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2018年12月1日土曜日

名匠が選んだ「本当にぞっとする話」。三津田信三編『怪異十三』


今晩は、ミニキャッパー周平です。今週も先週に引き続きホラーアンソロジーを。前回ご紹介した『だから見るなといったのに』に収録されていたのは全て二〇一四年以降発表の作品でしたが、こちらは一八八一年発表作から二〇一三年発表作までと射程範囲の広い収録作となっています。

という訳で本日の一冊は、三津田信三編『怪異十三』。
国内編7作品、海外編6作品。プラス番外編1編。編者が「ぞっとした作品」かつ「現在では埋もれている作品」を中心に、古典を多く集めた結果、マニア垂涎のラインナップとなったアンソロジーです。



まずは国内編から。私がぞっとしたものを挙げますと「竈(かまど)の中の顔」(田中貢太郎)、「蟇(ひき)」(宇江敏勝)、「茂助に関わる談合」(菊地秀行)の3作。
「竈(かまど)の中の顔」は、碁を通じて僧と知り合った男の話。男は、僧が住んでいるという庵に訪れたが、そこで見たものは……絵的な怖さと、間違いなく邪悪な何かが介在しているのに因果因縁が理解できない不条理さが沁みる一編です。
「蟇(ひき)」は山中に住み炭焼きをして生活している男の体験。本文僅か3ページの掌編小説ですが、瞬間的なインパクトは本書中随一。気づけば戦慄を求めて何度も読み返してしまいます。
「茂助に関わる談合」では、武士である叔父のもとに甥が深夜に訪れる。甥は、叔父から送られた奉公人・茂助について「人間ではない」と訴えるのだった。一幕劇で、肝心な情報が幾つも伏せられたまま緊張感が高まり、事態は思わぬ方向に転がっていく。怖がらせるための技巧が冴えわたる作品です。

「死神」(南部修太郎)は、もと車引きの男が、借金と家族を抱えて困窮し、自死に絡めとられていくストーリー。「妖異編二 寺町の竹藪」(岡本綺堂)は、友人たちに別れを告げて竹藪へ向かい、姿を消した少女の神隠し談。「逗子物語」(橘外男)は、山奥の墓場で見かけた、墓参りらしき三人組の素性についての話。「佐門谷」(丘美丈二郎)は、かつて父娘が不審死を遂げ、数日前にも男女が落ちて亡くなったという危険な谷を、夜に越えなければならなくなった男の体験。それぞれの作品で、ここが「魅せ」の場面、読者の心胆を寒からしめようとした箇所だというのが明確で、編者の眼鏡に適ったのも納得の内容です。

 海外編で最も私の背筋を寒くさせたのは、傑作短編「炎天」でもおなじみのウィリアム・フライヤー・ハーヴィーが書いた「旅行時計」。家に旅行用の携帯時計(たぶん懐中時計のようなもの)を忘れたので取ってきてほしい、と頼まれた女性の話。小さなアイテム、さりげない謎から「あり得そうなのに得体の知れない怖さ」が浮かび上がる一本。私が「ぞっとした作品」は短いものばかりになっているのですが、情報の少なさが想像を掻き立て、無限に嫌な連想をさせるということなのかもしれません。
「アメリカからきた紳士」(マイクル・アレン)は、賭けのため、幽霊が出るという噂の屋敷に一晩泊まることになった男の話。屋敷のベッドの傍には怪談本が置いてあるのですが、その本に書かれた(つまりは作中作である)姉妹二人の恐怖譚も映像的で強く目に焼き付きます。

「ねじけジャネット」(ロバート・ルイス・スティーヴンスン)は、村で魔女扱いされている女を雇った牧師の体験。「笛吹かば現れん」(モンタギュウ・ロウズ・ジェイムズ)は、浜辺の遺跡で見つけた笛を吹いたことで、形のない何かを呼び寄せてしまう物語。「八番目の明かり」(ロイ・ヴィガース)は、一日の終わりに、地下鉄の電気を消灯して回らなければならない鉄道員の怪談。「魅入られて」(イーディス・ウォートン)は、「夫が、死んだはずの女と逢瀬を重ねている」と訴える妻の話。国内編の作品と読み比べると、海外編の方が(超自然要素を前提としていても)理性的に読み解けそうな作品が多い印象があります。

