2019年3月9日土曜日

ささやかだけれどぞっとする怪談が、幾つも幾つも降り積もったら……織守きょうや『響野怪談』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。第4回金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ』も刊行へ向け準備中。発売日が決まりましたらお伝えします! 

さて、本日の一冊は、織守きょうや『響野怪談』。



中学生・響野春希の家は男所帯で、オカルト雑誌などでライターをする父親と、兄たち――バスケ部に所属するスポーツマンの夏生、インドア派で読書家の秋也――とともに暮らしている。春希は霊的なもの、よくないものに好かれがちな上に、そういったものについ近寄って行ってしまう心の緩さもあって、何度も危ない目に遭う。そのたび、そういった存在を退ける知識をもった兄に助けられる。

――と、あらすじだけ書き出すとキャラ文芸的なホラーものを連想するかと思いますが、中身は全く別物です。目次を見れば一目瞭然ですが、全33話もの短い作品が収録されています。実はこの本は、怪談誌『幽』に不定期に掲載されたものに書き下ろしを足したもので、一般のホラー小説よりもずっと“怪談”に近い手触りの恐怖について語られているのです。

多くのホラー小説は、死者の霊なり呪いなり妖怪なり人間の狂気なり、恐怖を生み出す具体的な根源が説明されて、それらが退治されたり成仏したりしてハッピーエンドを迎えるか、調伏されることなくバッドエンドに辿り着いたりするわけですが、“怪談”ジャンルには、“因果も因縁も分からないがとにかく不吉な現象・生理的な怖さを誘う不可思議なことが起きて何も解決しない”というものが少なくない割合で存在しています。それらを集めた怪談本はたくさん出版されていますが、大半が舞台も登場人物も全て独立した一話限りの話を集めたもの。同じ本の中でも、キャラクターを統一し連続性を持たせたストーリーの中で不条理な“怪談”を語っていくものはあまり見たことがありませんが、これはそういう珍しい一冊なのです。

その物語構造上、春希の家族や友人は様々な場所で、“家の玄関の前に、誰のものか分からない揃えた靴が何度も置かれる”とか、“深夜残業中の無人のオフィスでどこからともなく笑い声が聞こえる”とか、“無人のエレベーターに乗ったはずが隣に人がいる”とかありとあらゆる不気味な体験をしていくことになります。一方で、春希と彼を守ってくれる兄の不思議な関係性が明かされていったり、一度語られた怪異に再び何かがあったり、という『全体のストーリーがあるからこその面白さ』も獲得しています。緩急が巧みで、ひたすらに怖過ぎる余韻を残す話があるかと思えば、守られることによって安らぎを得られる話もあり。そうして読者が心を翻弄された後に迎えるのが、最終話「再訪」。この本を読んできた読者にはまず開幕時点で、うっ、と言わされるでしょうし、この本を読んできた読者だからこそ、終幕に強烈な印象を受けるはずです。
自分にとっては未知に近い読書体験だったので、こういうジャンルの本がもっと増えて欲しいと思います。
大半の作品が10ページを切っており、一話10分とかからず読めるので、学生の方には“朝読”などにもおススメの一冊と言えるでしょう。