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2017年10月21日土曜日

ニューヨークを襲う連続変死事件に魔女の影が――A.メリット『魔女を焼き殺せ!』



今晩は、ミニキャッパー周平です。だいぶ前からボリビアのウユニ塩湖とやらに行ってみたいのですが、往復と宿泊を考えると、なかなか行けるほどの休みが取れそうにありません。編集者という職業的には仕方ない部分だとは思いますが。

しかし、世の中には、編集者でありながら余暇に世界中を旅し、オカルト好きゆえに旅行先の各国の武器・彫刻・仮面をコレクションし、さらに自宅で魔術の研究をしたり薬草を栽培したりオカルト本を五千冊も収集したりして、ついでにホラー小説も書いてしまう、などという超人のような人もいまして……。

というわけで今回ご紹介する作品は、A.メリット『魔女を焼き殺せ!』。一九三二年にパルプ雑誌に連載されたのを初出とする小説です。


ニューヨークの医師・ローウェルは、神経学と脳疾患を専門とし、異常心理の権威として知られる名医だった。ある日の深夜一時、彼の医院に急患が運ばれてきた。患者につきそっていたのは裏社会の首領・リコリ。患者はリコリの右腕として働いていた男だった。患者は意識があるのに喋ることもできず、何者かを恐れるような表情と、悪魔に憑かれたごとき邪悪な表情とを繰り返した末に心停止、更に心臓が止まった三分後におぞましい笑い声を上げる、という奇怪な死を遂げた。似た症例を探すためローウェルがニューヨーク中の医師に問い合わせしたところ、この半年の間に、七件もの同様の事例が発生していたことが判明する。その犠牲者は、銀行家や慈善家、サーカスの空中ぶらんこ乗りや十一歳の少女などバラバラで、共通点も判明しない。ローウェルは医学的観点からその不審死の原因をつきとめようとするが、リコリは事件を「ラ・ストレガ」すなわち「魔女」のしわざだと叫ぶ――。

本書を一読して分かるのは、二十世紀初頭あたりまでの怪奇幻想小説に比べて、現代のホラー小説に読み味がかなり近いこと。本作よりだいたい二十年くらい遡った時代の小説は「溜め」が長く、ムードを高めるための舞台設定にページを割くことが多いのですが(その結果として、おどろおどろしさの割に犠牲者が少なくて済んだりします)、本作のスピード感は完全に現代の書き下ろしホラー文庫と同じか、それ以上。実は上記のあらすじで十九章分のうちまだ二章分の内容で、ローウェルとリコリが事件を捜査し始めてその犯人と手段をつきとめようとするものの、まだ犠牲者は(安全圏にいると思われた登場人物も含め)ガンガン増えていきます。打ちのめされつつもローウェルは犯人の奇怪なやり口を解き明かし、事件の根源である「魔女」と対峙するのですが……相手はこちらの手の内を見透かし、人形を用いたファンタジックに見えて残酷きわまる魔術で人間を葬り去っていく、強大な魔女。本当に倒すことができるのかどうか、ハラハラやきもきさせられます。

容赦なく事態が進行するスピード感(そしてそこから生まれるエンタメ感)はキングやクーンツの先駆にも見えますが、これはパルプマガジンの連載が初出という事情や、メリットがファンタジーを書いてきた経験が生きたのかもしれません。

ちなみに一九三二年といえば、ミステリ作家エラリイ・クイーンが「Xの悲劇」「Yの悲劇」「エジプト十字架の謎」を発表した年であり、また、ハクスリーがディストピアSF「すばらしい新世界」を発表した年でもあり、様々な小説ジャンルで同時に、現代に繋がる橋が架けられていたように感じます。

前述のとおり、世界各国を旅行している上にオカルト趣味のあったメリットは、様々な時代・場所での「邪悪な力」についての知識を持っていたようで、終盤で披露されるその知識は、物語のスパイスとしてかなり贅沢な使われ方をしており(今回の事件で用いられたのと同じ魔術は、実は様々な時代の様々な場所、人類の原初から使われていたのだ――という風に)、本書でも個人的にお気に入りの部分のひとつです。

意外だったのは、後半に行くにつれてあらゆる手がかりが魔女の実在とその超常的な力を示すにもかかわらず、主人公のローウェルが、後催眠や暗示など、同時代の科学で何とかその存在を合理的に説明できないかと苦労している点。もちろん、どんどん無理筋になっていきます。上に述べた魔術蘊蓄も含め、「科学が魔術の存在を消し去った時代に、魔女をテーマにしたホラーで読者を恐がらせること」に挑戦したメリットの企みがほの見えるかのようです。




2017年6月10日土曜日

四世紀に渡って「魔女」に呪われた町の地獄――世界的ヒット作、トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』

今晩は、ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』発売(6/19)まであと9日。第3回の締め切り(6/30)まであと20日。どちらもお見逃しなく!!

