2018年11月24日土曜日

日常を踏み外した先に待つ恐怖。アンソロジー『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昔からアンソロジーに目がなく、ホラーアンソロジーとなれば放っておかない私ですが(一番のお勧めは以前ここでご紹介した『異形の白昼』)、今年出たホラーアンソロジーをまだ取り上げていなかったので年末に駆け込みでご紹介。

という訳で、本日の一冊は『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』。雑誌『小説新潮』に発表された作品を集めたホラー色の強いアンソロジーと
なります。



まず私の一番のお気に入りは、澤村伊智「高速怪談」。関東から関西への帰省のために、6人が乗用車に相乗り。車内での話題は怪談話に寄っていき、それぞれが自らの知る怪異を語るうち、車内にも不穏な空気が流れ始める。百物語のような怪談語りを、高速道路走行中の車内という「危険な密室状況」で行うという設定が巧みですし、短い作品内で手を変え品を変え、何度も驚きや恐怖を与える作者の手腕に脱帽です。

怖さの強い作品で言えばもう一つ、芹沢央「妄言」。若夫婦の近所に住む親切そうなおばさんが、妻に夫の浮気という“根も葉もない”噂を吹き込むようになり……という不気味な展開と鮮やかな結末で、いわくいいがたい恐怖を残す名短編です。これは以前ご紹介した連作短編集『火のない所に煙は』にも収録されています。

幻想色を前面に出した作品では、前川知大「ヤブ蚊と母の血」が出色。母が蒸発し、父と二人暮らしをしている少年が、母の遺した家庭菜園で育てた野菜で、すくすくと成長していく。父からも愛情を受けられなくなった少年の、失った母への憧憬、やるせない思いが静かに描かれ、ラストシーンは残酷なのに美しいです。

葬儀の場で、三十七年に一度だけ行われるという奇祭で起こった惨事の中身が断片的に語られる、恩田陸「あまりりす」。幼少期から人の死に纏わる虫の知らせ・前兆を感じてきたと語る男の信用できない話、海猫沢めろん「破落戸(ごろつき)の話」。置屋の女性に恋をした男が、あの店の女と恋仲になると死ぬ、と警告されるファムファタルもの、織森きょうや「とわの家の女」。新居で見つけた霊らしき存在が自分を名乗り、奇妙な対話が始まる、小林泰三「自分霊」。後ろに何かの気配を感じる不安を結晶化したイラストストーリー、さやか「うしろの、正面」。以上は全て広義のホラー作品。
双子の兄を持つ弟が、戦火の頃に自身の出生の秘密を知る、北村薫「誕生日 アニヴェルセール」のみ広義のミステリとなっています。

一編を除いて現代劇であり、普通の生活をしていた人がふとしたことで日常から外れた恐怖体験をすることになる、という内容のものが多いため、“短時間でさらりと読めて不安になる”物語の詰まった一冊です。通勤通学などの隙間時間にもどうぞ。

2018年11月17日土曜日

砂漠に眠る漆黒の遺跡――福士俊哉『黒いピラミッド』

今晩は、ミニキャッパー周平です。子供のころ特に怖かったオカルトネタで「ツタンカーメンの呪い」がありました。ツタンカーメンの墳墓の発掘に携わった人々が相次いで変死した――という内容ですが、実の所「呪いによる変死」は、当時のメディアによる捏造だったというのが、今では定説となっています。古代のロマンが「恐怖」をも生むというのは昔からのようです。エジプトネタのホラー小説といえば、以前に1903年出版のブラム・ストーカー作『七つ星の宝石』をご紹介したことがありましたが、今回は2018年に出版されたてホヤホヤの作品を。

という訳で、本日の一冊は福士俊哉『黒いピラミッド』。


聖東大学の古代エジプト研究室に所属する講師・二宮智生は、教え子の佐倉麻衣とともにエジプトに滞在していたが、二宮がある遺物を手に入れた直後、麻衣が真っ黒なピラミッドを幻視し、変死を遂げた。日本に戻った二宮は大学から解雇され、自らも奇妙な幻覚に遭遇する。やがて、被り物をしアヌビス神と化した二宮は、研究室を襲撃して教授の高城を殺害。更に飛び降り自殺を遂げた。

