2018年1月27日土曜日

地下帝国に潜むモグラ兵たちの奇奇怪怪な生態……飴村行『ジムグリ』

今晩は。ミニキャッパー周平です。一読者としてはこのブログを好き放題書いている一方で、他社の本をこのブログで紹介するたびに、編集者としては若干の心の疼きを感じてしまうきょうこの頃。そんな折も折、タイミングよく弊社の怪奇小説が文庫化されました。

というわけで、今回の一冊は、飴村行『ジムグリ』。ホラーファンには『粘膜人間』シリーズでお馴染み(私のお勧めは2冊目『粘膜蜥蜴』)の作者によるノンシリーズ長編です。


息子を亡くして以来、心を病んでいた妻・美佐が姿を消した。夫・博人に何も告げず、ただ「トンネルにまいります」という素っ気ない書置きを残して。トンネルとは博人たちの住むX県獅伝町に存在する「虻狗隧道(あぶくすいどう)」のこと。そこは、モグラと呼ばれる、地上人とは異なる社会を形成した武装集団の住む人外魔境。博人は危険を知りつつも、美佐を連れ戻すため虻狗隧道へと向かうが……。

モグラとは、山間部の地下洞窟で生活しているまつろわぬ民「黄泉族」の別称。彼らの存在は、大正時代に「地下帝国の住人」としてセンセーショナルに取り上げられたものの、大戦の混乱期に、すっかり忘れられています。しかし北関東X県では、いまだに時折地上に現れるモグラ兵の影に怯え続けています。こういった偽史部分は、「サンカ」伝説を連想させる、歴史と社会のダークサイドを覗くようなほの暗い楽しさがあります。

「妻を助けるために地下世界へ潜る」といえば、冒険小説めいて聞こえるかもしれませんが、博人はあっさりとモグラ兵に捕まって地下へ連れ去られ、自身も地下世界の住人として闇の中へ順応させられていくことになります。防毒面・防塵マスクで表情のうかがえないモグラ兵の外見はその時点で不気味ですが、地下世界で明らかになるモグラ兵たちの異様な生態と世界観こそが、本書を比類のない幻想怪奇小説にしています。モグラ兵は軍隊として生活の規律を守って生活しながら、「人間は水である」とか、「音は殺傷能力や治癒能力をもっている」などの、奇妙な哲学を大量の造語でもって語り、それを博人に飲み込ませて仲間にしようとします。顔中の孔から水分を排出させられるイニシエーションであったり、グロテスクな爬虫類を殺させる適性検査であったり、生理的な嫌悪感あるいは痛みに訴える描写もあいまって、読者は、頭がぐるぐるさせられるような、洗脳にも似た酩酊感を、博人とともに味わうことになるでしょう。

そして、博人が「闇」に順応させられてしまってからの最終章は、地上の倫理が吹き飛んでしまった博人の行動に慄然とさせられます。そこで見せつけられる「妻」の姿も凄絶な美しさがあり、それまでの欝々とした悪夢感とはまた別種の、鮮烈でショッキングな悪夢が待ち受けていることでしょう。

なお、「青春と読書」2月号には、作者によるエッセイが載っていますが、実は本書の誕生秘話にもなっているのでこちらも気になる方はご一読下さい。

次回はまた弊社以外の本になると思いますが、お目こぼし願えればと思います。


2018年1月20日土曜日

大ボリュームの怪異データベース。朝里樹『日本現代怪異事典』

今晩は、ミニキャッパー周平です。ここまで81回に渡って「気になるホラー小説」を紹介してきたこのブログ。先週の予告通り、今回は初めて、「小説以外のもの」を取り上げたいと思います。それはエッセイでもなければ漫画でもなければオカルト本でもなく……「辞書」です。

というわけで、今回の一冊は、朝里樹『日本現代怪異事典』。


「主に戦後の日本を舞台として語られた、現在の常識からは説明し難い超自然的な存在・現象・呪い・物体などにまつわる話を収集」するというコンセプトで纏められたこの一冊。3段組み、本文420ページ強、索引60ページ、収録項目1000以上と、とんでもないデータベースになっています。

