2016年2月13日土曜日

高貴な吸血鬼を生んだ、ルーマニアホラーの世界へ

【先週のあらすじ】セラフ小説版の打ち上げで向かったルーマニア料理店がおいしい店だったので、次はルーマニアホラーを紹介すると大胆にも予告したミニキャッパー。果たして、日本でルーマニアホラーは見つかるのか!?
 

こんばんは、丑三つ時のミニキャッパー周平です。「ルーマニア ホラー」で検索すると、とりあえずドラキュラ伯爵の話ばかりが引っかかるという状態で、「どう探せばよいのかすら分からん」と、この企画始まって以来のピンチでしたが、なんとか見つけ出しました。
というわけで、予告通り、本日はルーマニアホラーです。



まずは『東欧怪談集』より、ジブ・I・ミハエスク「夢」。ルーマニアは第一次大戦に連合国側で参戦。戦勝により領地を広げますが、一方でソビエトの拡大により国内に火種を抱えました。

第一次大戦に従軍した男・カロンフィロフが戦地から故郷に戻ると、ソビエトによる接収や粛清が吹き荒れた後だった。裕福だった義父や義兄弟は密告により処刑されており、最愛の妻も姿を消していた。妻も処刑されたものと信じて、妻の死を受け入れて暮らしていたカロンフィロフだったが、ある日、酒場で、妻と同じ名前の踊り子についての噂を聞く……。

巧みな筆致で描かれる、「妻が生きているのではないか」という主人公の焦りや疑念、期待、心のぐらつきに、深く感情移入してしまうこと必至。読みながら予想した「最悪の結末」を更に越える、残酷で悲劇的な展開に愕然とし、心を引き裂かれそうになります。この土地がこうむった受難の歴史を、愛する者たちの別離に象徴させる悲しき傑作。「夢」というタイトルが示すものがあまりにも切ない。お勧めです。

時計の針を進め、同じく『東欧怪談集』より、ミルチャ・エリアーデ「一万二千頭の牛」。
第二次世界大戦に枢軸国側で参戦したルーマニアは、連合国から首都ブクレシュティ(ブカレスト)に大規模空爆を受けていました。

度重なる空襲で無数の犠牲者が出て、政治家は田舎へと逃げ出し、残された人々は空襲警報に怯える(恐らくは、1944年の)ブクレシュティ。
主人公の男・ゴーレは、商談のためにブクレシュティに訪れたものの、取引相手が町を脱出してしまったため、一人取り残されていた。ゴーレは夜の酒場から帰る最中、空襲警報を耳にして、必死に防空壕に逃げ込む。だが、そこで待ち構えていた人々は明らかに言動がおかしい。狭い防空壕の中で悪夢めいた時間が始まる……。

オーソドックスな怪談のバリエーションと見せて、最後の一行が更なる迷宮へと誘う作品。また、「空襲下の怪談」という点では、松谷みよ子らが収集した、太平洋戦争期の日本の怪談との類似性も感じられ、奇妙な親近感も沸いてくる一編です。

しかしながら、ルーマニアは、戦後に高度経済成長を迎えた日本とは違い、更なる受難の歴史を迎えることになります。チャウシェスク政権による長期の独裁です。



ダン・シモンズ「ドラキュラの子どもたち」(『夜更けのエントロピー』収録)は、先の二本と違ってルーマニア人作家の手によるものではありませんが、近年のルーマニアを舞台としています。

独裁者チャウシェスクが革命によって処刑された後。チャウシェスク政権下の人口増加政策によって生まれた子どもたちの多くが、親に捨てられることとなり、いわゆるストリートチルドレンが大量に生まれている。満足な教育も受けられず、社会の影で生活し、重い病気にかかっても治療を受けることができず、感染症は蔓延している。ルーマニアに訪れた復興支援の使節団は、彼らの惨状を目の当たりにすることになります。一つまみのホラー/幻想味を加えつつ、実際の悲劇を告発し、現実の闇を抉り出す重厚な作品。



というわけで、ルーマニアの近代史について、ホラー作品とともに紹介しました。
吸血鬼ドラキュラのモデルとなったヴラド公は、敵兵に対する残虐なエピソードで有名ですが、一方で、ルーマニアでは「侵略から祖国を守った、救国の英雄」として称えられることも多いそうです。それはひとえに、苦難の長かった歴史の中で、ヴラド公のカリスマ性がひときわ輝くからかも知れません。そんなことを思いながら、名作「吸血鬼ドラキュラ」を読み返すのも良いかもしれませんね。


【CM】 第2回ジャンプホラー小説大賞募集中!!WEB応募もできます)。

(※『東欧怪談集』『夜更けのエントロピー』の表紙はAmazonより引用しました。)