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2019年2月2日土曜日

怖ろしく、切なく、胸にしみいる7つの怪談。山白朝子『死者のための音楽』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昨年末、怪談誌『幽』が30号をもって休刊となりました。このブログで紹介した本の中にも、『幽』に掲載された作品を集めたものや『幽』の新人賞でデビューした作家のものなど多数ありましたので、その存在の大きさを改めて噛みしめています。今回は、『幽』初出作品を集めた本をご紹介しましょう。

という訳で本日の一冊は、山白朝子『死者のための音楽』。



別名義で既に長く活躍していた作者の、山白朝子名義での初の著書でもあります。本書に収録された怪談、全7編の中で、恐怖度の強い作品をまず挙げると「黄金工場」「鬼物語」。

「黄金工場」は、工場の廃液によって黄金に変わった虫を見つけた少年の物語。その廃液を浴びたもののうち、生きているものだけは黄金に変わってしまう。黄金になったミミズやダンゴムシを集めているうちはいいのですが、大きな生き物ほど大量の黄金に変わる、ということは、行き着く先は……。本書中一番ショッキングな絵面が待ち受けています。

「鬼物語」で描かれる鬼は、指で人間を押しつぶすほど巨大であり、たびたび村を襲って殺戮を繰り広げる存在で、進撃の巨人もかくやという恐ろしさです。一方で、物語を追っていくと、3代に渡って鬼に大切な人を奪われた家系の、哀切な年代記も浮かび上がります。

上記二作品は、怖さとともに悲しみが胸にぐっと迫る内容です。悲しみ、そして時にはそこからの魂の救済は、この本全体に底流として流れているように思えます。

「井戸を下りる」の主人公は、父親の叱責から逃れようと逃げ込んだ井戸の底に、女が潜んでいるのを見つけます。そこに住んでいるという奇妙な女に惹かれていき、井戸に通うようになった主人公。彼が最後に辿り着く場所のぞっとするような美しさが印象的です。

「長い旅のはじまり」は、強盗に父を殺された娘の話。彼女は性経験が無いにもかかわらず子供を産みます。子供は、生まれた時から、誰に教わったこともないお経を覚えていて……。悲運に翻弄される二人の姿が健気で、タイトルに込められた意味がラストで読者の心に響いてきます。

「未完の像」は、彫刻の圧倒的な才を持つ少女の話。その技術は高く、木彫りで鳥を作ればその鳥が空へ飛んで行ってしまうほど。彼女は仏像士のもとに弟子入りして、仏像を作ろうと試みるが……。彫刻の合間にわずかだけ垣間見える少女の想いが、語り手と読者の胸を打ちます。

「鳥とファフロツキーズ現象について」は、鴉に似た正体不明の鳥を助けた父娘の話。テレパシーのような超能力をもったその鳥は、父娘が欲しいと思ったものを目の前に運んできてくれるという可愛らしい習性がありましたが……父娘を襲った悲劇をきっかけに、鳥との関係が全く変わってしまいます。二転三転する展開の先に待つのが、残酷な結末なのか救いなのか、胸が苦しくなりながら目が離せない作品です。

単行本書き下ろし作品である「死者のための音楽」は、手首を切って自殺を図った母と、その娘の対話形式で綴られる、母の人生の物語。聴覚に障害をもって生まれた彼女は、幼い頃に溺れて死に瀕したとき、水中でこの世のものではない美しい音楽を聞いて、その音色に生涯あこがれることになった。やわらかな口語文体で現世の生と彼岸の美が語られる、涙を誘う傑作。

(どれというとネタバレになるので伏せますが)幻想小説としての味わいを十分にもちながらも、ミステリ的な鮮やかなどんでん返し、騙しのトリックが含まれている作品も多く驚かされます。それでいてどの作品も、読者の感情にさざ波を立てること間違いなしの物語です。山白朝子名義での(ノンシリーズの)短編集は、これと『私の頭が正常であったなら』のみ。一編一編を大切に読んでほしい一冊です。




2018年6月23日土曜日

古い家屋に棲むモノが、人間の生活を侵す時――小野不由美『営繕 かるかや怪異譚』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞〆切は間もなく(30日)。ギリギリまで書いていて応募に失敗しないよう、応募方法を予め確認しておいて下さいね。
さて私は、春ごろ引っ越しをしたのですが、まだ細かい家具の配置(特に本棚)をあちらへ動かしこちらへ動かして理想の部屋づくりを模索しているところです。寝起きする環境はやはり快適で心安らぐものであって欲しいので……。

という訳で本日の一冊は、小野不由美『営繕 かるかや怪異譚』。



叔母の死により、城下町の古い家を受け継いだ祥子。その家には、箪笥で入口をふさがれた座敷、「開かずの間」があるのだが、その上の方の襖が何度閉めても気づけば開いている。それを不気味に感じていた祥子は、箪笥をどかして「開かずの間」を開け放ったのだが、その結果、カリカリという物音や人影の出現など、さらなる怪異に出くわすことになる。祥子は、叔母が懇意にしていた工務店の男・隈田から、かつてその家で起きた悲劇と、叔母がその「障り」を座敷に閉じ込めようとして失敗し、やがて病に倒れたという経緯を知らされる。窮地に陥った祥子に隈田が紹介したのは、「営繕 かるかや」の尾端という男だった。

「営繕」とは建築物の新築、増築、修繕及び模様替えのこと。これを生業とする男・尾端が、歴史ある城下町の家々に起こる怪奇現象を、「営繕」によって解決していくという連作です。
こう書くとゴーストバスターお仕事ものに聞こえそうですが、尾端は派手な祓魔や成仏を行う訳ではなく、霊や障りを、模様替えや修築によって「対処する」のみ。ちょっと風水に考え方が似ているかもしれません。霊を滅することができなくても、霊との共存の仕方を提供することはできる、或いは家主に害が及ばないようにすることはできる、といった、怪異への絶妙な距離感、敬意めいたものが、尾端というキャラの魅力ともなっています。

