2016年3月12日土曜日

大槻ケンヂ特集

今晩は。ミニキャッパー周平です。
第2回のジャンプホラー小説大賞の締め切り6月30日まで、そろそろ折り返し地点。お勧めしたいホラー作品はまだまだありますが、このままのペースではレビューしきれないので、たまには作家特集を行い、一気に取り上げてみたいと思います。

というわけで。今回は、ミュージシャンとしても強い人気を誇る大槻ケンヂの作品から、記憶に残るホラー・オカルト作品をまとめてご紹介。



初期短編の「くるぐる使い」(『くるぐる使い』収録)は複数のアンソロジーにも再録されたメジャー作。正気を失った娘=「くるぐる」に芸をさせる見世物で稼いでいた、「くるぐる使い」の男の懺悔。彼の犯した罪とは? 普通の娘を「くるぐる」に変えてしまう手管のおぞましさや、「くるぐる」少女の悲しき恋情に、胸が痛くなる一本です。戦前という舞台や男の語り口もあって、実在の風習を覗き見するような生々しさがあります。


個人的な好みでいえば、「英国心霊主義とリリアンの聖衣」(『ゴシック&ロリータ幻想劇場』収録)もお勧め。オカルティズムが蔓延する1900年代イギリスで、「舞い踊ることによって死者と交流する」という触れ込みで時の人となった、16歳の霊媒の少女を襲う破滅とは。誰もが大切な人との再会を願い、交霊会に参加していた時代。寓話的な軽やかな語りから、歴史の影に隠れた哀切な物語が浮かび上がります。


ユーモラスなものでいえば、異形コレクションシリーズ『闇電話』に書き下ろされた「龍陳伯著『秘伝・バリツ式携帯護身道』」。シャーロック・ホームズシリーズに記された正体不明の最強武術「バリツ」。それを発展させ、「携帯電話」を武器・防具に用いた護身格闘術をつくり上げたと称する男の著書という体裁。写真を多用して紹介される「バリツ式護身術」の滑稽さが爆笑を誘います。


短編の最高傑作と呼べるのが、「ロコ、思うままに」(異形コレクションシリーズ『オバケヤシキ』初出)。一つ目や鰐女などのファンタジックな怪物たちの暮らす不思議な家で、怪物たちを唯一の友に育った少年・ロコの色彩鮮やかな日常――しかし、ロコの視点から見た世界は、まやかしに過ぎず……。過酷な世界の真実の姿が徐々に明かされる構成と、詩的で力強い文体もあいまって奇跡のような一作になっています。



そして、長編からご紹介するのは、代表作『ステーシーズ』です。15歳から17歳の少女が突如として理性を失ってゾンビ化し、人を襲うようになった世界。ゾンビ化した少女を元に戻す手段はなく、細切れの肉片に変え二度と復活しないようにするほか、対抗策も存在しなかった。
チェーンソーで少女たちをバラバラにする、凄惨なスプラッターそのものの場面でも、ゾンビ化した少女を「再殺」しなければならない男たちのやるせない想いが、圧倒的な言語センスで、叙情的に描かれます。少年少女の痛みや苦しみに寄り添う物語を書き続けてきた大槻ケンヂの、ひとつの到達点と呼べる名品です。

作詞で培ったリズミカルで語りかけるような文体、比喩表現の巧みな描写の力、屈折せざるを得ない少年少女へ向ける、暖かいまなざし。それらを備えた大槻ケンヂの作品は、これからも、多くの若い読者の心を射抜いていくでしょう。

(※書影はAmazonより引用しました)