2016年4月30日土曜日

少女は目覚め、街は幻想の夢に堕ちる――『アリス Alice in the right hemisphere』


今晩は。ミニキャッパー周平です。先週は高熱でどうなることかと思いましたが、おかげさまで無事に会社に復帰できました。今回は、病床で読んでいた本、中井拓志『アリス Alice in the right hemisphere』をご紹介。



かつて、某大学の医学部研究棟「瞭命館」で正体不明の事故が発生した。「瞭命館」にいた七十名近い人間が、同時多発的に意識障害を起こし、救急搬送されたのだ。ある者はうわごとを呟き、ある者は全身を痙攣させ、ある者は呼びかけに一切反応を示さなかった。結果として十七名が死亡し、五十名以上が心身に重度の後遺症を残すこととなったその事故は、原因不明とされ、世間では「悪魔が通り過ぎたのだ」とささやかれた。

七年後。「国立脳科学研究所センター」の地下では、異常な警戒態勢のもと、ひそかに隔離された、たった一人の少女の監視が行われていた。比室アリスという名のその少女こそが、かつて「瞭命館」の惨劇を引き起こした張本人だった。彼女が長い眠りから覚め、「能力」を発揮するとき、すべての警戒は突破され、七年前を上回る規模の災厄が町にもたらされることになる――

というわけで、この作品はジャンルでいえばサイキック・ホラーの一種になりますが、比室アリスが操る能力は、テレキネシスとかテレパシーとかパイロキネシスのようなごくオーソドックスなものではありません。彼女はサヴァン症候群であり、他の人間と言語的コミュニケーションを行えないかわりに、高次元、具体的には「9.7次元」の尺度で世界を認識しています。そして、アリスの「歌」を聞いてしまった者は、アリスが見ているのと同じ9.7次元の世界を見てしまい、認識能力のキャパシティを超えてしまうことで心が崩壊してしまうのです。

作中で描かれる「9.7次元」の世界は、(物理的な理解は及ぶべくもありませんが)、数十億匹の鮮やかな虹色の蝶が羽ばたき、あらゆる自然物が「数字として」直感認識される異様で妖しい空間であり、美しく禍々しい印象を与えます。そんな異形のヴィジョンを周囲に撒き散らして人々を壊していくアリスと、それを追う研究者たちの追跡劇が最初の見所ですが、やがて、アリスによって高次の認識能力を感染させられながら生き残った「子どもたち」にも異変が訪れ始め、世界はさらに変容していきます。たったひとりの少女の存在によってもたらされる未曾有の災害は、収束に向かうのか、それとも……。異能の少女を描いたサスペンスホラーとしても、また、奇妙な架空理論に裏打ちされた幻視小説としても楽しめる一冊です。

いよいよGW突入です。人によっては10連休などの超大型連休になるそうですが、時間があるときこそ、不思議なホラーの世界に浸ってみるのはいかがでしょう。


(※書影はAmazonより流用しました。)

2016年4月23日土曜日

子どもたちの悪夢


 今晩は。ミニキャッパー周平です。もうすぐ連休ですが、皆さん、せっかくのお休みをふいにしないよう、体調管理に気をつけて下さいね。私は熱が38度6分出ています。死にそう!

 新たに一冊本を読む時間がなかったので、今回は緩いくくりで、「子ども」にスポットが当たったホラーを集めてみました。

 まずは昔の作品から。サキ「スレドニ・ヴァシュタール」(『怪奇小説傑作集2』収録)は1910年発表の古典的名作。

 病弱な少年・コンラディンは、唯一の肉親である叔母に隠れて、兎小屋でイタチを飼っていた。彼はイタチを神として崇め、お供えをして、叔母を不幸にしてくれるよう祈っていたのだ。しかしやがて、叔母にイタチの存在がバレてしまい……。
 短いながら、切れ味鋭い結末で、「子どもの残酷さ」が強く浮かび上がる作品。

 ゼナ・ヘンダースン「しーッ!」(『ページをめくれば』収録)は子どもの空想が鍵になった短編。


 子どもが「想像ゲーム」中に思い浮かべたモンスター、<音喰い>が実体化してしまう。掃除機のような姿をした<音喰い>は、あらゆる「音を出すもの」を吸い込んでしまうのだ。子どもとベビーシッターは音をたてないように、怪物から逃げ出そうとする。
 はじめはユーモラスな印象さえある<音喰い>が、その力を発揮する中でどんどん恐ろしい存在になっていくのが見事です。

