2019年3月30日土曜日

殺人者が”神”と崇められる場所で生まれるもの――宮部みゆき『チヨ子』


今晩は、ミニキャッパー周平です。もうすぐ4月になってしまいますね。学生の方は年度初めには環境や人間関係が変わることも多いと思いますが、ストレスを溜めず体調を壊さないように毎日をお過ごしください。読書はいつでもあなたの味方です。

さて、本日ご紹介する一冊は、宮部みゆき『チヨ子』。


長編ミステリ・サスペンスのイメージが強い作者ですが、こちらはホラー・ファンタジー系統の中短編5編を集めた作品集です。

「雪娘」は雪女テーマのホラーアンソロジーに収録された作品。小学校六年生の少女・橋田雪子は、ある雪の日に、通学路途中にあるタクシー検査場の裏側で、マフラーで首を絞められて殺害された。犯人は捕まらず、十二年の時が流れた。かつて雪子の友人だった4人の男女がささやかな同窓会を開いている、そのさなかに何かが……。ノスタルジックな幻想とミステリとしての切れ味が意外な取り合わせの一本。
「オモチャ」は、商店街で玩具店を営んでいた老夫婦についての話。夫は別の土地から流れてきた人間だったために、商店街ではよそ者扱いされていた。妻が亡くなったとき、商店街では、彼女が夫に殺害されたのだとまことしやかに語られはじめ……噂話のもつ悪意が恐く、悲しい後味をもたらすホラーです。
「チヨ子」の主人公は、スーパーのバーゲンセールで、古い着ぐるみに入って風船を配ることになったアルバイト。彼女が着ぐるみの頭を被ったまま周囲を見回すと、周りの人間たちは、なぜかぬいぐるみやロボットや戦隊ヒーローの格好をしているように見える。いったい彼女の目に映っているものは何なのか――? ファンタジックな中に少量の毒が含まれる物語。
「いしまくら」の発端となるのは、女子高生が交際相手によって殺された事件。犯人はすぐ捕まったが、犯行現場となった公園に被害者の霊が現れると囁かれ、被害者は援助交際をしていた、などの悪い噂も流れるようになった。中学生の石崎麻子は義憤にかられ、噂を流している犯人を突き止めるべく聞き込み調査を敢行。さらに出版社に勤める父親に協力を求めたが……「オモチャ」同様に、噂のもつ負の力がクローズアップされていますが、こちらはミステリ的な仕上がりになっています。
「聖痕」は本書の中で最も長く、ずしりと重い作品。十四歳の柴野和己(しばのかずみ)は、母親とその内縁の夫によって苛烈な虐待を受け続けていた。命の危機を感じた和己は二人を殺害、学校に立て籠もるという事件を起こし、逮捕された。医療少年院と少年鑑別所での歳月を経て社会に復帰した和己だったが、インターネット掲示板で自身が殉教者として祭り上げられているのを発見してしまう。ネット上では、和己は自殺して生まれ変わり、虐げられた人々のために復讐の奇跡を起こす“救世主”になったと信じられていたのだった……。ストーリーの中盤までは少年犯罪ものですが、後半からは、“神”の力の有無について取り沙汰される、全くスケールの異なる作品に変貌します。罪と裁きに正面から向き合う作品を描き続けてきた作者が、超常設定を用いて辿り着いた異形の衝撃作です。


2019年3月23日土曜日

端正にして猟奇。「由伊」の名を持つ7人の女性たち――綾辻行人『眼球綺譚』


今晩は、ミニキャッパー周平です。6月30日〆切で、ジャンプホラー小説大賞絶賛募集中です。ちなみにジャンプ恋愛小説大賞は3月29日〆切なので、こちらの応募者の方はぜひ〆切日をお間違えなきよう。

さて、本日の一冊は、綾辻行人『眼球綺譚』。


綾辻行人といえば新本格というムーブメントを代表するミステリ作家ですが、『Another』『殺人鬼』など、ホラー要素の強い作品も多数発表しており、本書はホラー・幻想の作品を集めた短編集となっています。収録作7編はそれぞれ独立した、繋がりのない作品であるものの、全編において物語の鍵となる女性が「由伊」の名を持っている、という共通点があります(すべて別人のようですが)。

