今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞、絶賛募集中です。さて、去年までホラーの小説賞といえば、うちの他にも日本ホラー小説大賞が存在したのですが、第25回をもって惜しまれつつも休止となり、《横溝正史ミステリ大賞》に吸収されることになりました。それを契機として「横溝正史のホラー短編」を集めるべく編まれた、という経緯をもつのが、今回ご紹介する本です。
本日の一冊は、日下三蔵編・横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』。収録作14編の中で、特にホラー味の強いものは、「双生児」「妖説血屋敷」「面(マスク)」「舌」「白い恋人」「誘蛾燈」「髑髏鬼」「恐怖の映画」「丹夫人の化粧台」あたりです。うち、まずはミステリの骨格を備えているものからご紹介しましょう。
「妖説血屋敷」……踊りの家元である菱川流には、初代家元が殺した女・お染の祟りが代々続いている。そんな菱川流の七代目・とらが、娘ではなく内弟子に八代目を譲ると宣告してから、家の中ではお染の亡霊が目撃されるようになり、とらは喉を抉られて死亡する。更に第二の殺人が起き、《血屋敷》という不気味なダイイングメッセージが遺される。
「髑髏鬼」……麻布のあちことで、目も鼻も唇もない髑髏そのままの顔をもった、正体不明の“髑髏仮面”の目撃情報が相次いでいるさなかに、吉井男爵家の令嬢・田鶴子の誕生祝いが男爵邸で行われる。その宴では田鶴子と、男爵の秘書・片山が婚約披露をする予定になっていたが、邸内で髑髏仮面が目撃され、片山の刺殺体が発見された。
「恐怖の映画」……夜の撮影所で、俳優の良一と女優の蘭子は密会をしていた。蘭子は撮影所所長の妻であったが、良一と秘密の関係を結んでいたのだった。逢引きの場面を見つかりそうになった良一は、蘭子を鉄の処女のレプリカの中に匿うが、翌日、蘭子は別の場所で、絞殺された上に眼球を抉られた姿で発見される。
「丹夫人の化粧台」……丹博士が不可解な自殺を遂げたことで、丹夫人は未亡人となった。彼女を巡って、二人の若者、高見と初山は争いを繰り広げる。ところが、初山が《気をつけたまえ。――丹夫人の化粧台――》と言い残して死亡する。高見は、丹博士の死や初山の遺言を気にかけつつも、未亡人との逢瀬を重ねていくが。
上記の4作品は、前フリとしてホラー成分がふんだんに盛られたミステリで、名探偵もおらず、事件の真相に辿り着いた人々もたいてい当事者になってしまうという、推理小説と怪奇小説の距離が近かった時代を象徴するような内容です。死体が発見される時の演出(血の付いた蛾が白い楽譜にとまる、など)も怪奇ムードを高めます。殺人の動機には、人間のどろどろした感情、むき出しの情念が横たわっています。深い愛憎のドラマが猟奇事件にマッチするということなのかもしれません。ところで、「恐怖の映画」は人妻に、「丹夫人の化粧台」は未亡人に、それぞれ懸想した男に災いが降りかかるのですが、こういう作品は他にもあり、下記の2編がそうです。
「面(マスク)」……絵画展に飾られていた一枚の絵。遊女と少年が起請を取り交わす場面を描いたその絵に見とれていた男は、老人に声をかけられる。老人はその絵が描かれた経緯――人妻に恋した若者に振りかかった悲劇――を語り始めた。
「誘蛾燈」……寝室の明かりの色を変えることで夫の不在を知らせ、愛人を家に引き込む女。ある日、彼女が愛人を迎えているうちに夫が帰宅してしまう。
こういったタイプの作品が複数存在するのは、人倫にもとる行為をしている人間はおのずと報いを受ける、という思想の表れかもしれません。ただ、そういう因果応報めいた部分から切り離された作品群――下記の3編などはよりホラーの濃度が高くなります。私が一番怖いと思ったのはこれらの作品です。
「舌」……夜の露店で売られていた人間の舌が売られていた。店主は通りがかった客に、その舌の持ち主の末路を語り始める。
「白い恋人」……映画女優がダンスホールで、見ず知らずの男を殺害したうえで自殺を遂げた。その衝撃的で不可解な事件の陰には、彼女がかつて見せられたおぞましい映画の記憶があった。
「双生児」……唯介と徹は双生児だが、別々の家で育てられてから改めて一つの家で暮らすことになった事情からか、性格も真反対で、互いに憎悪し合っていた。唯介と結婚したよし子は、ある日を境に、唯介の態度が別人のようになっているのに気づき、徹が唯介を殺してなり替わったのではないかと疑いはじめる。
「舌」は僅か6ページで、全てが語り切られないからこそ生じる凄味。「白い恋人」は人間を操る手段の異様さ。「双生児」は読者を引き込む謎の巧みさとずしりと来る読後感。それぞれにホラーアンソロジーに収録されておかしくない恐怖の風格をたたえています。
本書に収められた作品は全て戦前のもの。戦後、作者は金田一耕助シリーズを生み出すことになりますが、金田一耕助シリーズに横溢する独特の陰影・恐ろしさは、既にこのころに誕生していたといえるでしょう。