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2018年6月2日土曜日

グロテスクな「戦時下」の女給失踪事件。待ち受ける悪夢の真相――飴村行『粘膜探偵』


今晩は、ミニキャッパー周平です。前回、記念すべき第100回を迎え一区切りがつきましたが、第4回ジャンプホラー小説大賞(6/30〆切)もまだまだ募集中ですし、更新もこれまで通り続きます。

という訳で、今回ご紹介するのは、飴村行『粘膜探偵』。


デビュー長編『粘膜人間』から始まり、長編『粘膜蜥蜴』『粘膜兄弟』『粘膜戦士』、短編集『粘膜戦士』と続いてきたこのシリーズ。その6年ぶりの最新刊です。シリーズものですが、本書は他の本を未読でも問題なく楽しめます。

太平洋戦争下の日本。十四歳の少年・須永鉄児は、特別少年警邏隊(トッケー隊)イ號区二班に所属し、禁制品所持の不良分子を摘発する日々を送っていた。鉄児が任務に力を入れ、トッケー隊で身を立てようとする理由は、軍国少年としての思いの他に、父親との確執があった。大学を追放された研究者である父親は、己の名誉回復のために鉄児を南方戦線へ連れて行こうとしていた。そんな折、鉄児は町で起きた女給の自殺事件に陰謀の匂いを嗅ぎつけ、捜査に乗り出すが…

と書くと、何やら昭和探偵小説めいて見えますが、(シリーズファンはご存じの通り)この日本は爬虫人の存在する平行世界。戦時国家らしい暴力と、現実にはあり得ない生物の生むスプラッターがブレンドされた、破格の怪奇幻想が展開します。キャラも一筋縄ではいかず、
無私の軍国少年かと思いきや、残虐で身勝手な素顔を隠し持ったトッケー隊員の久世。
鉄児の父に取り入って、須永邸で南方生物を用いた謎の研究を続けている軍人・武智大佐。
寝たきりであるはずが、夢遊病的に行動しては謎めいた言葉を呟く、鉄児の祖母・菊乃。
などなど、明らかに裏のあるヤバい人ばかり。そんな中にあって、グロテスクな爬虫人であり、須永家の使用人である影子(トカゲの「カゲ」から名づけられました)は、本心を偽ることができないという属性があり、それゆえに、「一族郎党引っ立てて片っ端から頭蓋骨を叩き割ってやりたいです」という発言とか、内に秘めた凶暴性がちょくちょく漏れ出てくるのですが、裏表のなさゆえに謎の愛嬌があります。

ミステリ的な伏線回収やどんでん返しもこのシリーズの見どころですが、女給の自殺事件の真相に鉄児が迫ってからのすさまじい勢いの伏線回収はやはり驚きに満ちており、そして名探偵ならざる鉄児は、真相が開示されるほどに窮地に追い詰められ、陰謀や殺戮に巻き込まれていくことになります。

『粘膜』シリーズでは、個人的に一番のお気に入りである『粘膜蜥蜴』(グロテスクの中に泣ける部分もあり)も、ほぼ同じ時代を舞台にしており、こちらも単体で読めますのでお勧めしておきます。

最後にCMを。ホラーとは全く関係ありませんが、編集を担当したライトノベル、魔物少女たちに人間の青年が「教師」として向かい合う学園ドラマ、『「まもの」の君に僕は「せんせい」と呼ばれたい』好評発売中です。

2018年1月27日土曜日

地下帝国に潜むモグラ兵たちの奇奇怪怪な生態……飴村行『ジムグリ』

今晩は。ミニキャッパー周平です。一読者としてはこのブログを好き放題書いている一方で、他社の本をこのブログで紹介するたびに、編集者としては若干の心の疼きを感じてしまうきょうこの頃。そんな折も折、タイミングよく弊社の怪奇小説が文庫化されました。

というわけで、今回の一冊は、飴村行『ジムグリ』。ホラーファンには『粘膜人間』シリーズでお馴染み(私のお勧めは2冊目『粘膜蜥蜴』)の作者によるノンシリーズ長編です。


息子を亡くして以来、心を病んでいた妻・美佐が姿を消した。夫・博人に何も告げず、ただ「トンネルにまいります」という素っ気ない書置きを残して。トンネルとは博人たちの住むX県獅伝町に存在する「虻狗隧道(あぶくすいどう)」のこと。そこは、モグラと呼ばれる、地上人とは異なる社会を形成した武装集団の住む人外魔境。博人は危険を知りつつも、美佐を連れ戻すため虻狗隧道へと向かうが……。

モグラとは、山間部の地下洞窟で生活しているまつろわぬ民「黄泉族」の別称。彼らの存在は、大正時代に「地下帝国の住人」としてセンセーショナルに取り上げられたものの、大戦の混乱期に、すっかり忘れられています。しかし北関東X県では、いまだに時折地上に現れるモグラ兵の影に怯え続けています。こういった偽史部分は、「サンカ」伝説を連想させる、歴史と社会のダークサイドを覗くようなほの暗い楽しさがあります。

