2019年1月26日土曜日

怪異の記録を聞く者は、自身もまた……三津田信三『怪談のテープ起こし』


今晩は、ミニキャッパー周平です。第5回ジャンプホラー小説大賞絶賛募集中。ふるってご応募ください! 第4回の金賞受賞作『マーチング・ウィズ・ゾンビ―ズ』も出版へ向け準備中です!

さて、本日の一冊は、三津田信三『怪談のテープ起こし』。



 集英社の編集者・時任から依頼を受けた作家・三津田信三は、『小説すばる』誌に短編を連載することになる。三津田は、時任との打ち合わせの最中に、自身の所有しているカセットやMD――怪異を体験した人々に取材した際の音声データ――の存在を思い出す。時任は、それらの録音をテキストに書き起こして、三津田の小説執筆に役立ててもらおうと意気込む。だが、書き起こしを重ねるうちに、時任の身の回りで奇妙な出来事が相次ぎ――
という枠物語を用意して語られる、6つの短編を収録。下記に一作ずつご紹介します。

「死人のテープ起こし」出版社で編集者をしていた頃の三津田のもとに、フリーライター・吉柳吉彦が持ち込んだ企画は、自殺者が死の直前に残した音声テープ群を書き起こして本にまとめるというものだった。やがて吉柳からテキストデータ3本が送られてくるが、3つの自殺直前の状況はいずれも、少しずつ不自然な部分があり……。恐怖体験の録音を書き起こすという行為が招く、怪異の感染は、本書の枠物語でも改めて牙を剥くことになります。

「留守番の夜」大学生・霜月麻衣子は、文芸部のOB・光史の家で留守番をする、という高額バイトを引き受けることになる。光史の家では、その妻・雛子と、雛子の伯母が住んでいるという。ところが、光史の目を盗んで雛子が告げたのは、伯母は既に死んでおり、葬儀も出しているのに、光史だけがその死を受け入れようとしない、という話だった。伯母の生死に疑念が沸いた状態での留守番、という、否応なしに不安を掻き立てる状況設定が見事です。

「集まった四人」奥山勝也はバイト先で知り合った岳将宣に誘われてグループでの登山に向かった。しかし待ち合わせ場所にメンバーが集合したものの、肝心の岳が現れない。都合で行けなくなったという岳からの連絡で、集まった四人は、全員が初対面の状態で山に登ることになるが……。山の中でおかしくなってしまう人の奇行がとても不気味な一本。

「屍と寝るな」三津田の学生時代の知人である“K”の母親は入院している。ある日、母と同室になった老人が、ずっとぶつぶつ何事かを呟いていることに、Kは気づく。老人の入室を境に、母の病状も悪化しているようだった。老人の話は要領を得なかったが、病室に向かうたびその話を聞かされるので、少しずつ実態が掴めていく。それは、老人の子ども時代の記憶と思しきもので……。これは本書で私が最も怖いと思った作品です! 老人の語りの中に浮かび上がる、電車内での不吉な邂逅シーンが、恐怖の“圧”の高さと緊張感でずば抜けています。

「黄雨女」大学生のサトルは、通学の道で、雨も降っていないのに長靴・レインコート・傘という雨の日の装いで立っている女を見かける。何度も女を見かけるうちに、ある日その女と目が合ってしまって……。語り終えられた後の幕切れが印象的です。

「すれちがうもの」アパートで一人暮らしをしている、新社会人の藤崎夕菜が、ある日ドアを開けると、そこに花を挿した瓶が置かれていた。その日から、夕菜は自身の通勤ルートで黒い影を見かけるようになり……。「黄雨女」と「すれちがうもの」は現象として類似したものを扱っていますが、「すれちがうもの」の発端(アパートの部屋の前に花の挿した瓶が置いてある)は現実にあり得そうで、いやーな感じがより強いです。

最後に枠物語について。どこまでがフィクションでどこまでが創作かを揺るがすという点でまず秀でています。更に、本書の表紙はオフィス内の写真ですが、そこに映っているデスクとキーボードは、紛れもなく集英社で使用している本物です。編集者・時任の体験した怪異には集英社のビル内で起きるものもありますが、まさにその同じビルで(Jブックス編集部と小説すばる編集部は同一ビルにあります)、深夜、一人でこの本を読んでいた時の私は、世界一ビビッていたことは言うまでもありません。



