今晩は、ミニキャッパー周平です。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞作『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』と、重版もかかった古橋秀之のSF掌編集『百万光年のちょっと先』絶賛発売中です。せっかくなので今日のブログはホラーファンとSFファンのどちらにも読んで頂ける記事にしようと思い、本棚をえいやっとひっくり返して探し出したのが、1995年刊行の一冊です。
というわけで、本日の一冊は、中井紀夫『死神のいる街角』。
中井紀夫は1986年に「S-Fマガジン」でデビューしたSF作家で、奇想に満ちた傑作短編集『山の上の交響楽』や想像力の暴走する異世界ファンタジー『タルカス伝』などが代表作。本書では「モダンホラー傑作集!」の帯が巻かれており、SFではなく、≪奇妙な味≫ものや恐怖譚の詰まった作品集となっています。
短編・掌編10編を収録していますが、個人的に好きな作品ベスト3は「うそのバス」「鮫」「挽肉の味」です。
「うそのバス」では、取引先へ謝罪に向かいつつも、逃げ出したいという気持ちもある男の眼前に、一台のバスが現れます。そのバスは、行先表示板に地名でなく≪うそのバス≫という文字が書かれており、運転手に行先を聞いても要領を得ず、どこに連れていかれるのかも分かりません。勢いで乗車してしまった男を待ち構えるのは……ユーモラスな空気の中に滑り込んでくる緊張感が素敵です。
「鮫」は特殊なゴミ清掃の仕事に就いた男を主人公に、街の中で見つかる人体のパーツ――まるで地上で人食い鮫に襲われたようにしか見えない死体を、淡々と処理する日常を描いています。対処しようのない理不尽な災厄にただ怯える登場人物たちの姿に、怖さとともに、人生の不条理を体現したような悲しみを覚えます。
「挽肉の味」は、酒場で知り合った素性の知れない女と同居するうちに、女の作る料理の味に違和感を覚え始める……という設定とこの題名で、どんな話になるか想像はつくかと思うのですが、徐々に手料理の中に増えていく挽肉の、粘着質な描写が不気味で、食感のおぞましさを文章から体感することができ、体がムズムズしてきます。
その他の短編でいえば、冒頭に収められた「葬式」と巻末に置かれた「獣がいる」は、それぞれミステリとファンタジーの手法で、子供が内に秘めている凶暴性を解き放ち、ざらっとした嫌な余韻を残す作品になっています。本書が編まれた九十年代の世相をつい連想させられます。
「怪我」は、妻がなぜか大怪我を負いながら妊娠したことを伝えてくる、という不吉な冒頭から始まるストーリーで、決定的な破綻が起きた瞬間のえぐい描写が、現実に起こりえないのに見てきたかのようなリアルさで強烈です。
掌編の切れ味も鋭く、公開処刑がスポーツやライブのような人気イベントになっている世界の一コマを描いた「車刑」、妻と自分のドッペルゲンガーが浮気していることを知った男の選択「寝ぐせの男」、街のあらゆる場所に仕掛けられた監視カメラの映像が流れていく実験的な「やめられない楽しみ」、長い間会っていない友人と再会した男に降りかかった事態「元気でやってるかな」など、幻想の濃さも自在に、恐怖とブラックユーモアをブレンドした感じの作品が揃っています。
『山の上の交響楽』(未読の方はぜひご一読を!)で日本のSF史に名を残した著者が、ホラーにも冴えを発揮した本書。作品発表が途絶えて長いですが、改めて復活を願ってやみません。