冒頭に置かれた「再生」は、女性の首なし死体を椅子に座らせている男の語りから始まる。男は死体から首が生えてくるのを待っているのだ。死体は男の妻・由伊。由伊は、体の失った部分が再生するという特異体質を持っていた。クライマックスに衝撃の光景が待ち受ける一篇。
「呼子池の怪魚」は、池で釣り上げた魚が、水槽の中で徐々に形を変えていき、別の生き物に進化していくのを見守る男の話。流産したばかりだった妻・由伊は、その正体不明の生物に魅入られていく。
「特別料理」は収録作でもっともエグい作品。ゲテモノ食いが趣味の男は、妻を説き伏せてゲテモノ料理専門店《YUI》へ夫婦で通うようになる。通常メニューですらゴキブリ入りチャーハンなどおぞましい品を出す店だが、常連にしか提供されないスペシャルメニューとして<ランクCA>の三段階の特別料理が用意されている。<ランクC>は寄生虫料理。ランクB、ランクAで出されるものは? 極めてグロテスクな内容を抑制のきいた文体で綴る、そのギャップが凄い作品。
「バースデー・プレゼント」は、交際相手の男に誕生日プレゼントとしてナイフを贈られ、そのナイフで彼を刺すように強要される――という不吉な夢を、誕生日当日に見てしまった女の物語。夢に予知夢じみた恐れを抱いていた彼女が、その日、実際に贈られたプレゼントの蓋を開けると……幻想性が一番強い作品で、どんでん返しの真相開示を経てもなお謎が残る一本。
「鉄橋」は、夜行列車に乗っている4人の男女の中で語られる怪談話。川釣りを終えて家路に急ぐ少年が、野原で佇んでいる白い服の少女を見つける。少女が誘った先は……。
「人形」は作者・綾辻行人を思わせる語り手が河原で拾った人形――のっぺらぼうの不気味な姿のもの――を家に置いているうちに、語り手自身の身に変化が訪れる。
トリを飾るのは最も長さのある表題作、「眼球綺譚」。倉橋茂は同窓会のため17年ぶりに郷里の街に戻ってきた。街では、ターゲットを殺害して眼球を抉るという連続猟奇殺人事件が発生し、犯人が射殺されたばかりだった。その事件は茂の過去――幼い頃、廃屋となった屋敷の地下室に忍び込んでアトリエ代わりにしていた日々――と浅からぬ因縁があった。ノスタルジックな思い出がエロスと暴力で色彩を変えていき、やがてその波紋は現在へ到達する。

多くの作品にミステリ的などんでん返しの要素が含まれているものの、あくまで主眼におかれているのは、猟奇性のある“恐怖”を端正な文章で幻想的に語ること。敢えてすべてを解き過ぎず、読者の解釈に委ねる結末もあるという点で、(ミステリだけでなく)『Another』『殺人鬼』ともまた違う、作者の一面を知れる一冊です。



2019年3月16日土曜日

東京に隠れ住む吸血鬼たちの抗争劇――あざの耕平『ダーティキャッツ・イン・ザ・シティ』



今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です! 6/30の〆切に向けて応募者の皆さん、頑張って下さい! ところで昔はホラー小説を読んだ日は夢見が悪くなったのですが、最近はホラー小説を読んだ翌日に体に何らかのガタが来ていることが時々あります。今日は足がめっちゃ痛い。ホラーがどうとかではなく、たぶんそろそろ老化がきているのではないかと。

さて、本日の一冊は、あざの耕平『ダーティキャッツ・イン・ザ・シティ』。



作者は『Dクラッカーズ』『BLACK BLOOD BROTHERS』『東京レイヴンズ』などのシリーズをヒットさせた、主にライトノベルレーベルで活躍してきた作家です。

BLACK BLOOD BROTHERS』は、吸血鬼の実在が人間に知られている世界、人工島上の架空都市を舞台にした作品でしたが、本書の場合はその逆、吸血鬼たちが人間に存在を知られず隠れ住んでいる、現代の東京を舞台にした物語になっています。ホラーというよりはバトルアクションにカテゴライズされるでしょうが、吸血鬼テーマなので広義のホラーと言え、ここでレビューさせて頂く次第です。