2019年1月19日土曜日

「病状の重い人ほど下の階に移される」奇妙な病院――ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』



今晩は、ミニキャッパー周平です。直木賞・芥川賞の結果がこのほど発表されていましたが、今回の直木賞にノミネートされていた深緑野分さんが、今まで読んだ中で一番こわい短編小説としてツイッターで挙げていた作品のひとつが、ディーノ・ブッツァーティ「なにかが起こった」でした。

ブッツァーティは寓話的な小説を得意とするイタリアの幻想作家で、ホラー作家という訳ではありませんし、本日ご紹介する短編集も、一冊丸ごとホラーという訳ではありません。
ただ、ホラー系アンソロジーにたびたび収録される歴史的に重要な短編を二本収録しており、ぜひこの機会にご紹介しておきたく、取り上げることにします。

という訳で、今日の一冊は、ディーノ・ブッツァーティ『七人の使者 神を見た犬』。



怖い作品として言及されることの多い短編のひとつが、「七階」。
病気のごく軽い症状で入院することになったジュゼッペ・コルテ。彼のあてがわれた部屋は七階だった。コルテが看護婦から聞いた話では、この病院は独自の管理システムを敷いており、七階には症状がとても軽い患者、六階には症状は大して重くないがなおざりにはできない患者、五階にはもう少し症状の重い患者……そして一階にはもはや死を待つばかりの患者、というように、『症状が重い者ほど下の階へ』滞在させるシステムとなっていました。自分が七階にいられるほど症状が軽いということでほっとするコルテ。ところがある日、コルテ自身は特に症状が悪化していないのに、新しく親子が入院するということで『部屋の空きがないため、特例として』コルテは六階へ移されます。病気は軽いのだから部屋さえ空けば七階に戻れるはず、と信じるコルテ。しばらくして、今度は『病院全体で病気の等級付けを変更する』という名目で、やはり症状は悪化していないはずなのに、コルテは五階に移される、ということになり……ここから何が起きるかは皆さん予想がつくでしょうが、じわじわと真綿で首を絞めるように事態が進行していく、間違いなく怖い作品です。

そして前述の短編、「なにかが起こった」。十時間ぶっ通しで走り、終着駅までどこにも停車しない急行列車。そこに乗車していた男が何気なく窓の外を見ていると、走り過ぎる列車を見物に来ていたらしい女に、急な報せを届けにきている者の姿があった。その少し先では、手をメガホン代わりにして、野原の方に向かって何か叫んでいる男がいた。どうやら、広範囲に何かの非常事態が起きて、人々がその情報を共有しているらしいことが分かってくる。窓の外の光景はやがて切羽詰まった、大規模なものになっていくが、何が起きているのか乗客には分からないまま、列車は止まることもなく目的地へ突き進んでいく……10ページしかないのにひどく後を引く作品です。

ブッツァーティの作風としては、「ゴール地点があるかどうかわからない、それどころか正体不明のトラップが待ち構えているかもしれないマラソンを、否応なしに続けさせられるような不条理」、そういう状況を描くことで、手探りで進まなければならない人生の悲哀を描き出すといった印象で、「カフカより手軽に読み進められるものの、はまり込む沼の深さではよく考えたらカフカとあまり変わらない」作品群、という風に私は考えています。

他の収録作についても印象的なものをいくつかご紹介。
国の全貌を知るため、国境へ向けて旅を始めたのに、何年かかっても国境に辿り着くことができない「七人の使者」などは前述した作風を象徴しています。
信仰をないがしろにしていた街の人々が、奇跡を起こせるかもしれない犬の出現に、四六時中怯えて生活する羽目になる中編「神を見た犬」は、一種のディストピアものめいて見えるディテールが読んでいて滑稽であり、皮肉な結末も巧みです。
牢獄に入っている間に自分の地位を失ってしまった、山賊のもと首領が、最後の大仕事に挑む「大護送隊襲撃」は非常にエモーショナルな結末でお気に入りです。
奇想という意味では、自動車がかかる伝染病が蔓延し、感染した車の隔離・処分政策が進められているという「自動車のペスト」の発想もすごい。
戦争からようやく帰ってきた我が子が、なぜかマントを脱ごうとしない、という内容の「マント」は、読んでいて身を切られるような、胸が苦しくなるような物語。

ブッツァーティの作品群は、直接そうは書いていないのに人生のことを書いているように見え、それでいて説教くさくはなく、ラストは(破局を予期させる恐怖や、胸にジンと来る哀切で)心に残るというものが多いです。ほとんどの作品が短く、すぐに読めるので、ぜひ気軽に手に取ってみて下さい。

