2017年4月22日土曜日

腹話術師を包囲する災厄……ショートショートの神様による長編『夢魔の標的』

今晩は、ミニキャッパ―周平です。もうすぐ連休ですが、皆様もこの機会に読む長編ホラーをお買い求めになったり、第3回ジャンプホラー小説大賞の原稿準備を進められていることかと思います。私は、今週もホラーを探して書店や図書館を徘徊しています。

昨日は、刊行されたばかりの『文豪ノ怪談 ジュニアセレクション 霊』に、岡本綺堂や久生十蘭の作品とともに、星新一の掌編が収録されているのを見つけて嬉しくなってしまいました。そう、星新一といえば、SF作家、ショートショート作家というイメージが強いのですが、強烈な読後感を残すホラー作品も数知れず発表しています。

ユーモラスな事件やおかしな現象から幕を開けつつも、最終的には大量殺戮や地獄絵図にたどり着く様を、スマートな文章で鮮やかに描く。そんな、初期の切れ味鋭いSFホラーに有名作品が多い一方で、『つねならぬ話』などの後期の作品集に収録された、民話調の物語などには、因果も因縁も一切分からない異様な後味の怪談も多数含まれており、個人的にはどちらも捨て難いです。

今回は、星新一の印象深いホラー作品を色々とご紹介しようかとも思ったのですが、大半がショートショートであり、タイトルを挙げてホラー作品だと明言したとたんに致命的なネタバレになってしまうものも多いです。そこで、星新一の数少ない長編作品より、『夢魔の標的』をご紹介させて頂きます。



「私」は、クルコと名付けた人形をパートナーに、テレビ番組などで活躍している腹話術師。順調に人気を獲得しつつあったある日、何の前触れもなく、クルコは「私」の口を借りて、勝手に喋り出し始めた。人間を見下すような発言を繰り返し、「私」の生活を揺るがし始めたその正体は何者なのか? そして、何を引き起こそうとしているのか……?

前半から中盤にかけては、占いの奇妙な結果、不思議な装置の登場する夢、意思に反して喋る腹話術人形、といった、互いにどんな繋がりがあるか分からない不穏な材料が、主人公の日常の中に少しずつ混ざってきて、議論や思索を繰り返すうちに徐々に不安が募っていく――といった内容で、発表から五十三年も経った作品だけあって、現代のホラーに比べると、比較的大人しめであるようにも感じます。

しかし物語が三分の二を過ぎ、主人公の置かれた状況と、彼を脅かす者の存在が明らかになってからの展開は、非常にサスペンスフルです。「世界中の人間が自分を妨害している」という誇大妄想を具現化したようなシチュエーションで、試行錯誤を繰り返し何とか突破口を開こうとする主人公を嘲笑うかのような事態が、次々と降りかかります。自分以外の全ての人間、どころか、自分自身をさえ迂闊に信じることはできないのです。読者は主人公の一喜一憂に心を揺さぶられるでしょうし、次第に道を塞がれる絶望に痺れるでしょう。焦燥感に満ちた心理描写や、激情を発露する主人公など、星新一作品では珍しいとも言える部分に読みどころのある、意外な長編SFホラーなのです。

本作は、星新一のキャリアの中でも初期に位置するもので、こういった方向性に突き進んでいけば、全く異なるタイプの作品群を書いていたかもしれない、そんな妄想さえしてしまう一冊でした。