 パトリック・マグラア「失われた探険家」(『失われた探険家』収録)は世界幻想文学大賞の受賞作。

 自宅の裏庭で、(なぜか時間と距離を越えて)コンゴ探検中の瀕死の探険家を見つけてしまった少女の物語。重い伝染病にかかり、意識を取り戻さない探険家に対して、少女は両親から隠れて手厚い看病を行うが……。
 普通の民家の裏庭がジャングルの奥地と溶け合う、白昼夢のような世界が楽しめる異様な傑作です。

 レイ・ブラッドベリ「ぼくの地下室へおいで」(『スはスペースのス』収録)は萩尾望都がコミカライズもした有名作。

 ある夫婦の家に届いた小包は、キノコ栽培キットだった。夫婦の一人息子であるトムは、地下室でキノコを育て始める。トムの熱中ぶりに不安になる父親だが、時を同じくして友人が失踪し、「絶対に小包を受けとるな」と書かれた電報が届く。
 不安を募らせていく父親に対して、どこまでも無邪気な子どもが不気味な一篇。

 ジェローム・ビクスビイ「きょうも上天気」(『きょうも上天気』収録)は、恐ろしい子ども(いわゆる「アンファンテリブルもの」)テーマの代表作と呼べるSFホラー。

 人口五十人たらずの小さな村。そこに暮らす人々は皆、幼いアントニー坊やのご機嫌を伺いながら暮らしていた。なぜならアントニー坊やはテレパシーやテレキネシスなど絶大な超能力をもっており、機嫌を損ねた人間は即座に超能力で殺されてしまうからだった。
 地獄のような環境にいながら、子どもに目をつけられないよう、大人たちはみな幸福であるように装っている、というブラックな味わいの強い作品。

 ちなみに平井和正「赤ん暴君」(『月光学園』収録)はアントニー坊やよりもずっと幼い分、邪悪度のさらに高い、そんな超能力ベビーが暴虐の限りを尽くす作品で、こちらも一読忘れがたい恐怖感がある、お勧め短編です。

 90年代・00年代に多くのホラー短編を発表した村田基は、子どもをテーマにした作品も多く書きましたが、ここでは「都市に棲む獣」(『愛の衝撃』収録)をご紹介。


 東京のど真ん中で、犬や猫が何物かに襲われ、食べられるという事件が連続して発生。当初は何らかの猛獣によるものと思われていたが、目撃証言などから、犯人は野生化した犬のように振舞う、人間の子どもだったことが判明する。
 なぜ、普通の子どもが凶暴な「都市に棲む獣」になったのか。それを解き明かすミステリ的な側面もある一本です。

 トリを飾るのは、子どもテーマのホラーとして忘れちゃいけない名品、小松左京「お召し」(『物体O』収録)。

 ある日突然、世界から十二才より上の人間がすべて消えてしまう。両親や教師や兄姉など、頼れる相手を無くした小学生以下の子どもたちは、交通機関をはじめとするインフラが使えなくなった世界で、連携をとり、事態に対処しようとする。
 原因不明の災厄に対して(最後まで大人消失の原因は明かされません)最善を尽くそうとする子どもたちの姿が胸に焼きつく、感動的ですらある作品。

 子どもが題材の作品、というとジュブナイルや児童文学ばかりを連想してしまうかも知れませんが、「子ども」のどんな部分を切り取るか次第で、上記作品のように、大人も怖がるようなホラーを作り出すことができます。ホラー賞応募者の皆さんは、ぜひ参考にしてくださいね。

 今はフラフラですが、風邪を治して、来週は元気にブログを更新できるようがんばります!!



(※書影はAmazonより流用しました。『愛の衝撃』のみ私物の画像です)

2016年4月16日土曜日

邪悪なる帝国と、邪悪なる神々のオデッセイ――朝松健『邪神帝国』


今晩は、ミニキャッパー周平です。まずは宣伝から。平山夢明先生の手による、ノベライズ『テラフォーマーズ 悲母への帰還』4月19日発売です。最凶ホラー作家が「テラフォーマーズ」の世界で描き出す怒涛の物語、ぜひご一読を!!

さて、GWも近くなってきましたので、前々回のイギリス、前回のインドネシアに続いて、今回も、異国を舞台にした作品を選んでみました。
というわけで、本日のテーマは、朝松健『邪神帝国』です。


タイトルにある「帝国」とは、第三帝国――第二次世界大戦期のドイツです。当時のドイツは、総統アドルフ・ヒトラーの指揮するナチ党に支配されていた訳ですが、ヒトラー及びナチスは、オカルトにも強い関心を持っていたことが分かっています。

本編は、彼らが傾倒・信奉していたのが、クトゥルーの神々――人間の想像力が作り出したもっとも邪悪な神だったら、という、歴史のifを出発点に、史上稀に見る凶暴な国家がなぜ生まれたかを、短編を積み重ねて解き明かしていく物語なのです。

