2019年2月2日土曜日

怖ろしく、切なく、胸にしみいる7つの怪談。山白朝子『死者のための音楽』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昨年末、怪談誌『幽』が30号をもって休刊となりました。このブログで紹介した本の中にも、『幽』に掲載された作品を集めたものや『幽』の新人賞でデビューした作家のものなど多数ありましたので、その存在の大きさを改めて噛みしめています。今回は、『幽』初出作品を集めた本をご紹介しましょう。

という訳で本日の一冊は、山白朝子『死者のための音楽』。



別名義で既に長く活躍していた作者の、山白朝子名義での初の著書でもあります。本書に収録された怪談、全7編の中で、恐怖度の強い作品をまず挙げると「黄金工場」「鬼物語」。

「黄金工場」は、工場の廃液によって黄金に変わった虫を見つけた少年の物語。その廃液を浴びたもののうち、生きているものだけは黄金に変わってしまう。黄金になったミミズやダンゴムシを集めているうちはいいのですが、大きな生き物ほど大量の黄金に変わる、ということは、行き着く先は……。本書中一番ショッキングな絵面が待ち受けています。

「鬼物語」で描かれる鬼は、指で人間を押しつぶすほど巨大であり、たびたび村を襲って殺戮を繰り広げる存在で、進撃の巨人もかくやという恐ろしさです。一方で、物語を追っていくと、3代に渡って鬼に大切な人を奪われた家系の、哀切な年代記も浮かび上がります。

上記二作品は、怖さとともに悲しみが胸にぐっと迫る内容です。悲しみ、そして時にはそこからの魂の救済は、この本全体に底流として流れているように思えます。

「井戸を下りる」の主人公は、父親の叱責から逃れようと逃げ込んだ井戸の底に、女が潜んでいるのを見つけます。そこに住んでいるという奇妙な女に惹かれていき、井戸に通うようになった主人公。彼が最後に辿り着く場所のぞっとするような美しさが印象的です。

「長い旅のはじまり」は、強盗に父を殺された娘の話。彼女は性経験が無いにもかかわらず子供を産みます。子供は、生まれた時から、誰に教わったこともないお経を覚えていて……。悲運に翻弄される二人の姿が健気で、タイトルに込められた意味がラストで読者の心に響いてきます。

「未完の像」は、彫刻の圧倒的な才を持つ少女の話。その技術は高く、木彫りで鳥を作ればその鳥が空へ飛んで行ってしまうほど。彼女は仏像士のもとに弟子入りして、仏像を作ろうと試みるが……。彫刻の合間にわずかだけ垣間見える少女の想いが、語り手と読者の胸を打ちます。

「鳥とファフロツキーズ現象について」は、鴉に似た正体不明の鳥を助けた父娘の話。テレパシーのような超能力をもったその鳥は、父娘が欲しいと思ったものを目の前に運んできてくれるという可愛らしい習性がありましたが……父娘を襲った悲劇をきっかけに、鳥との関係が全く変わってしまいます。二転三転する展開の先に待つのが、残酷な結末なのか救いなのか、胸が苦しくなりながら目が離せない作品です。

単行本書き下ろし作品である「死者のための音楽」は、手首を切って自殺を図った母と、その娘の対話形式で綴られる、母の人生の物語。聴覚に障害をもって生まれた彼女は、幼い頃に溺れて死に瀕したとき、水中でこの世のものではない美しい音楽を聞いて、その音色に生涯あこがれることになった。やわらかな口語文体で現世の生と彼岸の美が語られる、涙を誘う傑作。

(どれというとネタバレになるので伏せますが)幻想小説としての味わいを十分にもちながらも、ミステリ的な鮮やかなどんでん返し、騙しのトリックが含まれている作品も多く驚かされます。それでいてどの作品も、読者の感情にさざ波を立てること間違いなしの物語です。山白朝子名義での(ノンシリーズの)短編集は、これと『私の頭が正常であったなら』のみ。一編一編を大切に読んでほしい一冊です。