巻末には番外編として、編者・三津田信三の短編「霧屍胆村(きりしたんむら)の悪魔」も収録。隠れキリシタンの村に調査のため訪れた女性が、教会で見た光景にはどこか違和感があり……。細かな伏線を張り巡らせ次々回収する、作者の手腕は短編でも発揮されています。

本書には編者による丁寧な作品解説がついていますが、その中で、「理想の読書体験」として、その作品がどういったジャンルのものなのか(ホラーのように超自然的な作品か、ミステリのように合理的な作品か)知らずに読むことだと言及されています。収録作の中には、完全に合理的な説明がなされて成程と膝を打たされる、つまりは「ミステリ」として優れたものもありますが、どれがそれなのか、何本入っているのかは(編者の意向も汲んで)読んでのお楽しみということで。




2018年11月24日土曜日

日常を踏み外した先に待つ恐怖。アンソロジー『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』


こんばんは、ミニキャッパー周平です。昔からアンソロジーに目がなく、ホラーアンソロジーとなれば放っておかない私ですが(一番のお勧めは以前ここでご紹介した『異形の白昼』)、今年出たホラーアンソロジーをまだ取り上げていなかったので年末に駆け込みでご紹介。

という訳で、本日の一冊は『だから見るなといったのに ―9つの奇妙な物語―』。雑誌『小説新潮』に発表された作品を集めたホラー色の強いアンソロジーと
なります。



まず私の一番のお気に入りは、澤村伊智「高速怪談」。関東から関西への帰省のために、6人が乗用車に相乗り。車内での話題は怪談話に寄っていき、それぞれが自らの知る怪異を語るうち、車内にも不穏な空気が流れ始める。百物語のような怪談語りを、高速道路走行中の車内という「危険な密室状況」で行うという設定が巧みですし、短い作品内で手を変え品を変え、何度も驚きや恐怖を与える作者の手腕に脱帽です。

怖さの強い作品で言えばもう一つ、芹沢央「妄言」。若夫婦の近所に住む親切そうなおばさんが、妻に夫の浮気という“根も葉もない”噂を吹き込むようになり……という不気味な展開と鮮やかな結末で、いわくいいがたい恐怖を残す名短編です。これは以前ご紹介した連作短編集『火のない所に煙は』にも収録されています。

幻想色を前面に出した作品では、前川知大「ヤブ蚊と母の血」が出色。母が蒸発し、父と二人暮らしをしている少年が、母の遺した家庭菜園で育てた野菜で、すくすくと成長していく。父からも愛情を受けられなくなった少年の、失った母への憧憬、やるせない思いが静かに描かれ、ラストシーンは残酷なのに美しいです。

葬儀の場で、三十七年に一度だけ行われるという奇祭で起こった惨事の中身が断片的に語られる、恩田陸「あまりりす」。幼少期から人の死に纏わる虫の知らせ・前兆を感じてきたと語る男の信用できない話、海猫沢めろん「破落戸(ごろつき)の話」。置屋の女性に恋をした男が、あの店の女と恋仲になると死ぬ、と警告されるファムファタルもの、織森きょうや「とわの家の女」。新居で見つけた霊らしき存在が自分を名乗り、奇妙な対話が始まる、小林泰三「自分霊」。後ろに何かの気配を感じる不安を結晶化したイラストストーリー、さやか「うしろの、正面」。以上は全て広義のホラー作品。
双子の兄を持つ弟が、戦火の頃に自身の出生の秘密を知る、北村薫「誕生日 アニヴェルセール」のみ広義のミステリとなっています。

一編を除いて現代劇であり、普通の生活をしていた人がふとしたことで日常から外れた恐怖体験をすることになる、という内容のものが多いため、“短時間でさらりと読めて不安になる”物語の詰まった一冊です。通勤通学などの隙間時間にもどうぞ。

2018年6月9日土曜日

宇宙や異次元から来訪する、まだ見ぬ恐怖――ディック・クーンツ他、中村融編『ホラーSF傑作選 影が行く』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第4回ジャンプホラー小説大賞は応募締切間近。6/30当日消印有効です。お忘れなく!

