2017年7月22日土曜日

少年は出会う。あまりに長い命で夜の世界を生きる、美しき吸血鬼と――菊地秀行『黄昏人の王国』


今晩は、ミニキャッパー周平です。学校によっては既に夏休みに突入していると聞きます。夏休みはレジャーに行くのが定番ですが、長期休みを利用して、読みたかった本を読んでみるというのも楽しいと思います。逆に、長編をまとめて読む時間が取れない方は、短編集に手を伸ばしてみるのはいかがでしょう。

というわけで、今回ご紹介しますのは短編集、菊地秀行『黄昏人の王国』。





全7編を収録した幻想ホラー作品集で、その大半が思春期の青少年を主人公とし、収録作のうち、
「帰還」は、神隠しから一年以上経って戻ってきた友人に向ける、少年の疑念とわだかまりを、
「夏のうた」は、海へ潜り、怪物に守られる沈没船から財宝を引き上げようとする少年の夏の儚さを、
「大海」は、とつぜん遠い時代の宇宙飛行士と精神をリンクさせてしまった若者の味わう、想像を絶する孤独を、
それぞれ描き、若者が誰しも抱くようなままならぬ感情を幻想によって増幅させ、読者に追体験させる作者の手腕に、舌を巻きます。

しかしこの本の白眉は何といっても、雑誌「Cobalt」に掲載された、「夕映えの女(ひと)」、「薔薇戦争」「青い旅路」「白い国から」の4部作。
これらはともに、美しく超越的な女吸血鬼との邂逅によって、一生消えないような経験を刻まれる少年たちを主人公にした物語です。

第1話「夕映えの女(ひと)」では、連続失踪事件に怯える町で、夜の世界を愛する高校生が、自分の住むアパートに越してきた謎めいた女性の正体を探ろうとする、ミステリ仕立ての物語。と説明してしまえば、オーソドックスなプロットに聞こえるかと思います。ただ、女性の名前が最後まで明かされなかったり、「吸血鬼」という言葉の使用を極限まで排したりと、作者の美学によって統御された世界は異様に美しく、夜の世界を昼の世界とは別のものとして描き出す超絶的な筆力や、宿命づけられた、人間と吸血鬼の絶望的な距離というテーマも手伝って、狂おしくリリカルな傑作です。

続く第2話、第3話の、学生演劇を巡る嫉妬と愛憎のドラマ「薔薇戦争」、喧嘩っ早い少年が、吸血鬼狩りをする者たちに力を貸す「青い旅路」、いずれも、事件と犠牲者が発生する場所に「彼女」の姿が見え隠れし、その真相に近づいた主人公が魅入られ、強い感情を引き起こされる、というもの。十代の外見を持ちながら「夜を生きるもの」であることを除いては、名前も含め、彼女の素性や過去が詳細に明かされることはありません。それでも彼女は各話で、冷たく麗しい印象を残していきます。

そして最終話「白い国から」は、この一冊のうちで唯一、大人が語り手。五十年前に惨劇が起こった、雪国のとある町に、夜間学校の転入生として現れた少女に戸惑わされる教師を描いています。雪の降る日の教室、廃業した映画館といった舞台装置で読者の抒情を掻き立て、重ねた歳月で連作の最後を飾るにふさわしいドラマを紡ぎだす絶品。この話を読み終わる頃には、作中で数々の少年たちが彼女に対して抱いた憧憬や思慕のような想いを、読者も持つようになっていることでしょう。名前さえ明かされない登場人物でありながら、怪異としてヒロインとして心に留まり続けるキャラクターに、皆さんも出会ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、同じく菊地秀行作品で、キャラクターの立ったホラー作品としては、当ブログではこれまでに『妖神グルメ』をご紹介しています。邪神をも惑わす外道料理人である青年が主人公の仰天作。

また、絵になるヒロインと男性主人公の、ぞっとするような「繋がり」を描くという点では、第2回ジャンプホラー小説大賞銀賞の『たとえあなたが骨になっても』同編集長特別賞『舌の上の君』 も絶賛発売中なのでお見逃しなく。