研究室関係者が次々と亡くなる惨事に、講師である日下美羽は調査に乗り出し、二宮が遺跡から持ち出した「アンク」と呼ばれる遺物が原因であることを突き止める。アンクに近付いた者は呪いによって、暗黒のピラミッドを目撃し、古代エジプトの神々に操られて死んでいくのだ。アンクをあるべき場所に戻し、呪いの連鎖を終わらせるため美羽はエジプトへ向かう。しかし、アンクは20世紀初頭にエジプトを訪れたイギリス人貿易商・マーロウ卿の発掘によって見つけ出されたものだった。100年も前の知られざる発掘現場を見つけ出すため、美羽は、サッカラ遺跡、エジプト考古学博物館、アレキサンドリア、ファイユームと、エジプトじゅうを駆け巡ることになる――

先週ご紹介した『祭火小夜の後悔』とともに日本ホラー小説大賞の最後の大賞受賞となったこの一冊。あらすじをご覧いただければお分かりかと思いますが、前半は目まぐるしいほどの速度で登場人物が斃れていく日本的な「呪い」系ホラー、後半はアンクのルーツをさぐるエジプト探索ものという、がらりと雰囲気の変わる作品になっています。後半、現地の人々や発掘現場などの、いきいきとした描写のディテールは、読んでいるうちにエジプトに行ってみたくなります。思わず著者略歴を確認したところ、著者は実際にエジプト調査隊に参加したり、エジプト関連のテレビ番組や展覧会などの演出にも携わったことのあるエジプトのプロとのこと。ストーリーの終盤では、アンクや黒いピラミッドのみならず、謎めいた異形の神々の正体にも焦点が当たり、単なる「呪い」にとどまらないスケール感をのぞかせます。古代エジプトのロマンと恐怖に心震わせていた子供の頃の自分に教えてあげたい一冊です。

2018年11月10日土曜日

怪物に追われる一夜のドライブ。怪異を知る少女の願いとは? ――秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞募集開始しています。〆切の20196月末まで時間はたっぷりありますので、ぜひ入念に準備をした全力の原稿を送ってください! さて、ホラー賞といえば、KADOKAWAが長年開催していた「日本ホラー小説大賞」は第25回で惜しまれつつも最終回となり、別の賞へ合流となったのですが、今回は、その最後の大賞受賞作のうち一冊をご紹介致します。

という訳で本日の一冊は、秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』。


●高校の数学教師・坂口は、机の交換に向かった旧校舎で、二年の生徒・祭火小夜と出くわし、床板をひっくり返す奇妙な怪異の存在について教えられる。
●高校一年生の浅井緑郎は、夜ごと出現し、自分ににじり寄ってくる大ムカデの怪異に悩まされ、寝不足に苦しんでいたある日、祭火小夜と知り合う。
●高校二年生の糸川葵は、六歳の頃に出会った怪異「しげとら」との十年後の再会に怯え、警戒を続ける日々を送っているうちに、祭火小夜に関わることになる。

――それぞれが怪異との遭遇によって窮地に陥ったものの、小夜の知識によって助けられた三人は、小夜からの願いを聞くことになる。それは、小夜の兄・弦一郎が怪異に命を狙われているので、その「囮」となって、一晩、車で逃げ回ってほしいというものだった。坂口の車に4人は乗車し、怪異に追われる夜のドライブが始まった。しかし、坂口の心には疑念がわだかまっていた。兄の命を守りたいという小夜の言葉には、ある決定的な矛盾があったのだ……。

という訳で、前半の1・2・3話はそれぞれ別の視点人物によって語られ、独立した短編としても楽しめる内容ですが、特に「しげとら」の章が中編として圧倒的なクオリティ。
六歳の日、買ったばかりのワンピースを公園で破いてしまい、途方に暮れていた葵の前に現れた「しげとら」は、魔法のような力で新品のワンピースを出現させ、葵に与えた。喜ぶ葵だったが、しげとらからの「取り立て」を受けた男が消滅するのを目撃してしまう。しげとらは、葵に対して「三年後と七年後に確認に来て、十年後には取り立てに来る」と予告する。そこからの葵の人生は、しげとらの再来に怯えること、そして対抗手段を準備することに費やされていく。無機質な存在でありながら、心の隙をついて出現するしげとらの恐怖と、十年後の対峙の際に訪れるミステリ的な伏線回収の妙技に、喝采を叫びたくなる内容です。