さて、本日の一冊は、ディック・クーンツ他、中村融編『ホラーSF傑作選 影が行く』。


現代SFの起源と呼ばれることもある『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』がホラー史においても金字塔であることからも分かるように、「未知」の対象に科学的なアプローチで迫ろうとするSFは、時にすぐれたホラー作品も生み出してきました。本書は、そういった米英の短編群を日本で独自に集めたアンソロジーです。一番古いものは一九三二年発表、新しいものでも一九七〇年発表という、既にクラシックの風格漂うラインナップとなっています。

まず、こういったジャンルで思い浮かぶのは「宇宙の恐怖」でしょう。
一番古いクラーク・アシュトン・スミス「ヨー・ヴォビムスの地下墓地」は、火星の遺跡で調査隊のメンバーが遭遇する、(恐らくは)古代人を滅ぼした恐怖の存在を描きます。狂気に誘う怪物の禍々しさ、いかめしい文体と、昏く湿度のあるムードはクトゥルー神話を髣髴とさせます。
ジョン・W・キャンベル・ジュニア「影が行く」は、『遊星よりの物体X』『遊星からの物体X』と2度にわたって映画化された作品。南極基地で氷の底から発見された、憎々しげな表情を浮かべた異星生物の氷結死体。基地にいる科学者たちは、よせばいいのにそれを解凍し目覚めさせてしまいます。異星生物は、生き物を殺しては殺した相手そっくりになり代わり思考までコピーする、という凶悪な能力を備えており、疑心暗鬼に陥る基地隊員の心理描写が巧みである一方、「人間」と「偽物」を区別するための科学的な手法の探求にも、うならされます。
ブライアン・W・オールディス「唾の樹」では、異星から飛来した生物が農場で引き起こす騒動が描かれます。動物が多産となり植物が豊作となる一方で発生する、グロテスクな死。「宇宙戦争」の作者であるウェルズもかかわってきて、「宇宙戦争」の誕生秘話とも呼べる作品になっています。
フィリップ・K・ディック「探検隊帰る」は、それらの作品とはやや焦点を変えた変わり種。火星探検から奇跡の生還を果たした宇宙飛行士たちの視点で描かれますが、命からがら帰り着いた地球では、出会う人出会う人が彼らを見るなり逃げ出すという理解不能な事態に出くわすという展開。ディックお得意の現実溶解感が楽しめます。
ジャック・ヴァンス「五つの月が昇る時」は、衛星が五つある惑星の、灯台守を主人公にした作品。同僚が、「五つの月が昇る時は何も信用してはいけない」という言葉を残して失踪。たった一人残された主人公のもとに次々訪れる、「信用のおけない」相手たち。ちょっと本邦の雪女譚などを連想させるファンタジックな怖さのある作品です。

テクノロジーの発達によって生まれたものが、人間に危害を及ぼしたり、人間と相いれない存在として立ち上がってくる、というのもこのジャンルの醍醐味のひとつ。
アルフレッド・ベスタ―「ごきげん目盛り」は、富豪の男が、なぜかお供のアンドロイドが人を殺しまくるので逃亡を余儀なくされる、というストーリーで、残虐なのに軽快でコミカル、読んでいくうちに何か楽しくなってしまう作品。
デーモン・ナイト「仮面(マスク)」は、事故により肉体を失い、体のすべてを技術で代替した男の心に巣喰い始めた異質な思考をリアルに描きます。
シオドア・L・トーマス「群体」はパニックSF。下水管の中で、廃棄物などから発生した不定形生物が、下水道を遡って家庭のキッチンなどから侵入。克明に描かれる、怪物が人間を消化吸収していく場面は、今でも通用する映像的凄味、ハリウッドのCGで見てみたいおぞましさがあります。
私の一押しでもある、ロジャー・ゼラズニイ「吸血鬼伝説」は、人類が絶滅し、地球最後の吸血鬼もいなくなったあと、機械が徘徊する世界が舞台。「他の機械の電力を奪って充電する」ことで機械たちから恐れられる一体の吸血鬼機械を描きます。吸血鬼機械は、最後の吸血鬼の弟子的な存在だったのです。ユーモア小説にしかならなさそうなのに謎のカッコよさがあるという異色作です。

