今晩は。金曜26時の男こと、ジャンプホラー小説大賞宣伝隊長・ミニキャッパー周平です。
グルメ漫画が花盛りですね。各種ランキングで1位を取った『ダンジョン飯』はすっかりメジャーになりました。私は『〆切ごはん』とか『新米姉妹のふたりごはん』とか『ラーメン大好き小泉さん』とか、女の子がまっとうに美味しいご飯を食べている漫画が特に好きです。
今宵、ご提供したい一皿、もとい一冊は、グルメものなのですが――もちろんホラーですから、到底まっとうなメニューではありません。
という訳で、『吸血鬼ハンターD』シリーズなどでお馴染みの超人気作家・菊地秀行の、裏代表作とも呼ばれる作品『妖神グルメ』です。
高校生でありながら、イカモノ(ゲテモノ)料理の天才的シェフである内原富手夫の前に、ある日、「我々の主のために、料理を作ってほしい」という奇妙な来客が訪れる。来客が報酬として示した大量の金貨や宝石を前にしても、首を縦に振らなかった富手夫だったが、古代の料理の秘術が隠されているという『ネクロノミコン』なる書物のことを聞き、誘いを受けることにする――という幕開け。
そう、本作品は、ラヴクラフトの生み出した暗黒神話大系「クトゥルー神話」と料理人テーマを悪魔合体させた、世界でも例のないホラーなのです。
富手夫の作り出す極上の一皿には、絶大な力が宿っており、ひとたび口にすれば、飢え衰えた邪神クトゥルーは力を取り戻し、再び世界を闇に陥れる。ゆえに、邪神を復活させようとするクトゥルーの信奉者と、世界の破滅を阻止すべく動き出す各国の諜報機関・軍隊や、ヨグ=ソトース神を信仰する第三勢力が、富手夫の身柄を巡って血まみれの一大戦争を繰り広げることになる。クトゥルー神話ではお馴染みの怪物たちが、次々現れて人類を殺戮する様は圧巻で、おぞましく悪夢的ですが、しかし肝心なのは、この作品が「グルメもの」だということです。
普段はぼんやりしているのに、料理のこととなると傍若無人・傲岸不遜となる、富手夫の作り出す料理が並尋常ではありません。カビ、蝿、サソリ、ガラガラ蛇、機械油、洗剤、その他おおよそ目を背けたくなるような「食材」を駆使して作り出される料理によって、邪教集団との料理対決に勝ったり、暗黒神を撃退したりする。料理対決して勝つとかいうと少年漫画の主人公っぽいですが、しかし、富手夫自身は人類の味方でも何でもなく、自分のイカモノ料理道の追求のためには人類が滅んでも一向に構わない、というヤバい奴。相手を罵倒、見下し、高笑いしながら料理をする絵面は完全に悪役。読者は、クトゥルーの怪物の襲撃ばかりでなく、「次に富手夫が何をしでかすのか」「もうすぐ富手夫がダークサイドに落ちるのではないか」「というか最初からダークサイドなのでは」などにも戦々恐々としながらストーリーを追うことになるでしょう。
昨今では、クトゥルージャンルの小説や漫画が世に溢れていますが、32年も前に書かれたこの作品は、今なお、屈指の奇想天外な傑作として君臨し続けています。それは、「クトゥルー+グルメ」というアイデアのみならず、読者に絶大なインパクトを残す富手夫というキャラにも、強い魅力があるからなのです。
(※『妖神グルメ』の書影は、Amazonより引用しました。)