2016年5月14日土曜日

肌にまとわりつく、誰かの視線――三津田信三『のぞきめ』


 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長としてホラー小説を読み続けていますが、「深夜に長編ホラーを一気読みした結果、ものすごく怖い夢を見る」というのが頻繁になってきた、きょうこの頃。皆さんもホラーを読む時間とシチュエーションにお気をつけください。

 さて、『残穢』に続き、公開中の映画の原作に便乗しようシリーズ第2弾。今回ご紹介するのは、三津田信三『のぞきめ』。時代を超えたエピソード群を、「誰かに見られている」という、ささやかながら身の毛もよだつ恐怖が貫いている作品です。


 この物語は「序章」「第1部 覗き屋敷の怪」「第2部 終い屋敷の凶」「終章」の4パートに分かれています。まず「序章」では、作者・三津田信三が、偶然、(同じ土地の)時代を隔てた2つの怪事(それぞれ「第1部」「第2部」の中身)について知った経緯が記されます。「第1部」は、鄙びたリゾート地にバイトで訪れた大学生たちが、山の中で何者かに憑かれ、その地に巣食う怪異を垣間見て、相手の正体も分からぬまま必死で逃れようとする、という内容。

 「序章」では(作者を含む)実在の人物や固有名詞をちりばめつつ、読者をスムーズにフィクションの世界へ引き込んでいく手つきが見事ですし、「第1部」ではネット怪談めいた現代性と、得体の知れないタブーに触れてしまう恐ろしさがあり魅力的です。

 しかし、時代を遡った「第2部」の面白さは、さらにその上を行きます。「第2部」で示されるのは、民族学の研究者・四十澤想一(あいざわそういち)が自身の体験を書きつづった大学ノートの中身。昭和の初め、友人の死をきっかけに、友人の郷里である村を訪れた四十澤は、因習と怨念にとらわれた村の悪夢的な姿を、目のあたりにします。

 遥か昔に犯した「罪」によって、子々孫々にまで累が及んだ一族・鞘落家(さやおとしけ)と、彼ら一族を排斥し忌み嫌う村の人々。そんな張り詰めた人間関係のもと、異様な緊張感の中で不気味な葬儀が執り行われるのですが、鞘落家を立て続けに怪事が襲います。そして四十澤自身も、「のぞきめ」と呼ばれる「どこかからこちらを覗いてくる」存在に追い詰められていき、読者はこの章のほとんど、息をつく間もなく、恐怖・戦慄・悪寒に襲われ続けることになります。

 「覗いてくる」と書くだけだと怖さが伝わりづらいかも知れませんが、ふと目線を動かした先、気配を感じた先、振り向いた先、障子や戸棚の隙間などから、じぃっ……とこちらを見つめる「何者か」と目が合ってしまう、というシチュエーションは、作者の描写力の高さもあいまって、読者の不安感をかきたてること必至です。
 また、このパートの主人公である四十澤は民俗学の研究者であり、村で行われる不可解なまじないや祭礼の儀式についても、民俗学的知識に基づいて検証をしていくので、非常にリアリティがあるうえ、学問的謎解きを読んでいるような楽しさもあります。土俗的なホラーを書こうとしている作家志望者には、ぜひ一読してもらいたいです。

 そして「終章」で再び作者の語りに戻る――という構成なのですが、読者の度肝を抜くのは、わずか15ページ足らずの、この「終章」なのです。「ホラー」と「ミステリー」の高度な融合を理想とする作者の仕掛けが、ここで炸裂します。村で起こっていた怪現象の正体を、三津田信三自身が推理する、というパートなのですが、提示される仮説によって、物語の中で読者の感じていたひっかかりや違和感が、怒涛のごとく回収され、村の真実=これまで見えていたのとは別の光景が、読者の前に立ち現れます。計算し尽くされた伏線によって、『のぞきめ』という作品は、ホラーとして一級の怖さを保ちながら、ミステリとしての驚きももった物語になっているのです。

 このように、ホラー読者もミステリ読者も楽しめる小説ですが、「誰かに見られている」という状況に人一倍恐怖を感じる人は、取り扱い注意な一冊です。読んでいる最中に、ふと不安になって本から顔を上げると――「何か」と目が合ってしまうかもしれませんから。

(書影はAmazonより引用しました)。