「妻を助けるために地下世界へ潜る」といえば、冒険小説めいて聞こえるかもしれませんが、博人はあっさりとモグラ兵に捕まって地下へ連れ去られ、自身も地下世界の住人として闇の中へ順応させられていくことになります。防毒面・防塵マスクで表情のうかがえないモグラ兵の外見はその時点で不気味ですが、地下世界で明らかになるモグラ兵たちの異様な生態と世界観こそが、本書を比類のない幻想怪奇小説にしています。モグラ兵は軍隊として生活の規律を守って生活しながら、「人間は水である」とか、「音は殺傷能力や治癒能力をもっている」などの、奇妙な哲学を大量の造語でもって語り、それを博人に飲み込ませて仲間にしようとします。顔中の孔から水分を排出させられるイニシエーションであったり、グロテスクな爬虫類を殺させる適性検査であったり、生理的な嫌悪感あるいは痛みに訴える描写もあいまって、読者は、頭がぐるぐるさせられるような、洗脳にも似た酩酊感を、博人とともに味わうことになるでしょう。

そして、博人が「闇」に順応させられてしまってからの最終章は、地上の倫理が吹き飛んでしまった博人の行動に慄然とさせられます。そこで見せつけられる「妻」の姿も凄絶な美しさがあり、それまでの欝々とした悪夢感とはまた別種の、鮮烈でショッキングな悪夢が待ち受けていることでしょう。

なお、「青春と読書」2月号には、作者によるエッセイが載っていますが、実は本書の誕生秘話にもなっているのでこちらも気になる方はご一読下さい。

次回はまた弊社以外の本になると思いますが、お目こぼし願えればと思います。


2016年3月26日土曜日

閉じ込められた少女たちの創世の記録――〔少女庭国〕

 今晩は。ミニキャッパー周平です。 第2回ジャンプホラー小説大賞の〆切まで残り3ヶ月。志望者のみなさん、応募用の原稿は進んでいますか?
 ホラー賞宣伝隊長の私は、キャラの個性が強い作品が好きな一方、スケールの大きな作品も好きです。というわけで、本日のテーマは、矢部嵩『〔少女庭国〕』。



 この小説は、ごく一般的に想像される「ホラー」のイメージからは大きく踏み外しています。
 矢部嵩はホラーレーベルからデビューした作家であり、本作以前に発表した本は三冊ともホラー、『〔少女庭国〕』もいかにもホラー然としたシチュエーション(デスゲーム風)で幕を開け、ホラー読者でないと耐えられなさそうな描写(カニバリズムなど)もあり、答えの明かされない理不尽さや、倫理観の超越はホラーそのものですが――にもかかわらず、読み味は他のどんなホラーにも似ていません
 ではファンタジーやSF的か、と言うとそうでもなく。
 とにかく、あらすじをご紹介しましょう。

 卒業式の日、学校の講堂に向かう途中の廊下で意識を失った羊歯子(しだこ)は、見慣れぬ部屋で、一人きりで目を覚ました。石造りの殺風景な室内にあったのは、「卒業(脱出)」のためのルールが書かれた一枚の紙と、隣の部屋に向かう扉のみ。

 示されたルールは、かいつまんで説明すれば以下のようなもの。
●一つ先の部屋には、別の少女が寝ている(扉を開くと目を覚ます)。その次の部屋にも、そのまた次の部屋にも、別の少女が寝ている。どこまでも部屋は続き、どの部屋にも少女が寝ている。
自分以外の、目覚めている少女が全員死ななければ、「卒業(脱出)」できない

 じっくり吟味すれば、「扉を開けるほど競争相手の少女が増え、殺さなければならない相手が増える」というものですが、羊歯子はそこに気づく前に、十一の扉を開け、十一人の少女を目覚めさせてしまいました。
 食糧もろくにない中、羊歯子を含む十二人のうち「たった一人しか生き残れない」、十一人が死ななければならない、という状況に追い込まれたのです。羊歯子たちの選択は――?

 ……結論から言うと、羊歯子たち十二人のグループの物語は、開始五十ページで早々と決着が着いてしまい、彼女たちは物語から退場します。
 ギリギリ、普通の不条理脱出ゲーム系ホラーの範疇に留まっているのはここまで。

 その続き、『〔少女庭国〕』という本の大半は、羊歯子たちとは別の選択をした少女たちの物語になります。
 別のグループでは、無軌道に次々扉を開けていった少女の行動により、数千とか数万、それどころか数億の「閉じ込められた」少女たちが目覚めてしまいます。こうなると、脱出の方法、「最後の一人になるまで他の少女を皆殺しにする」ことは不可能になります。

 そして目覚めてしまった大量の少女たちは、生き延びるために試行錯誤を積み上げていきます。排泄物や人肉を食って食料不足を補い、人骨から打製石器を産み出し、開拓がなされ、奴隷が生まれ、王が生まれ、農耕が始まり、科学が芽生え、哲学が芽吹き、娯楽が誕生し……おびたたしい挫折と壊滅と屍の上に、彼女たちの歪な「国」が築かれていきます。

 先ほど、ホラーの常道からは外れているし、かといってファンタジーやSF的でもない、と書きましたが、ひとつだけ読み味が似ているジャンルがあります。
 それは「歴史書」。
 突き放した視点、名前を覚えたそばから死んでいき、目まぐるしく立ち代わる登場人物。あたかも文明の興亡を追っているような、スピーディーなのに重厚な印象を与えるその物語は、歴史書を読むのに近い興奮を与えてくれます。無数の名もなき少女たちの営為の果て生まれた、死者をリソースとする呪われた国家の、勃興と爛熟と衰亡。それが、わずか二百頁弱の中に凝縮された、濃密な物語。巨視的でありながら、ちっぽけな少女たちのやるせない想いにもスポットが当たる。「スケールの大きな小説」「破格のフィクション」に触れたい人に、ぜひ推したい一冊です。


(※書影はAmazonより引用しました)