こんばんは、ミニキャッパー周平です。いよいよ『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』の書影が公開されました! 清原紘先生、しおん先生の手による美麗なカバーイラストをぜひお確かめください。
さて、ホラー小説紹介ブログとして、これまで様々、「気持ち悪い」生命体をご紹介してきたましたが、今回ご紹介する一冊、堀井拓馬『なまづま』に登場する生命体「ヌメリヒトモドキ」は、もう名前の時点で粘度が伝わってくる、ぶっちぎりで気色悪い生き物です。
本作において、突然発生して世界に蔓延している人間サイズの「ヌメリヒトモドキ」ですが、
●嘔吐感を催す、強い腐敗臭を放つ。
●粘膜に覆われており、粘液を跳ね散らかして這い進む。
●ゴミを貪る習性があり不潔である。
●絶対に死なないうえ、排除も困難。
という四拍子そろったキモさで、こいつらが町中を我が物顔でぬめぬめ這いずってる時点でぞっとします。
ただ、「人間の髪や爪を食べると、徐々にその人間に心と姿を近づけていく」という体質も持っていたため、これを利用しようとする人間も現れました。倒錯した欲求を満たすため、ヌメリヒトモドキを自分そっくりに育ててそれを虐待したり。死者の姿を追い求めて、ヌメリヒトモドキを死者に似せて育てようとしたり。
そう、この生物の研究者であった主人公も、病死した妻の遺した髪を餌として、ヌメリヒトモドキを成長させ、「妻」を再現しようとするのですが——もちろん、死んだ人間を蘇らせようとしたら大変なことになるのはイザナギイザナミの時代からの世の常。
ヌメリヒトモドキの「妻」と触れ合うことは、すなわち、どろどろぐちゃぐちゃの怪生物と触れ合うこと。髪を撫でた指の隙間からは粘液がこぼれ、口づけをすれば腐臭に嘔吐してしまい、接触のあと必死になって自分の体を洗ってもヌメリ臭は取れず、といった具合に細部の描写は激烈です。そんな状況でも取りつかれたようにヌメリヒトモドキを飼育して「妻」を取り戻そうとする主人公の姿にまずは恐怖を覚えますが、やがてそれは悲しみに取って代わります。
主人公はまっしぐらに破滅へ向かっていきますが、彼の思いもよらぬ「心変わり」によって、物語は読者が予想した以上に悲劇的な結末へと向かうのです。飼育によって形を変え、心を変えていくヌメリヒトモドキは、ある意味では、人間の欲望や身勝手さを映し出す鏡でもあります。互いの欠損を埋めあおうとする人間同士のディスコミュニケーション、相互の致命的な不理解が物語の底に流れていて、登場人物のほぼ全員が、それぞれの孤独に苛まれていたのだと、読み手は痛感させられるでしょう。読後に到来する感情は切々たるものです。どろどろぐちゃぐちゃの塊をかき分けて恐る恐る進んでいくと、思いもよらない、深い哀切に飲み込まれる——この物語そのものが、そんな一匹の怪物めいた存在なのです。