身ワインの臭いをさせる男が宿屋に訪れる「マニフォールド夫人」、履いていると戦場の幻覚を見てしまう靴の呪い「死者の靴」など。これらの短編では、過去に何があったせいでこんな現象が起きるのか、という疑問について、明確でミステリ的といっていい回答が用意されています。そんな中、町ぐるみで行われる秘密の夜の祝祭を描いた「ロスト・ヴァレー行き夜行列車」は、唯一、謎ときにの先に、クトゥルー的な茫洋たる読後感が待ち構えています。
不思議なアイテムによって運命を狂わされてしまう人々を扱った作品も多く、「青い眼鏡」は、善人でない者が使用すると災いが起こる、という眼鏡を手に入れた好色な伊達男が、「プラハから来た紳士」は、教会からいわくつきの宝飾品を盗み出したバイヤーが、「幸いなるかな、柔和なる者」は、魔人の封印された瓶を拾った少年とその祖父が、それぞれどんな結末を辿るかが見所です。このタイプの作品では、放蕩者の甥から、アメリカ先住民の干し首(!)をプレゼントとして送られた男が主人公の「客間の干し首」が、結末のどんでん返しも華麗で好みです。
上記のように多数の怪異を取りそろえた本ですが、本書を読み通した時に強い印象を残すのは、霊orもしくは霊的な力を持った存在と、か弱い人間との絆。エモーショナルで読者の心を強く動かす作品が、この本のエッセンスでもあるのです(ただし、だいたいストーリーはぶっそうで人が死にます。作中登場する食べ物にはおおむねヒ素が入っています)。
死後も想い人の屋敷に留まり続けた女性との逢瀬を描く「マーラ」は妖しくも哀切。湖の中に子供を引きずり込もうとする孤独な霊の物語「アラナ」は痛切なまでにやるせない。少年と亡くなった祖父の霊がチェスを指す、「ビショップス・ギャンビット」はヒカルの碁を連想させなくもない展開が爽快。継母に虐待される子供を、近所に住む魔女めいた女性が守る「ミス・エスパーソン」などは不気味でありつつ感動的。両親を失った少年の傍に寄り添い続ける長命の猫にスポットを当てた「黒猫バルー」などは、痛快さと残酷さが同居していて、いわく言い難い読後感を残します。
そして、一番の傑作はやはり、本書の表題作となっている「ジョージおじさん」。保護者であったジョージおじさんを亡くし、莫大な遺産を相続した少女・プリシラは、金に目がくらんだ親族三人から命を狙われる。ジョージおじさんの死を受け入れられず、その帰りを待ち続けるプリシラに迫る、親族たちの魔手。しかし、死んでもジョージおじさんはプリシラを守り続ける……。無垢な子供にとっては護り手となり、欲にまみれた大人にとっては断罪者となる、人間以上に血の通った霊。その温かさに泣かされてしまう好編です。
というわけで、クトゥルー神話の重要作家による非クトゥルーもの、というやや変化球的な(それでも、粒ぞろいの)短編集を紹介しましたが、次回は(恐らく)全力でクトゥルーものの作品をご紹介します。