2018年2月10日土曜日

神隠しの森に潜む怪異と悪意――三津田信三『魔邸』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラーとは全然関係ないですが、小説:古橋秀之、画:矢吹健太朗のSFショートショート集『百万光年のちょっと先』が刊行されました。ぜひご一読下さい! さて、『百万光年のちょっと先』では帯に銀色の特殊紙を使用していますが、カバーに銀色の特殊紙を使用したホラー本を見つけました。

というわけで、本日の一冊は、三津田信三『魔邸』です。



小学校六年生の世渡優真は、幼いころに実父を亡くし、母の再婚後は義父との関係に悩んでいる。夏休み、義父の海外赴任に母が付き添うことになったため、優真は義理の叔父・知敬の所有する別荘に身を寄せることになった。優しい義父とともに暮らせることを喜んでいた優真だったが、別荘地付近で、かつて「神隠し」事件がたびたび起こったことを知らされ、恐怖に怯えることになる。

優真はそれ以前にも、「ここではない、別の世界」に迷い込んでしまい、そこで得体の知れない怪物に追いかけられる、という経験を2度したことがあり、超常的な「異界」の実在を知っていたのだ。別荘での不安な生活が始まったが、深夜、目を覚ましてしまった優真は、そこに存在するはずのない「何者か」を目撃してしまう――。

これまでにも二度(『のぞきめ』『わざと忌み家を建てて棲む』)著作をご紹介しましたが、三津田信三といえばミステリーとホラーの融合に並外れた実力を発揮する作家であり、今回もそういった楽しみのある作品です。ホラーかと思っていた物語がミステリに化ける。しかし油断しているとまたホラーへと化ける。そんな狐狸妖怪めいた物語が本作品なのです。

まずホラーとしての魅力。屋敷と呼べるくらい巨大な別荘で、深夜に響くこちらを探すような足音、ドアの隙間から覗いてくる真っ黒い顔など、幽霊屋敷ものとしての怖さも十分ですが、それにも増して怖いのは別荘に隣り合う「森」です。姿を消した子供が見つかるが、いなくなった時のことは何も覚えていないし、それどころか別人にすり変わっているような違和感がある。あるいは、姿を消した子供がそのまま見つからずに終わる。そんな事件がたびたび起こっている「蛇蛇森」の存在は、作中でも際立って禍々しいムードを放っており、その亜空間めいた「蛇蛇森」に優真は導かれて行ってしまいます。


一方で、超常現象の数々に紛れ込むように配され、優真が味わわされていた幾つかの恐怖体験には、ミステリ的な「真相」が隠されています。その中身、物語の裏で進行していた事態が明らかになり、見えていた世界がホラーからミステリのそれに急変する時の驚きは作中でも格別です。伏線が周到に張られていたにもかかわらず、真実にたどり着けなかった読者が味わう「騙される快楽」は格段のものでしょう。そして、謎が解かれた結果として優真は最大の窮地を迎えてしまいます。ホラー的な悪意とミステリ的な悪意の重奏によって、最後の一行まで気を緩めることのできない物語。最後はどちらで終わるのか、確かめてみてください。

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