東京には人間の知らない吸血鬼コミュニティがある。それは彼らの“狩り場”によって分かれており、新宿のグループと六本木のグループが二大勢力。組織だった抗争はないものの、トラブルは日常茶飯事だった。そんな東京の吸血鬼社会の古株として、彼らの折衝役をつとめていた吸血鬼・シャミが突然行方をくらませた。シャミのねぐらも燃やされ、その死が囁かれ始めたことで、吸血鬼たちは動き出す。ある者はシャミの消息をつきとめるため、ある者は調停者が消えた東京の勢力図を書き換えるため――

そんな折、シャミの古い知人である吸血鬼の男・十二(じゅうに)はねぐらの地下室で眠りから目を覚ます。目覚めた十二の前にいたのは遠夜(とおや)と名乗る人間の少女だった。シャミの“友達”を称する遠夜は、シャミの行方を探る吸血鬼たちから狙われていた。十二は遠夜の警護を引き受けることになるが……。

東京を舞台に、吸血鬼グループの強者たちすべてが絡み、衝突することになるストーリーは、さながらギャングの抗争めいた色合いを帯びます。特に圧倒的な存在感を誇るキャラは、登場した瞬間に他の強者すべてを沈黙させる、“女王”と呼ばれる新宿グループの長。俗っぽい外見と超越的な中身のギャップがすごい。

人間なら死に到るほどのダメージを負っても、普通に復活できる回復力をもっている吸血鬼たちですから、バトルシーンでは、肉を切らせて骨を断つというか、体が潰れても敵を倒すこと優先、という感じの豪快かつハードな戦闘が繰り広げられます。登場する地名も基本的には実在するもののみ、決戦は新宿御苑。現代の東京の闇に潜んでいるかもしれない吸血鬼たちの生き様を、ぜひ目に焼き付けて下さい。

2019年3月9日土曜日

ささやかだけれどぞっとする怪談が、幾つも幾つも降り積もったら……織守きょうや『響野怪談』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。第4回金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ』も刊行へ向け準備中。発売日が決まりましたらお伝えします! 

さて、本日の一冊は、織守きょうや『響野怪談』。



中学生・響野春希の家は男所帯で、オカルト雑誌などでライターをする父親と、兄たち――バスケ部に所属するスポーツマンの夏生、インドア派で読書家の秋也――とともに暮らしている。春希は霊的なもの、よくないものに好かれがちな上に、そういったものについ近寄って行ってしまう心の緩さもあって、何度も危ない目に遭う。そのたび、そういった存在を退ける知識をもった兄に助けられる。

――と、あらすじだけ書き出すとキャラ文芸的なホラーものを連想するかと思いますが、中身は全く別物です。目次を見れば一目瞭然ですが、全33話もの短い作品が収録されています。実はこの本は、怪談誌『幽』に不定期に掲載されたものに書き下ろしを足したもので、一般のホラー小説よりもずっと“怪談”に近い手触りの恐怖について語られているのです。

多くのホラー小説は、死者の霊なり呪いなり妖怪なり人間の狂気なり、恐怖を生み出す具体的な根源が説明されて、それらが退治されたり成仏したりしてハッピーエンドを迎えるか、調伏されることなくバッドエンドに辿り着いたりするわけですが、“怪談”ジャンルには、“因果も因縁も分からないがとにかく不吉な現象・生理的な怖さを誘う不可思議なことが起きて何も解決しない”というものが少なくない割合で存在しています。それらを集めた怪談本はたくさん出版されていますが、大半が舞台も登場人物も全て独立した一話限りの話を集めたもの。同じ本の中でも、キャラクターを統一し連続性を持たせたストーリーの中で不条理な“怪談”を語っていくものはあまり見たことがありませんが、これはそういう珍しい一冊なのです。