本書に収録されている6編は、それぞれ、屋根裏を動き回る何者かの足音、袋小路を近づいてくる喪服の女、家の中のあり得ない場所に出没する老人、井戸から家に近寄ってくるもの、ガレージに現れる子供の霊、などなど、決して派手ではないものの、日常と命を脅かし、読者をじわじわと怖がらせるものばかり。家に住む人の心が追い詰められ、最後の最後、あわやという場面で尾端が登場し、対症療法を施す。あとには人智を超えた存在への戦慄と感動が混ざった余韻が残る。「キャラクターもの」でありながら静謐な「怪談」であるという両面で楽しめる作品なのです。

ちなみに6編の中には、「これこれこういう事件が過去にあってその祟りだろう」という因果が明かされる短編もある一方で、「怪異の法則こそ判明するものの、いったいそれが何者だったのか最後まで全く分からない」といういかにも怪談然としたわだかまりを残す短編もあり(ネタバレになるからどれかは言いません)、私はその一作が特にお気に入りです。

2018年4月14日土曜日

暖かな沖縄の地にも怪異は息づく――『私はフーイー 沖縄怪談短編集』

今晩は、ミニキャッパー周平です。百物語も第九十四夜目となりました。計算上は六月上旬には第百夜目を迎えることになるわけですが、その間に横たわるゴールデンウイーク前の校了の山を無事に乗り越えられるか、神のみぞ知るといったところです。


本日ご紹介する一冊は、恒川光太郎『私はフーイー 沖縄怪談短編集』。
タイトル通り、(主に)沖縄の本島や島々を舞台にし、沖縄弁の飛び交う異国的ともいえる世界で語られる、恐怖や怪異に纏わる7編を集めた作品集となっています。


表題作となっている「私はフーイー」は、琉球王朝時代の沖縄に流れ着いた、動物に変身することのできる女・フーイーが、五十年おきに転生を繰り返し、廃藩置県や太平洋戦争といった沖縄史の激動を見守り続ける物語。次々に時代が飛び、雄大なタイムスパンで語られるフーイーの生の在り方はマジックリアリズム的なスケールの大きさがあります。
人の生き様、人生を丸ごと描いた作品は他にも二本あり、「幻灯電車」は昭和初期から沖縄の本土復帰頃までを生きた女性の一代記で、家族の犯した殺人によって零落していく人生を、どこへ向かうとも知れない「お化け電車」の幻影が怪しく彩る物語。「月夜の夢の、帰り道」は、「十二歳の少年が、祭りの夜の日に出会った女に、悲惨な生涯を予言される」という冒頭部から、その波乱万丈の一生が描かれていきます。流浪の果てに彼が出会った魔女がもたらすものは……?

「夜のパーラー」はファンタジー要素よりもエロスとサスペンスが前面に現れた一本。夜の道で沖縄そばを売る屋台の店。偶然そこにたどり着いた男は、店員の女と親しくなるが、彼女の身の上話に耳を傾けるうちに殺人計画に巻き込まれ……不気味な余韻は本書でも随一。
「ニョラ穴」は、酔った勢いで殺人を犯してしまった男が、その隠蔽のために向かった無人島で遭遇した、謎の生物「ニョラ」の魔性を手記形式で描く。「ニョラ」は異様な匂いを発し、甘い幻想で獲物を呼び寄せる肉食生物。洞窟の中に潜んで姿を見せないものの、だからこそ想像を掻き立てる不気味さがあります。

私が特に好きなのは冒頭に置かれた「弥勒節」「クームン」の二本。
「弥勒節」の舞台となる島では、虫の群れが作り出す人型の影や、ひらひらと舞う黒い布のようなものなど、様々な形で生じ触れた者には死をもたらすという怪現象、「ヨマブリ」の実在が信じられている。その島で、死者の鎮魂のために用いられていた胡弓(楽器)に精霊の力が宿った。その胡弓を偶然手に入れた男は、精霊の声を聞いて、音楽を弾き鳴らしていくうちに運命的な出会いを果たすが――音楽の持つ力が人間の魂を導いていく美しさに加え、「ヨマブリ」の正体も明らかになる伝奇的な面白さもある、短編の巧手ならではの作品。

「クームン」で登場するのは、もじゃもじゃ頭で着物姿、森の中のあばら家に住んでいて、家を囲む木々の枝には大量の古靴を結び付けている、正体不明の魔物・クームン。クームンの住処を見つけた少年は、家出した少女をそこに匿ったが、やがてあばら家の中で起きた血なまぐさい真実が明らかになる。ノスタルジックなボーイミーツガールに花を添える、魔物の不思議な性質(靴をあげたら願いを一つ叶えてくれる、かもしれない)が印象的です。

「ヨマブリ」にしろ「クームン」にしろ、あまりにも世界観に自然に溶け込んでいるので、実在の伝承なのか、と思ってグーグル検索にかけても全く引っかからなかったので、これは作者の創作のようです。そんな錯覚を生んでしまうほど、作者の構築した世界、幻想の沖縄が強固な存在感を持っているのです。

GWに沖縄に行かれるご予定のある方は、ご旅行前にお読みいただければ、更に沖縄を楽しめるのではないのでしょうか。

恒例のCMを。第3回ジャンプホラー小説大賞銀賞受賞の『自殺幇女』『散りゆく花の名を呼んで、』それぞれの作者へのインタビューが『ダ・ヴィンチ』5月号に掲載中。ぜひご一読ください。第4回ジャンプホラー小説大賞も原稿募集中です!



