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さて、本日の一冊は、三津田信三『怪談のテープ起こし』。
集英社の編集者・時任から依頼を受けた作家・三津田信三は、『小説すばる』誌に短編を連載することになる。三津田は、時任との打ち合わせの最中に、自身の所有しているカセットやMD――怪異を体験した人々に取材した際の音声データ――の存在を思い出す。時任は、それらの録音をテキストに書き起こして、三津田の小説執筆に役立ててもらおうと意気込む。だが、書き起こしを重ねるうちに、時任の身の回りで奇妙な出来事が相次ぎ――
という枠物語を用意して語られる、6つの短編を収録。下記に一作ずつご紹介します。
「死人のテープ起こし」出版社で編集者をしていた頃の三津田のもとに、フリーライター・吉柳吉彦が持ち込んだ企画は、自殺者が死の直前に残した音声テープ群を書き起こして本にまとめるというものだった。やがて吉柳からテキストデータ3本が送られてくるが、3つの自殺直前の状況はいずれも、少しずつ不自然な部分があり……。恐怖体験の録音を書き起こすという行為が招く、怪異の感染は、本書の枠物語でも改めて牙を剥くことになります。
「留守番の夜」大学生・霜月麻衣子は、文芸部のOB・光史の家で留守番をする、という高額バイトを引き受けることになる。光史の家では、その妻・雛子と、雛子の伯母が住んでいるという。ところが、光史の目を盗んで雛子が告げたのは、伯母は既に死んでおり、葬儀も出しているのに、光史だけがその死を受け入れようとしない、という話だった。伯母の生死に疑念が沸いた状態での留守番、という、否応なしに不安を掻き立てる状況設定が見事です。
「集まった四人」奥山勝也はバイト先で知り合った岳将宣に誘われてグループでの登山に向かった。しかし待ち合わせ場所にメンバーが集合したものの、肝心の岳が現れない。都合で行けなくなったという岳からの連絡で、集まった四人は、全員が初対面の状態で山に登ることになるが……。山の中でおかしくなってしまう人の奇行がとても不気味な一本。
「屍と寝るな」三津田の学生時代の知人である“K”の母親は入院している。ある日、母と同室になった老人が、ずっとぶつぶつ何事かを呟いていることに、Kは気づく。老人の入室を境に、母の病状も悪化しているようだった。老人の話は要領を得なかったが、病室に向かうたびその話を聞かされるので、少しずつ実態が掴めていく。それは、老人の子ども時代の記憶と思しきもので……。これは本書で私が最も怖いと思った作品です! 老人の語りの中に浮かび上がる、電車内での不吉な邂逅シーンが、恐怖の“圧”の高さと緊張感でずば抜けています。
「黄雨女」大学生のサトルは、通学の道で、雨も降っていないのに長靴・レインコート・傘という雨の日の装いで立っている女を見かける。何度も女を見かけるうちに、ある日その女と目が合ってしまって……。語り終えられた後の幕切れが印象的です。
「すれちがうもの」アパートで一人暮らしをしている、新社会人の藤崎夕菜が、ある日ドアを開けると、そこに花を挿した瓶が置かれていた。その日から、夕菜は自身の通勤ルートで黒い影を見かけるようになり……。「黄雨女」と「すれちがうもの」は現象として類似したものを扱っていますが、「すれちがうもの」の発端(アパートの部屋の前に花の挿した瓶が置いてある)は現実にあり得そうで、いやーな感じがより強いです。
最後に枠物語について。どこまでがフィクションでどこまでが創作かを揺るがすという点でまず秀でています。更に、本書の表紙はオフィス内の写真ですが、そこに映っているデスクとキーボードは、紛れもなく集英社で使用している本物です。編集者・時任の体験した怪異には集英社のビル内で起きるものもありますが、まさにその同じビルで(Jブックス編集部と小説すばる編集部は同一ビルにあります)、深夜、一人でこの本を読んでいた時の私は、世界一ビビッていたことは言うまでもありません。