その物語構造上、春希の家族や友人は様々な場所で、“家の玄関の前に、誰のものか分からない揃えた靴が何度も置かれる”とか、“深夜残業中の無人のオフィスでどこからともなく笑い声が聞こえる”とか、“無人のエレベーターに乗ったはずが隣に人がいる”とかありとあらゆる不気味な体験をしていくことになります。一方で、春希と彼を守ってくれる兄の不思議な関係性が明かされていったり、一度語られた怪異に再び何かがあったり、という『全体のストーリーがあるからこその面白さ』も獲得しています。緩急が巧みで、ひたすらに怖過ぎる余韻を残す話があるかと思えば、守られることによって安らぎを得られる話もあり。そうして読者が心を翻弄された後に迎えるのが、最終話「再訪」。この本を読んできた読者にはまず開幕時点で、うっ、と言わされるでしょうし、この本を読んできた読者だからこそ、終幕に強烈な印象を受けるはずです。
自分にとっては未知に近い読書体験だったので、こういうジャンルの本がもっと増えて欲しいと思います。
大半の作品が10ページを切っており、一話10分とかからず読めるので、学生の方には“朝読”などにもおススメの一冊と言えるでしょう。

2019年3月2日土曜日

幽霊たちに育てられた男の子――ニール・ゲイマン『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、〆切まであと4カ月。応募者の皆さん、ぜひスケジュールに余裕をもった執筆を! さて、好きだけれどこのレビュー欄でなかなか紹介する機会がなかった作家の、ホラーに(ぎりぎりでも)分類できる作品が出ると嬉しくなってしまいます。今回ご紹介するのは、英国で絶大な人気を誇るファンタジー作家の、映画化作品の文庫版です。

本日の一冊は、ニール・ゲイマン『墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活』。



とある家族の平穏は、一夜にして破られた。家に侵入してきた何者かの手で、両親と娘が惨殺されたのだ。だがたったひとり、生まれたばかりの赤ん坊は難を逃れた。偶然から夜の墓地に辿り着いた赤ん坊を助けたのは、そこに住む住人……幽霊たちだった。幼い命が未だ殺人者に狙われていることを知った幽霊たちは、赤ん坊を匿い、自身らの手で育てることを決める。ノーボディ(誰でもない)と名付けられた彼は、すくすくと成長していく。

という訳で、本作品は心優しい幽霊たちを描くジェントル・ゴースト・ストーリー。であると同時に、『ジャングル・ブック』(狼に育てられた少年を主人公にした作品を含む連作)を下敷きにした、幽霊たちに育てられた少年の成長物語です。

墓場をテーマにしたホラー作品群は以前の更新でまとめて紹介したことがありますが、これだけ賑やかな墓場が描かれたことはあまりないでしょう。先史時代からの死者が眠っている墓地だけあって、二千年前のローマ人とか、魔女狩りで殺された少女とか、十八世紀の詩人とか、十九世紀の政治家とか、そういう生まれた時代もバラバラな幽霊たちが暮らしています。ボッド(ノーボディの愛称)の親を引き受ける夫婦の霊も、恐らく十九世紀生まれで、現代人とのジェネレーションギャップがあったりします。

彼らキャラの立った幽霊や、人ならざる種族から、墓碑銘を用いて綴りを教わったり、霊的な技術(人間に見えない姿になる、物をすり抜ける、他人の夢の中に入り込む、などなど)を授けられたりして、ボッドは決して孤独ではない子供時代を送ります。そして、食屍鬼(グール)に襲われたり、先史時代の墓で主人の帰りを待つ怪異に出くわしたり、様々な冒険を繰り広げて成長していくボッド。しかし同時に、彼の家族を殺害した正体不明の犯人“ジャック”は、今でも殺し損ねた赤ん坊の行方を追っていて、やがてボッドの身を脅かすことになり――。

積み重ねられる小さなエピソードのそれぞれに、最良のジュブナイルのもつ輝きがあります。個人的な一推しエピソードは、墓を作られなかった少女の霊に墓を用意してあげようとするボーイミーツガール話。しかし年を重ねるにつれ(描かれるのは十代半ばくらいまで)、普通の人間ではないけれど幽霊でもないボッドは、すれ違いや苦い別れも経験することになっていきます。やがて訪れるのは暖かく、涙を誘うラスト。優しいホラー、暖かく軽快なファンタジーをお求めの方は、必読の傑作です。