2018年2月17日土曜日

山は異世界。町とは違う理の支配する場所――coco・日高トモキチ・玉川数『里山奇談』

今晩は、ミニキャッパー周平です。古橋秀之のSFショートショート集『百万光年のちょっと先』、レビューや感想をネットに上げて下さっている方、ありがとうございます。短いお話をたくさん収録した本は、読んだ後に「どの話が好きだったか」を人と語り合うことができるのが楽しいですね。本日ご紹介する一冊も、掌編ほどの短い物語がたっぷり収録されています。

というわけで今回の一冊は、coco・日高トモキチ・玉川数『里山奇談』。



生物観察のために山に入る人、ヒッチハイクの旅人、ハイキングに出かけた夫婦、山郷の住人など、様々な人々が(主に)山で遭遇した怪異を中心に語る、ショートストーリー40編を収録した、実話風怪談集。浜辺や離島を舞台にした作品も含まれていますが、ほとんどが「山もの」というのが特徴です。

まず目に留まるのは、山は生き物に溢れた場所であるという点で、本書自体が生き物観察の愛好家たちによって集められた内容という体裁であるため、怪異の体験者・登場人物にも、昆虫の観察や撮影を趣味とする人が多く、その時点で何やらディープな世界が広がっています(「甲虫専門の人」「蛾が専門の人」「カミキリムシが専門の人」などがおり、それぞれ「甲虫屋」「蛾屋」「天牛屋」と称されるのだとか)。そして、亡くなった妻が蛾になって帰ってきたと語る男の話「白蛾」、蛍を用いた弔いの風習について語られる「ほたるかい」、老人を襲った惨劇を描く非常にグロテスクな作品「巣」などを読むと、都会人が普段ノスタルジーと幻想の中に押し込めている「虫」への異界感、生理的な断絶が、非常に生々しい感触をもって蘇ってきます。

山里の怪異にまつわる信仰や伝承について、詳細な解説がなされ、知的好奇心をくすぐる読み物的な作品もあります。「アイとハシとサカ」は『アイ』『ハシ』『サカ』を含む地名が示す危うい特異性を、「神木と御鈴」では、神木に軽々しく触れることの禁忌の訳を、「山笑う」では、山中で起こる不思議な現象に起こる対処法を、それぞれ知ることができます。これらの真実味をもった説明のうち、どこまでが事実でどこまでが創作ととらえるかは読者に委ねられています。この方向性での一押し作品は「エド」で、いわゆる心霊スポットの説明を足掛かりに、『悪しきモノ』の存在によって穢れた場所と周辺住民たちの関係について解説がされるのですが、最後の一行が、心霊スポットどころではない名状しがたい余韻を残します。

その他にも、バリエーション豊かな怪談・奇談が収録されており、山の集落で行われていた盟神探湯めいた裁判方法に隠された秘密を描く「カンヌケサマ」は意外な展開への驚き。鹿を轢き殺した猟師のゾンビ的体験を描く「いけるしかばねのしかのし」はユーモラスな印象。交通量のほとんどない島になぜか唯一立っている信号機の由来が明かされる「信号機」はハートフル。幼少期に目撃した華やかな『狐の嫁入り』の記憶が、大人になった後に全く様相を変える「山野辺行道」はノスタルジックで抒情的。弟とともに廃病院の探索に訪れた少年の体験「廃病院にて」は、怪異が現れた瞬間にビビること必至、がっつり怖い。……などなど、書き手が三人いることもあってか様々な味わいが楽しめる一冊。

好奇心旺盛な読者であれば、読み終わって山の怪しい魅力に憑りつかれるでしょうし、ビビりな読者はしばらく山に近寄りたくなくなること必至の本と言えます。ちなみに私は後者です。


2018年2月3日土曜日

南米に花開いためくるめく奇想幻想。J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』

今晩は。ミニキャッパー周平です。今日は長くなりますので、前置きなしにご紹介を。
J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』(鼓直・編)です。



このシリーズは、『イギリス怪談集』『フランス怪談集』『東欧怪談集』『中国怪談集』など、8090年代にかけて刊行された各国・地域の怪談集シリーズなのですが、昨年末この一冊のみが復刊されました。
ラテンアメリカといえばマジックリアリズム小説豊穣の地。日常の中に、現実ではあり得ないことや、スケールの大きすぎる事態が平然と入り込み、それが当たり前に受け入れられ、奇妙な世界が創り上げられていく――そんな手法を得意としていて、純文学/ファンタジー/ホラーといった本邦でのジャンル区分では語りづらい作品が多いです。このアンソロジーにも、ボルヘス、コルタサル、パス、フエンテスなど、ラテンアメリカ文学の重要人物と呼ばれる作家がずらりと顔を揃えています。

※以下、各短編を、作者(出身国)「作品名」の形で表記してご紹介していきます。

まずは分かりやすくホラーらしいホラーから。
アンデルソン=インベル(アルゼンチン)「魔法の書」は古書ホラー。蚤の市で見かけた本には、魔術的な文字で、キリストと同時に生まれたとされる伝説の不老不死の人物「さまよえるユダヤ人」の自伝が書かれていた。そこには世界の宗教史を覆す内容が含まれていた……。普通には読むことができず、文字列に意識を没入して読み続けないと、気を抜いた瞬間すぐに文章が読めなくなり、冒頭から読み直す羽目になる。そんな鬼畜仕様の本に心を囚われてしまった男の運命は?
オカンポ(アルゼンチン)「ポルフィリア・ベルナルの日記」は耽美ホラー。家庭教師である女性は、自身の教え子から日記を見せられますが、その中身は彼女の隠された顔を暴き、恐るべき運命を予言するものでした。

