2017年10月14日土曜日

名匠たちの「泣ける」ホラー10編――井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』

今晩は、ミニキャッパー周平です。突然ですが日本語の雑学から。「鳥肌が立つ」という表現は、恐怖や寒さ、不快感によってもたらされるネガティブな生理的感覚を指すのであり、感動した時に「鳥肌が立つ」という表現を使うのは誤用なのだそうです。が、そんなことを言われても、感動した時に鳥肌が立ってしまうのは事実なので、私は日本語のルールなど無視して、この表現をどんどん使っていきたいと思います。

そんな前置きを挟みたくなるほど、今回ご紹介する本は、読みながら何度も、鳥肌が立ってしまう一冊だったのです。というわけで本日は、井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』。




1998年から2011年まで刊行され、約50冊を数えた伝説の書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』。本書は、その膨大な作品群から、涙を誘う感動の物語に絞って厳選したという一冊なのです。よって、収録作は「ホラー」でありながら「泣ける」ストーリーばかり。

冒頭に置かれた短編、「のちの雛」(作・速瀬れい)の題材になっているのは、第二次大戦前に、日米交流で日本に寄付された西洋人形たちです。はじめは小学校などに飾られ、大切に扱われた西洋人形ですが、日米の開戦後に憎悪の対照になり、ほとんどが焼却・破壊されました。史実の悲劇を告発しながら、幻想の力によって傷ついた人の心を癒す、優しい物語です。「夢淡き、酒」(作・倉阪鬼一郎)も太平洋戦争が影を落とす作品です。演歌歌手になる夢をもった男と、自身の店を持つ夢をもった女の幸福の日々が、戦火に奪われてしまいます。回想形式で語られる男の一生はペーソスに満ちていて、ほんの僅かな救いが一層切なさを引き立たせます。

現世に残された人間が、死者との超常的なコミュニケーションを得る、という趣向の作品も少なくありません。「燃える電話」(作・草上仁)は、幼馴染だった電話好きの女性の死に呆然とする男が、か細い希望にたどり着く物語。ばらまかれた謎のピースがぴたりと嵌まって、タイトルの意味が分かる結末に震えます。掌編「そのぬくもりを」(作・傳田光洋)は、僅か7ページの短さの中で、我々の普段思い描くのとは異なった幽霊のありようが示唆される哲学的な一編。唯一の漫画作品である「帰ってくる子」(作・萩尾望都)では、喪った弟の幻影を見てしまう少年の、思春期の葛藤が生々しく切り取られます。「失われた環」(作・久美沙織)は、男女のすれ違いを入り口に、ある種の彼岸の光景をファンタジックかつ鮮やかに描きだします。

人ならざる者は、ホラーでは恐怖を与えてくるのが定石ですが、この本の中では少し違います。廃校になって久しい過疎地の小学校が、工事でダム底に沈むことになり、かつてその小学校に通った仲間たちが集う、「再会」(作・梶尾真治)は、思い出の中にいる正体不明の<友達>が残した奇跡が、ノスタルジーたっぷりに描かれます。「異なる形」(作・斎藤肇)は、医師を主人公とし、唯一の肉親である娘が徐々に羽や鱗の生えた異形の存在と化していく、という悪夢的事態が描かれ、怯えと愛情で揺れる主人公の姿に胸を打たれます。掉尾を飾る短編「雪」(作・加門七海)は、劇団に所属し、舞台上に降らせる紙吹雪を作っている男が、入院先の病院で化生の女に遭遇する、というストーリー。人間と妖の絆の儚さが印象深く、クライマックスシーンの映画的な美しさにも圧倒されます。

このアンソロジー内での一押しは「語る石」(作・森奈津子)。幼い少女が父親の書斎で、しゃべる石に出会うという筋立て。少女と石の交流をコミカルに描きつつ、剽軽な性格をもち奇妙な雑学を教えてくれる石がいったい何者なのか、なぜ石なのか、というのが物語のキモなのですが、ぜひお読みになってその正体を確かめてみてください。


『異形コレクション傑作選』が今後も続くこと、『異形コレクション』が復活することを、ホラー読者の一人として強く願っております。