出典は、松谷みよ子『現代民話考』や水木しげるの著作などのメジャーなものから、日本民話の会が収集した怪談集、読者の体験談を集めた「学校の怪談」系の本、都市伝説のまとめ本、2ちゃんねるのオカルト掲示板で語られた話、怪談サイトへの投稿、チェーンメール、などなど多種多様。江戸時代から語られる神隠しの森「八幡の藪知らず」から、Siriの不可解な応答によって広まった都市伝説「ゾルタクスゼイアン」まで縦横無尽。
「トイレの花子さん」「赤マント・青マント」「こっくりさん」辺りの90年代以前から語られていたオーソドックスな怪談と、「NNN臨時放送」「八尺様」「きさらぎ駅」「巨頭オ」などゼロ年代以降インターネットを通じて有名になった怪異が勢ぞろいするのは壮観ですし、「夜叉神ヶ淵の怪」「真夜中のゴン」「妖怪ヤカンおじさん」「真夜中のゴン」「リンゴゾンビ」「ブリッジマン」など聞いたこともなければググっても出てこない怪異も満載。マニア垂涎の一冊となっています。ちなみにリンゴゾンビは体育館に毎日リンゴを落としていき拾わせようとするゾンビ、ブリッジマンはブリッジしたまま追いかけてくる怪異だそうです。

メジャーな怪異であっても知らなかった情報がふんだんに含まれており、たとえば、「口裂け女」の項目では、口裂け女への対抗手段として、「『ポマード』と三回唱える」「『わたし、きれい?』という質問に『まあまあです』と答える」、などの有名なもののほかに、「べっこう飴を投げつける」「ボンタン飴をあげる」「りんごを投げつける」「小梅ちゃん(キャンディ)の大玉をあげる」「100点のテストを見せる」「掌に大と書いて見せる」「ハゲ、ハゲと繰り返し言う」「バンドエイドを鞄に貼っておく」「まっすぐ逃げず途中で曲がる」「建物の三階以上に逃げる」など、様々なバリエーションが出典付きで載っているのです。

索引の充実ぶりも見事で、五十音順索引のみならず、「類似怪異」「出没場所」「使用凶器」「都道府県別」などの索引から調べることができます。たとえば「出没場所」の「高速道路」の欄を見ると、高速道路には、(「人面犬」や「ターボババア」のように聞いたことのあるものの他にも)、「棺桶ババア」「蕎麦屋のおっちゃん」「猫人間」「バスケばあちゃん」「ヒッチハイクばばあ」などの様々な怪異が出没するのが一目で分かります。謎の老婆率。

本書はまず同人誌として通信販売されたものの注文が殺到、増刷を繰り返しても在庫が瞬殺されるという事態となり、最終的に商業出版された、という経緯をもっています。私も通信販売で買い逃したうちの一人。今回ようやく手に入れられて感無量です。


膨大なテキスト量の本ですし、一気に読み通すというよりは、気になった項目から拾い読んでいくのが良いかもしれません。怪談ファンはもちろんですが、ホラー小説を書こうとする人には、ぜひ一度手に取ってほしい、資料度の高い一冊です。

2018年1月13日土曜日

不思議な「石」の声を聞く若者と、勝手気ままな人魚(男)の奇妙な触れ合い――『人魚の石』

今晩は、ミニキャッパー周平です。読むものがフィクションに偏り、エッセイの類はあまり読まない私ですが、ブックガイドの性質をもつ本は別で、この間も、円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』という、SF・純文作家である夫とホラー・怪談作家である妻との、本の薦め合い&感想の応酬という、異色でハラハラさせられる一冊を堪能したところです。

本日ご紹介する一冊は、その著者の一人である、田辺青蛙の作品『人魚の石』。



関西の静かな山寺に引っ越してきた青年・日奥由木尾(ひおくゆきお)。彼は亡くなった祖父・昌義(まさよし)の跡をついで、住職としてそこに暮らすことを決めたのだった。だが、新生活を始めるため、池から水を汲み出して掃除しているうちに、池の中に真っ白な男が横たわっているのを見つけてしまう。池から出てきた男は、人魚を名乗り、昌義の知人を自称する。人魚の話によれば、昌義は「石の声」を聞く能力を持っており、山の中に散らばっている、不思議な力をもった石を集めていたのだという。人魚の手ほどきによって由木尾もまた、石の声を聞き、それを見つけ出す能力を与えられるが――

がっつり怖いホラーではなく、落ち着いた幻想怪談連作といった佇まいのこの作品。真っ先に目に留まるのは、各話でクローズアップされる、奇想天外な力を秘めた「石」の数々。記憶を吸い取り中に留めておく「記憶の石」。これは何らかの体験を忘れたい人によって利用されたため、たいていは忌まわしい記憶が封じ込められており、物語全体に暗雲を呼び込んでいます。そのほか、枕代わりにすると、夢の中で物語をきかせてくれる「物語石」や、幽霊を閉じ込めた「幽霊石」、目に入れると少しだけ未来を見せてくれる石など、さまざまな「石」に関わっていくことで、恐怖体験をしたり、九死に一生を得たりと、翻弄される主人公・由木尾の姿が見どころです。