普通ならホラー以外のジャンルに区分される作品も少なくありません。
ルゴネス(アルゼンチン)「火の雨」は古代を舞台にした災害小説。明言はされていませんが恐らくは噴火で滅んだ日のポンペイ、その地獄絵図を、見てきたかのような臨場感たっぷりの筆致で、しかし、破滅を受け入れた男の視線から静かに描いています。
ビオイ=カサレス(アルゼンチン)「大空の陰謀」は、テストパイロットが試作機の飛行で墜落して、地上に戻ってくると、誰も彼のことを知らない奇妙な世界に迷い込んでいた……というSF的な興趣をもったもの。
レサマ=リマ(キューバ)「断頭遊戯」は古代中国を舞台に、幻術使い(生物を操ったり、誰かの首を切ったあと元通り繋げる、などといった奇術・魔術を行う)の流転する人生を描く伝奇物語。
ボルヘス(アルゼンチン)「円環の廃墟」は著者の代表作の一つである幻想小説。神殿の廃墟でひたすら眠り、夢を見続ける男の目的は、夢の中で一人の人間を創造することだった。夢の中で創造された人間の行動は……? 無限の世界に思いを馳せる哲学的な内容です。

恋愛がモチーフになった作品も、やはり一筋縄ではいきません。
キローガ(ウルグアイ)「彼方で」は、大恋愛の果てに心中を選んだ女性の語りですが、心中して命を落とした後も、彼女の語りは平然と続きます。生前の思い通り、愛した男と逢瀬を重ねるものの、やがて……。人間の魂の脆さが胸に刺さります。
アストゥリアス(グアテマラ)「リダ・サルの鏡」は、意中の男を手に入れようと、恋のまじないに手を出した女を待ち受ける悲劇。まじないは、男が祭礼で着ることになっている服を先に一度着ておくという素朴で微笑ましいものですが……? 最後の一文の悲しい美しさは、この本の中でもピカイチです。
パス(メキシコ)「波と暮らして」は人間と「波」の恋愛を描いた、世界幻想文学史上でも高名な作品ですが、この短編については以前の記事で触れたのでご参照のほどを。

アンソロジーとしての目配りらしく、コミカルな作品も挟まっています。
モンテローソ(グアテマラ)「ミスター・テイラー」は、干し首の収集がブームになるというブラックユーモア。先進国の道楽によって途上国が被害を被る、という文明批評の側面も。
ムヒカ=ライネス(アルゼンチン)「吸血鬼」では、見た目が非常に吸血鬼っぽい男爵が、その見た目をホラー映画製作陣に見込まれて、主演を務めることに。製作陣はホラーのプロであるため、「こんなにも吸血鬼っぽい人は吸血鬼ではないだろう」という逆先入観に囚われていますが、案の定、男爵は本物の吸血鬼でした。非常に大仰な文体なのにホラーを茶化すような展開の連発で、読んでいる間くすくす笑ってしまいました。

さて、いよいよ本書の本領である、怪談と言うか幻想文学というか純文学と言うか、ほのめかしに満ちて、どこまでが現実でどこからが超現実なのかわからない、そんな面妖な作品群です。私としても、あらすじは理解できても、解釈を一つに定めにくいものばかり。
リベイロ(ペルー)「ジャカランダ」。大学で教鞭を執っていた男が妻を亡くし、その土地を離れようとしていた。ところが、彼の後任でやってきた女性の素性が、どうにも彼の亡くなった妻のそれと同じものらしい。一体何が起きているのか、結末をどういう感情で受け止めるべきなのか、読後も頭を悩ませる作品です。
ムレーナ(アルゼンチン)「騎兵大佐」では、軍人の葬儀に紛れ込んだ、冒涜的な振る舞いをする怪しい男が登場します。フエンテス(メキシコ)「トラクトカツィネ」は、古い屋敷に引っ越した男が、別世界めいた庭で謎の老婆に遭遇します。どちらも、不吉な存在の禍々しさは伝わりつつ、正体はよくわかりません。
そして、こういう謎めいた方向性の歴史的作品が、コルタサル(アルゼンチン)「奪われた屋敷」。中年の兄と妹がふたりで暮らしている大きな屋敷。兄が読書を、妹が編み物をして過ごす平凡な生活は、しかし徐々に侵食されていく……屋敷を奪おうとする者の狼藉によって。緊張感と切実さに満ちており、二人の諦観とそれを超える悲しみは胸を打ちます。が、屋敷を奪っていく存在が何者なのか、具体的にどうやって奪っていっているのか、(兄妹には分かっているのに)読者には、最初から最後までさっぱり分からないという恐るべき構成。想像力をくすぐられること請け合いです。


読書好きには、奔放なイマジネーションに満ちたラテンアメリカ文学に出会って、人生が大きく変わった人も大勢いると思いますが、その入り口にもなり得るアンソロジーです。ホラーという範疇には括りづらくなっていくので、これ以上はこのブログの扱う範囲からズレて行きますが、手に入りやすい本として、ボルヘス『伝奇集』、コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇コルタサル短篇集』などもお勧めしておきます。

2018年1月13日土曜日

不思議な「石」の声を聞く若者と、勝手気ままな人魚(男)の奇妙な触れ合い――『人魚の石』

今晩は、ミニキャッパー周平です。読むものがフィクションに偏り、エッセイの類はあまり読まない私ですが、ブックガイドの性質をもつ本は別で、この間も、円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』という、SF・純文作家である夫とホラー・怪談作家である妻との、本の薦め合い&感想の応酬という、異色でハラハラさせられる一冊を堪能したところです。

