2019年5月25日土曜日

白銀の夜に訪れる、美しい怪異。『異形コレクション 綺賓館Ⅱ 雪女のキス』


今晩は、ミニキャッパー周平です。この前、所用でたまたま訪れた町でかなり品ぞろえのよい古書店を見つけました。その店で、家の本棚で行方不明になっている昔の本、今では手に入らない本を多く見つけることができたので、今回はその中から一冊を。十九年前の本かつ冬を舞台にした本なので、タイミング的には唐突かもしれませんが、また家の中で見つからなくなったらいけないので。

というわけで、本日の一冊は、『異形コレクション 綺賓館Ⅱ 雪女のキス』。


本書は、このブログで何度かご紹介している『異形コレクション』の番外編シリーズの一冊。既発表の名作群(スタンダード)と本書のための書下ろし(オリジナル)作品が11作品ずつ、計22本収録されています。そしてテーマは雪女。日本ではオーソドックスな怪異とはいえ、これだけ多くの雪女作品を集めたアンソロジーは空前にして絶後なのではないでしょうか。

まずスタンダードの収録作から。
小泉八雲「雪おんな」は一九〇四年発表の作品で、木こりが吹雪を避けるために立ち寄った小屋で雪女に遭遇し、生還するものの……という、日本人に流布している雪女のイメージの源流。
坪谷京子「空知川の雪おんな」は明治期が舞台の童話。雪女に遭遇するのは、山形から北海道へ開拓に来た男。男は山形に残してきた許嫁のことを気にかけていたが……。
岡本綺堂「妖婆」は、江戸時代、雪の降る路上に座り込んでいる謎の老婆に遭遇した、武士たちに降りかかる怪異。得体の知れなさ、怪談らしさでは本書中随一。
山田風太郎「雪女」は、雪女の絵――描いた人間が狂死したといういわくつきのもの――に纏わる事件を、画家の狂気を絡めて描く、怪奇ミステリ。
皆川博子「雪女郎」は、雪女の子と呼ばれ、周囲からいじめられて育った少年の転落と救済を描く、儚い物語。
竹田真砂子「雪女臈」は江戸期のかぶき芝居を題材にした芸道小説。女方の元祖であった伝説的な役者・右近源左衛門は、舞台を去ったあとどこに行ったのか?
高木彬光「雪おんな」は捕物帖。冬の夜、江戸の町にのっぺらぼうの雪女が現れて人々を驚かせ、さらに嫁入り前の娘が雪女にさらわれた。雪女の正体と目的は?_
吉行淳之介「都会の雪女」は酒場で男女が怪談話を語り合う形式。語られるのは、病院のトイレで、ささやかな不自然に気づいたというものだったが……。
赤川次郎「雪女」は、雨女のような特殊能力をもつ者としての雪女を描く、軽妙なホラーショートショート。
阿刀田高「雪うぶめ」。中学3年生の少年が、知人に会うため訪れた田舎で、雪に潰された山小屋の下敷きになっていた女性を暴行する。二十年後、彼は再びそこに戻って来るが。
藤川桂介「ゆきおんな」は、特撮ドラマシリーズ《怪奇大作戦》の一エピソードの脚本。父を探して雪の町に帰郷する女と、その周りで巡らされる陰謀。

ここからはオリジナル。
中井紀夫「バスタブの湯」は、付き合い始めた女の体が異常に冷たく、彼女と肌を重ねるごとに触れた部分が凍傷のようになっていく、というエロティックな作品。
森真沙子「コールドゲーム」の語り手は交際中の男とのすれ違いに悩んでいる女性。彼女は電車の中で、路上で、仕事先で、白い服を着た不吉なムードの女をたびたび目撃する。
新津きよみ「戻って来る女」は、交際していた女を疎ましく感じはじめ、捨てようとした男を見舞う、<何度捨てても女が戻ってくる>、という恐怖を描く心理サスペンス。
久美沙織「涼しいのがお好き?」。極度の暑がりでクーラーをガンガンきかせる夫と、その寒さに耐えられない妻。妻が事態を解決しようと購入したアイテムとは?
矢崎存美「冷蔵庫の中で」。引っ越した先で、前の居住者が残した冷蔵庫を開けると、中には小さな女の子がいた。冷蔵庫の中から出ようとしない謎の少女の正体が涙を誘います。

