2019年3月23日土曜日

端正にして猟奇。「由伊」の名を持つ7人の女性たち――綾辻行人『眼球綺譚』


今晩は、ミニキャッパー周平です。6月30日〆切で、ジャンプホラー小説大賞絶賛募集中です。ちなみにジャンプ恋愛小説大賞は3月29日〆切なので、こちらの応募者の方はぜひ〆切日をお間違えなきよう。

さて、本日の一冊は、綾辻行人『眼球綺譚』。


綾辻行人といえば新本格というムーブメントを代表するミステリ作家ですが、『Another』『殺人鬼』など、ホラー要素の強い作品も多数発表しており、本書はホラー・幻想の作品を集めた短編集となっています。収録作7編はそれぞれ独立した、繋がりのない作品であるものの、全編において物語の鍵となる女性が「由伊」の名を持っている、という共通点があります(すべて別人のようですが)。

冒頭に置かれた「再生」は、女性の首なし死体を椅子に座らせている男の語りから始まる。男は死体から首が生えてくるのを待っているのだ。死体は男の妻・由伊。由伊は、体の失った部分が再生するという特異体質を持っていた。クライマックスに衝撃の光景が待ち受ける一篇。
「呼子池の怪魚」は、池で釣り上げた魚が、水槽の中で徐々に形を変えていき、別の生き物に進化していくのを見守る男の話。流産したばかりだった妻・由伊は、その正体不明の生物に魅入られていく。
「特別料理」は収録作でもっともエグい作品。ゲテモノ食いが趣味の男は、妻を説き伏せてゲテモノ料理専門店《YUI》へ夫婦で通うようになる。通常メニューですらゴキブリ入りチャーハンなどおぞましい品を出す店だが、常連にしか提供されないスペシャルメニューとして<ランクCA>の三段階の特別料理が用意されている。<ランクC>は寄生虫料理。ランクB、ランクAで出されるものは? 極めてグロテスクな内容を抑制のきいた文体で綴る、そのギャップが凄い作品。
「バースデー・プレゼント」は、交際相手の男に誕生日プレゼントとしてナイフを贈られ、そのナイフで彼を刺すように強要される――という不吉な夢を、誕生日当日に見てしまった女の物語。夢に予知夢じみた恐れを抱いていた彼女が、その日、実際に贈られたプレゼントの蓋を開けると……幻想性が一番強い作品で、どんでん返しの真相開示を経てもなお謎が残る一本。
「鉄橋」は、夜行列車に乗っている4人の男女の中で語られる怪談話。川釣りを終えて家路に急ぐ少年が、野原で佇んでいる白い服の少女を見つける。少女が誘った先は……。
「人形」は作者・綾辻行人を思わせる語り手が河原で拾った人形――のっぺらぼうの不気味な姿のもの――を家に置いているうちに、語り手自身の身に変化が訪れる。
トリを飾るのは最も長さのある表題作、「眼球綺譚」。倉橋茂は同窓会のため17年ぶりに郷里の街に戻ってきた。街では、ターゲットを殺害して眼球を抉るという連続猟奇殺人事件が発生し、犯人が射殺されたばかりだった。その事件は茂の過去――幼い頃、廃屋となった屋敷の地下室に忍び込んでアトリエ代わりにしていた日々――と浅からぬ因縁があった。ノスタルジックな思い出がエロスと暴力で色彩を変えていき、やがてその波紋は現在へ到達する。

多くの作品にミステリ的などんでん返しの要素が含まれているものの、あくまで主眼におかれているのは、猟奇性のある“恐怖”を端正な文章で幻想的に語ること。敢えてすべてを解き過ぎず、読者の解釈に委ねる結末もあるという点で、(ミステリだけでなく)『Another』『殺人鬼』ともまた違う、作者の一面を知れる一冊です。