本日ご紹介する一冊は、その著者の一人である、田辺青蛙の作品『人魚の石』。



関西の静かな山寺に引っ越してきた青年・日奥由木尾(ひおくゆきお)。彼は亡くなった祖父・昌義(まさよし)の跡をついで、住職としてそこに暮らすことを決めたのだった。だが、新生活を始めるため、池から水を汲み出して掃除しているうちに、池の中に真っ白な男が横たわっているのを見つけてしまう。池から出てきた男は、人魚を名乗り、昌義の知人を自称する。人魚の話によれば、昌義は「石の声」を聞く能力を持っており、山の中に散らばっている、不思議な力をもった石を集めていたのだという。人魚の手ほどきによって由木尾もまた、石の声を聞き、それを見つけ出す能力を与えられるが――

がっつり怖いホラーではなく、落ち着いた幻想怪談連作といった佇まいのこの作品。真っ先に目に留まるのは、各話でクローズアップされる、奇想天外な力を秘めた「石」の数々。記憶を吸い取り中に留めておく「記憶の石」。これは何らかの体験を忘れたい人によって利用されたため、たいていは忌まわしい記憶が封じ込められており、物語全体に暗雲を呼び込んでいます。そのほか、枕代わりにすると、夢の中で物語をきかせてくれる「物語石」や、幽霊を閉じ込めた「幽霊石」、目に入れると少しだけ未来を見せてくれる石など、さまざまな「石」に関わっていくことで、恐怖体験をしたり、九死に一生を得たりと、翻弄される主人公・由木尾の姿が見どころです。

そしてもう一人の主人公ともいえるのが、そのパートナーであり、由木尾によって「うお太郎」と名付けられた、人魚()です。由木尾の言葉をほとんど聞き入れてくれず、服が苦手で家の中でも全裸で過ごすことが多く、たまに服を来たかと思ったら女装、などと勝手気まま、自由奔放な「うお太郎」によって由木尾の日常生活は脅かされるのですが、それでも由木尾は友情めいた感情を抱くようになります(それは、人魚の持つ、人間を惑わす力によってなのかもしれませんが……)。由木尾は彼以外にも、どうも人を殺してきたらしい実兄、災いを告げる謎の少女、石探しを強要してくる天狗など、多くの登場人物に振り回されつつ、寺の過去に近づいていくのですが――やがて明かされる、「山でかつて起きた惨劇」の内容は、中々にハードで、そこには由木尾自身に大きな傷を負わせる真相も。人魚や天狗がふらりと登場する、牧歌的ともいえるムードと、妖や石に近づいたことで人生を踏み外してしまった人々の、血なまぐさい真実。それらが表裏一体となって不思議なハーモニーを奏でる一冊となっています。

さて、今年はホラー「小説」に限らず、ホラーファンにお勧めしたい書籍もご紹介していこうと思っています。早ければ来週にも。乞うご期待。

2017年12月2日土曜日

明けない夜に誘う、絵の中の彼女――森見登美彦『夜行』

今晩は、ミニキャッパー周平です。そろそろ年の瀬が近づいており、今年話題になったホラー作品でご紹介し損ねたものはなかったかと確認し直している最中。(2016年刊行ですが)2017年の「本屋大賞」にもノミネートされたホラー作品をご紹介し忘れていたので、既にお読みの方も多いかと思いますが、取り上げさせていただきます。

というわけで本日の一冊は、森見登美彦『夜行』。



かつて同じ英会話スクールに通っていた五人の男女が集まり、十年ぶりに京都の「鞍馬の火祭」を見物しにいくことになった。互いの近況報告に花を咲かせる彼らだったが、十年前、仲間の一人であった女性・長谷川さんが鞍馬の火祭の日に姿を消し、そのまま行方知れずになったことが、彼ら全員の心に影を落とす思い出になっていた。

やがてメンバーの一人が、長谷川さんに似た人を目撃したこと、その姿を追ってたどり着いた画廊で気になる絵を見つけたことを打ち明ける。それを皮切りに、五人が一人ずつ、自身の奇妙な体験を語り始めた。それらはいずれも、長谷川さんの幻影と、亡くなった銅版画家・岸田道生の残した絵「夜行」に結びついたものだった……。

ユーモラス・コミカルな作品のイメージの強い著者ですが、『きつねのはなし』や本書などは、幽玄の世界を描く幻想怪談の書き手としての顔を見せられます。

メンバー一人一人が語る物語の舞台は、尾道の坂の上の小さな商店、奥飛騨の山道と旅館、雪深い津軽の一軒家や市場など、連作である「夜行」の絵に描かれた、日本情緒溢れる様々な土地です。それらの舞台で、「夜行」の絵に(正確には、「夜行」の絵の中で手招きするごとく手を挙げる女性に)魅入られた人々がいずこか異界へ導かれていくことが匂わされつつ、繰り返し、「神隠し」「喪失」というモチーフが変奏されます。いずれも情景が目に浮かび湿度さえ伝わってくるような筆致ですが、それ以上に名前のつけにくい「感覚」が伝わってきます。たとえていうなら――ひとりで見知らぬ土地を旅している最中、ふと感じてしまう「自分がこのまま誰にも知られずに消えてしまうのではないか」というぼんやりとした不安、あの感覚が、全編に漲っています。現実に存在する観光地や名勝をこういった「亜空間」に変えてしまう描写の冴えは、京都という実在の町を幻想の世界に変えてきた著者の面目躍如でしょう。

ラストの2章では、物語の根幹である「夜行」の絵が描かれた経緯や、長谷川さんの行方についてスポットがあたるものの、更に幻想が深まっていき物語は迷宮性を増していきます。そんな中で「永遠に続く夜の世界」のイメージが美しく妖しく、あたかも全世界が夜に包まれているかのような鮮烈な印象を残します。その世界に、恐怖と同時に憧れめいた感情さえ浮かぶのは私だけではないでしょう。読み終わった後、ひどく夜の一人旅をしてみたくなる一冊ですが、ひょっとすると、そんな私もまた、「夜行」に魅入られてしまった人間の一人なのかもしれません。