そしてもう一人の主人公ともいえるのが、そのパートナーであり、由木尾によって「うお太郎」と名付けられた、人魚()です。由木尾の言葉をほとんど聞き入れてくれず、服が苦手で家の中でも全裸で過ごすことが多く、たまに服を来たかと思ったら女装、などと勝手気まま、自由奔放な「うお太郎」によって由木尾の日常生活は脅かされるのですが、それでも由木尾は友情めいた感情を抱くようになります(それは、人魚の持つ、人間を惑わす力によってなのかもしれませんが……)。由木尾は彼以外にも、どうも人を殺してきたらしい実兄、災いを告げる謎の少女、石探しを強要してくる天狗など、多くの登場人物に振り回されつつ、寺の過去に近づいていくのですが――やがて明かされる、「山でかつて起きた惨劇」の内容は、中々にハードで、そこには由木尾自身に大きな傷を負わせる真相も。人魚や天狗がふらりと登場する、牧歌的ともいえるムードと、妖や石に近づいたことで人生を踏み外してしまった人々の、血なまぐさい真実。それらが表裏一体となって不思議なハーモニーを奏でる一冊となっています。

さて、今年はホラー「小説」に限らず、ホラーファンにお勧めしたい書籍もご紹介していこうと思っています。早ければ来週にも。乞うご期待。

2018年1月6日土曜日

百鬼夜行の幻影の先に見えるのは「日本語」という怪異――竹本健治『クレシェンド』

明けましておめでとうございます、ミニキャッパー周平です。本年もよろしくお願いいたします。そしてお正月を迎えたということは、第4回ジャンプホラー小説大賞の〆切(6月末)までちょうど半年になったということです。私は今年も気になるホラーを頑張って紹介して参りますので、応募者の皆さんもぜひ原稿を頑張ってください。

せっかく新しい年なので、これまでご紹介したことのない作家のホラー作品を探そうとお正月の書店をさまよううちに、帯に踊る「百鬼夜行」の文字に惹かれて購入したのが今回の本。というわけで、2018年最初にご紹介する一冊は、竹本健治『クレシェンド』です。



ソフト開発会社に勤める矢木沢は、日本の伝承をモチーフにしたゲームソフト開発の途中、資料のある会社地下の通路で強烈な幻覚を体験する。それは、極楽鳥や小人や猩々や髑髏や異形の者などの集団、つまり「百鬼夜行」と呼ぶべき内容のものだった。その原因を探ろうとするうちに、浪人中の少女・真壁岬と出会い、彼女の協力も得た調査で幾つかの事実が判明する。社屋の地下は、かつてそこにあった「陸軍の技術研究所」をそのまま流用したものだったこと。そこで轡田清太郎という人物によって進められていたのは、日本民族・日本文化についての極秘研究だったこと。その研究こそが、百鬼夜行の幻覚を生み出している源泉なのか――?

作中で語られる内容には、日本神話の伊邪那岐(いざなぎ)の黄泉国(よもつくに)訪問のエピソードとギリシャ神話・ポリネシア神話との不思議な類似、日向神話と南洋諸島の伝承の関連性、「言霊」信仰、アマテラス=卑弥呼説などなど、日本神話や日本語についての衒学が大量に含まれています。それによって、怪異の原因探求の道筋は、日本人・日本語のルーツを探る旅にも似てきます。

しかし、そんな調査をしつつ、精神科医の診断を受けてているうちにも、主人公の幻覚症状はどんどん悪化していき、記憶さえ怪しい箇所が出始めて、恐怖は募っていきます。タイトルの「クレシェンド」とは音楽用語で「次第に強く」の意味。はじめは地下通路でしか起こらなかった幻覚が、旅行先でも発生するようになり、声を伴ったものになり、他人にも見えるようになり……出現するものの中味もより異形さを増したものになり、描写も異様なものになっていきます。


そして、「言葉」がカギになる作品だけあって、クライマックス近辺では、伝説上の生き物が矢木沢たちに牙を剥くストーリーが進行すると同時に、本書のページは怒涛のタイポグラフィで埋め尽くされることになり、驚倒すべき画面になります。「言葉から恐怖が生み出される」という構造そのものに切り込んだ内容であるという点、本書は、怪異小説であると同時に、怪異論であるとも呼べるかもしれません。