2019年6月7日金曜日

芥川龍之介が愛したホラー小説とは? 澤西祐典・柴田元幸編訳『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』


今晩は、ミニキャッパー周平です。「ジャンプホラー小説大賞」の宣伝企画として、古今東西の気になるホラーを気ままに紹介するこの企画「ミニキャッパー周平の百物語」ですが、編集部がnoteに力を入れていくことになり、noteへお引越しすることになりました。

すぐには機能すべてを移せませんし、旧記事の転載も含め、お引越しにはバタバタすると思いますが、「ミニキャッパー周平の百物語」、募集中の第5回ジャンプホラー小説大賞(6/30〆切)、6/19刊行の『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ ぼくたちの腐りきった青春に』、ともどもよろしくお願いいたします。

このところアンソロジーを紹介することが増えています。ホラーアンソロジーというものは“誰が”編むかによって全く別の恐怖の顔を見せますが、今回はそういう意味で非常に意外な選者の本。作品を選んだのはスーパービッグネーム・芥川龍之介。

という訳で本日の一冊は、澤西祐典・柴田元幸編訳『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』。

1924年から25年にかけて、芥川龍之介は、旧制高校の生徒たちが使用するための英語読本を編みました。小説・戯曲・エッセイなど英語の文学51編を収めた(英語の原文のままであり、日本語訳はついていません)その読本は全8巻で、芥川による英語文学アンソロジーとも言えるものです。その中から、気鋭作家の澤西祐典とベテラン翻訳家の柴田元幸が更に20作品を精選して生まれたのが本書、とのことです。訳者は当代随一の名翻訳家たち。芥川が幽霊譚を好んだこと、今回の編集の時点でその傾向の作品が多く選ばれたこともあって、『怪異・幻想譚』になっているのですが、20作品の中で怪異色が色濃く出ている作品をご紹介しましょう。

最も目を引くのは、アンブローズ・ビアス「月明かりの道」。一読すると、芥川龍之介の「藪の中」がこの作品に絶大な影響を受けていることに気づくからです。
家に侵入した何者かによって母が殺害され、殺人者の影に怯えて生きていた主人公。ある日、父までもが何かに憑かれたように姿を消した。という物語が、複数の証言によって全く別の様相を呈し始めて真実が揺らいでいく。最後は口寄せによって死者の語りが提示されることまで「藪の中」と同じ。とはいえ、読み比べてみると、ビアスのほうがより超自然的で得体の知れないものを描いている点と、芥川とビアスの興味の差異について思い至ります。

マックス・ビアボーム「A・V・レイダー」は、手相占いの能力を持つと称する男の物語。
自分がいずれ命の危機に見舞われることを手相から知っていたために、他人の手相を見ることを拒んでいた男が、手相を見るよう強要されたのだが……2000年代にインターネットで流布された「意味が分かると怖い」ショートストーリーのシチュエーションを先取りしていることに驚きです。その上で、作品全体を覆う英国的な皮肉・ユーモアによって、件のショートストーリーとは全然違う味わいのものになっています。

ハリソン・ローズ「特別人員」は、南北戦争時代にジョージ・ワシントンが伝説を残した地が舞台。第一次世界大戦のために、孫が徴兵されることになった女性のところに訪れた者の正体は……。途中から《星条旗よ永遠なれ》が聞こえてきそうなパワーに溢れる物語。
フランシス・ギルクリスト・ウッド「白大隊」は、第一次世界大戦の戦場で、戦死した兵士たちの妻たちが部隊を結成し、ドイツ軍に襲撃をかけた際に起きた、とある奇跡について描きます。「特別人員」「白大隊」ともに、戦争を扱ったホラーですが、日本の戦争テーマホラーではまずお目にかかれないタイプの作品です。

M.R.ジェイムズ「秦皮(とねりこ)の木」は、魔女狩りで殺された女性と、彼女を魔女だと証言した男の因縁が、後の世代にも暗い影を落とす、というもの。邪悪な意思の介在をほのめかす、本書では最もストレートなホラーと言えます。

ヴィンセント・オサリヴァン「隔たり」は死んだ夫の影を追う女性が、占い師の託宣を受けたのちに体験する心霊現象。最小限の短さに纏められつつ、ラストの一文が印象的な作品です。

アルジャーノン・ブラックウッド「スランバブル嬢と閉所恐怖症」は、やや神経質な女性が鉄道の客室内で一人でいる時にパニックの発作に襲われる話。とにかく平静を取り戻そうとせわしなく動き回ってかえって混乱を深めていく様が怖ろしくリアルです。

最も印象に残った作品はブランダー・マシューズ「張りあう幽霊」。スコットランド生まれの父親と、アメリカ生まれの母親をもつ青年、エレファント・ダンカン。彼が母親から受け継いだセーレムの家は、昔から幽霊が棲みついている幽霊屋敷だった。
直接的な害を及ぼさない幽霊だったので、エレファントは放置していたのだが、父親側の親族がたまたま事故で亡くなった時に、状況は一変する。彼はダンカン家の男爵位を継ぐことになったのだが、実は、同家の男爵位を継いだ者にだけ取りつく霊が存在したのだ。
かくて、セーレムの屋敷内で、屋敷に取りついたアメリカ生まれの幽霊と、一族に取りついたスコットランド生まれの幽霊が、火花を散らすことになる――タイトル通り「張り合う幽霊」という訳です。この辺りで既に、現代でもあまり見ない発想ですが、結末もまさかと思う意外なもの。こんな小説が1883年に書かれていた事実、そして、この愉快な作品を芥川龍之介が選んで英語教本に入れたという事実を思うと、わけもなく嬉しくなってきます。

ホラー以外、幻想寄りの作品では、巨人と子供たちの交流を描く、オスカー・ワイルドの童話「身勝手な巨人」、絞首刑になった罪人のため、かつての仲間が奔走する、ダンセイニ卿のファンタジー「追い剝ぎ」辺りがお気に入りです。

巻末には付録として、芥川龍之介自身による翻訳2編(イェーツとルイス・キャロル)の他、芥川の短編「馬の脚」も収められています。「馬の脚」は冥界の官吏が手違いを起こしたせいで、両足を馬のものに変えられて蘇生した男の悲喜劇。

という訳で、芥川龍之介の小説を読んできた方にとっても、意外だったり驚いたりすることの多いであろう一冊。芥川にハマったことのある人はぜひ。