2017年11月18日土曜日

戦火の時代。少年は、あらゆる妖と霊宝が息づく屋敷に出会った――山吹静吽『迷い家』

今晩は、ミニキャッパー周平です。先週は、映画シン・ゴジラの地上波初放送が盛り上がりましたね。映画館で見た時もそうでしたが、やはり「自分の見知った町」がなすすべもなく破壊されるシーンが心に与えるインパクトは大きく、日本人にとって最上の恐怖を与えてくれる作品だと感じました。

今回ご紹介する本も、日本だからこそ生まれた恐怖譚にして、日本ならではの傑作――山吹静吽『迷い家』。



太平洋戦争のさなか。父が出征先で戦死し、母をも空襲で喪った少年・心造は、唯一の家族である妹・真那子ともに、集団疎開により山村に身を寄せている。心造は空襲の記憶に苦しめられながらも、戦争を厭う者たちを蔑み、本土決戦への覚悟を決めていた。

だがある日、真那子が同じく東京から疎開してきた少女とともに、姿を消した。警察の山狩りでも真那子は見つからず、自身で山中を捜索していた心造の前に忽然と現れたのは、巨大な屋敷だった。出会った者は神隠しに遭うというその屋敷に、妹のため、心造は単身で踏み込んで行くが……。

まずは、野山を駆けずり回って食糧を調達しようとする子どもたちの苦労、疎開者と地元の少年らの確執など、当時の空気が肌で伝わってくるような集団疎開生活のリアルな描写に、読者は否応なしに「戦時下日本」にタイムスリップさせられます。そして、両親を亡くし、戦局の不利を十分に理解しつつも、軍国少年として戦い抜く悲壮な決意を固めている心造の痛ましい姿に、胸を奪われるでしょう。

しかし何より素晴らしいのは、日本古来からの伝承である「迷い家」――神隠しに遭ったり山の中で迷ったりした人が出会う無人の屋敷――を、「妖や霊、霊宝の集まる場所」とした独自設定でしょう。心造は、迷い家の中で無数の霊宝に出会うのですが、その物量たるや、昭和までに日本で語られた怪異・怪談の全てを内包せんばかりの膨大さです。また、山姥や河童やのっぺらぼう、ろくろ首や雪女など、当時ですら一種ユーモラスにさえ感じられていた日本妖怪を、現代の私たちにとっても視覚的・生理的に「恐ろしい」存在として凄絶に描き切る筆力に舌を巻きます。そんな妖ばかりの家が、脱出不可能なホーンテッドハウスとなり、妹を助け出そうとする心造を翻弄する展開は手に汗握るものです。

物語には中盤から、戦後の視点――真那子とともに姿を消しながら、記憶を失って一人生還した女性の視点から語られることになります。迷い家のもつ恐怖はそのままに、時代が変わったことによって訪れてしまった「致命的な齟齬」が読者の心を突き刺さしていくことになります。そして訪れるのは破局か救済か。

「脱出できない幽霊屋敷で恐るべき次々モンスターが襲ってくる」というハリウッドホラーに通じるエンタメ感を持ちながら、日本怪談の総決算であり、ある時代の日本に暮らした人々――国家を信じて戦い、生き、死ななければならなかった人々――への鎮魂の詩として、涙を誘われる傑作です。


2017年9月9日土曜日

一文という短さの中に閉じ込められた恐怖の一滴――吉田悠軌『一行怪談』

彼が目を覚ました時、まだ恐竜はそこにいた。

というのが、アルゼンチンの作家、アウグスト・モンテローソの短編小説「恐竜」の全文。「世界一短い小説」として有名で、原文ではわずかに単語7つ分という短さながら、「彼」がどういう状況に置かれているのか、深い想像の余地がある物語として高く評価されています。もっとも、世界にはタイトルが一文字で本文が一文字の小説とか、タイトルだけで本文が無い小説とかが存在しているので、これが「世界一短い小説」かどうかは疑わしいのですが。

それでは、ホラー読者が気になるであろう「世界一短いホラー小説」とは? 有名なのは、フレドリック・ブラウンの短編小説「ノック」の中でも紹介された、二文からなる以下の無題の小説。

地球にのこされた最後の人間が一人で部屋の中に坐っていた。と、ドアにノックの音がして……

解説を加えるのも野暮というものですが、地球最後の人間の部屋にノックをしたのは「誰か」という点に、この物語を怪談たらしめるものがあるわけですね。短いからこそ説明がなされず、想像力をくすぐって瞬間的な恐怖を胸によぎらせる、という技法です。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する本は、これらと同じくらい短いホラーを200篇近くも収録した、吉田悠軌『一行怪談』です。


もともとは同人誌として発表された『一行怪談』『一行怪談2』を一冊にまとめたもの。「題名は入らない」「文章に句点はひとつ」「詩ではなく物語である」「物語の中でも怪談に近い」以上を踏まえた一続きの文章、というコンセプトで書かれたものを収めています――とはいえ、百聞は一見にしかず。収録されている作品を、まず3作ほど載せてみます。

今すぐ家から出なさい、と電話の向こうから叫ぶ母の声を聞きながら、すぐ横でテレビに笑う母を見つめている。

ある朝を境にずっと、教室の隅のカーテンが人の形に膨らんでいて、もう一ケ月、誰も開けられないでいる。

実家の薄暗い廊下の向こう、奇妙な高さから首だけ覗かせた両親が「おかえりなさい」と笑いかけてくるのだが、こちらが何と言おうと玄関口まで来てくれない。

「自宅」「学校」「実家」……身近な場所に忍び込む、正体不明の何者か、あるいは何か。短いセンテンスでも一瞬ぞくりとさせられます。また、ご覧いただければ分かるように、物語性もありつつ、短い言葉で印象的な光景を描くという意味で、短歌や俳句のような風流めいた趣もあります。