「帝国」の内部にいる人々は、各々が少しずつ、その闇を垣間見ることになります。のちにヒトラー暗殺計画の実行犯となる男は、古代遺跡に記された予言からドイツの悪夢的な未来を知り、さらに総統のそばに、得体の知れない者たちを幻視します。ナチス内部では、副総統のルドルフ=ヘスと親衛隊長官のハインリヒ=ヒムラーが、「ヨス・トラゴンの仮面」なる呪具を巡って、暗闘を繰り広げています。ドイツが秘かに開発を進めていた南極大陸では、軍人たちが禁忌の地「狂気山脈」を侵して、眠っていた異形の怪物たちを目覚めさせます。彼らの遭遇する血なまぐさい事件を通して、読者には、帝国全体を覆った暗黒の正体が少しずつ見えてくるのです。

「第三帝国」から距離・時間を隔てた場所の物語も含まれていますが、それらも、この世界観の中心に向かって収斂していきます。十九世紀末のイギリスで起こった切り裂きジャック事件の陰にも、邪悪な神の意思と、ナチスへと繋がる災厄の種が隠されていますし、現代の日本にも、遠いドイツでの悲劇の残滓が影を落とすことになります。

スパイアクション風味になったり、オカルトミステリになったり、様々な趣向で読者を楽しませてくれますが、どの短編も、人間の太刀打ちできない禍々しい存在と対峙させられる、真に恐るべきホラー作品であることは間違いありません。クトゥルー神話に詳しい方なら、戦車VSショゴスとか、UボートVSダゴンといったような対決(一方的ですが)に興味を惹かれることでしょうし、そうでない方も、ロンギヌスの槍や高名な吸血鬼をはじめ、オカルト要素がふんだんにまぶされた「帝国」の物語に引き込まれ、恐れおののくことでしょう。

「邪神帝国」に収録された小説群は、カルトや終末思想が日本にはびこった、90年代半ばに書かれました。ただし、読み通して頂ければ分かると思いますが、この作品は、オカルト的なものを求める時代に便乗して書かれた、というよりも……「力を求める心が、クトゥルーの邪神/第三帝国の暴虐を呼び出してしまう」というホラー作品を通じて、時代に対して警鐘を鳴らそうとしたように見えます。悪夢が小説の中に留まり、現実に這い出してこないように祈りたいものですね。

(書影はAmazonより流用しました。)

2016年4月9日土曜日

女妖怪VS妻!! 執念のぶつかり合う異色バトル――友成純一『邪し魔』


今晩は。毎度おなじみミニキャッパー周平です。担当書籍『殺たんC』『罪人教室』、ともに大絶賛発売中です。第2回ジャンプホラー小説大賞も募集中。

さて、今日も今日とて、書店のホラーコーナーを徘徊していると、本の帯に書かれた、こんな文言が目に飛び込んできました。

「女妖怪vs妻! ぼんくら男をめぐる壮絶なバトルがいま始まる。」

カルト映画の宣伝文句を思わせる、アヤシゲなキャッチコピーに思わず手に取ってしまった本が、今回のテーマ、友成純一「邪し魔」(よこしま)になります。



物語の舞台は、日本でも有名なインドネシアのリゾート地、バリ島。
この地で、ダイビングのインストラクターと売春の斡旋をして生計を立てているのが、主人公の結城良治。しかしこの男、実は相当なダメ人間で、妻が日本にいるのをいいことに、現地人や観光客の女性と見境なく肉体関係を結んでとっかえひっかえしています。あまりに女癖が悪いため、売春街の女性たちが、「良冶を懲らしめて欲しい」と呪術師に頼みこむほど。

そんな彼ですが、悪霊を島から追い払う祝祭の晩に、得体の知れない美しい女と巡りあって、その虜となってしまいます。しかし美女の正体は、サキュバスと吸血鬼と山姥をミックスしたみたいなインドネシアの妖女・クンチルアナックで――と、ここまでのプロットだと、洋の東西を問わず存在する、オーソドックスな女妖怪ものになりそうですが、しかし大変なのはここから。

良治の放蕩癖に業を煮やした妻・恵子(37歳)がブチ切れ状態でバリ島へ到着。真面目で控えめな性格ゆえ、これまで夫の浮気に目をつぶってきた反動からか、アラフォーハイパーヤンデレと化した恵子。彼女は、謎の頭痛に導かれて、夫とクンチルアナックとの愛の巣に猛然と迫っていく。帯の惹句通り、ラスト近辺ではこの世のものとは思えない、妻vs女妖怪のバトルが待ち構えています。アラフォーの執念と妖怪の怨念のぶつかり合い、勝者はどちらか、そして浮気男の命運やいかに。