ラストの4話目も、狡猾な怪異によって徐々に逃げ道を塞がれていく一方で、小夜の願いの真実が驚きとともに明らかになるホラー&ミステリな一話。生真面目でドジっ子な小夜のキャラクターも広く読者に受けそうなので、将来的にアニメ化される可能性を今から予言しておきます。

2018年11月3日土曜日

無垢の「生き神様」が物の怪に堕ちる、情念の年代記――篠たまき『人喰観音』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。JブックスのHPでお伝えした通り、第4回ジャンプホラー小説大賞は初の金賞受賞が出ました! 現在書籍化へ向け準備中です。そして第5回ジャンプホラー小説大賞も募集開始となっています。デビューを目指すみなさん、20196月末の〆切を目指して頑張ってください!

さて、本日ご紹介する一冊は、真っ赤な表紙が書店で目に入った、篠たまき『人喰観音』。



(恐らくは)明治ごろ。薬種問屋の長男として生まれながら、病弱なため若くして家の離れに住まい、隠居同然の生活をしていた蒼一郎。川原に打ち上げられた女・スイを家へ招いたことが彼の運命を変えてしまう。商人から聞いた話によれば、スイはもともと川上の村に住んでおり、災厄を言い当て、病気や怪我を予言し、託宣を行うという「生き神様」として崇められていたが、ゆえあって人柱として川に流されたのだという。蒼一郎は、スイの託宣の力に頼って実家を盛り立て、スイと使用人・律との三人で、平穏に暮らしていた。しかし蒼一郎が年を重ね老いても、スイは昔のままの姿で年を取る気配もない。その差に蒼一郎が苦しみを覚え始めたころ、彼らを取り巻く怨憎が狂気を呼び寄せる――と、ここまでが一章「隠居屋敷」。
二章「飴色聖母」では、蒼一郎の死後、スイが泰輔という男とともに屋敷で暮らす生活が、奉公人である奈江の視点から語られますが、そのころには村の人々から「スイが人の肝を喰っている」と陰で噂されるようになっています。三章「白濁病棟」では、幼い日に暴行を受けたことで心を壊し、座敷牢に閉じ込められた女・凛子が、座敷牢で出会ったスイの力を借りて復讐を遂げようとします。そして四章「藍色御殿」では凛子の妹・琴乃が、姉が変貌した原因を追ううちに、スイと姉によるおぞましい所業を知ります。

本書の最大の見どころは、一編ごとに徐々に時代が下り、現代に近付いていくにつれてスイの存在が、「生き神様」から禍々しいものに変化していくという点です。「年を取らない」「予言や託宣を行い的中させる」などの超常的な力を持ちながらも、あくまで純粋無垢な存在であり、観音様などと呼ばれていた彼女が、周囲にいた人間の嫉妬や羨望という業を背負っていったせいでどんどん物の怪になり果て、死と不幸とメリーバッドエンドをばらまく存在になってしまう。どこか舌ったらずの口調の彼女の喋りは、物語の序盤ではただの子どもっぽさに聞こえますが、終盤ではひどく不気味なものに響きます。作品タイトルで何が起きるのかは薄々みなさんお気づきかもしれませんが、「その」描写のおぞましい美しさや、「それ」を効率的に成し遂げる手段の心理的なエグさなどなど、様々、読者の想像を上回るでしょう。
中盤以降では村の美しい自然が描写されるたびにその背後に積み重なった死が連想され、坂口安吾の「桜の森の満開の下」の強化バージョンともいえる凄絶さを感じませます。あたかもボーイミーツガールのように始まりながら、暗い情念によって紡がれていくおぞましく美しい年代記。読み終えた方はきっと、真っ赤な表紙をつい見返してしまうことでしょう。