もう少し長い作品だと、更にサスペンスや幻想性の色濃く、よりショートストーリー的なものも増えてきます。以下に私の好きな2編を。

誕生日のたび、鉈(なた)と花束を持った女が現れ、窓の外から祝いの言葉を叫ぶのだが、花の数は毎年一本ずつ減っていて、今年はついに鉈だけを手にした女が来ることになる。

ある夏の夜、屍臭を発する巨大花を見ようと植物園に忍び込んだ少年四人組のうち、三人は大人になるまでにその冒険をすっかり忘れてしまい、一人は今も花弁に包まれ、誰かが自分を思い出してくれるのを待ち続けている。

この後起こりうる出来事を想像させる、心にわだかまりを残すなど、強い「余韻」をもたらす、という意味で一行怪談という手法が優れているというのがお分かりかと思います。一作品読むたびにページを閉じて恐怖の余韻を味わいたい。こういった作品が、一ページにつき一作おさめられていて、最後のページまで油断の抜けない一冊となっています。


夜枕元において読むのに最適ですが、すぐ読み切ってしまうので、ぜひ続編、続々編と刊行していってもらいたい企画です。また、優れた句集や歌集がそうであるように、「自分も書いてみたい」とも思わされるものです。もしかしたら、この本をきっかけに、一行怪談というジャンルが広まっていくかもしれません。

2017年5月13日土曜日

窓の向こうは見知らぬ土地、私を崇める人たち……深い夜の幻想譚『やみ窓』

今晩は、ミニキャッパー周平です。GW中はひたすら書店を巡ってホラーを漁りましたので、しばらくはこのブログも安泰です。おかげでまた夢見が悪くなりましたが、早起きできて結果オーライです。ほんまかいな。

第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作の2冊『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』(ともに6/19発売予定)ですが、書影の公開やその他の素敵なニュースも近日中に。第3回ジャンプホラー小説大賞の〆切まではあと一か月半。今からでも遅くはないので、皆さまぜひ渾身のホラーをご執筆&ご応募ください。

さて、「窓の向こう」「扉の向こう」が「ここではないどこか」に繋がっている、という秘密めいた怪奇はホラーや幻想小説の花形ですが(H.G.ウェルズ「塀についた扉」は、幻想短編のマイベスト。超お勧め)、今宵ご紹介するのもそんな一冊。篠たまき『やみ窓』です。



夫を不慮の事故で喪い、一人暮らしをしていたフリーター・黒崎柚子は、自身の住むアパートの窓が、夜、いずことも知れぬ時代・土地の村と繋がることを知る。やがて柚子は窓の向こうに訪れる村人たちと「取引」を始めた。村人たちから地産の品を受け取る代わりに、柚子は、村人たちが貴重な壺と見なすもの(正体はただのペットボトル)を与える。村人たちから捧げられた、熊の肝や黒い米、精巧な織物などの珍しい品々は、インターネットで高く売れるのだ。柚子は、昼には派遣仕事に通う一方で、夜は一晩中、窓の前で訪問者を待ち続けて生計を立てることになった。しかし、窓に訪れるのは、必ずしも安全な取引相手ばかりでなく、柚子は時に命の危機にさえ晒される……。

この物語の面白さは、何の能力も持たない普通の人間であるはずの主人公が、窓の向こう側の村人にとって常識を超えた「怪異」になってしまう、という点です。小金を稼ぐために取引をしていただけだったはずの柚子は、いつの間にか村人たちから信仰の対象とされ、豊作や病気の治癒など叶えられる筈もない「神頼み」をされたり、供物を捧げられたり、望まぬうちに村人たちの人生を翻弄してしまったり、と「恐るべき神」そのものになってしまうのです。

窓のこちら側では、自身の薄暗い過去に追われる、傷ついた一人の人間。窓の向こう側から見れば、時に恵みを、時に災厄をもたらす、人智を超えた獰猛な神。そんな騙し絵染みた構図が鮮やかですし、どんなに窓越しのやりとりを繰り返しても、窓の向こう側で起きた出来事には関われず、その行く末は想像することしかできない、という状況が、深い余韻を残すラストに結びついています。

夜、一人きりで部屋の中にいると、ふと窓の向こうが異界に繋がっていないか、カーテンを開いて確かめてみたくなる――そんな、「あちら」と「こちら」の距離を縮める一冊です。

2016年1月30日土曜日

本日より映画全国公開!『残穢』はなぜこんなに怖いのか?

こんばんは。この間、全身をスズメバチに刺される夢を見てしまったミニキャッパー周平です。嘘ではありません。針が異様に長かったです。

まずはCMから。第1回ジャンプホラー小説大賞<銅賞>受賞作『ピュグマリオンは種を蒔く』のWEB公開がはじまりました。選考会激震の猟奇純愛ホラー、ぜひご一読を。

さて、いつもは「自由気ままに闇雲に」をモットーにホラー作品をレビューしていますが、今回はタイムリーなものを取り上げてみます。ずばり、小野不由美『残穢』。



本日、つまり1月30日(土)より実写映画が全国公開されるこの小説を、勝手に便乗してご紹介致します。映画版を観に行かれるご予定の方は、ネタバレにご注意ください。

そのあらすじは――という風にいつもなら紹介をはじめるのですが、まず一言。
怖いです。めっちゃくちゃ怖いです。
深夜のファミレスでこの本を読んでいたんですが、近くの客が椅子から立ち上がる時の些細な物音だけで、もう全身がビクッと硬直してしまいましたし、「ひとけの無い夜道を歩くのが怖くて仕方ない」という、小学生の頃の感覚を取り戻し、足早に帰宅しました。そのくらい恐ろしい小説です。

