2017年6月10日土曜日

四世紀に渡って「魔女」に呪われた町の地獄――世界的ヒット作、トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』発売(6/19)まであと9日。第3回の締め切り(6/30)まであと20日。どちらもお見逃しなく!!

6/19発売の2冊は現時点で反響も大きく、改めてホラーというジャンルの強さを感じる今日この頃ですが、「リング」や「呪怨」の海外でのヒットに代表されるように、「怖い話」の力は国境を超え、世界規模にまで広がっていきます。

今回ご紹介する本も、そんなパワーをもった一冊。2013年にオランダでベストセラーになったのち、米英にも翻訳され、スティーブン・キングも絶賛。現在14か国で翻訳権が取得されていて、ワーナーブラザーズがTVドラマ化権を獲得したという、いま世界的にホットなホラー小説。トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』です。



ブラックスプリングの町は、4世紀に渡って、たった一人の女に呪われ続けている――。17世紀にこの地で「魔女」として処刑されたキャサリンは、死後も肉体を持った幽霊としてブラックスプリングの町に留まり続けた。彼女は町の中であれば屋内屋外を問わず出現し、時には民家の居間や寝室にまで前触れなく現れ、不用意に近づく者に速やかで残酷な死の呪いを与える。

彼女に怯えながら生活する人々も、町を捨てて逃げ去ることはできない。一度ブラックスプリングに住み始めた者は、そこから逃げ出せばやはり死の呪いが降りかかるため、永遠に町の住人であることを余儀なくされる。にもかかわらず住人たちは、更なる致命的な災いを恐れて、町ぐるみで「魔女」の存在を隠蔽し続けてきた。アプリを用いた現代的な監視網でキャサリンの出現場所を共有し、迅速によそものたちの目から隠蔽する組織も結成されている。

町の住人のひとりスティーヴは、愛する家族とともに、魔女の出現に目をつむりながら歪んだ平穏を生きていた。彼は、自身の息子・タイラーが友人たちと組んで、町の秘密を世界に公開しようと計画していることに気づいていなかった……。

500ページ超に渡る長編ですが、あたかも海外の連続ドラマをぶっ通しで視聴するかのように読みふけってしまいました。もう情けも容赦なく、悲劇的で、悪夢的で、何より「怖い」作品です。魔女認定と拷問の果て、自分の子供のうち一人を生きながらえさせるために、もう一人の我が子を殺させられた、というキャサリンの悲劇が早い段階で提示されるので、「これはきっと心理的にかなりきついホラーになるだろうな」と覚悟を決めて読みましたが、覚悟していた以上の壮絶な展開が待っていました。

まず前提として、村全体が「魔女の呪い」という秘密を共有していて、住人全てが共犯者という異常な緊張感が物語を包んでいるのですが、それ以外にも、登場人物の大半が大なり小なり「他人に知られてはならない危険な秘密」を背負ってしまい、緊張の糸が四方八方に張り巡らされていきます。そんな精神的飽和状態の中で、人々の不安と猜疑心が募っていき、やがてダムが決壊するかのように、想定された「最悪のシナリオ」を超える悪夢が現実に顕現するのです。一度臨界点を超えて暴発してからの惨劇の連鎖、スティーヴたち一家や町全体を襲う事態は、映像的にも精神的にも筆舌に尽くしがたいものです。

350年に渡る「呪い」との戦いで町が積み上げてきた知恵と、Youtubeやiphoneや監視用のアプリなど現代的なテクノロジーの加護によって、辛うじて魔女の脅威を把握し得ていたブラックスプリング。その(偽の)平穏にページ数を費やしているからこそ、物語の後半が読者に与えるダメージは大きいでしょう。町が、相次ぐ凶兆と不信によって全ての防御を解除され、魔女狩り時代のような、あるいはそれ以上の狂騒に呑み込まれていく様は、慣れ親しんだ町が大規模災害に襲われる様を見せつけられるような惨たらしさ、悲しさがあります。

よく、ホラー小説にまつわる議論として、「超常的な力」の方が怖いのか、「人間の心の闇」の方が怖いのかという議論がありますが、この小説では、どちらも揃って怖いです。目と口を縫い合わされた「魔女」の振るうこの世ならぬ力、それに怯えるあまり理性を手放す人々の行為、いずれもが恐怖と悲劇の源泉となり、アクセルとアクセルでブレーキのない車のようなノンストップホラー。これを一気読みしてしまった今日、物凄い悪夢を見てしまいそうで心配です。