2019年1月12日土曜日

港町の特濃クトゥルー復活録――小林泰三『C市からの呼び声』

今晩は、ミニキャッパー周平です。2019年も気の向くままにホラー小説をご紹介してまいりますので、何卒よろしく願いいたします。もちろん、絶賛募集中の第5回ジャンプホラー小説大賞への応募もお待ちしております。

さて、本日の一冊は、小林泰三『C市からの呼び声』。

小林泰三といえば、ミステリ・ホラー・SFと多岐のジャンルでヒットを飛ばす人気作家ですが、デビュー作は子供時代のおぞましい記憶にクトゥルーネタが絡む「玩具修理者」でした。そして最新作である本書『C市からの呼び声』は丸々一冊クトゥルーネタに取り組んでおり、発表済の短編「C市」とその前日譚である書下ろし中編「C市への道」で構成される本になっています。

前に置かれているのは「C市への道」。各国で奇妙な災害が多発し、クトゥルーの邪神(作中では、名を呼ぶことをはばかって「C」と呼称される)の復活が囁かれている時代。世界的な「C」研究者であるビンツー教授は、CAT(“C” Attack Team)の研究所を建てるべき場所として、緯度や経度、特殊な地磁気から結界となっている土地を選んだ。それは「因襲鱒(いんすます)港」と呼称される、日本のひなびた港町だった。

この港町がどう見ても呪われた地で、異様な潮の匂いに満ち、常に暗天に覆われ、水揚げされる魚は奇形ばかり、食べると体に重篤なダメージを受ける。港の住民たちの間では、自分たちの祖先が「こことは違うどこか」から来たという伝承が伝わっている。モーターボートで沖へ出た調査メンバーは、遭難したすえに古代の遺跡に遭遇し、異形の邪神に追われる。ビンツー教授が保管している魔導書『ネクロノミコン』を奪うために街の住民(どう見ても人間ではないし、当然のように銃で撃っても死なない)が襲撃してくるし、怪しげな脳波計測装置やマッドサイエンティストが跳梁し、宇宙生物と屍食鬼が死闘を繰り広げ、遂には玩具修理者までサービス出演。帯に書かれた「クトゥルーマシマシ神話生物多め‼ これがクトゥルー神話界の超大盛家系ラーメンだ!」というものすごいコピーに恥じない内容となっています。固有名詞やシチュエーションなど、ラヴクラフト作品へのオマージュを大量に捧げまくっていることもあり、原典をどれだけ読んでいるかで面白さが変わる作品でもあります。

そして後日談たる「C市」では、とうとうこの港町に、CAT研究所が完成。間もなく復活するであろうCに対抗すべく、科学の粋を尽くしてつくられた人工生命、学習型C自動追撃システム=HCACSは自己改良と進化を初め……クライマックスシーンの光景の異様さに唖然とさせられます。クトゥルーの邪神の正体を巡る議論の濃さを初め、「C市への道」以上にディープな一篇です。

2018年12月29日土曜日

死者との交信がもたらす戦慄の『システム』。――長江俊和『禁忌装置』


 今晩は、ミニキャッパー周平です。気づけば2018年も残り3日、あっという間に一年が過ぎ去ってしまいました。第5回ジャンプホラー小説大賞の〆切日、2019年6月末まであと半年。受賞を目指す方はぜひ、お休みの時間を大事に使って原稿を進めて下さいね。私は冬休みを使ってとりあえず本をたくさん読むつもりです。

さて、本日の一冊は、長江俊和『禁忌装置』。


学校内で孤立している津田楓は、正体不明の差出人から頻繁に届く謎のメールに悩まされていた。“49945682450751280”という意味不明な数列のみが記されたそのメールは、「受け取った者を自殺に追い込む」という噂で語られるものだった。ある日、楓の唯一の友人であった希美が、楓の眼前で飛び降り自殺を遂げる。死んだ希美の携帯電話にはあの数列が書かれたメールが届いていた。恐怖を感じた楓は、連続自殺の真相を探るTVディレクター・岡崎令子の取材を受けるが――
一方、不倫した妻を殺害した男・浦恵介は、自らも死を覚悟して森の中を彷徨ううち、一軒の廃墟を見つける。廃墟に入り込んだ恵介が遭遇したのは、そこにいるはずのない人物。殺したはずの妻だった――