その他にも、SFらしい発想と怪異・恐怖を様々な手法でミックスした作品が並んでいます。
リチャード・マシスン「消えた少女」は、とある夫婦の娘が「室内にいて、泣き声も聞こえるのにどこにも見当たらなくなってしまう」という不気味な現象を描きます。
フリッツ・ライバー「歴戦の勇士」は、酒場で知り合った男の家について行ったら、時空を懸けた壮大な戦争に巻き込まれ、恐怖の一夜を過ごす、というもの。部屋に閉じこもっているだけなのにすさまじい緊張感が高まっていくサスペンスフルな描写が見事です。
キース・ロバーツ「ポールターのカナリア」は、ポルターガイスト風の心霊現象を起こす存在に対して、録音・録画で分析してみたり、敢えて信号を送りコミュニケーションを取ってみたりという部分がSF的。
ディーン・R・クーンツ「悪夢団(ナイトメア・ギャング)」は、暴虐無比の限りを尽くすギャング団、そのメンバーの一人がボスの秘密に迫ろうとする物語。売れっ子ホラー作家・クーンツの意外な初期作品です。

SFとホラーの両方を摂取し続けている私としては、このアンソロジーの続編や現代版も出て欲しいと願っています。

2018年2月3日土曜日

南米に花開いためくるめく奇想幻想。J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』

今晩は。ミニキャッパー周平です。今日は長くなりますので、前置きなしにご紹介を。
J・L・ボルヘス他『ラテンアメリカ怪談集』(鼓直・編)です。



このシリーズは、『イギリス怪談集』『フランス怪談集』『東欧怪談集』『中国怪談集』など、8090年代にかけて刊行された各国・地域の怪談集シリーズなのですが、昨年末この一冊のみが復刊されました。
ラテンアメリカといえばマジックリアリズム小説豊穣の地。日常の中に、現実ではあり得ないことや、スケールの大きすぎる事態が平然と入り込み、それが当たり前に受け入れられ、奇妙な世界が創り上げられていく――そんな手法を得意としていて、純文学/ファンタジー/ホラーといった本邦でのジャンル区分では語りづらい作品が多いです。このアンソロジーにも、ボルヘス、コルタサル、パス、フエンテスなど、ラテンアメリカ文学の重要人物と呼ばれる作家がずらりと顔を揃えています。

※以下、各短編を、作者(出身国)「作品名」の形で表記してご紹介していきます。

まずは分かりやすくホラーらしいホラーから。
アンデルソン=インベル(アルゼンチン)「魔法の書」は古書ホラー。蚤の市で見かけた本には、魔術的な文字で、キリストと同時に生まれたとされる伝説の不老不死の人物「さまよえるユダヤ人」の自伝が書かれていた。そこには世界の宗教史を覆す内容が含まれていた……。普通には読むことができず、文字列に意識を没入して読み続けないと、気を抜いた瞬間すぐに文章が読めなくなり、冒頭から読み直す羽目になる。そんな鬼畜仕様の本に心を囚われてしまった男の運命は?
オカンポ(アルゼンチン)「ポルフィリア・ベルナルの日記」は耽美ホラー。家庭教師である女性は、自身の教え子から日記を見せられますが、その中身は彼女の隠された顔を暴き、恐るべき運命を予言するものでした。

普通ならホラー以外のジャンルに区分される作品も少なくありません。
ルゴネス(アルゼンチン)「火の雨」は古代を舞台にした災害小説。明言はされていませんが恐らくは噴火で滅んだ日のポンペイ、その地獄絵図を、見てきたかのような臨場感たっぷりの筆致で、しかし、破滅を受け入れた男の視線から静かに描いています。
ビオイ=カサレス(アルゼンチン)「大空の陰謀」は、テストパイロットが試作機の飛行で墜落して、地上に戻ってくると、誰も彼のことを知らない奇妙な世界に迷い込んでいた……というSF的な興趣をもったもの。
レサマ=リマ(キューバ)「断頭遊戯」は古代中国を舞台に、幻術使い(生物を操ったり、誰かの首を切ったあと元通り繋げる、などといった奇術・魔術を行う)の流転する人生を描く伝奇物語。
ボルヘス(アルゼンチン)「円環の廃墟」は著者の代表作の一つである幻想小説。神殿の廃墟でひたすら眠り、夢を見続ける男の目的は、夢の中で一人の人間を創造することだった。夢の中で創造された人間の行動は……? 無限の世界に思いを馳せる哲学的な内容です。