何しろ諸悪の根源は主人公なので、酷い目に遭おうとも自業自得と言え、コメディめいた疾走感や、一種の爽快感すらあるストーリーです。また、普通のホラーとして読んでも、熱帯の風が吹き渡り、日常生活と霊的なものが混淆する、バリ島のエスニックなムードが魅力的ですし、現地の村人を襲う怪物の気配にはやはり背筋を寒くさせるものがあります。

大型連休が近づいておりますが、ぜひ世の男性の皆さんは、取り返しのつかないことにならぬよう、家族や恋人との時間を大切にして下さい。

(※書影はAmazonより流用しました。)

2016年4月2日土曜日

霧の都の怪異談――北原尚彦『首吊少女亭』


 今晩は。ミニキャッパー周平です。

 まずは、怒涛の宣伝から。4/4に、ジャンプ小説新人賞<金賞>受賞の学園ドラマ『罪人教室』、超人気学習参考書の第3弾『暗殺教室 殺たん 解いて身につく! 文法の時間』が同時発売です。そして、SQ.編集時代の担当漫画『灼熱の卓球娘』(アニメ化発表されました!)の第3巻も同じく4/4発売。よろしくお願いします! もちろん、第2回ジャンプホラー小説大賞も募集中です!!

 今回でこのブログも25回目。大槻ケンヂ「英国心霊主義とリリアンの聖衣」、入江敦彦「霊廟探偵」、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』など、これまで紹介してきたホラー作品の中には、大英帝国の、いわゆるヴィクトリア朝前後を舞台にしたものがいくつかありました。そういう小説が多く世に送り出されるのは、霧深いロンドンの町、人間の死が間近にあった時代というものが、ホラーの題材として格好のものだということなのでしょう。

 そこで今回は、日本におけるシャーロック・ホームズ研究の大家であり、ヴィクトリア朝を書かせれば右に出る者のいない作家・北原尚彦のホラー短編集『首吊少女亭』をまるっとご紹介しましょう。



 収録作品は12本ですが、なんとそのすべてが当時のイギリスに関連したホラーです。
 まず冒頭におかれた「眷属」では、(とある危険な人物を先祖にもつ)現代人の男が、19世紀末のロンドンへと迷い込んでしまいます。四輪馬車が走りガス灯がちらつくロンドンの光景は、ディテールに富み、音や匂いまで仔細に描いていく文章に、のっけから、時空を超えて霧の都の暗闇に引きずり込まれること必至です。
 
 収録された作品群は、いずれも徹底的な時代考証に裏打ちされており、当時の人々のリアルを感じさせつつ、その空気にマッチした、ムードのある恐怖を現出させることに成功しています。
 たとえば下水道で金属拾いをして生計を立てている者、舞台女優に憧れながら娼婦に身を落とした者など、都市の暗がりに生きる人々が出会った「この世ならぬもの」の戦慄が描かれたり(それぞれ、収録作「下水道」「新人審査」)。切り裂きジャック事件はなぜ始まりなぜ終わったのか――『黒博物館スプリンガルド』でおなじみ、怪人ばね足ジャックとは何者だったのか――乗客乗員が消えうせた<メアリー・セレスト号事件>を引き起こした不幸な犯人とは――などなど、歴史の意外な真実が解き明かされたり(それぞれ、収録作「凶刃」「怪人撥条(ばね)足男」「遺棄船」)。

 あるいは、「鳥の巣売り」という実在した職業の男の語りで、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』の残念な裏話を明かす「火星人秘録」、『フランケンシュタイン』に影響を受けた科学者によって生み出された人造人間の悲哀「人造令嬢」など、史実とフィクションを軽やかに行き来する手つきも見事です(ネタバレになってしまうので伏せますが、これ以外でも、名作小説のキャラがちらりと顔見せしたり、あるいは物語のラストに深くかかわってきたりします)。

 さまざまな美に魅せられた者たちが、一線を越えてしまう物語にも筆は冴えます。
 庶民の見世物であった<活人画>の女優に惚れ込んだ男の末路(「活人画」)、古書収集に憑かれた人々の秘密(「愛書家倶楽部」)、美酒を生み出すために酒屋たちが生み出した方法(「首吊少女亭」)などなど。おそらく、一冊の中で一番コワい話は、可愛らしい「貯金箱」に魅了された子供の物語――銀行家である父親に買ってもらったプレゼント、骨董市の掘り出し物であるその貯金箱が幼子にもたらす破滅とは。ラストシーンは本書でもっとも禍々しく、心に残ります。

 というわけで、大英帝国の闇をたっぷり堪能できる一冊。週末に、本の中でイギリス旅行などいかがですか。

(※書影はAmazonより引用しました。)