2017年9月30日土曜日

命がけの夜物語、現代アラビアンナイト――仁木英之『千夜と一夜の物語』

今晩は、ミニキャッパー周平です。アニメ『十二大戦』の放送が間近に迫っており(10/3開始です。乞うご期待!)、担当編集として各話のアフレコに足を運ぶ日々です。やはり声優さんの演技を間近で見ると、フィクションを「本物」に変える、魔力とも呼ぶべき声のパワーを感じざるを得ません。古代だったらこういう声を持つ人たちが神職についたのではないでしょうか。

実は、今回ご紹介する小説の主人公も、もとは声優の卵であり、その「声」がもつ力がストーリーにも深くかかわってくるのです。本日の一冊は、仁木英之『千夜(ちよ)と一夜(ひとよ)の物語』。



かつて声優を目指していた女性・折口千夜は、その夢を諦め、姉・一夜の勤め先である製薬会社で働き始めた。幼いころに父が蒸発し、母が急死した千夜にとって、一夜はただ一人の家族であり、最も頼りになる、親も同然の存在だった。会社の歓迎会の日も、セクハラ上司に絡まれる千夜を、一夜は助けてくれた。
しかし、そんな歓迎会の帰りに千夜は何者かの手で拉致される。その犯人は「魔王」と名乗り、「殺されたくなければ面白い物語を語れ」、と千夜に命じる。「魔王」の背後には、殺されたらしき女性たちの遺体が積まれていた。生き伸びるため、千夜はこれまでに触れてきた作品や、姉から聞いたおとぎ話、自身の記憶をかき集め、必死に物語を紡ぎだそうとする。

と、タイトルとあらすじを示せばお分かりかと思いますが、この物語は『千夜一夜物語』=アラビアン・ナイトの形式を借りています。原典は、古代のアラブを舞台に、夜ごと、寝床をともにした女性を殺害していた国王が、ある女の語る物語があまりに面白いので彼女を生かし、毎晩毎晩それを聞いてしまう――というもの。この枠物語をまるごと現代日本にもってきたのが本作品というわけです。

原典通り千夜は毎日「魔王」に物語を聞かせるように命令されるばかりでなく(断れば死)、さらに、誰かに秘密をもらせばその相手も殺す、と脅されます。 「魔王」は何者で、何のために千夜に物語をさせるのか? 千夜は、生きて物語を語り終えることができるのか? そして、姉や周囲の人々を守り抜くことができるのか? そんな「外側」のお話も気になりますが、千夜が「魔王」に語る、「内側」のお話も何やらただごとではないようで。

生き延びるために千夜が作り出したはずの物語は、はじめは「一人の少女が隣家の飼い犬と一緒に遊ぶため、魔法使いである父親に力を借りる」という他愛ない内容のファンタジーだったにもかかわらず、次第に、殺人者や魔女や奇怪な実験を行う者の登場で、面妖で背徳的な色合いを帯び始め、なぜか千夜たち姉妹の過去にも繋がりはじめる。「語り」が虚構と現実の境界を溶かして暴走していくダークファンタジーであり、現代に魔性の存在を生み出す過程と、蠢く悪意がおぞましいモダンホラーでもある一冊です。

(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。