森真沙子・新津きよみ・久美沙織・矢崎存美の4編は、本書収録前にいったん『女性自身』に掲載されていることもあり、どちらかといえば女性読者をイメージした、男性の持つ暴力性や身勝手さを浮き彫りにした作品になっています。

安土萌「深い窓」は、暖かい室内にいる少年と、吹雪の屋外にいる雪女の、窓を隔てた邂逅を描く詩的で幻想的なホラーショートショート。
菊地秀行「雪女のできるまで」は、人ならざる醜い獣が、いかにして美しい雪女として語られるようになっていったかを描くブラックな作品。
菅浩江「雪音」は、小さな会社を経営し、自分にも部下にも厳しい女性が、精神的な疲れから逃れるために、雪の中で出会った女に自分の心を明け渡してしまうというストーリー。
宮部みゆき「雪ン子」はこのブログでは『チヨ子』のレビュー時に、加門七海「雪」は『涙の招待席 異形コレクション傑作選』のレビュー時に、ご紹介していますのでそちらをご参照ください。

読み通すと、雪女のイメージが無限に広がるこの一冊。ちなみに『異形コレクション綺賓館』は、『桜憑き』『人魚の血』『十月のカーニヴァル』そして『雪女のキス』の4冊あり、つまり春夏秋冬ぶんのホラーが網羅されていることになります。復刊や文庫化、あるいは同様のコンセプトの新刊もどこかで出て欲しいものです。


2019年5月18日土曜日

令和のスクリーンに「彼女」が復活! 鈴木光司原作・杉原憲明脚本・牧野修著『貞子』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞の〆切(6/30)が迫りつつありますが、第4回ジャンプホラー小説大賞金賞受賞のゾンビ青春小説、『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ ぼくたちの腐りきった青春に』は6/19発売。更に、直木賞作家・東山彰良の最新作『DEVIL'S DOOR』も同日発売。両作品の書影は来週には公開されますのでJブックスのHPやtwitterを要チェック!

さて、来週5/24(金)には、とあるホラー映画が公開されます。本日は公開に先駆けて刊行されたノベライズを取り上げます。

というわけで本日の一冊は、鈴木光司原作・杉原憲明脚本・牧野修著『貞子』。



両親による虐待から逃れるために、洞窟の祠で貞子と取引した女・初子は、自身の体に得体の知れぬ存在が宿っていることに気づく。それは新たな災厄の始まりだった。
数十年後。総合医療センターのカウンセリング・ルームで働く秋川茉優は、幼いころ両親の虐待に耐えかねて弟・和真とともに逃げ出し、児童養護施設に保護されたという過去があった。ある日、医療センターに緊急搬送されてきた少女は、ポルターガイストに似た現象を起こす超能力を持っていた。ほとんどコミュニケーションを取ろうとしない少女の正体は、複数の死者が出た火災現場の生存者だった。少女の影には、かつて井戸で死に、ビデオテープの呪いによって多くの人間を呪殺したと語られる女・貞子の姿が見え隠れする。
時を同じくして、茉優の弟・和真は、Youtuberとして生計を立てようとするなかで、心霊スポットへの突入を思いつき、焼身自殺が起きたアパートに侵入するが……。

というわけで、本書はジャパニーズホラーの代名詞『リング』を踏まえた作品になっています。かつてはビデオテープに映った映像が呪いの感染源になり、謎を解く手がかりにもなったわけですが、2019年にはYoutubeの動画が重要な役割を果たすことは言うまでもありません。
意外だったのは、本作が親子をテーマにした作品になっている点です。親から愛情を受けられなかったことが心に大きな影を落としているキャラも多いですし、物語の鍵を握る少女は、見ようによっては、貞子の娘ともいえます。もちろんだからといって本作品がハートフルドラマになり呪いの力が緩むかといえばそんなことはなく、無辜の登場人物たちは次々に恐怖体験に巻き込まれ、理不尽かつおぞましい死を迎えていくのでホラーファンの皆さまはご心配なく。
それにしても、平成の初期、1991年に初登場したキャラクターである貞子が、小説や映画の様々なコンテンツで拡大し平成を通じて日本ホラーの顔となったばかりか、とうとう令和の時代まで生き延びているという事実に驚きの念を隠せません。さっきWikipediaを確認して知ったのですが、この映画化に合わせてスピンオフギャグコミック『貞子さんとさだこちゃん』や動画『【貞子】伊豆大島里帰りの旅〜友だち100人できるかな〜』がWEBに公開されているとのことで、もう国民的キャラクターと言ってもいいのではないでしょうか。願わくは、令和の時代にも、末永く語り継がれるホラーキャラクターが生まれて欲しいものです。