二つの異なる恐怖体験の先に存在するのは、とある研究者によって作り出された、死者が死者を呼ぶ「システム」の存在だった。

というわけで、初刊が2002年(初刊時タイトル『ゴーストシステム』)なので、携帯電話の「メール」が自殺を連鎖させる媒体となる、やや時代がかった内容ではありますが、単純な呪いの感染にとどまる話ではなく、「死」の先にあるものが何かを考察するというコンセプトも含んだ作品です。そういう意味で、個人的には、本書の一番の読みどころは、主要登場人物の一人が「死んでから」の視点で語られるパートの透明で異質な恐怖感だと思います。メインストーリーの合間に挟まれる、聖職者や心霊研究家によってなされたという、もっともらしい「死者との交信の記録」――録音機に入り込んだ死者の声だとか、テレビに霊を映す実験だとか――にも目を惹かれます(巻末の参考文献を見る限りでは、この辺りは『ムー』に載った記事の引用かもしれません)。

ところで、死者との交信という意味では、超メジャー作品ではありますが、星新一「殉教」(『ようこそ地球さん』収録)は、死者との完全な通信機が発明されたことで社会に激変がもたらされる、星作品の中でも屈指のおススメ作品です。また、SFマガジン2019年2月号に載ったばかりの、森田季節「四十九日恋文」は、死者と四十九日間だけ短文のやりとりができる世界での、少女二人の別離を描いた掌編で、短いながらも非常にエモーショナルに仕上がっており、こちらもおススメです。

2018年12月22日土曜日

その町に近付いてはいけない――井上宮『ぞぞのむこ』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。今週土曜と日曜は幕張メッセでジャンプフェスタ本番日。ジャンプ作品のファンの方はぜひ足をお運びください。ところで私、幕張市ってジャンフェスのメッセにしか行ったことがなくて、人生のどこかで、あのめちゃくちゃ大きいという噂のイオンモール幕張新都心に行かなければならないと思っている次第です。

と、だいぶ強引な話題の変え方をしたのは、今日ご紹介するのはよく知らない「市」に関わった結果、大変なことになる話だからです。

今日の一冊は、井上宮『ぞぞのむこ』。



取引先に謝罪へ向かう途中、降りる駅を間違えた島本は、バスに乗り換えようと駅を出る。だが、同伴していた部下・矢崎から、すぐにここを離れた方がいい、なぜならここは《漠市》だから、と警告される。矢崎いわく、
●漠市には猫が一匹も住んでいない。
●漠市で自分の下宿していた近所には、同じ顔の人が44人いた。
●漠市から出たら、速やかに石鹸で手を洗わないといけない。
そんな矢崎の謎めいた警告に従わず、漠市で転んだ子供を助けた島本は、翌日、正体不明の女の訪問を受ける。女を部屋にあげてしまった島本の生活は奈落へと向かっていく……。このエピソード「ぞぞのむこ」をはじめ本書には、漠市とかかわったがために、(善悪や因縁で解釈する余地のない)不条理な怪異によって破滅していく人々の物語計5編が収められています。

漠市の文具店でハサミを万引きしようとした女が、事あるごとに異様な切断音を脳内に響かせ、捨てても捨てても戻ってくるハサミに取りつかれてしまう「じょっぷに」。介護施設で働く男が、認知症の老人たちを完全にコントロール下においている同僚の謎を探るうち、漠市の老人介護の方法を知る「だあめんかべる」、漠市の祠にお賽銭をあげてしまった結果、心に浮かんだ願いをすべて叶えてしまう神に囚われる「くれのに」、漠市内の屋敷に踏み込んでしまったために、邪悪な存在にとってかわられた少女の神隠し譚「ざむざのいえ」。いずれの作品も、超常的な存在にこれまで触れてこなかった人たちが、漠市というトワイライトゾーンに接近してしまったことで人生が暗転するストーリーです。そもそも全体として危険な漠市ですが、さらに漠市の中には、決して近づいてはいけない場所も多くあり、そのハザードマップがあったりします。

全ての作品において、漠市に居住経験があり、漠市でのタブーについて多少の知識がある若い男・矢崎が脇役として登場しますが、あくまで警告を与えるのみで、特に事件を解決できる能力があるわけでもなく、各篇の主人公たちは災厄に翻弄されるばかりです。

特に気に入ったエピソードは「くれのに」。《石鹸をくれ》とか《その電車、待ってくれ》みたいな、《~くれ》で終わるような願いと、《こいつが喋れなくなればいいのに》とか《あいつがいなくなればいいのに》などの《~のに》で終わるような呪いが少しでも心に浮かんだら、問答無用で叶えられてしまう。母親の小言にイラッとしてしまったら、次の瞬間に、目の前で凄惨な光景が……。