6/19発売の2冊は現時点で反響も大きく、改めてホラーというジャンルの強さを感じる今日この頃ですが、「リング」や「呪怨」の海外でのヒットに代表されるように、「怖い話」の力は国境を超え、世界規模にまで広がっていきます。

今回ご紹介する本も、そんなパワーをもった一冊。2013年にオランダでベストセラーになったのち、米英にも翻訳され、スティーブン・キングも絶賛。現在14か国で翻訳権が取得されていて、ワーナーブラザーズがTVドラマ化権を獲得したという、いま世界的にホットなホラー小説。トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』です。



ブラックスプリングの町は、4世紀に渡って、たった一人の女に呪われ続けている――。17世紀にこの地で「魔女」として処刑されたキャサリンは、死後も肉体を持った幽霊としてブラックスプリングの町に留まり続けた。彼女は町の中であれば屋内屋外を問わず出現し、時には民家の居間や寝室にまで前触れなく現れ、不用意に近づく者に速やかで残酷な死の呪いを与える。

彼女に怯えながら生活する人々も、町を捨てて逃げ去ることはできない。一度ブラックスプリングに住み始めた者は、そこから逃げ出せばやはり死の呪いが降りかかるため、永遠に町の住人であることを余儀なくされる。にもかかわらず住人たちは、更なる致命的な災いを恐れて、町ぐるみで「魔女」の存在を隠蔽し続けてきた。アプリを用いた現代的な監視網でキャサリンの出現場所を共有し、迅速によそものたちの目から隠蔽する組織も結成されている。

町の住人のひとりスティーヴは、愛する家族とともに、魔女の出現に目をつむりながら歪んだ平穏を生きていた。彼は、自身の息子・タイラーが友人たちと組んで、町の秘密を世界に公開しようと計画していることに気づいていなかった……。

500ページ超に渡る長編ですが、あたかも海外の連続ドラマをぶっ通しで視聴するかのように読みふけってしまいました。もう情けも容赦なく、悲劇的で、悪夢的で、何より「怖い」作品です。魔女認定と拷問の果て、自分の子供のうち一人を生きながらえさせるために、もう一人の我が子を殺させられた、というキャサリンの悲劇が早い段階で提示されるので、「これはきっと心理的にかなりきついホラーになるだろうな」と覚悟を決めて読みましたが、覚悟していた以上の壮絶な展開が待っていました。

まず前提として、村全体が「魔女の呪い」という秘密を共有していて、住人全てが共犯者という異常な緊張感が物語を包んでいるのですが、それ以外にも、登場人物の大半が大なり小なり「他人に知られてはならない危険な秘密」を背負ってしまい、緊張の糸が四方八方に張り巡らされていきます。そんな精神的飽和状態の中で、人々の不安と猜疑心が募っていき、やがてダムが決壊するかのように、想定された「最悪のシナリオ」を超える悪夢が現実に顕現するのです。一度臨界点を超えて暴発してからの惨劇の連鎖、スティーヴたち一家や町全体を襲う事態は、映像的にも精神的にも筆舌に尽くしがたいものです。

350年に渡る「呪い」との戦いで町が積み上げてきた知恵と、Youtubeやiphoneや監視用のアプリなど現代的なテクノロジーの加護によって、辛うじて魔女の脅威を把握し得ていたブラックスプリング。その(偽の)平穏にページ数を費やしているからこそ、物語の後半が読者に与えるダメージは大きいでしょう。町が、相次ぐ凶兆と不信によって全ての防御を解除され、魔女狩り時代のような、あるいはそれ以上の狂騒に呑み込まれていく様は、慣れ親しんだ町が大規模災害に襲われる様を見せつけられるような惨たらしさ、悲しさがあります。

