今晩は、ミニキャッパー周平です。古橋秀之のSFショートショート集『百万光年のちょっと先』、レビューや感想をネットに上げて下さっている方、ありがとうございます。短いお話をたくさん収録した本は、読んだ後に「どの話が好きだったか」を人と語り合うことができるのが楽しいですね。本日ご紹介する一冊も、掌編ほどの短い物語がたっぷり収録されています。
というわけで今回の一冊は、coco・日高トモキチ・玉川数『里山奇談』。
生物観察のために山に入る人、ヒッチハイクの旅人、ハイキングに出かけた夫婦、山郷の住人など、様々な人々が(主に)山で遭遇した怪異を中心に語る、ショートストーリー40編を収録した、実話風怪談集。浜辺や離島を舞台にした作品も含まれていますが、ほとんどが「山もの」というのが特徴です。
まず目に留まるのは、山は生き物に溢れた場所であるという点で、本書自体が生き物観察の愛好家たちによって集められた内容という体裁であるため、怪異の体験者・登場人物にも、昆虫の観察や撮影を趣味とする人が多く、その時点で何やらディープな世界が広がっています(「甲虫専門の人」「蛾が専門の人」「カミキリムシが専門の人」などがおり、それぞれ「甲虫屋」「蛾屋」「天牛屋」と称されるのだとか)。そして、亡くなった妻が蛾になって帰ってきたと語る男の話「白蛾」、蛍を用いた弔いの風習について語られる「ほたるかい」、老人を襲った惨劇を描く非常にグロテスクな作品「巣」などを読むと、都会人が普段ノスタルジーと幻想の中に押し込めている「虫」への異界感、生理的な断絶が、非常に生々しい感触をもって蘇ってきます。
山里の怪異にまつわる信仰や伝承について、詳細な解説がなされ、知的好奇心をくすぐる読み物的な作品もあります。「アイとハシとサカ」は『アイ』『ハシ』『サカ』を含む地名が示す危うい特異性を、「神木と御鈴」では、神木に軽々しく触れることの禁忌の訳を、「山笑う」では、山中で起こる不思議な現象に起こる対処法を、それぞれ知ることができます。これらの真実味をもった説明のうち、どこまでが事実でどこまでが創作ととらえるかは読者に委ねられています。この方向性での一押し作品は「エド」で、いわゆる心霊スポットの説明を足掛かりに、『悪しきモノ』の存在によって穢れた場所と周辺住民たちの関係について解説がされるのですが、最後の一行が、心霊スポットどころではない名状しがたい余韻を残します。
その他にも、バリエーション豊かな怪談・奇談が収録されており、山の集落で行われていた盟神探湯めいた裁判方法に隠された秘密を描く「カンヌケサマ」は意外な展開への驚き。鹿を轢き殺した猟師のゾンビ的体験を描く「いけるしかばねのしかのし」はユーモラスな印象。交通量のほとんどない島になぜか唯一立っている信号機の由来が明かされる「信号機」はハートフル。幼少期に目撃した華やかな『狐の嫁入り』の記憶が、大人になった後に全く様相を変える「山野辺行道」はノスタルジックで抒情的。弟とともに廃病院の探索に訪れた少年の体験「廃病院にて」は、怪異が現れた瞬間にビビること必至、がっつり怖い。……などなど、書き手が三人いることもあってか様々な味わいが楽しめる一冊。
好奇心旺盛な読者であれば、読み終わって山の怪しい魅力に憑りつかれるでしょうし、ビビりな読者はしばらく山に近寄りたくなくなること必至の本と言えます。ちなみに私は後者です。