恋愛がモチーフになった作品も、やはり一筋縄ではいきません。
キローガ(ウルグアイ)「彼方で」は、大恋愛の果てに心中を選んだ女性の語りですが、心中して命を落とした後も、彼女の語りは平然と続きます。生前の思い通り、愛した男と逢瀬を重ねるものの、やがて……。人間の魂の脆さが胸に刺さります。
アストゥリアス(グアテマラ)「リダ・サルの鏡」は、意中の男を手に入れようと、恋のまじないに手を出した女を待ち受ける悲劇。まじないは、男が祭礼で着ることになっている服を先に一度着ておくという素朴で微笑ましいものですが……? 最後の一文の悲しい美しさは、この本の中でもピカイチです。
パス(メキシコ)「波と暮らして」は人間と「波」の恋愛を描いた、世界幻想文学史上でも高名な作品ですが、この短編については以前の記事で触れたのでご参照のほどを。

アンソロジーとしての目配りらしく、コミカルな作品も挟まっています。
モンテローソ(グアテマラ)「ミスター・テイラー」は、干し首の収集がブームになるというブラックユーモア。先進国の道楽によって途上国が被害を被る、という文明批評の側面も。
ムヒカ=ライネス(アルゼンチン)「吸血鬼」では、見た目が非常に吸血鬼っぽい男爵が、その見た目をホラー映画製作陣に見込まれて、主演を務めることに。製作陣はホラーのプロであるため、「こんなにも吸血鬼っぽい人は吸血鬼ではないだろう」という逆先入観に囚われていますが、案の定、男爵は本物の吸血鬼でした。非常に大仰な文体なのにホラーを茶化すような展開の連発で、読んでいる間くすくす笑ってしまいました。

さて、いよいよ本書の本領である、怪談と言うか幻想文学というか純文学と言うか、ほのめかしに満ちて、どこまでが現実でどこからが超現実なのかわからない、そんな面妖な作品群です。私としても、あらすじは理解できても、解釈を一つに定めにくいものばかり。
リベイロ(ペルー)「ジャカランダ」。大学で教鞭を執っていた男が妻を亡くし、その土地を離れようとしていた。ところが、彼の後任でやってきた女性の素性が、どうにも彼の亡くなった妻のそれと同じものらしい。一体何が起きているのか、結末をどういう感情で受け止めるべきなのか、読後も頭を悩ませる作品です。
ムレーナ(アルゼンチン)「騎兵大佐」では、軍人の葬儀に紛れ込んだ、冒涜的な振る舞いをする怪しい男が登場します。フエンテス(メキシコ)「トラクトカツィネ」は、古い屋敷に引っ越した男が、別世界めいた庭で謎の老婆に遭遇します。どちらも、不吉な存在の禍々しさは伝わりつつ、正体はよくわかりません。
そして、こういう謎めいた方向性の歴史的作品が、コルタサル(アルゼンチン)「奪われた屋敷」。中年の兄と妹がふたりで暮らしている大きな屋敷。兄が読書を、妹が編み物をして過ごす平凡な生活は、しかし徐々に侵食されていく……屋敷を奪おうとする者の狼藉によって。緊張感と切実さに満ちており、二人の諦観とそれを超える悲しみは胸を打ちます。が、屋敷を奪っていく存在が何者なのか、具体的にどうやって奪っていっているのか、(兄妹には分かっているのに)読者には、最初から最後までさっぱり分からないという恐るべき構成。想像力をくすぐられること請け合いです。


読書好きには、奔放なイマジネーションに満ちたラテンアメリカ文学に出会って、人生が大きく変わった人も大勢いると思いますが、その入り口にもなり得るアンソロジーです。ホラーという範疇には括りづらくなっていくので、これ以上はこのブログの扱う範囲からズレて行きますが、手に入りやすい本として、ボルヘス『伝奇集』、コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇コルタサル短篇集』などもお勧めしておきます。

2017年10月14日土曜日

名匠たちの「泣ける」ホラー10編――井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』

今晩は、ミニキャッパー周平です。突然ですが日本語の雑学から。「鳥肌が立つ」という表現は、恐怖や寒さ、不快感によってもたらされるネガティブな生理的感覚を指すのであり、感動した時に「鳥肌が立つ」という表現を使うのは誤用なのだそうです。が、そんなことを言われても、感動した時に鳥肌が立ってしまうのは事実なので、私は日本語のルールなど無視して、この表現をどんどん使っていきたいと思います。

そんな前置きを挟みたくなるほど、今回ご紹介する本は、読みながら何度も、鳥肌が立ってしまう一冊だったのです。というわけで本日は、井上雅彦編『涙の招待席 異形コレクション傑作選』。