よく、ホラー小説にまつわる議論として、「超常的な力」の方が怖いのか、「人間の心の闇」の方が怖いのかという議論がありますが、この小説では、どちらも揃って怖いです。目と口を縫い合わされた「魔女」の振るうこの世ならぬ力、それに怯えるあまり理性を手放す人々の行為、いずれもが恐怖と悲劇の源泉となり、アクセルとアクセルでブレーキのない車のようなノンストップホラー。これを一気読みしてしまった今日、物凄い悪夢を見てしまいそうで心配です。

2017年6月3日土曜日

『吸血鬼ドラキュラ』の作者が創造した、エジプトの女王の呪いとは……『七つ星の宝石』


 こんばんは、ミニキャッパー周平です。第2回ジャンプホラー小説大賞受賞作『たとえあなたが骨になっても』『舌の上の君』、ともに無事校了されました! あとは見本の到着と6/19発売を待つばかりです。第3回の〆切(6/30)もお忘れなく。

さて、ここしばらく、日本人作家の近作ばかりを紹介してきましたが、久しぶりに、海外の古典に目を向けたいと思います。今回取り上げますのは、世界で一番有名なホラー小説といっても過言ではない、『吸血鬼ドラキュラ』……ではなく、『吸血鬼ドラキュラ』の作者、ブラム・ストーカーによる、エジプトものホラー『七つ星の宝石』です。


「『吸血鬼ドラキュラ』は知ってるけど、そんな小説、聞いたことがない……」と思われるものも無理はありません。本作は1903に出版された作品でありながら、日本に訳されたのは2015。『吸血鬼ドラキュラ』が大昔から多数の出版社によって翻訳されているのとは対照的に、『七つ星の宝石』は100年以上に渡って、「日本語では読めない本」だったのです。それでも、本国イギリスでは、『吸血鬼ドラキュラ』同様、読み継がれてきた作品だとか。

弁護士の青年・マルコムは、舞踏会で知り合って親密になった女性・マーガレットから真夜中に呼び出しを受ける。マーガレットの父親・トレローニー氏が何者かに襲撃を受け、昏睡状態に陥ったというのだ。警察も到着し捜査を開始するが、犯人の素性も目的もわからない。ただ、古代エジプトに関心があったトレローニー氏は、部屋中をエジプトの遺物、宝物やミイラで満たしており、部屋には不気味な空気が漂っていた。
トレローニー氏の書き置きに従って、部屋で寝ずの番をするマルコムたちだったが、その監視をかいくぐって第二の事件が起こる。やがて彼らは、トレローニー氏が収集していた品々が、四千年前に、古代エジプトにおいて「復活」の奇跡を行ったという聡明にして美貌の女王・テラのものであったことを知る……。

『吸血鬼ドラキュラ』で、吸血鬼伝承から「ドラキュラ伯爵」を生み出した作者ブラム・ストーカーは今回、エジプトの伝承から「テラ女王」というキャラクターを生み出しました。もちろん実在の人物ではありませんし、ドラキュラ伯爵と違って作品の中盤で大立ち回りをすることもないのですが、ヒエログリフに僅かに記された彼女の人生は想像を掻き立てますし、主人公たちを翻弄する四千年がかりの「遺志」に気の遠くなるような執念を感じます。

登場人物が、ヒエログリフを仔細に解説したり、古代の天文学や信仰について熱狂的に語るシーンは非常にマニアックで、調べた内容を語るのが楽しくなってしまっている作者の顔が透けて見えるような気も(若干)します。手記の形で語られる王墓の発掘と、発掘者を次々に襲った「呪い」の姿は、秘境冒険小説と怪奇小説の混交した、この時代の小説でしか味わえない楽しさがあります。

「あれ? 『エジプトで王墓を掘り返したら発掘隊の関係者が次々と急死した』っていう与太話、ノンフィクションで聞いたことがあるような……」と思った方もおいでかもしれませんが、オカルト界隈で語られる「ツタンカーメンの呪い」(発掘に携わった関係者たちが急死したといわれる噂)の舞台は1920年代。つまり1903年発表の『七つ星の宝石』の方が先んじているのです。あるいは、「ツタンカーメンの呪い」が一時期、人々に信じられたのも、彼らの頭に『七つ星の宝石』とテラ女王のことがあったからかもしれません。

なお、『七つ星の宝石』は、1912年に改訂版が出されたとき、最終章が書き直されていて、本書には、初版の結末と1912年版の結末、両方が収められています。同じ人間が書いたとは思えない(実際、1912年版は本当にブラム・ストーカーが改稿したものか疑わしいとか)、何から何まで180度違うラストなので、読み比べてお好きな方をお選びください。