郷に入りては郷に従えと言いますが、皆さん、自分の知らない土地では、よくないものに人生を狂わされぬよう、詳しい人の言葉に従うことをお忘れなく。

2018年12月15日土曜日

たった31音に封じ込められた戦慄の一瞬。異色短歌ガイド――倉阪鬼一郎『怖い短歌』


こんばんは。ミニキャッパー周平です。普段はホラー小説を紹介していますが、今回は久々に「小説以外」をご紹介。本日の一冊は倉阪鬼一郎『怖い短歌』です。『怖い俳句』という俳句アンソロジーを編んだこともある著者が、膨大な量の歌集を調査し、様々な「怖さ」を感じさせる短歌を紹介するという一冊です。詠み手ごとに歌を挙げて解説していますが、「怖ろしい風景」「猟奇歌とその系譜」「向こうから来るもの」「死の影」「内なる反逆者」「負の情念」「変容する世界」「奇想の恐怖」「日常に潜むもの」と9つのカテゴリによる分類も試みられていて、短い音にこめられた多様な恐怖を堪能できます。



まず、教科書に載っているような有名人の意外な歌を見て、「こんな歌を詠んでいたのか」という驚きがありましたので三首挙げてみます(これ以降に引用する短歌の文字空き・改行はすべて本書に倣っています)。

<人形は目あきてあれど病める子はたゆげに眠る白き病室>

●(人間が目を閉じていて、人でない者が目を開けている。私は怖さよりも静謐な雰囲気と美しさを感じる歌でした。作者は「君死にたまふことなかれ」でおなじみの与謝野晶子です)


<むかしわれ翅をもぎける蟋蟀(こおろぎ)が夢に来りぬ人の言葉(くち)ききて>

●(恨みを言いに来たのか、それだけでは済まないのか。翅をもがれた虫の復讐はどれほどに及ぶのでしょうか。作者は国語の教科書の『山月記』で知られる中島敦です)


<誰か一人
 殺してみたいと思ふ時
 君一人かい…………
 …………と友達が来る>

●(この後に決定的な事態が起こりそうな緊張感でだいぶ怖いです。人の心に潜む闇、衝動的な殺意を活写した現代怪談のようなこの一首。作者はあの「一握の砂」の石川啄木です)


さて、ここからは、本書の中から私の特に気に入ったもの10本を選んでみました。私なりの感想ですが、編者の感想と被っている部分もあります。

<人工の街はさやけし雨上がりピアノ線首の高さに張られ> 山田消児

●(上の句の静かなムードと下の句の見つかる敵意のギャップにぎょっとします。現実に存在し得る情景であるのが怖いです)


<滅んでもいい動物に丸つけて投函すれば地震 今夜も> 我妻俊樹 

●(明言していないのに何の動物に丸をつけたのか、何が起こりつつあるのか全部理解できるのが巧いですし、発想もユニークです)


<献血かぁ 始発までまだあるしねと乗ったら献血車ではなかった> 伊舎堂仁

●(献血車でなかったものの正体を明言しないのが怖い。「誘拐犯の車」とかそういう現実的な恐怖ですらないのでしょうね)


<午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話> 石川美南

●(影が無かったのが六人中「一人」ではなく「五人」であるのが肝。影のある一人の行方は……。これは「~話」で終わる連作歌の一編で、私が好きな歌人の一人です)


<幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう> 木下龍也

●(こんな風にちょっと可愛い歌も含まれています。こういう絵本あったら買ってしまいそうです)


<白いシャツにきれいな喉を見せている 少し刺したらすごくあふれる> 野口あや子 

●(『すごくあふれる』のひらがなの連なりが無邪気な猟奇感、キャラ性さえ感じさせます。血とも赤とも言っていないのに真っ赤な絵が思い浮かぶのも印象的)


<「殺虫剤ばんばん浴びて死んだから魂の引き取り手がないの」> 穂村弘

●(「 」でくくられた、セリフの形を取った歌。このセリフを口にしている者と聞いている者、発されている状況、イマジネーションを掻き立てまくる作品です)


<ゆふぐれにもつとも近き岬にて音もなくそれはぼくを攫つた> 荻原裕幸

●(正体不明の「それ」にどこへ連れていかれるのか恐ろしい反面、「それ」の登場するシチュエーションが詩情豊かで、いっそ攫われてしまいたい願望も浮かびます)