1998年から2011年まで刊行され、約50冊を数えた伝説の書き下ろしホラー・アンソロジー『異形コレクション』。本書は、その膨大な作品群から、涙を誘う感動の物語に絞って厳選したという一冊なのです。よって、収録作は「ホラー」でありながら「泣ける」ストーリーばかり。

冒頭に置かれた短編、「のちの雛」(作・速瀬れい)の題材になっているのは、第二次大戦前に、日米交流で日本に寄付された西洋人形たちです。はじめは小学校などに飾られ、大切に扱われた西洋人形ですが、日米の開戦後に憎悪の対照になり、ほとんどが焼却・破壊されました。史実の悲劇を告発しながら、幻想の力によって傷ついた人の心を癒す、優しい物語です。「夢淡き、酒」(作・倉阪鬼一郎)も太平洋戦争が影を落とす作品です。演歌歌手になる夢をもった男と、自身の店を持つ夢をもった女の幸福の日々が、戦火に奪われてしまいます。回想形式で語られる男の一生はペーソスに満ちていて、ほんの僅かな救いが一層切なさを引き立たせます。

現世に残された人間が、死者との超常的なコミュニケーションを得る、という趣向の作品も少なくありません。「燃える電話」(作・草上仁)は、幼馴染だった電話好きの女性の死に呆然とする男が、か細い希望にたどり着く物語。ばらまかれた謎のピースがぴたりと嵌まって、タイトルの意味が分かる結末に震えます。掌編「そのぬくもりを」(作・傳田光洋)は、僅か7ページの短さの中で、我々の普段思い描くのとは異なった幽霊のありようが示唆される哲学的な一編。唯一の漫画作品である「帰ってくる子」(作・萩尾望都)では、喪った弟の幻影を見てしまう少年の、思春期の葛藤が生々しく切り取られます。「失われた環」(作・久美沙織)は、男女のすれ違いを入り口に、ある種の彼岸の光景をファンタジックかつ鮮やかに描きだします。

人ならざる者は、ホラーでは恐怖を与えてくるのが定石ですが、この本の中では少し違います。廃校になって久しい過疎地の小学校が、工事でダム底に沈むことになり、かつてその小学校に通った仲間たちが集う、「再会」(作・梶尾真治)は、思い出の中にいる正体不明の<友達>が残した奇跡が、ノスタルジーたっぷりに描かれます。「異なる形」(作・斎藤肇)は、医師を主人公とし、唯一の肉親である娘が徐々に羽や鱗の生えた異形の存在と化していく、という悪夢的事態が描かれ、怯えと愛情で揺れる主人公の姿に胸を打たれます。掉尾を飾る短編「雪」(作・加門七海)は、劇団に所属し、舞台上に降らせる紙吹雪を作っている男が、入院先の病院で化生の女に遭遇する、というストーリー。人間と妖の絆の儚さが印象深く、クライマックスシーンの映画的な美しさにも圧倒されます。

このアンソロジー内での一押しは「語る石」(作・森奈津子)。幼い少女が父親の書斎で、しゃべる石に出会うという筋立て。少女と石の交流をコミカルに描きつつ、剽軽な性格をもち奇妙な雑学を教えてくれる石がいったい何者なのか、なぜ石なのか、というのが物語のキモなのですが、ぜひお読みになってその正体を確かめてみてください。


『異形コレクション傑作選』が今後も続くこと、『異形コレクション』が復活することを、ホラー読者の一人として強く願っております。

2016年6月18日土曜日

47年前の傑作アンソロジー、筒井康隆編『異形の白昼 恐怖小説集』

 今晩は。ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞の締め切りまで、今回を含めて、更新はあと2回。
 ここはよほどの本を紹介しないと……というわけで、傑作アンソロジー『異形の白昼 恐怖小説集』をご紹介。

 四十七年も前に編まれたものですので、既に古典と言っていい領域の一冊です。
 しかし、名アンソロジスト筒井康隆が、当時第一線で活躍していたミステリ作家・純文学作家・SF作家など、様々な名匠の傑作短編を集めた本だけあって、現在でもその輝きを失っていません。格調高い文章で綴られる恐怖の物語に、時代を超えて深く耽溺することができます。