小説家の「私」は、読者・久保さんからの手紙――部屋の中で畳を擦るような物音を聞いたという体験談――をきっかけに、久保さんの住む「岡谷マンション」に出現する怪異の原因について調べ始めることになる。しかし調査すればするほど謎は膨らみ、その地に潜む闇が根深いことが示されていく……。

と、あらすじを示しただけでは、この作品の凄さは伝わりません。
『残穢』でまず徹底されているのは、「フィクションらしさ」を可能な限り排除するという点。
語り手の「私」は、明らかに作者・小野不由美であり、さらに平山夢明や福澤徹三といったホラー作家も実名で登場。「私」やその知人たちが怪異について聞き取りや資料探しを進めていくという形式で、淡々と、ドキュメンタリーのような文体で物語が綴られていきます。それらの道具立てのせいで、読んでいるうちに何度も『小説』ではなく『実際にあった話』を読んでいるのだと錯覚してしまいます。

そして、明らかになる怪異のひとつひとつは、決して荒唐無稽なものではなく、怪しい物音とか虫の知らせとか家族の不幸とか、「自分に起こるかもしれない」身近さの、じわりと怖い実話怪談的エピソード。それぞれは小さく不可解な怪談でも、手繰り寄せるうちに、背後に横たわる巨大な「怪異」の息づかいのようなものが徐々に感じられてくる。時代を遡るにつれ、少しづつ手がかりが減っていくものの、歴史の壁の向こうに、僅かにその正体がほの見える……まるで神話を読んでいるような畏怖と、底知れない恐怖があります。

紛れも無い傑作ホラーですが、読了後、私生活に実害が出るレベルで恐怖が残り続けるので、ぜひお気をつけてお読みください。

※『残穢』の書影はAmazonより転載しました。

2014年12月25日木曜日

学園ホラー編(1)『六番目の小夜子』


 物語を愛する皆様、始めまして。JUMPjBOOKS編集部員のミニキャッパー周平です。
本日より始まりました当ブログは、『ジャンプホラー小説大賞』の宣伝隊長に命ぜられた私が、心に残るホラー作品を突発的に紹介していく不定期企画です。

 最初のお題は、「学園ホラー」。

 学校って、ものすごく怖い場所だと思うんです。
 未成熟な人間関係、受験や将来への不安、同級生へのコンプレックス、などなど、無数の理不尽に対する「恐怖」が潜んでいる場所だから。
 そんな「学校」という空間に、影を引きずり出すような秘密の儀式が持ち込まれたとき、呼び起こされるのは……。

 という訳で、「ミニキャッパー周平の百物語」、第1回にご紹介するのは学園ホラーの傑作、恩田陸『六番目の小夜子』です。


  舞台となる高校の、三年生の間に長年受け継がれている「儀式」は、作中ではトランプのゲームにたとえて説明されていますが、今だと「人狼ゲーム」を思い浮かべると理解しやすいかも知れません。「人狼」が正体を見破られないように「村人」の一定人数を消せば勝利、というのと同じ要領で、「サヨコ」に選ばれた生徒が一般生徒を騙し切って、一年に渡る儀式をやり遂げたら「サヨコ」の勝利、というわけです。

 2代目の「サヨコ」は事故死しているという、いわくも伝わる、このしきたり。
 6代目の「サヨコ」に選ばれた生徒が、始業式の早朝、最初の「儀式」を行うため教室に忍び込むと、そこには見知らぬ少女の姿が。転入生であるその少女は、「沙世子」という名前だった。
 儀式の行方は? 沙世子の正体は? 真実に近づこうとした者に襲い掛かるのは……?
複数の謎を追いながらのサスペンスフルな展開と、高校三年生の焦りや迷いを掬い上げる、丁寧な心象描写が魅力の作品。

 しかし、この作品の白眉はなんといっても、「サヨコ」に課せられる儀式のひとつである、「演劇」の場面。
 ストーリーの中盤。体育館において全校生徒の目の前で、(思いもよらぬ方法で)行われる劇「六番目の小夜子」上演シーンは、噂の中の存在でしかない「サヨコ」がまるで実体を持ち、その肉声を読者の耳にまで届けてくるようで、まさに鳥肌もの。日本ホラー史でも屈指の名場面として、伝説になっています。
 私は中1の時に読んで泣きそうになりました。神シーンです。あの場面を体験するために、是非手にとって欲しい一冊。


 これから、不定期にホラー作品をご紹介していきます。今後、基本的には深夜2時に更新の予定です。

(CM)『ジャンプホラー小説大賞』作品募集中!!締切は2015年3月31日(火)当日消印有効http://j-books.shueisha.co.jp/prize/horror/

(CM)ジャンプ小説新人賞よりデビュー!!13歳の天才心理学者と、犬系男子のオカルト譚『鬼塚伊予の臨床心霊学』
http://j-books.shueisha.co.jp/news_newrelease/onidukaiyo
魔女の呪いを巡る学園ホラーサスペンス『放課後の魔女』

http://j-books.shueisha.co.jp/news_newrelease/hokago_no_majo絶賛発売中!!


『六番目の小夜子』書影はAmazonより引用しました。販売ページのリンクは以下
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%AD%E7%95%AA%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%A4%9C%E5%AD%90-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%81%A9%E7%94%B0-%E9%99%B8/dp/4101234132/ref=sr_1_1/377-0000963-9757315?ie=UTF8&qid=1419442501&sr=8-1&keywords=6%E7%95%AA%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%A4%9C%E5%AD%90