<されこうべひとつをのこし月面の静かの海にしずかなる椅子> 佐藤弓生

●(浮かぶ光景のスケールの大きさ、壮大なもの寂しさ。そこでかつて何があったのでしょう。SFファンとしてもグッとくる一首です)


<誰よりもきれいな死体になるだろう
  それが理由で愛した少女> 林あまり

●(「それが理由で愛した少女」というリズム感とエモさが完璧な下の句を、危険な上の句が引き出しているという構成。個人的に最も好きです)

という訳で、読んでいるうちに「この歌人の歌をもっと読んでみたい」とか、「自分もこういう短歌を詠んでみたい」と思わされてしまう一冊。短歌にまだ触れたことがない人も手に取ってみてはいかがでしょう。

2018年12月8日土曜日

人気ミステリ作家の描き出す現代怪異13編――似鳥鶏『そこにいるのに』


今晩は、ミニキャッパー周平です。まずPRから。第5回ジャンプホラー小説大賞募集開始にあたって、「ジャンプホラー小説大賞の傾向と対策」的な記事をJブックスのHPで公開予定です。第1回~第4回まで応募されてきた作品はどういったジャンルや主人公のもので、また、最終候補に残り受賞してきた作品はどういった内容のものだったかを、詳しく解説。12月10日月曜より全3回で公開です。次回応募者の皆さん、ぜひお役に立てて下さい!

さて、本日ご紹介する一冊は、似鳥鶏『そこにいるのに』。



『理由(わけ)あって冬に出る』から始まる「市立高校シリーズ」などで、ミステリのジャンルで人気を博す作家の、初のホラー短篇集です。全13編を収録し、短いものでは10ページ足らずのものも多く、各篇に直接の繋がりはないため、空いた時間にサクサク読むことができます。たとえば「ルール(Googleストリートビューについて)」は、グーグルマップ用の幾つかの座標と注意書きで構成される内容で、僅か3ページの掌編。

グーグルマップに限らず、最新のツールを介した恐怖が多く含まれているのは本書の特徴です。その好例が、「痛い」という題名の短編。吉田美咲は平凡な会社員だが、ある日何気なく自分の名前でエゴサーチをしてみたところ、「吉田美咲 9/16 19:29 新宿駅構内」というタイトルの動画が動画共有サイトに上がっていた。それは、美咲が駅でベビーカーを故意に蹴飛ばし、ベビーカーを押す女性に暴言を吐く動画だった。当然、動画のコメントは怒りの声で埋め尽くされていたが、美咲自身にはそんな行為をした記憶が全くないのだった。身に覚えのない迷惑行為動画は次々にアップロードされ……現代的な不条理ホラーの極みとも言える一本ででしょう。他にも、「写真」という題の作品では、デジカメで撮影した写真を、<パソコンに取り込んだり><携帯に送信したり><知人と共有したり>するというありふれた行為が、主人公と怪異との距離を縮めていくという設定で、こちらは某都市伝説を髣髴とさせつつ、現代だからこそ書ける最先端の恐怖を感じさせます。

収録作は現代怪談・都市伝説的な様相も見せています。ある日突然、頭の中で、<ポストを見に行かなければならない><ティッシュを屑籠に捨ててはいけない>などの妙な指令が響く、という短編「なぜかそれはいけない」などは、モチーフとなったであろう有名な怪談話が、巧みにアレンジされています。「二股の道にいる」に登場する、Y字路の交点に佇んでいて、特定の条件下で遭遇してしまうと災いを呼ぶ<Y字路おじさん>は、新たな現代怪談のモンスターにもなりそうです。

ほとんどの作品において、特に悪事を働いたわけでもない「普通の人」が、自室、帰宅の道、新幹線の車内など、日常的な場で正体不明なよくないものに憑かれ、悲惨な結末を遂げるというスタイルであり、それゆえにこそ、数少ない別ベクトルの作品はぐっと心に迫るものがあります。タイトルは伏せますが、その一作は「世にも奇妙な物語」の感動枠で実写化されそうな輝きを持っています。

冒頭におかれた「六年前の日記」は、小学三年生の女の子が遺した日記を読んでいく中で、巻末におかれた「視えないのにそこにいる」は、刑事である父親の残した捜査記録を読んでいく中で、それぞれクライマックスを迎える作品ですが、残された文書のラスト一行が読者に与える強烈な感情は、二作で全く異なったものになっています。計算尽くでこの二作品を最初と最後に配したのなら、なかなかに粋な仕掛けと言えるでしょう。