 それぞれの作家が、それぞれの芸風を存分に発揮しているので、ひとまとめに語ることは困難ですが、まずは、SF作家の作品から見ていきましょう。
 SF作家の作品は、どちらかというと、「理に落ちる」ことが多いものなっています。
 星新一「さまよう犬」は繰り返し見る夢を題材に扱った幻想的なショートショート。星新一には珍しい、ロマンティックな余韻が光ります。
 眉村卓「仕事ください」は自分の想像力によって生み出した<奴隷>に付きまとわれる、というアイデア・ストーリーで、エスカレートした後の静かな結末が、線香花火のような哀愁を誘います。
 小松左京「くだんのはは」は、終戦間近の日本を舞台に、予言を行う怪物「くだん」に迫っていく作品。オチでもある「くだん」の姿は、現在では驚きは無くなっていますが、戦時下に秘密を共有する、ひそやかなムードで読まされる作品です。
 筒井康隆「母子像」は、どこにでもあるようなオモチャが、主人公の妻と幼子を異界へ導く、という物語。ラストで現出する、ふたつの世界に引き裂かれた異様な母子の姿は、本書中もっとも映像的で、鮮烈なイメージを残します。

 純文学系の作家の短編は、やはり文章の力が際立ったものになっています。
 遠藤周作「蜘蛛」は、怪談の会に出た主人公が、帰り道のタクシーで本物の怪異に遭遇する――という内容で、プロットは地味ながら、生理的嫌悪感をもたらす描写や、語りの魔力に味わいがあります。
 曾野綾子「長く暗い冬」は、日本から寒い異国へ越した父子の、陽の差さない日常生活の中で、降り積もる雪のように不吉な予感が高まっていく物語。
 吉行淳之介「追跡者」は、「終電車の中で、彼はその女と眼が合った。」の一文から始まる、二ページ足らずの掌編。ですが、古典的な怪異体験を、極限まで切り詰めた文体の中に落とし込んで、凄味があるものに仕上げています。思わず朗読したくなるような文章です。

 変わったところでは、官能小説家の作品(宇能鴻一郎「甘美な牢獄」)も収められています。中国の寺院で牢に入れられた男の告白。背徳的な願望に囚われた彼の薄暗い幼少期を、エロティックに描き出します。

 この本でもっとも多くの分量を占めているのは、推理作家(ハードボイルド作家も含む)の短編です。
 結城昌治「孤独なカラス」は、恐るべき子供――いわゆるアンファンテリブル・テーマの一本。心を閉ざし、蛇や虫を殺して遊んでいる子供、その無垢な邪悪さが、弱き者に牙を剥きます。
 都筑道夫「闇の儀式」は、人里離れた別荘で、酒の勢いに身を任せて悪魔召喚の儀式を行った男女の辿る顛末。モダンホラー的な展開の中で姿を現すモンスターの姿が、粘着質で湿っぽく不気味です。
 戸川昌子「緋の堕胎」は、非合法の堕胎手術を行う医師の下で働く、書生の青年が犯した罪についての物語。登場人物たちの愛憎、情念が丹念に書き込まれ、巧みな構成もあってサスペンスフルに仕上がっています。

 そして、推理作家の作品のうち、特に推したい作品が二本。
 一本は笹沢左保「老人の予言」。作家である主人公が、旅館に逗留中、老人と合い部屋になる。老人は、刑務所から出たばかりであること、若いころ痴情のもつれで芸者を殺してしまったことを、後悔交じりに告白する。――しかし、情感豊かに語られていた物語は、最後の最後で突如として転調し、ショッキングで不条理な結末へとつながる。

 もう一本が、生島治郎「頭の中の昏い唄」。単調な校正作業や上司に叱責される日々に倦んだ、出版社勤めの若者が、ある少女と出会い、「秘密」を手に入れることによってその生活が一変する、というもの。
 私がこの作品を好きなのは、(主人公と同じく出版社勤めというのもありますが)彼の抱え込んだ「秘密」の明らかに人知を超えた部分や、不意打ちされるような結末が、想像を絶しているからです。突き詰めたフェティシズムが幻想小説に昇華されていく名品です。

 というわけで、私の特に好きな作品を5編上げると、生島治郎「頭の中の昏い唄」、笹沢左保「老人の予言」、吉行淳之介「追跡者」、筒井康隆「母子像」、宇能鴻一郎「甘美な牢獄」。バラエティ豊かな作品がおさめられており、読者によってそれぞれ異なるマイベストを選べると思います。

 次回が〆切前最後の更新になります。私も頑張りますので(何のレビューをするか、やはりまだ決めていません)応募者の皆さんもぜひラストスパート頑張ってください!!

(※書影はAmazonより流用しました。)