今晩は、ミニキャッパー周平です。ホラー賞宣伝隊長として、近年のホラー作品を取り上げるばかりでなく、時代を遡って、ホラーの歴史についても学んでいきたいと思っている今日このごろです。そもそも、現代的なホラーはいつどうやって生まれたのでしょうか?
古代中国の志怪小説や怪談などはひとまずおくとして、現代的なホラー小説の祖といえる作家に「黒猫」「アッシャー家の崩壊」などのエドガー・アラン・ポーがいますが、そのポーに非常に大きな影響を与えた作家として、怪奇幻想小説の名手であるE.T.A.ホフマンがいます。このホフマンは、小説家であり、詩人であり、作曲家であり、指揮者であり、画家であり、判事であり、というマルチな才人で、現代ヨーロッパでも童話『くるみ割り人形』の作者として知名度の高い人です。
今回ご紹介するのは、そんなホフマンの中編集『砂男/クレスペル顧問官』です。1815年から1816年の間に執筆された作品群であり、メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』(1818年発表)とほぼ同時期のもの、ということになります。
「ホラー」というジャンルが確立するより前の怪奇幻想小説を3編収録しており、その中でも「砂男」は「サイコ・ホラーの元祖」と呼ばれる作品です。
砂男というのは、もともとは親が子供を寝かしつけるための迷信で、
「子供が夜ベッドに入りたがらないと、砂男がやってきて大量の砂をその子供の目に投げつける。そうすると目玉が血だらけになって飛び出すので、その目玉を持ち帰っていく」
という怪物。本編の主人公である青年は幼い頃の経験から、砂男への恐怖に取りつかれています。そんな彼が、婚約者を持つ身でありながら、物理学者の娘・オリンピアに惚れこんでしまい、婚約者のことも忘れて求愛するのですが……このオリンピアというのが(読者の目からは)見るからに怪しげで、手や唇は氷のように冷たく、目には生きた光が無いという有様で、更に彼女の背後には砂男の影が。ストーリーの序盤から明らかに主人公の精神状態が怪しいので、主人公の恐怖体験にぞっとさせられる一方、「実際に起きたこと」と「主人公の妄想」の判断が難しい部分も多く、さすがサイコ・ホラーの元祖、といった感じです。
ところで、実はこの中編集に収録されている3作品は、「砂男」を含め、すべてが「魅力的な女性に懸想した結果、人生が大きく変わってしまう」という小説なのです。
「大晦日の夜の冒険」では、自分の姿が鏡に映らない男の身の上話が書かれます。男はかつて、郷里のドイツに妻子を残し旅をしていたところ、恋の国・イタリアで、妖しく美しい女性・ジュリエッタに一目惚れ。妻子のことも忘れてジュリエッタに愛を囁くのですが、その結果として悪魔との取引さながらの契約を結ばされてしまうのです。さらに、男は自身の妻子を殺すように命じられ……?
もう一編の「クレスペル顧問官」はじゃっかん毛色が異なり、美しい愛の物語が描かれます。
変人として名の通っている男・クレスペルは、多数のバイオリンを収集・制作しつつもそれをほとんど弾こうとせず、また稀代の歌姫である女性・アントーニエを自宅に住まわせながら彼女に歌わせようとしない。クレスペルの不可解な行状に隠されていた真実とは……?
ずば抜けた歌声を持ちながら呪われた宿命を背負う女性との恋、そして悲劇。一作の中で二つの愛について語られる、幕切れも美しく儚い物語。3編の中で私の一番お気に入りはこの作品です。
こうして3編を読んでみると、それぞれがオリンピア・ジュリエッタ・アントーニエというヒロインに焦点の当たったストーリーという側面もあり、ホラー小説の起源が実はロマンスとも結びついているのだということが分かります(浮気する男には昔から地獄のような結末しか待っていない、ということも)。温故知新と言いますが、今後も折に触れ、ホラー小説の起源を探す旅に出たいと思います。
(CM)第2回ジャンプホラー小説大賞から刊行された2冊、白骨死体となった美少女探偵が謎を解く『たとえあなたが骨になっても』、食材として育てられた少女との恋を描く『舌の上の君』をどうぞよろしくお願いします。そして第4回ジャンプホラー小説大賞へのご応募もお待ちしております。
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