2019年5月11日土曜日

原稿用紙10枚以内、81編の怪。井上雅彦編『異形コレクション ひとにぎりの異形』


今晩は、ミニキャッパー周平です。GWが終わりましたが、ジャンプホラー小説大賞応募者の皆さんは原稿が進みましたでしょうか。さて、以前から予告していたショートショートホラー集がGW中にようやく本棚から見つかりましたのでご紹介を。

本日の一冊は、井上雅彦編『異形コレクション ひとにぎりの異形』。



このブログでも何度か言及してきた伝説的アンソロジー『異形コレクション』の1冊ですが、本書の特徴は、<四百字詰原稿用紙10枚以内>のショートショートの書下ろし作品81編、という超巨大ショートショートアンソロジーとなっていることです。『異形コレクション』の創刊10周年、星新一没後10周年、星新一デビュー50周年と様々な意味を持つ2007年に刊行されたアニバーサリーな一冊です。収録作家は星新一ショートショートコンテスト出身者を中心に、ホラーやSFや幻想小説の書き手など多岐にわたっています。

収録作は全7章にカテゴリ分けされていますが、章題も「デラックスな発明」「謎とひみつと犯罪」「闇の種族あれこれ」「未来からのノック」「つねならぬ日常」「妖夢のような」「ひとにぎりの人生」と、すべて星新一の作品タイトルを連想させるものになっています。

流石に81作品すべてをご紹介するわけにはいかないので、ストーリーを紹介しやすくオチを割らずに済むものを10編ほど、挙げてみます。

     田中啓文「あるいはマンボウでいっぱいの海」。卵のほとんどが他の魚に食べられてしまうため、3億個の卵を産むというマンボウ。その卵を食べられないように育てれば、マンボウの大量養殖ができる、と考えた男の浅慮により、海は大量発生したマンボウに覆われ……。
     太田忠司「ATM」。ATMを操作していると突然画面上で謎のアンケートが出題され、さらには金銭状態や交際相手など、男の個人情報を握っている旨のメッセージが流される。恐るべきATMの目的は?
     渡辺浩弐「これは小説ではない」。かつて小説家になる夢をもちながら挫折した男は、エンジニアとなり人工知能に小説を書かせようとする。彼は人工知能に、1000本以上の作品を残したとある作家の文章データを流し込むが……。
     北原尚彦「ワトスン博士の内幕」。シャーロック・ホームズが解決したと《事件簿》に記されているにもかかわらず、ホームズ自身は知らず、ワトスン博士のみが知っている事件の正体とは?
     岡崎弘明「怪人 影法師」。影を消すことで影の持ち主の存在さえ消し去ってしまう謎の怪人・影法師。連続人間消失事件を起こした影法師の次なる目的は、帝都にそびえる新帝都タワーを消すことだった。
     齋藤肇「誰そ」。嵐の孤島に閉じ込められた十二人。殺人事件が起きるには絶好のシチュエーションだが、孤島に集まっている者たちの正体は、妄想に囚われた者や、獣人、ロボット、果ては宇宙人を体内に住まわせている者などもおり……。
     草上仁「どこかの――」。悪魔らしき存在から、そこに記した願いが実現するという紙を手に入れた男。ただし紙に書けるのは2文字だけ。男が願うのは「不死」か「財産」か、それとも……?
     新井素子「ノックの音が」。様々な感染症が蔓延するようになった未来。致死率77パーセントのウイルスに侵されて隔離施設で暮らす女性は、来るはずのないノックの音を聞く。
     岬兄悟「誘蛾灯なおれ」。なぜか地縛霊を寄せ付ける体質になってしまった男の周りに、あたかも誘蛾灯に集まる虫のように、大量の霊が集まってくる。特に悪さをすることもないが恨めしげに男を見つめる霊たちに、男は業を煮やして……。
     藤井青銅「美しき夢の家族」。某テーマパークで着ぐるみに入る仕事をしていた男は、死ぬまでそのことを秘密にする契約を結んでいたが、死の間際にそれを家族に明かしてしまい……。


本が出版されてから既に12年も経っていますが、現在はショートショートや短い作品が多く読まれる、いわば夏の時代。超ボリュームかつバラエティも段違いのこの一冊も、改めて注目されることでしょう。