今晩は、ミニキャッパー周平です。だいぶ前からボリビアのウユニ塩湖とやらに行ってみたいのですが、往復と宿泊を考えると、なかなか行けるほどの休みが取れそうにありません。編集者という職業的には仕方ない部分だとは思いますが。
しかし、世の中には、編集者でありながら余暇に世界中を旅し、オカルト好きゆえに旅行先の各国の武器・彫刻・仮面をコレクションし、さらに自宅で魔術の研究をしたり薬草を栽培したりオカルト本を五千冊も収集したりして、ついでにホラー小説も書いてしまう、などという超人のような人もいまして……。
というわけで今回ご紹介する作品は、A.メリット『魔女を焼き殺せ!』。一九三二年にパルプ雑誌に連載されたのを初出とする小説です。
ニューヨークの医師・ローウェルは、神経学と脳疾患を専門とし、異常心理の権威として知られる名医だった。ある日の深夜一時、彼の医院に急患が運ばれてきた。患者につきそっていたのは裏社会の首領・リコリ。患者はリコリの右腕として働いていた男だった。患者は意識があるのに喋ることもできず、何者かを恐れるような表情と、悪魔に憑かれたごとき邪悪な表情とを繰り返した末に心停止、更に心臓が止まった三分後におぞましい笑い声を上げる、という奇怪な死を遂げた。似た症例を探すためローウェルがニューヨーク中の医師に問い合わせしたところ、この半年の間に、七件もの同様の事例が発生していたことが判明する。その犠牲者は、銀行家や慈善家、サーカスの空中ぶらんこ乗りや十一歳の少女などバラバラで、共通点も判明しない。ローウェルは医学的観点からその不審死の原因をつきとめようとするが、リコリは事件を「ラ・ストレガ」すなわち「魔女」のしわざだと叫ぶ――。
本書を一読して分かるのは、二十世紀初頭あたりまでの怪奇幻想小説に比べて、現代のホラー小説に読み味がかなり近いこと。本作よりだいたい二十年くらい遡った時代の小説は「溜め」が長く、ムードを高めるための舞台設定にページを割くことが多いのですが(その結果として、おどろおどろしさの割に犠牲者が少なくて済んだりします)、本作のスピード感は完全に現代の書き下ろしホラー文庫と同じか、それ以上。実は上記のあらすじで十九章分のうちまだ二章分の内容で、ローウェルとリコリが事件を捜査し始めてその犯人と手段をつきとめようとするものの、まだ犠牲者は(安全圏にいると思われた登場人物も含め)ガンガン増えていきます。打ちのめされつつもローウェルは犯人の奇怪なやり口を解き明かし、事件の根源である「魔女」と対峙するのですが……相手はこちらの手の内を見透かし、人形を用いたファンタジックに見えて残酷きわまる魔術で人間を葬り去っていく、強大な魔女。本当に倒すことができるのかどうか、ハラハラやきもきさせられます。
容赦なく事態が進行するスピード感(そしてそこから生まれるエンタメ感)はキングやクーンツの先駆にも見えますが、これはパルプマガジンの連載が初出という事情や、メリットがファンタジーを書いてきた経験が生きたのかもしれません。
ちなみに一九三二年といえば、ミステリ作家エラリイ・クイーンが「Xの悲劇」「Yの悲劇」「エジプト十字架の謎」を発表した年であり、また、ハクスリーがディストピアSF「すばらしい新世界」を発表した年でもあり、様々な小説ジャンルで同時に、現代に繋がる橋が架けられていたように感じます。
前述のとおり、世界各国を旅行している上にオカルト趣味のあったメリットは、様々な時代・場所での「邪悪な力」についての知識を持っていたようで、終盤で披露されるその知識は、物語のスパイスとしてかなり贅沢な使われ方をしており(今回の事件で用いられたのと同じ魔術は、実は様々な時代の様々な場所、人類の原初から使われていたのだ――という風に)、本書でも個人的にお気に入りの部分のひとつです。
意外だったのは、後半に行くにつれてあらゆる手がかりが魔女の実在とその超常的な力を示すにもかかわらず、主人公のローウェルが、後催眠や暗示など、同時代の科学で何とかその存在を合理的に説明できないかと苦労している点。もちろん、どんどん無理筋になっていきます。上に述べた魔術蘊蓄も含め、「科学が魔術の存在を消し去った時代に、魔女をテーマにしたホラーで読者を恐がらせること」に挑戦したメリットの企みがほの見えるかのようです。