今晩は、ミニキャッパー周平です。この前、所用でたまたま訪れた町でかなり品ぞろえのよい古書店を見つけました。その店で、家の本棚で行方不明になっている昔の本、今では手に入らない本を多く見つけることができたので、今回はその中から一冊を。十九年前の本かつ冬を舞台にした本なので、タイミング的には唐突かもしれませんが、また家の中で見つからなくなったらいけないので。
というわけで、本日の一冊は、『異形コレクション 綺賓館Ⅱ 雪女のキス』。
本書は、このブログで何度かご紹介している『異形コレクション』の番外編シリーズの一冊。既発表の名作群(スタンダード)と本書のための書下ろし(オリジナル)作品が11作品ずつ、計22本収録されています。そしてテーマは雪女。日本ではオーソドックスな怪異とはいえ、これだけ多くの雪女作品を集めたアンソロジーは空前にして絶後なのではないでしょうか。
まずスタンダードの収録作から。
小泉八雲「雪おんな」は一九〇四年発表の作品で、木こりが吹雪を避けるために立ち寄った小屋で雪女に遭遇し、生還するものの……という、日本人に流布している雪女のイメージの源流。
坪谷京子「空知川の雪おんな」は明治期が舞台の童話。雪女に遭遇するのは、山形から北海道へ開拓に来た男。男は山形に残してきた許嫁のことを気にかけていたが……。
岡本綺堂「妖婆」は、江戸時代、雪の降る路上に座り込んでいる謎の老婆に遭遇した、武士たちに降りかかる怪異。得体の知れなさ、怪談らしさでは本書中随一。
山田風太郎「雪女」は、雪女の絵――描いた人間が狂死したといういわくつきのもの――に纏わる事件を、画家の狂気を絡めて描く、怪奇ミステリ。
皆川博子「雪女郎」は、雪女の子と呼ばれ、周囲からいじめられて育った少年の転落と救済を描く、儚い物語。
竹田真砂子「雪女臈」は江戸期のかぶき芝居を題材にした芸道小説。女方の元祖であった伝説的な役者・右近源左衛門は、舞台を去ったあとどこに行ったのか?
高木彬光「雪おんな」は捕物帖。冬の夜、江戸の町にのっぺらぼうの雪女が現れて人々を驚かせ、さらに嫁入り前の娘が雪女にさらわれた。雪女の正体と目的は?_
吉行淳之介「都会の雪女」は酒場で男女が怪談話を語り合う形式。語られるのは、病院のトイレで、ささやかな不自然に気づいたというものだったが……。
赤川次郎「雪女」は、雨女のような特殊能力をもつ者としての雪女を描く、軽妙なホラーショートショート。
阿刀田高「雪うぶめ」。中学3年生の少年が、知人に会うため訪れた田舎で、雪に潰された山小屋の下敷きになっていた女性を暴行する。二十年後、彼は再びそこに戻って来るが。
藤川桂介「ゆきおんな」は、特撮ドラマシリーズ《怪奇大作戦》の一エピソードの脚本。父を探して雪の町に帰郷する女と、その周りで巡らされる陰謀。
ここからはオリジナル。
中井紀夫「バスタブの湯」は、付き合い始めた女の体が異常に冷たく、彼女と肌を重ねるごとに触れた部分が凍傷のようになっていく、というエロティックな作品。
森真沙子「コールドゲーム」の語り手は交際中の男とのすれ違いに悩んでいる女性。彼女は電車の中で、路上で、仕事先で、白い服を着た不吉なムードの女をたびたび目撃する。
新津きよみ「戻って来る女」は、交際していた女を疎ましく感じはじめ、捨てようとした男を見舞う、<何度捨てても女が戻ってくる>、という恐怖を描く心理サスペンス。
久美沙織「涼しいのがお好き?」。極度の暑がりでクーラーをガンガンきかせる夫と、その寒さに耐えられない妻。妻が事態を解決しようと購入したアイテムとは?
矢崎存美「冷蔵庫の中で」。引っ越した先で、前の居住者が残した冷蔵庫を開けると、中には小さな女の子がいた。冷蔵庫の中から出ようとしない謎の少女の正体が涙を誘います。
森真沙子・新津きよみ・久美沙織・矢崎存美の4編は、本書収録前にいったん『女性自身』に掲載されていることもあり、どちらかといえば女性読者をイメージした、男性の持つ暴力性や身勝手さを浮き彫りにした作品になっています。
安土萌「深い窓」は、暖かい室内にいる少年と、吹雪の屋外にいる雪女の、窓を隔てた邂逅を描く詩的で幻想的なホラーショートショート。
菊地秀行「雪女のできるまで」は、人ならざる醜い獣が、いかにして美しい雪女として語られるようになっていったかを描くブラックな作品。
菅浩江「雪音」は、小さな会社を経営し、自分にも部下にも厳しい女性が、精神的な疲れから逃れるために、雪の中で出会った女に自分の心を明け渡してしまうというストーリー。
宮部みゆき「雪ン子」はこのブログでは『チヨ子』のレビュー時に、加門七海「雪」は『涙の招待席 異形コレクション傑作選』のレビュー時に、ご紹介していますのでそちらをご参照ください。
読み通すと、雪女のイメージが無限に広がるこの一冊。ちなみに『異形コレクション綺賓館』は、『桜憑き』『人魚の血』『十月のカーニヴァル』そして『雪女のキス』の4冊あり、つまり春夏秋冬ぶんのホラーが網羅されていることになります。復刊や文庫化、あるいは同様のコンセプトの新刊もどこかで出て欲しいものです。