ウピル、ウプリル、オピル、ウポル、ウポウル、ランピール、ワムピル、ヴァピール、ヴァムピール、ヴゴドラク、ムッロ……ずらずら書き並べてみたこれが何かと申しますと、ヨーロッパの様々な地域におけるヴァンパイア、すなわち吸血鬼の異称です。モロイイ、ムロニ、ズメウ、プリコリチ、ヴァルコラキ、ノスフェラトゥ、ストリゴイイ……と書き連ねてみたこちらは、ヴァンパイア大国・ルーマニアにおける、吸血鬼やそれに連なる魔性の者の別称です。ルーマニア、吸血鬼密度が高すぎませんか。
私たちが漠然とその姿や性質をひとつにイメージしている「吸血鬼」も、土地によってあるいは伝承によってその実像は様々に異なり、人間に与えてきた恐怖のカタチもまた異なるのです。そんなディープな吸血鬼の世界に浸りたいあなたに、とっておきの一冊が井上雅彦『夜会――吸血鬼作品集』です。
掌編、短編合わせて18本を収録していますが、その全てが広義の吸血鬼――人間の生き血を啜る者、不死者、夜の住人を扱ったものになっている、という、吸血鬼ファンにはまさに垂涎の一冊。冒頭に挙げた吸血鬼の名称群も、実はこの本の冒頭に収録された短編「闖入者」で紹介されているのです。「闖入者」の中では、「誘われていないパーティーに紛れ込む」ことを趣味とする語り手が、とあるパーティーに忍び込んだところ、奇妙な参加者たちが吸血鬼談議に花を咲かせている……という導入で、吸血鬼についての知見を得ながら恐怖体験ができます。
本書に収められた作品はいずれも著者の吸血鬼に対する知識に裏打ちされており、短編「ノスフェラトゥ」では、東欧からの帰国時に検疫で引っかかり、待機している男たちの会話の中で不穏が膨れ上がっていく作品ですが、ヨーロッパの怪異と日本の妖の間に近縁性を見出したりしながら、ルーマニアにおける吸血鬼の一種ノスフェラトゥの本質を暴いていくなど、知的好奇心をもくすぐられる内容です。
作者の博学は洋の東西を問わず、たとえば短編「蒼の外套」では、昭和十年代に京都で実際に噂されていたという、黒外套姿の血を吸う怪人についての謎が描かれ、時空を超えた怪異が、妖しく華麗な文体で描かれます。
妖花の栽培(「凍り付く温室」)、吸血鬼映画の撮影(「海の蝙蝠」)、我が子に血を注ぐ幻の鳥(「噴水」)など、様々な題材で変奏される『憑かれた者たち』の描写の凄みも、それぞれのモチーフに対する深い理解と洞察によって、更に鮮烈なものになっています。
個人的には、この本で得た知識の中でもっとも人に話したくなったのは、「黒猫が目の前を横切ると不吉の前触れ」というジンクスの源流が、古代ギリシャにまで遡れるものだというものでした(このことが説明されているのは、猫のもつ魔力をテーマにした、掌編「横切る」ですが、僅かなページに驚きと後引く怖さを含む、魔術的に鮮やかな作品です)。もう一つ、掌編「太陽の血」で描かれる、月や太陽を食べてしまう吸血鬼という異様なスケールの存在にも驚かされました。
そしてもちろん、伝承や知識に着想を得た作品ばかりでなく、全く新しい闇を描くことにも作者の想像力は存分にふるわれ、アンドロイドの身体を酒瓶代わりにし、切り裂いた喉からあふれ出す美酒を味わう近未来のバーであったり(「ブルー・レディ」)、特殊な方法で人間を捕食する者がつくりだす、フルーティな地獄絵図であったり(「デザート公」)と、誰も知らない・誰も見たことのない幻妖を楽しめます。
吸血鬼にはつきものである、「不死」のもつ意味も作品によって変幻自在で、死に憧れて今わの際を演じようとする不死者はユーモラスに描かれ(「碧い夜が明けるまで」)、不死者の接吻を腕に受けた音楽家は、片腕で呪わしく美しい旋律を紡ぎ出します(「蜜蠟リサイタル」)。巻末に置かれた「時を超えるもの」は、棺の中に生き続ける男と、物置部屋でその棺を見つけた少年の、心の交流を描く短編。棺の中の男は、少年が棺を開くたびに語らいの時をもつが、やがて歳月が過ぎ、少年が成長していったとき……不死者の物語であると同時に鎮魂の物語でもあり、「現実」に抗う「フィクション」の力をも祝福する忘れがたい傑作です。
幻想的な吸血鬼短編・掌編を味わいたい方はもちろん、吸血鬼についてもっと知りたい人やこれからヴァンパイア小説を書こうという方にもぜひ一度読んでほしい、読めばもっと吸血鬼が好きになれる、吸血鬼本のニュー・スタンダードな一冊でした。
(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。
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